阿部夢小説「募る想い」
月曜日を迎えた。阿部は朝登校してくるといつも咲良に朝の挨拶をしてくれる。「うっす!」
阿部は咲良に向かって右手を上に掲げた。
「おはよう、阿部君」
咲良はニコッと笑顔を返した。
「昨日、結構なスピードで走ってたよな。白石ってあんま運動できるイメージなかったんだけど、もしかして足速えの?」
「短距離走は全然速くない。でも中学時代からずっと吹奏楽部で肺活量を鍛えるためにランニングと腹筋・背筋だけはずっとやらされてきたから体力は結構自信あるし、長距離走ならそこそこイケるかも。あと吹奏楽部は重たい楽器を長時間持たされるから意外と腕力も身に付くんだよ。……といっても運動部男子の足元にも及ばないけどね。」
咲良はそう言って苦笑した。
「へえ、さすが"体育会系文化部"だな」
阿部はそう言いながらニヤリと笑った。
「あ、でも私、球技はてんでダメだから。運動神経は悪いよ。野球部の人たちはすごいよね。あんなに小さい球がすごい速さで飛んでくるのに細いバットに器用に当てるんだからさ。信じられないよ。どんな動体視力と反射神経してんの?」
「あー?オレは小学生の頃から野球やってるからな。自分でもどうやってんのかわかんねえ……というか当てられない側の気持ちがわかんねえや。」
「あ、今の阿部君の発言は全白石を敵に回しました!」
「全白石って白石1人じゃねーか」
阿部はそう言ってクッと笑った。
「いやいや、もしかしたら日本全国の白石さんかもしれないよ?」
「なんでだよッ!お前は日本全国の白石姓の代表かッ!」
阿部が咲良のボケに的確なツッコミを入れた。咲良はおかしくなってクスクスと笑い出した。つられて阿部も笑い出す。
「やっぱ阿部君と話すの楽しいよ」
咲良はそう言ってエヘヘッと笑った。
「いや、それはオレのセリフだっつの。お前って意外とボケるよなぁ。」
「阿部君は意外とちゃんとツッコんでくれるよね」
「今のはツッコまずにいられねーよ」
阿部はそう言ってハハハッと楽しそうに笑っていた。こんな風に屈託なく笑う阿部の姿は珍しい。咲良は自分が阿部をそんな風に笑顔にさせられたことがなんだか誇らしくなった。
「そういや吹奏楽部って月曜日は何時まで部活やってんの?」
笑い終わっていつもの仏頂面に戻った阿部が唐突に咲良に訊ねてきた。
「うちはいつも18時で終わりだよ」
「へー。門限とかはあんの?」
「ううん、特にない。でもなんか事情があって帰りが遅くなりそうな時は一応お母さんに連絡入れるようにはしてるかな。」
「ふーん、わかった」
阿部がそう返事をしたところで担任教師が教室に入ってきたので阿部と咲良はそれぞれ自分の席に着席した。
その日の昼休み、お弁当を食べ終わった咲良は吹奏楽部の部室に向かった。先輩の深見からLINEで来年の夏に野球部の応援に参加する吹奏楽部員は昼食後に部室に集まるようにとの指示があったのだ。咲良が吹奏楽部の友人と一緒に部室に到着するとそこには吹奏楽部員の他に3人の背の高い男性と2人の女の子がいた。2人の女の子は咲良と同じクラスの友井と小川だった。
「よーし、みんな集まったね。じゃ、浜田君から自己紹介をお願いします。」
深見がそう言った。
「ちわっ!オレが野球部の応援団の団長やらせてもらってます、1年9組の浜田良郎です。学年は1年だけど、オレは留年してるから歳は深見さんと松田と同い年ね。吹奏楽員こんなに増えてめっちゃ嬉しいッス。一緒に野球部を盛り上げていきましょう!よろしくお願いしあすっ!」
浜田がそう言った。浜田に続いて、同じく応援団をやっているという2年生の梶山と梅原も自己紹介をした。応援団の次は友井と小川の番だ。この2人はチアガールをやっているとのことだった。
『チアガールか…!そっか、この2人はダンス部なんだっけ。』
咲良はそんなことを考えながら自己紹介を終えた友井と小川に拍手をした。
「じゃ、次は新しく野球部の応援団に加わる吹奏楽員を紹介するね。まずは咲良からっ!」
