阿部夢小説「ステキな下心」
10月の第4土曜日、咲良は阿部に誘われて野球部の試合の観戦にやってきた。1人で行くのは不安だったので吹奏楽部の友人たちを誘ってみたら「是非行きたい!」と言ってくれたので咲良は一安心した。ついでに阿部は野球観戦ド素人の咲良のことを心配して阿部の母親のLINEまで紹介してくれた。「うちの母親、オレと弟が小学生の頃からずっとオレらに付き合わされてるから野球観戦に関しては超ベテランだぜ。何でも訊いてくれていいからな。当日もうちの母親とどっかで待ち合わせして案内してもらえよ。」
阿部にそう言われたので咲良は阿部母と連絡を取って当日は球場の外で待ち合わせをさせてもらった。試合は9時開始なので咲良たちは8時半に球場に到着した。LINEで阿部母に"今到着しました"と連絡すると阿部母からLINE電話が掛かってきた。
「あ、もしもし?白石です。」
「白石さん、おはよう!私は球場の入り口のところに立ってるよ。黒いハットで他の服も全身真っ黒でメガホン持ってるからすぐわかると思う。」
阿部母のその言葉を聞いた咲良が球場の入り口に目を凝らすとたしかに全身真っ黒い服を着てメガホンを持っている女性がスマホで誰かと通話している姿が目に付いた。咲良は意を決して話しかけてみた。
「あの……阿部君のお母さんですか?」
「はい!あなたが白石さん?あ、ホントだ。写真で見たまんまの美少女だ。」
「えっ、写真?」
「うん、タカから文化祭の時の和風メイドさんの写真見せてもらったの!かわいかった!」
それを聞いた咲良は内心『阿部君、なんつー写真を見せてくれちゃってんの!?見せるなら普通の写真にしてよね!』と思ったが、よくよく考えてみたらたぶん阿部が持っている咲良の写真なんてそのくらいしかなかったんだろう……。そして咲良に至っては阿部の写真は1枚も持ってない。
『鎌倉遠足の時に一緒に写真撮っておけばよかったな』
咲良は今更ながら少し後悔をした。
「タカに女の子の友達がいるなんて知らなかったから白石さんを紹介された時は本当にびっくりしたよ。うちの子、大丈夫?あの子、気が利かないって言うか、愛想も悪いでしょう?」
「あはは、たしかに愛想は良くないですけど、でも不器用なだけで実は優しいしいい人だって私は思ってますよ」
咲良はそう言ってニコッと笑った。それから咲良は今日一緒に観戦してくれる吹奏楽部の友人たちを阿部母に紹介した。
「みんなもタカの友達?」
「あ、いや、私たちは阿部君とは全然接点がなくて……。クラスも違いますし。でも来年の夏は野球部の応援で楽器演奏させてもらいますので、よろしくお願いします。」
咲良の友人たちはそう言って阿部母に頭を下げた。
「そうなの。今日は応援来てくれてありがとうね!夏大の楽器演奏も楽しみにしているね。それじゃ、中に入りましょうか。」
咲良たちは阿部母の案内に従って球場の中に入っていった。
選手の母親たちは一塁側のダッグアウト(いわゆるベンチのことらしい)の上に席を陣取っていた。
「みんなー、タカの友達の女の子たち連れてきたよー!」
阿部母がそう言うと何人もの女性たちが席から立ち上がった。みんな西浦高校野球部の選手たちの母親らしい。阿部母は咲良たちのことを他の母親たちに紹介してくれた。
「白石さんって7組なの?ってことはうちのと同じクラスだ。」
ある女性が咲良に話しかけてきた。でも誰の母親か咲良はわからない。
「あの……?」
「あ、ごめんね、自己紹介がまだだったね。私は花井の母ですぅ。」
「ああ、花井君の!先週の鎌倉遠足では同じ班でした。お世話になりました。」
咲良はペコッと頭を下げた。
