阿部夢小説「エフ・エフ」
10月の第4日曜日、咲良はその日も吹奏楽部の友人たちと一緒に西浦高校野球部の試合観戦のために野球場に足を運んだ。前日と同様に球場の出入り口で阿部母と待ち合わせをし、スタンドへと向かった。西浦高校野球部は今日も無事に勝利を収めた。これで4市大会予選リーグを突破したことになる。11月上旬の土日には決勝リーグが開催される。「みんな、決勝リーグも一緒に観戦してくれる?」
咲良は吹奏楽部の友人たちに訪ねた。全員が「もちろん!」と言って笑顔を見せてくれた。
試合終了後、咲良たちは選手の母親たちと一緒にダッグアウトの出入り口前の広場へと向かった。昨日の咲良は何も知らずに阿部母についていったら着替え中の選手たちに遭遇してしまい、たじたじになった。その教訓を活かして今日の咲良は阿部母に「阿部君の着替えが終わったら呼んでもらえますか?」と頼んで広場内には入り込まずに選手たちの姿が見えない場所で待機することにした。
「おー、白石」
阿部の声がした。咲良がパッと顔をあげると練習着に着替えた阿部が立っていた。
「よかった。今日はちゃんと服着てる!」
「おい、その言い方じゃまるでオレが露出狂みたいじゃねーか」
阿部はそう言って咲良の頭を軽く小突いた。
「あはは、ごめんごめん!」
咲良はそう言って笑った。
「今日も午後から自主練か?」
阿部が咲良に訊ねた。
「うん!野球部は?」
「当然、午後も練習だよ」
「今日も早く上がる?」
「いや、明日が月曜日で休養日だから今日は普段通り20時半までやるって」
「そっか、じゃあ今日は一緒には帰れないね」
咲良は内心ガッカリしたがそれを表に出さないように努めて平静を装った。
「……明日も吹奏楽部は18時までだよな?」
「うん、そうだよ」
「じゃ、明日は一緒に帰ろうぜ。いいか?」
「え、あ、うん。いいの?」
「おう」
阿部はそう言ってニッと笑った。
「明日もどっか寄る?ファミレスとか行くならお母さんに夕食いらないって事前に伝えとくけど。」
「あー、そうだな。せっかくだから晩メシ一緒に食うか。」
「わかった」
咲良は頷いた。そしてスマホを取り出して早速母親に連絡を入れた。
「じゃ、私たちはもう行くね。今日も裏グラ周辺を走るつもりだから、また後でね!」
「おー、今日も応援ありがとな!気を付けて帰れよ。」
「うんっ」
そうして咲良は阿部に別れを告げ、帰宅した。
家で昼食を食べた咲良は今日もトランペットケースを背負って自転車で学校へと向かった。今日も1年7組の教室に荷物を置いたら女子更衣室で運動着に着替えをして裏グラに向かって走り出した。裏グラに到着すると阿部はすぐに咲良に気が付いてくれて右手を上にあげてジェスチャーで咲良に挨拶をした。咲良も同様に手を上にあげて挨拶を返した。今日も咲良は裏グラの周辺をランニングしながらずっと阿部の姿を眺めていた。野球の練習に励んでいる阿部はいつもよりも数割増しでカッコよく見える。
『もちろん教室で授業を受けてる時もカッコイイけど、やっぱ野球やってる時の方が生き生きしてるよね』
阿部を見てると本当に野球が好きなんだということが伝わってくる。
『大好きな阿部君が夢中になっている野球のこと、私ももっと知りたいな』
咲良は裏グラに響き渡る阿部の「ナイボ!」という声を聞きながらそんなことを考えていた。
ランニングと筋トレを終えた咲良は今日も1年7組の教室でトランペットの練習をした。練習曲は昨日に引き続いて"狙い撃ち"だ。18時まで練習をした咲良は今日も帰りに裏グラに顔を出すことにした。今日の野球部は大縄跳びをやっていた。阿部は今回もすぐ咲良に気が付いてくれた。阿部は大縄跳びをしながら咲良に向かって手をあげて挨拶をした。