深見がそう言って咲良の肩を叩いた。
「あっ、はい!1年7組白石咲良です。高校ではサックス担当なんですが、中学時代はトランペットをやっていました。野球部の応援ではトランペットを吹こうと思ってます。よろしくお願いします。」
咲良はそう言ってペコリッと頭を下げた。
「今回、こんなに沢山の吹奏楽員が新しく野球部の応援に参加してくれたのは咲良が呼びかけてくれたおかげなんだよ」
深見はニカッと明るい笑顔を浮かべながら浜田たちにそう説明した。
「へー!白石さんはなんで野球部の応援に参加しようと思ってくれたの?」
浜田が咲良に訊ねた。
「えっと……、同じクラスの野球部の子から誘われたんです」
「同じクラスってことは……花井・阿部・水谷か!」
「そうです。先週の鎌倉遠足で同じ班だったんですよ。」
「なるほどね!こりゃまたすごい幸運だな。」
浜田はそう言ってニシシッと笑った。咲良に続いて他の吹奏楽員も自己紹介をした。全員が自己紹介をし、挨拶を交わしたところでこの会は解散となった。
「白石さん、これからよろしくね」
帰り道、同じクラスの友井が話しかけてきた。その隣には小川もいる。
「こちらこそよろしくね。友井さんと小川さんがチアガールやってたなんて知らなかったよ。」
「えへへ、実はやってたんです~。めっちゃ短いスカートとか穿いてるけど当日引かないでねっ!」
「引かないよっ!2人とも脚細いしすっごい似合うんだろうね。」
「やだーっ、何言ってんの。白石さんだって細いじゃん!」
友井はそう言って咲良の肩をパシパシッと叩いた。"脚細い"と褒められたのが嬉しかったようだ。
「そういえば白石さんって阿部君と仲いいよね?すごくない?」
小川が咲良にそう言った。
「すごい?何が?」
咲良には小川の発言の意図が理解できなかった。
「阿部君のこと怖くないの?話しかけても反応薄かったりとかさ。」
小川がそう言った。
「そうそう。うちらは野球部の応援やってるから悪い人じゃないってことはなんとなく知ってるけど、それでも不愛想だよなぁって正直思うし。」
友井は小川の意見に同意した。
「でもさ、あの阿部君も白石さんと話してる時は結構笑ってる気がする!」
小川がそう言うと友井は「私もそう思ってたー!」と言い、2人で盛り上がっていた。
「もしかして阿部君と白石さんってそういう関係?」
友井は頬を赤く染めてニヤニヤしながら咲良に詰め寄った。
「えー、違う違う!阿部君とは友達なの!9月に日直当番一緒にやったことがあってさ、それがきっかけで阿部君って意外といい人だなって気付いたんだよね。そんで、私が"これからも友達として仲良くしてほしい"ってお願いしたら、阿部君は律儀にそれを守ってくれてるの。だから本当にただの"友達"だから!」
咲良は両手をブンブンと振って友井の投げかけてきた疑惑を否定した。
「へー!阿部君ってそういうの律儀に守ってくれる人なんだね。」
「そうなの、意外といい人でしょ?」
咲良がそう言うと友井と小川は声を揃えて「うん、意外!」と頷いた。それを聞いた咲良は思わずププッと吹き出してしまった。そんな咲良を見て友井と小川も笑い出した。3人でお腹を抱えて笑いながら歩いているとすぐに1年7組の教室に到着した。もうまもなく授業が始まる時間なので咲良は自分の席に向かった。
『よかった、友井さんと小川さんとは仲良くできそう!』
咲良は新しく友達ができたことが嬉しくてフフッとほくそ笑んだ。
午後の授業が終わると咲良は女子更衣室に向かい、運動着に着替えをした。吹奏楽部では月・水・金の週3日は楽器の練習の前にランニングを行うことになっているのだ。運動着に着替え終わったら吹奏楽部の部室に向かった。他の吹奏楽部員たちも全員ちゃんと運動着に着替えている。
「はい、じゃあ、グラウンドに行こう!」