「私は水谷の母です」
横から小柄でかわいらしいお顔の女性が顔を出した。
「あ、水谷君とも鎌倉遠足でご一緒させてもらいました!」
「あら、そうだったの。あの子、はしゃぎすぎて迷惑かけたりしなかった?」
「全然!水谷君はムードメーカーですごくいい子ですよね」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「さ、白石さんたちはどうぞ前の席に座って!」
阿部母が咲良たちに着席するよう促した。咲良たちは阿部母にお礼を言ってからぞろぞろと席に着席した。
咲良は野球のことは正直あまり詳しくない。小学生の頃、体育の授業で野球をやったことがあるのでなんとなく基礎は知っているというレベルだ。この程度の知識で試合観戦して戦況を理解できるのかどうか咲良は少し不安に思っていた。けれど野球に関する知識レベルは多くの母親たちもそこまで高くないようだった。ただし、阿部母と花井母はかなりの野球オタクのようで、野球素人の母親たちや咲良たちが「今のどういうこと?」と戸惑うと都度解説をしてくれた。阿部母と花井母のおかげで試合の状況は思っていたよりも理解できて楽しかった。何より西浦の守備のターンになる度に阿部は捕手としてキャッチャーボックスに座って他の選手たちに指示を出していて、その姿がとてもカッコよくて咲良は胸をときめかせた。今日の試合は7回コールドで西浦が勝利を収めた。
「さ、みんなに会いに行きましょう」
花井母がそう言って席から立ち上がった。咲良たちは「はいっ!」と返事をして母親たちのあとをついていった。
阿部母に連れられるがままにダッグアウトの出入り口の広場までやって来ると試合を終えた西浦高校野球部の選手たちはユニフォームから制服に着替えをしているところだった。上裸になっている男子もいればズボンを脱いで下着姿になっている男子もいる。咲良は「きゃっ」と悲鳴をあげて両手で顔を覆った。そしてくるりと踵返しをして選手たちに背中を向けた。
「タカー、白石さんが来てくれたよ!……ってアレ?」
阿部母は咲良の異変に気が付いた。
「ああ、そっか。同い年の女の子からしたら男の子たちの着替えを見るのは抵抗あるか。」
阿部母はそう言って笑った。
「男の子たちの着替えが終わるまであっちで待ってます!」
咲良はそう言って選手たちの姿が見えない場所まで移動した。しかし、そんな咲良のことを阿部が追いかけてきた。
「白石!」
「あ、はい」
咲良が振り返ると上裸姿の阿部が立っていた。
「きゃーっ!」
咲良は再び両手で顔を覆った。
「ええっ、なんだよ」
「服着てくださいぃ~」
「ああ?別に上裸くらいいいだろ。体育祭の棒倒しだって男子は上裸でやったじゃん。」
「あれは遠いからまだ平気だったけど、この至近距離で男子の上裸はちょっと私には無理!」
咲良がそう言って顔を真っ赤にしていると阿部は「わーったよ」と言いながら手に持っている黒いアンダーシャツを着始めた。
「これでいいか?」
阿部がそう言ったので咲良は両手の指の隙間からチラッと阿部の姿を再確認した。よし、ちゃんと服を着ている。咲良は顔を覆っていた両手をどかした。
「勝ったね!おめでとう!」
「おう、サンキュ」
阿部はそう言ってニッと笑った。
「白石は大丈夫か?熱中症対策ちゃんとやったよな?」
「バッチリやりました!あとメガホンも使ってちゃんと応援したよ。」
「おー、メガホンの音聞こえてきたよ」
阿部はそう言って優しく微笑んだ。そんな阿部の顔を見た咲良は胸がホカッと温かくなった。
「野球部はこの後はどうするの?」
「学校戻って練習だな」