「あー!白石サンじゃん!」
田島は大縄跳びをしながら咲良の方を見てニカッと笑った。
「あ、どうぞお構いなく。続けてください。」
「へーき、へーき!」
田島はそう言った矢先に縄に引っかかった。
「田島君、失敗1回目ね」
篠岡がそう言いながらメモを取った。
「あちゃー、油断した」
「わー、田島君、ごめんなさい!私のせいだ!」
咲良はフェンスに近づいて田島に向かって謝罪をした。
「いや、白石は何も悪くねーよ」
阿部がそう言った。
「そうそう、白石サンのせいじゃねーから気にすんなよ!」
田島はそう言ってまた屈託のない笑顔を見せてくれた。阿部は咲良が立っているフェンスに近づいてきた。近くで見ると阿部は汗だくだった。一体何回跳んだのだろうか。
「これもおにぎりの具をかけて勝負してるの?」
「そう。白石はこれから帰るところだよな?」
「うん、今日も帰る前に顔を見に来ちゃいました!」
咲良がテヘッと舌を出すと阿部はフッと微笑んで「あんがとな」と返事をした。
「え?なんで阿部君が"ありがとう"?」
「は?だって練習中はオレからは会い行けねーからそっちから来てくれなきゃ会えねーじゃん。」
「…………」
「なんで黙んの?」
「……えっと、それは阿部君も私に会いたかったって解釈していいのかな?」
「ああ、そうだよ」
阿部は頬が少し赤いように見えた。きっとそれは大縄跳びをしていたせいじゃない。
「えへへ、ありがとう」
咲良はそう言ってくしゃっと笑った。阿部は「おー」と言いながら頭をポリポリと掻いていた。
「じゃ、オレは練習に戻るから」
「うん、練習がんばってね!また明日ね!」
「おう、また明日、な!」
阿部はそう言うとフェンスから離れて大縄跳びの輪の中に戻っていった。咲良はしばらくの間、必死に跳んでいる阿部の姿を眺めた後、そっと裏グラを離れて帰途に就いた。
翌日月曜日、咲良が親しいクラスの友人たちと会話していると朝練を終えた阿部・花井・水谷が一緒に登校してきた。阿部は教室に入ってくるといつも真っ先に咲良の姿を探して挨拶をしてくれる。
「うっす!」
「阿部君、おはよう!」
「白石、数学の宿題やってきたか?見てやんよ。」
「わーい、見てもらおうと思ってました!」
咲良は自分の机から数学のノートを取り出して阿部の席に向かった。
「確認お願いします!」
咲良は阿部にノートを差し出した。阿部は「おう」と言いながらそれを受け取った。阿部が咲良のノートをチェックしてくれている間、咲良は阿部の顔をまじまじと眺めた。横長のタレ目、吊り上がった眉、すっと伸びた鼻、眉間の皺…―――
『全部カッコイイ……!』
咲良は胸がキューッとなるのを感じた。
「お、今日は全部正解してんじゃん」
阿部がそう言いながらニッと笑った。
「ホント?阿部君のおかげで私も数学得意になってきたかも……!」
「そのうちオレの手助けなんか要らなくなるかもな」
「いやいや、2年生になったら数Ⅱ・Bが始まるしこれからも阿部君は必要です!見捨てないで!」
咲良はそう言ってガバッと阿部の両肩に手を置いた。阿部はハハッと笑いながら「見捨てねェよ」と答えた。
「そういや白石って文理選択どっち…って訊くまでもなく文系だよな?」
「うん、バリバリの文系です!国語・社会の方が得意!」
「じゃあ来年以降は同じクラスなれねェだろうな」
「ああ、2年からは文理でクラス分かれるんだもんね……」
阿部と咲良は無言で顔を見合わせた。
「寂しい、な……」
咲良がボソッとそう言うと阿部は目を見開いて一瞬固まった。が、すぐにフッと微笑んだ。
「クラスが分かれてもたまには会いに行ってもいいか?」