部長がそう言った。吹奏楽部員たちはぞろぞろと第一グラウンドに向かった。まずはストレッチを行い、その後は1時間ひたすらグラウンドを走り続けた。ランニングが終わったら更衣室で着替えをしてから部室に戻った。今日は全員で吹奏楽部の課題曲の練習を行うことになった。課題曲の練習なので今日の咲良はトランペットではなくサックスを演奏する。1時間ほど練習をしたところで部活終わりの18時を迎えた。
「おつかれさまでしたーっ!」
指揮者を務める顧問教師に頭を下げてから吹奏楽部員たちは帰り支度を始めた。部室内にある自分のロッカーにサックスをしまった咲良が友人たちと一緒に部室を出るとなんだか廊下がザワザワと騒がしい。
「誰かのカレシかな?」
「えっ、誰の?」
先に部室を出た吹奏楽部員たちが小声でそんな会話をしている。その吹奏楽部員の視線の先を辿ると…―――
「え、阿部君!?」
咲良は吹奏楽部の部室前でスマホをいじっている阿部の姿を発見した。咲良に名前を呼ばれた阿部はパッと顔を上げた。
「お、いた」
「え、なに、どうしたの?部活は?」
咲良は阿部のもとへ駆け寄った。
「毎週月曜日はミーティングだけの日なんだよ。だから遅くても17時半とかで終わんだ。」
「へー、そうなんだ!……え、で、もしかして私のこと待ってた?」
「そう。18時で終わるっつってたから、待ってたら一緒に帰れっかなって思って。」
阿部はサラリとそう言ったが、咲良は阿部が自分と一緒に帰るためにわざわざ待ってたと知って胸がキュンとなった。
「咲良、じゃあ、私たちは先帰るね!また明日!」
咲良の後ろで話を聞いていた吹奏楽部の友人たちは、おそらく気を利かせてくれたのだろう、すかさずそう言って去っていった。咲良は「うん、また明日ね」と言って手を振った。
「あ、そうか。友達いるよな。勝手なことしてマズかったか?」
「え、や、びっくりしたけど、マズくはないよ。じゃあ、帰ろうか。」
咲良がそう言うと阿部はスマホをポケットにしまって歩き出した。咲良はその隣を歩く。
「そういえば阿部君の家ってどの辺りなの?上り?下り?」
「上り。戸田の辺り。」
「あら、うちは下りだから逆方面だ。せっかく待っててくれたけど校門のところでお別れだね。」
咲良がそう言うと阿部は黙り込んだ。
「……どうしたの?」
「……白石は別に門限はないんだろ?どっか寄らね?」
「え?あ、うん。いいよー。どこ行こうか?与野駅の近くだったら……カラオケとか?」
「オレ、音楽あんまり知らねーんだよな」
「あはは、知らなさそう。野球と数学以外興味なさそうだよね。」
咲良がそう言うと阿部は咲良の頭を軽くコツンッと小突いた。
「なんでよー?図星でしょー?」
「とりあえずさいたま新都心駅の方に行くか。あそこ大型のショッピングモールあんだろ。」
「あ、無視したなっ。まー、いいけどさ。」
咲良はそう言いながらスマホを操作して母親に今日の帰りは少し遅くなると伝えた。それから駐輪場で自転車を取り出した阿部と咲良はさいたま新都心駅に向かって自転車を漕ぎだした。
さいたま新都心駅に到着した阿部と咲良は駅の駐輪場に自転車を停めた後、まずはショッピングモールに向かった。
「どっか行きてえ場所ある?」
「うーん、とりあえずゲーセン行ってみる?」
「おう」
阿部と咲良はエスカレーターに乗ってゲームセンターのある2階へと向かった。ゲームセンターは色んな音が溢れていてとても賑やかだった。
「ゲーセン来るの久々だー!」
咲良はそう言いながらクレーンゲームをあちこち見て回った。阿部はその後ろをついてくる。
「わ、ちいかわのぬいぐるみがあるよ!あっちにはポケモンのやつもある!」
「白石はぬいぐるみが好きなのか?」
「特別好きってわけじゃないんだけど、ゲーセンに置いてあるのを見ると取りたくなっちゃうよね」
咲良がはしゃいでいるのを見た阿部はフッと微笑んだ。
「どれかやってみようぜ」
「え、阿部君はクレーンゲーム上手い人?ちなみに私はド下手だよ。」
「全然やったことねーから上手いかどうかわかんねえ。ま、何回かやってみてダメそうなら諦める。」
阿部はそう言って両替機の方へと向かった。