「へー!でも明日も試合なのにそんなに身体酷使して大丈夫?」
「今日はいつもより早めに練習終わることになってんだよ。白石はこの後どーすんの?」
「一旦家に帰ってお昼を食べたらまた学校で自主練するつもり」
「じゃ、今日も帰り際は裏グラに顔出せよな」
阿部はそう言って咲良の頭をポンッと叩いた。
「うん!じゃあ、私たちはもう行くね。また後でね。」
「おう、じゃあな!」
咲良は阿部に手を振って、友人たちと一緒にその場を立ち去った。
「咲良って、あのキャッチャーの人と付き合ってるの?」
吹奏楽部の友人の1人がそう訊ねてきた。
「え、違う!普通に友達なだけだよ!」
「そうなんだ?でも咲良って男子苦手じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、阿部君は大丈夫なの。ああ見えて意外といい人なんだよ。」
「あー、"いい人"止まりか。ま、そうだよね。咲良が男子に恋するところなんて想像できないもん。」
友人はそう言ってハハッと笑った。咲良は内心『ゴメンナサイ、実はしっかり片想い中です……』と友人に謝罪した。咲良にはまだ自分が阿部に恋していることを誰かに打ち明ける勇気は出なかったのだった。
電車と徒歩で家に帰宅した咲良は昼食を食べた後、トランペットを背負って自転車で学校に向かった。先週の日曜日と同じくまずはランニングから開始する。更衣室で運動着に着替えた咲良は裏グラに向かって走り出した。野球部はもうすでに練習を開始していた。
「あ、白石サン!」
田島が咲良のことをいち早く発見して指さした。その言葉を聞いた阿部が振り返って咲良を見た。咲良は右手を上にあげて阿部にジェスチャーで挨拶をした。阿部もフッと微笑んで咲良に向かって右手をあげた。たったそれだけのやりとりで咲良はまるで宝石を貰ったみたいに幸福な気分になった。その日も1時間ランニングをしながら咲良はずっと阿部の姿を目で追っていた。
『好きな人って見ているだけで幸せな気分にさせてくれる!恋ってすごい!』
咲良は恋することの幸せを噛みしめた。
ランニングを終えた咲良は体育館の隅っこで筋トレをした後、1年7組の教室でトランペットの練習を始めた。この1週間で"ルパン三世のテーマ"はおおかた吹けるようになったので今日からは"狙い撃ち"に挑戦することにした。18時まで真面目に練習に励んだ咲良は帰る前に裏グラに顔を出すことにした。咲良が裏グラに到着すると野球部員たちはトンボを使ってグラウンド整備を行っていた。咲良はフェンスに顔を近づけて阿部の姿を探した。
「白石さん、こんばんは!」
咲良を見つけて話しかけてきたのは咲良と同じ1年7組所属で野球部のマネージャーをやっている篠岡だった。
「あ、篠岡さんだ。こんばんは!」
「阿部君に会いに来たんだよね?ベンチで待ってる?」
「あれ、今日はもう練習終わりなの?」
「うん、明日も試合だから今日はもう終わったんだ」
篠岡はそう言いながら「どうぞ」と言って咲良をベンチへ案内した。咲良は「お邪魔します」と言いながらフェンスを潜って裏グラに入っていった。
「あー!白石サン!」
田島は裏グラに入ってきた咲良を見つけてそう叫んだ。そして「やっほー!」と言いながら大きく手を振ってくれた。田島は咲良とはクラスも違うしまだそんなに話をしたこともないのにすごくフレンドリーに接してくれる。人見知りな咲良は田島のそのコミュニケーション能力が羨ましいと思った。咲良が笑顔で田島に手を振り返していると阿部がヌルッとベンチにやってきた。
「あ、阿部君!」
「うっす!」
「練習おつかれさま」
「そっちもな」
阿部は片方の口角を吊り上げるようにして笑った。