「来てくれるの?嬉しい……!じゃあ、私も会いに行くよ。」
「とか言って白石は自分からは来ねえだろうなァ」
「ええっ、なんでよ?」
「"クラスメイトと仲良く話してるところを邪魔しちゃ悪いと思った"とか言い出しそうじゃん」
「う、たしかに、ありうる……」
咲良はそう言いながら頭をポリポリと掻いた。
「最低でも週1回はそっちから顔出せよ。出さなかったら罰ゲームな。」
「え、罰ゲームって何させられるの!?」
「何がいいかねェ~…」
阿部はそう言いながらニヤニヤと笑っている。
「うっわ、今すっごい悪い顔してるよ、阿部君!」
「そら、人にやらせる罰ゲームほど楽しいもんはねェだろ?」
「サディストー!!」
咲良は顔を青ざめながら後ずさった。そんな咲良の腕を阿部が掴んだ。
「だから……、ちゃんとそっちからも会いに来いよ。な?」
「そっか、ちゃんと会いに行けば罰ゲームはないんだ!しかも、阿部君にも会える!一石二鳥だねっ。」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「つーか、オレの現国と古典の面倒も見てくれよな。白石はだんだん数学得意になってきてっけど、オレの方は全然だぞ?」
「え、だってさ、現国の小テストなんて基本漢字じゃん?古典も単語とか活用覚えるだけだし……家でちゃんと覚えてきてね、としか言えないよ。」
「オレが家で現国と古典をやる気になれるようになんか工夫してくんね?」
「んーっと、なんかご褒美を用意するってこと?」
「おお、そうだな」
「阿部君って何が嬉しいの?野球と数学にしか興味ないよね。」
「んなことねーけどな」
「えっ、他に何に興味があるの?」
咲良は身を乗りだした。阿部と仲良くなってまだ1ヶ月半ほどしか経ってないが、咲良の知る限り阿部は野球と数学以外のことには全然興味・関心を示さない、そんな飾り気のない男だった。
「……白石には興味がある」
「え?私?」
「おう」
「ど、どういう意味?」
咲良は阿部の言葉の真意を図りかねていた。
「最近、白石ってどういう風に生きてきたんかな、とか、学校以外では何して過ごしてんのかな、とか、なんか白石の生態が気になるようになってきた」
「なんか……まるで私が珍獣かのような言い方するね?」
咲良はそう言ってクスッと笑った。
「あー、珍獣か。なるほどな。」
「ちょっと、納得しないでよっ!」
咲良は阿部にツッコミを入れた。阿部はプッと吹き出して楽しそうに笑っていた。
「じゃあさ、阿部君が現国とか古典の小テストで満点を取る度に私の幼少期のアルバムの写真を1枚ずつ見せてあげるっていうのはどう?これで私がどういう風に生きてきたのか把握できるでしょ?」
「おー、それいいな」
「代わりに私が数学の宿題を全問正解する度に阿部君も幼少期の写真を公開してよね?」
「オレの?見たいの?」
「見たいよ!阿部君の幼少期!」
咲良はそう言って目をキラキラと輝かせた。
「わかった。じゃあ、そういうことでよろしく!」
阿部はそう言いながら咲良に数学のノートを返却してきた。咲良は「ありがとう」と言いながらそれを受け取って自席へと戻った。そろそろ朝のホームルームが始まる時間だ。
1日の授業を終えた咲良は部活に参加するために教室を出た。今日は月曜日なので吹奏楽部では楽器の練習の前にランニングを行うことになっている。そのためにまずは女子更衣室で運動着に着替えをする必要がある。咲良が女子更衣室へ向かって歩き始めると「あ、白石!」と呼び止められた。振り返ると阿部が立っていた。
「阿部君!」
咲良はルンルンと軽い足取りで阿部に近づいた。
「今日の約束、覚えてるよな?」