「とりあえず1000円分崩してきた。で、どれ欲しいわけ?」
「私が選んでいいの?」
「そりゃそうだろ。オレはぬいぐるみはイラネーし。」
「じゃあ、ちいかわのやつにしよ!私、モモンガが好き!」
「モモンガってどれ?」
「この白と水色のふわふわの子」
咲良はクレーンゲームのケースの外側からモモンガのぬいぐるみを指さした。
「これ、モモンガ?うさぎかリスかと思った。」
「うさぎはこっちの黄色っぽいベージュの子だよ」
「……ほお?」
阿部はちいかわのことはさっぱりわからないらしい。そんな阿部の姿がなんだかかわいらしくて咲良はクスッと笑った。
阿部は"何回かやってみてダメそうなら諦める"なんて言っていたくせにいざクレーンゲームをやってみると取れそうで取れないもどかしさにムキになってしまったようで結局追加で2回も両替に行って3000円近く使ってなんとかモモンガのぬいぐるみを獲得した。
「クレーンゲームって結構難しいんだな」
「いや、でも初心者で3000円でこの大きなぬいぐるみ取れたら上出来なんじゃない?」
咲良は取り出し口からぬいぐるみを取り出してギューッと抱きしめた。
「結構な荷物になっちまうけど大丈夫か?」
「全然大丈夫!っていうか私のために取ってくれたんだから、私がお金払うよ!」
咲良は財布を取り出して3000円を支払おうとした。
「要らねーよ。オレがやりたくてやったんだから。」
「え、でも私たち高校生にとっては3000円って結構な額だよね。あ、もしかして阿部君の家ってお金持ち…!?」
「いや、普通の家だと思う。三橋んちはめっちゃ金持ちだけどな。」
「三橋……、ああ、投手の子だっけ」
「そー」
阿部はそう言いながらスタスタ歩き出した。
「あ、待って。じゃあ、やっぱりお金払うって!」
「いいっつの」
「でも、それじゃなんか申し訳ないもん」
咲良が食い下がると阿部は「あー…」と何か考え込んだ。
「白石、今週の土日なんか予定ある?」
「え?特にないからまた自主練しようかなって思ってたところ。」
「じゃ、今週の土日、野球部の試合があんだけど応援に来てくんねーか?」
阿部はそう言いながら頭をポリポリと掻いている。
「えっ、ごめん、私まだルパン三世のテーマしか吹けないっ!」
「いや、今回はただの市民大会だからどこの学校も応援団は来ねェよ。普通に観客として観に来てくれねーかなって話。」
「それは全然構わない…っていうかむしろ私も興味ある!野球やってる阿部君見てみたい!」
咲良がそう言うと阿部は「じゃあ、そのぬいぐるみは応援に来てもらうお礼だ」と言って笑った。
「え、たった2日の応援だけで3000円のぬいぐるみ?割に合わなくない?大丈夫?」
「じゃ、今週の土日勝ち抜いたら11月の土日も決勝リーグの試合があっからそっちも来てくれよ」
「おお、わかりました!絶対行きます!」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「観戦中は水分補給ちゃんとしろよ?もう10月下旬とはいっても直射日光の下で約2時間も過ごすことになるんだからな。」
「そっか!じゃ、この後は野球観戦に必要なグッズを買い揃えよう!阿部君、色々教えてくれる?」
「おー、いいぜ!」
そうして阿部と咲良はショッピングモールで日焼け止め・ポータブル座布団・冷感タオル・メガホンなどの野球観戦・応援グッズを買い漁った。必要な物を揃え終わった頃には時刻は19時半を過ぎていたので今日はもう解散することになった。
「阿部君、色々ありがとう!気を付けて帰ってね!」
「おー、白石も気を付けろよ。また明日な!」
「うん、また明日!」
咲良は自転車を漕いで遠くなる阿部の背中が見えなくなるまで見届けてから自分も自転車に乗って家に帰った。阿部に取ってもらったぬいぐるみは自分の部屋のソファに飾った。
『また宝物が増えちゃった』
咲良はぬいぐるみをギューッと抱きしめながら阿部への恋心を募らせた。
<END>