「もうすぐグラ整終わるからここで待ってろよ。一緒に帰ろうぜ。」
「うん!」
咲良が笑顔で返事をすると阿部は「じゃ、すぐ終わらせてくるから」と言ってグラウンドへ戻っていった。阿部がいなくなったことによって咲良は篠岡と2人きりになった。入学してからもう半年が経つが咲良はこれまであまり篠岡とは話をしたことがない。別に嫌いなわけじゃない。ただ単に所属するグループが違うから交流がなかっただけだ。でも引っ込み思案な性格の咲良はあまり交流のない篠岡と何を話せばいいのか、いい話題が頭に浮かんでこなかった。
『どうしよう……』
咲良には沈黙が気まずく感じられた。
「白石さんってどうやって阿部君と仲良くなったの?」
沈黙を破ったのは篠岡の方だった。
「あ、えと、9月に日直当番が一緒になったのがきっかけで友達になったの」
「ああ、日直当番か。そっか。」
「うん」
「……阿部君、ちゃんと日直やってくれた?」
篠岡は心配そうな顔をした。
「やってくれたよ。私が授業の開始・終了の号令をかけるのが嫌だったからお願いしたら全部引き取ってくれたし、黒板消しもやってくれた。」
「そうなんだ。阿部君ってクラスのことには非協力的なイメージあるから、日直がきっかけで仲良くなったっていうのは意外だったな。」
篠岡はそう言ってチラッと咲良を見た。
「ああ、うん、最初はね、なんか不愛想で嫌な感じだなーって思ってたんだ」
「あ、やっぱり?」
「うん」
咲良はそう言ってフフッと笑った。
「でも、私が黒板の上の方に手が届かなくて困ってたら助けてくれたし、お礼を言ったら顔を赤くして照れてた。それで案外悪い人じゃないかもって気付いたんだ。」
「うん、そうだね。阿部君は不愛想で不器用だけど、悪い人じゃないんだよね。」
「そうなの。鎌倉遠足でもすごく優しくしてくれたんだよ。」
「ああ、白石さんは阿部君たちと同じ班だったもんね。いいなぁって思ってたんだ。」
篠岡のその言葉を聞いた咲良はハッとした。
「あ、そっか!篠岡さんの方が阿部君たちと同じ班になりたかったよね!ごめん!」
咲良がバッと頭を下げると篠岡は「いやいや、クジで決まったんだし白石さんが謝ることじゃないよ!」と焦った様子を見せた。
「そうなんだけど、でもマネジの篠岡さんの気持ちを考えずに発言してしまって申し訳ないです」
「ううん、全然大丈夫!むしろ私が軽率に"いいなぁ"とか言ってごめんね。」
篠岡と咲良がそうしてお互いに謝罪をしているとグラウンド整備を終えた選手たちがぞろぞろとベンチに戻ってきた。
「さー、早く着替えてコンビニ行こうぜ!」
田島はそう言うとガバッと服を脱ぎ始めた。咲良はそれを見てギョッとしてベンチから立ち上がった。
「あー、着替え見んのが嫌なら白石は外で待ってな」
背後から声がして振り返ると阿部が立っていた。
「うん、外にいるね!」
咲良はベンチで着替えを始めた野球部の選手たちを視界に入れないように注意しながらフェンスを潜って裏グラの外に出た。フェンスの外でしばらく待っていると着替えを終えた野球部員たちが続々と出てきた。
「待たせたな、白石サン!」
田島はそう言ってニカッと笑った。
「あ、来年の夏大でオレらの応援してくれるっていう吹奏楽部の子?」
淡い髪色の短髪の男の子は咲良を見てそう言った。
『えっと、この男の子の名前は……栄口君だ!』
咲良は今日の午前中、試合を観戦しながら野球部員の顔と名前を覚えようと必死に目を凝らしたのだ。ちゃんと覚えることができて内心ホッとした。
「そー!タカヤの友達なんだってさ。7組の白石サン!」
田島が他の野球部員にも聞こえるように大きな声でそう言った。