「うん、もちろん!そっちはミーティングだけで終わるんだよね?待たせてごめんね。」
「いや、全然へーき。今日も18時頃になったら吹奏楽部の部室前で待っとくから。じゃ、また後でな!」
阿部はそう言って阿部の後ろで待っている花井・水谷と合流しようとした。そんな阿部を今度は咲良の方が引き止めた。
「待って、待って!」
「どしたよ?」
「部室前で阿部君が待ってたらすごく目立つからやめよう?」
「目立つ?オレが?」
「目立つよっ!先週私が廊下に出たらすごくザワザワしてたもん。」
咲良はその時に"誰かのカレシ?"なんてコソコソ話がされてたことを思い出した。今週もあんな風に阿部が部室前で待ってたら吹奏楽部の部員たちに阿部が咲良のカレシだと勘違いされる可能性が高いし、そうじゃないと否定したところできっとひやかされる。そして咲良は嘘をつくのが下手くそなのでその過程で咲良が阿部に片思いしていることが周囲にバレる恐れがある。
「ふーん?じゃ、別の場所で待ち合わせるか?」
阿部がそう言った。
「阿部君はミーティング後はどこで時間潰すの?そこに迎えに行くよ。」
「じゃあ、7組の教室にいるわ」
「わかった。じゃ、18時過ぎに教室で。」
咲良は「また後でね」と言いながら阿部に向かって手を振った。そして今度こそ女子更衣室へと向かった。
18時になった。部活を終えた咲良は吹奏楽部の友人たちに別れを告げ、1年7組の教室に向かって走った。咲良が1年生の教室が並ぶエリアに到着すると7組の教室の明かりがついているのが見えた。こんな時間なので他の教室は電気が消えている。
『きっと阿部君だ』
そう思いながら咲良がガラガラッと7組の教室の扉を開けると阿部が机に突っ伏した状態で座っていた。咲良は阿部の席に近づいた。阿部は古典の教科書とノートを机に広げた状態で寝こけていた。
『ああ、一応がんばろうとはしてくれたんだな』
咲良はクスッと笑った。それからそっと阿部の髪に手を伸ばした。咲良が阿部の硬くツンツンとした短髪を触りその感触を楽しんでいると「んー?」と言いながら阿部が目を覚ました。咲良は阿部の髪からパッと手を放した。
「おはようございますヨ」
咲良がそう言うと阿部は起き上がって「ふあぁ」と豪快に欠伸をした。
「やべー、寝ちまってた」
「寝ちゃったみたいだけど、でもちゃんと古典を勉強しようという気概は感じられたので白石先生は嬉しいですよ」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「そりゃ、ご褒美があるからな」
阿部はそう言ってニヤッと笑った。そして阿部は机の上に広げた古典の教科書とノートをエナメルバッグにしまった。
「じゃ、行くか。ファミレスに直行でいいか?」
阿部はそう言いながらエナメルバッグを背中に背負い始めた。咲良は教室の電気を消した。
「ファミレスの前に本屋に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」
「おー、いいぜ。何買うんだ?」
「野球のルールの本買いたいんだ。野球部の応援するからにはちゃんと野球のことも勉強しようと思ってさ。」
咲良がそう言うと阿部は「おおっ!?」と歓声をあげた。暗くて阿部の表情はよく見えないが、たぶん喜んでくれているんだと思う。
「じゃあ、今日もさいたま新都心駅の方に行くか。デカい本屋の方が品揃えいいだろ。」
「うん、そうしよう!」
阿部と咲良は7組の教室を後にした。
自転車を漕いでさいたま新都心駅へと到着した阿部と咲良は駅近くのショッピングモール内を歩いて本屋へと到着した。
「スポーツ関連の本はこっちだな」
阿部はスタスタと歩き出した。咲良は阿部のあとを追いかけた。