「はい、1年7組の白石咲良です。吹奏楽部です。来年の夏はトランペットでみなさんの応援をする予定です。よろしくお願いします。」
咲良はそう言ってペコリとお辞儀をした。野球部員はパチパチと拍手をして応えてくれた。
「んじゃ、コンビニ行くか」
花井がそう言うと野球部員たちは自転車を取り出して漕ぎ始めた。咲良が『コンビニとは?』と戸惑っていると阿部が咲良の隣にやってきた。
「オレら部活終わりはみんなでコンビニに寄るのがルーティンになってんだ。白石も行こうぜ。白石だってこんな時間まで練習してたんだからそろそろ腹減っただろ?」
「あ、うん、そうだね。言われてみたらたしかにお腹空いた!」
阿部と咲良は他の野球部員たちを追いかける形で自転車で併走した。
コンビニに到着した野球部員たちはそれぞれおにぎりやパンやホットスナックを買い漁り始めた。その勢いたるや獲物を見つけたサバンナの猛獣のようだった。
「運動部男子ってすごい……」
咲良が野球部員の勢いに圧倒されていると惣菜パンを手に持った阿部が近づいてきた。
「白石は何にすんの?」
「えーっとね、肉まんにしようかあんまんにしようか迷ってるんだ」
「どっちも食えばいんじゃね?」
「2個も食べたら晩ごはん食べられなくなっちゃうよ」
咲良はそう言って苦笑いをした。
「そうか?あんなに走ったんだし、中華まんの2つくらい食えそうなもんだけどな。」
「うーん、男の子はそうなのかもね?」
咲良はそう答えながらもショーケースを眺めて肉まんにするかあんまんにするか悩んでいた。そんな咲良を見て阿部はフッと笑った。
「じゃー、オレも中華まん買うから半分コして交換しようぜ。そしたらどっちも食えんだろ。」
阿部のその言葉を聞いた咲良は目を輝かせた。
「それいいね!ありがとう!」
「おー。じゃ、オレ肉まん買うから、白石はあんまん買っといて。」
「はーい!」
咲良はレジで店員にあんまんを注文した。お金を支払いあんまんを受け取った咲良はコンビニの外で阿部を待った。阿部もすぐにコンビニから出てきた。咲良はあんまんを半分に分割して片方を阿部に手渡そうとした。……が、阿部は受け取らずに咲良の右手にあるあんまんを直にパクッと咥えた。
「えっ!」
咲良が驚いて声をあげると阿部はもぐもぐしながら「何?」と答えた。
「いや、そのまま食べると思わなくて……」
「だってオレ今両手塞がってんだもん」
そういう阿部は肉まんを両手で持って半分に分割しているところだった。
「あー、そっか」
「おう、これ肉まんな」
阿部はそう言いながら分割した肉まんの片方を咲良の口元に運んだ。
「ええ?私は自分で食べるよ。」
咲良はそう言ったが、そんな咲良も分割したあんまんを両手に持っているので手が塞がっている。
「いいから食えって」
阿部はそう言って肉まんを咲良の口に当てた。しかたがないので咲良は阿部の左手にある肉まんをパクッと一口食べた。
「あ、おいしい」
咲良が感想を漏らすと阿部は「寒い季節の中華まんは最高だよな」と言ってニッと笑った。それから阿部は右手にある自分の肉まんを口に運んだ。
「おお、うめぇな」
阿部はそう言いながら右手の肉まんをペロリと平らげた。阿部の右手が空いたので咲良は「はいっ」とあんまんを差し出した。
「自分で食べて」
「はいはい」
阿部はそう言いながらあんまんを受け取った。そしてその代わりに左手の肉まんを咲良に差し出した。咲良は空いた右手でその肉まんを受け取った。今の咲良は右手に肉まん、左手にあんまんを持っている。そんな咲良の姿を見て阿部はプッと吹き出した。
「なんかすごい食いしん坊みたいな絵面だな」
「ええー、やだそれ!」
咲良はそう言って顔を赤くした。咲良はまず右手にある食べかけの肉まんを全部食べてしまうことにした。肉まんを食べ終わったら次はあんまんを食べ始めた。咲良がそうして肉まん半分とあんまん半分を食べている間に阿部は中華まんを全部食べ終わって今度は惣菜パンに手を出していた。
「この後、晩ごはんも普通に食べるんでしょ?男の子の胃袋はすごいね。」
「こんくらい余裕だぜ。たくさん食って早く身長180超えてやるんだ。」
阿部はそう言ってニカッと笑った。
「いいな、私ももっと身長欲しかったな」
咲良はそう言いながら最後に一口分残ったあんまんを口に放り込んだ。
「そうか?女子は白石くらいの身長がちょうどよくね?かわいいじゃん。」
阿部に"かわいい"と不意打ちで褒められた咲良は思わずあんまんを喉に詰まらせそうになった。咲良がゴホッとむせると阿部は「おお、ダイジョブか?」と言いながら咲良の背中とトントンッと叩いてくれた。咲良はカバンからペットボトル飲料を取り出してゴクゴクと飲み、あんまんを胃の中へと流し込んだ。
「ビックリするから急に褒めないでよ~!」
「え?それでむせたのかよ?」
「そうだよっ」
「なんでだよ。白石は"かわいい"なんて言われ慣れてるだろ?」
「いやいや、慣れてるわけないじゃん!」
「え、なんで?」
「なんでって……逆になんで慣れてると思うの?」
「は?白石の容姿見たら万人がかわいいって思うだろ。」
阿部は真顔でそう言った。どうやらお世辞じゃなくて本気でそう思ってくれているらしい。咲良はボッと顔が赤くなった。咲良は蚊の鳴くような小さな声で「あ、あの、ありがとう……」とお礼を言った。そんな咲良の顔を見た阿部も頬を赤く染めながら「おう……」と返事をした。
全員が食事を終える頃になると花井が大きな声でみんなに呼びかけた。
「食い終わったか?んじゃ、明日も試合だし、とっとと帰るぞ!」
野球部員たちは「はーい!」と元気に返事をして帰り支度を始めた。コンビニからは上り組と下り組の二手に分かれる。咲良は下り組だ。一方で阿部は上り組だ。
『阿部君とはここでお別れか……』
下り組は西広・水谷・篠岡・田島・咲良の5人だ。この中で咲良が気楽に話せるのは水谷くらいしかいない。人見知りの咲良はあまり親しくないメンバーの中に交じることに不安を覚えた。
「オレ、白石のこと送っていくわ」
上り組のメンバーの中にいた阿部がそう言ってパッと咲良の隣にやってきた。
「ええ!?阿部君の帰りが遅くなっちゃうからいいよ!明日も大事な試合でしょ?」
「白石の家ってそんな遠いのか?」
「えっと、自転車で15分くらいだから別に遠くはないと思う…けど……」
「じゃあ、いいだろ。白石を家まで送ってもオレも1時間以内には家に帰れるよ。ほら行くぞ。」
阿部はそう言って下り方面へ向かって歩き出した。咲良は慌ててその後ろを追いかけた。下り組はまず田島が最初に分かれ道で離脱した。その次が篠岡で、更にその次が咲良の番だ。
「じゃあ、私はこっちなので!また明日も応援行きます。がんばってね!」
咲良は西広と水谷に手を振った。阿部は宣言通り咲良のことを家まで送ってくれるつもりらしく、自転車で咲良の隣を走った。
「阿部君はホントに優しいね」
咲良はそう言ってフフッと微笑んだ。
「は?なにが?」
「人見知りの私があんまり面識のない人たちの中に交じるのを不安に思ってたことに気付いて一緒に来てくれたんでしょ?それくらい私にもわかるよ。」
「あー。まあ、だってオレが帰りに顔出せって言ったからこうなったんだし。」
「ああ、責任感じてくれたんだ」
「いや、まあ、単に不安そうな顔してる白石を放っておけなかったんだよ」
そう言う阿部の頬は少し赤くなっていた。
「あはは、やっぱ阿部君は優しいな」
「別にオレ優しくねーよ」
「優しくない人は家まで送ってくれたりしないよ?」
「いや、オレは優しくしたいやつにしか優しくしないから。ホントに優しいやつってみんなに優しくすんだろ?水谷とかさ。」
「ああ、水谷君はみんなに分け隔てなく優しいよね!」
「そーだな。優しいってああいうやつのことを言うんだろ。オレはちげえ。」
「んー?それでも阿部君が私に優しくしてくれてるのは事実だから、私にとっては阿部君は優しい人だよ。」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「そうか?オレはこれは優しさって言うか下心なんじゃねーかなって思う。」
「下心?」
「白石に良く思われたいからやってんだもん」
「…………」
咲良は思わず黙り込んでしまった。自分の顔がカァァと熱を帯びていくのを感じた。
「黙るなよな」
そう言う阿部も顔が赤くなっている。
「……じゃあ、私も下心だ」
咲良がそう言うと阿部は「は?」と言った。咲良の言っていることの意味がわからないようでポカーンとした顔をしている。
「私は野球やってる阿部君を見たくて次の夏はトランペット吹くって決めたんだ」
「……別にトランペット吹かなくたって今日みたいに観戦に来りゃ見れんだぜ?」
「でもトランペット吹いた方が阿部君に良く思ってもらえるでしょ?」
「まー、そりゃ、吹いてもらえた方が嬉しいよ」
「うん、だよね。そう思ったんだ。だから私も下心だよ。」
「…………」
「誰かを喜ばせたい。そんでその結果としてその人から自分が良く思われたい。それが下心なら、私は下心も立派な思いやりの気持ちの一種だと思うな。」
「……たしかにそうだな」
阿部はそう言ってフッと優しく微笑んだ。
「だから私は阿部君の下心嬉しいよ!ありがとうね!」
咲良がそう言うと阿部はブブッと吹き出した。
「その言い方だと、なんかオレやばいやつみたいじゃね?」
阿部はそう言いながら腹を抱えて笑い出した。咲良はこんなに大笑いしている阿部の姿は初めて見た。阿部は笑いすぎて目に涙を浮かべていた。そんな阿部の顔を見れたのが嬉しくて咲良も自然と笑顔になった。
「白石って意外とギャグセンス高いよなぁ」
ひとしきり笑って落ち着きを取り戻した阿部がそう言った。
「えへへ、阿部君を笑わせることができて私は誇らしいです」
「あー、白石っておもしれーやつだな」
「それは光栄!私も阿部君と話してて楽しいよ。」
阿部と咲良は顔を見合わせてニッと笑い合った。
そうして会話しながら自転車を漕いでいると咲良の家に到着した。
「うち、ここなんだ。送ってくれてありがとうね。阿部君も気を付けて帰って!」
「おう、また明日も応援来てくれんだろ?」
「うん、行くよ!明日もがんばってね!」
「サンキュ。じゃ、また明日な。」
阿部はそう言って自転車を漕ぎ始めた。咲良は今日も阿部の背中が見えなくなるまで見送ろうと思った。…が、途中で阿部は足を止めて振り返った。
「白石!」
阿部は少し離れた場所から咲良を呼んだ。
「どうしたのー?」
「言い忘れてたけど、オレも白石の下心嬉しいよ!」
阿部は大きな声でそう言うとニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっ、声が大きいよ!」
顔を真っ赤にして焦っている咲良の様子を見て阿部は満足気な顔をした。そして「じゃーな!」と言って阿部は去っていった。
<END>