「野球のルールブック的なのはこの辺じゃね?」
「わあ、たくさんあるね」
咲良は本棚にずらりと並ぶ野球のルール解説本を眺めた。
「野球のルールをちゃんと学ぶならやっぱ公認野球規則を読むべきだとオレは思うけど、初心者がいきなりこれはキツイか?」
阿部はそう言いながら1冊の本を差し出してきた。咲良がペラッと本を開いてみるとなんだか難しい言葉がたくさん並んでいた。正直、咲良にはこれを1人で読んで理解できる自信はない。咲良が青ざめていると阿部は「やっぱそうなるよな」と言いながら咲良の手から本を取り上げた。
「あっ!」
「何?これは無理だろ?」
「でもそれが公式のルールブックなんでしょ?それなら一応買っておこうかなって。それとは別にもうちょっと軽めの、初心者にも取っつきやすい本も一緒に買う!」
「おー、そうか」
阿部はそう言いながら公認野球規則の本を咲良の手に戻した。それから阿部と咲良は色んな野球のルール解説本を手に取りながら「漫画で学ぶのはどうだ?」とか「この本はイラストが親しみやすい感じでいいかも」とか「これは解説が親切だな」と言った具合に会話を交わし、あれこれ議論した末に1冊の野球初心者向けルール解説本を選出した。公認野球規則の本と併せて2冊の本を手にした咲良はレジにて会計を済ませて本屋を出た。
「んじゃ、ファミレス行くか」
本屋の外で咲良を待っていた阿部がそう言って歩き出した。咲良は阿部のあとを追いかけた。
ファミレスに到着するとメニューを取り出した阿部はスマホで1分を測り始めた。
「……それ、何やってるの?」
「野球部の訓練の一環で外食時の注文は1分以内に決めるように指導されてんだよ」
阿部はメニューから目を離さずにそう答えた。
「へー、野球部って本当にストイックだね」
咲良はそう言いながら自分もメニューを眺め始めた。阿部は宣言通り1分以内に注文を決め終えたようだった。一方、咲良は持ち前の優柔不断を発揮していた。
『オムライスにしようか、パスタにしようか、どっちにしようか悩む……』
咲良が「うーん」と唸ると阿部はクスッと笑った。
「あ、待たせてごめんね」
「いや、好きなだけ悩めよ。オレに合わせる必要ねーから。」
「阿部君は何にするの?」
「オレはステーキ。ライス大盛り。あとベーコンとほうれん草の和え物とドリンクバーも付ける。」
「おおー、よく食べるねえ」
「ちなみにオレは家に帰ったらもう1回晩メシ食うぞ」
「え、嘘でしょーっ!?」
咲良が目を見開いたが、阿部はニヤッと笑って「いや、ホント」と答えた。
「そんなに食べて太らないの……って太るわけないか~。あんなに運動してんだもんね。」
そう言いながら咲良は店員呼び出しボタンを押した。咲良はオムライスにドリンクバーを付けることにした。すぐに店員がやってきたので阿部と咲良はそれぞれ自分の注文を店員に伝えた。店員は「承知しました」と言って去っていった。
「白石だって結構運動してるよな?もっと食わねーと無くなっちまうんじゃねーの。」
「体力と肺活量は身に着けたいけど決して太くなりたくはないの……。女子はその辺のバランス調整が大変なんだよーっ!」
咲良がそう言うと阿部は「あー、はいはい」と言いながら席から立ち上がった。
「ドリンク取りに行こうぜ」
「うんっ」
咲良はホットのほうじ茶を持って席に戻った。阿部はオレンジジュースとアイスのウーロン茶を持ってきていた。
「白石って野球はどこまでわかるんだ?」
「小学生の体育の知識しかないよ。あ、この間の試合は花井君と阿部君のお母さんが逐一解説してくれたからすごく助かった!あれ聞いてたら私って全然野球のこと知らないんだなって思い知らされたし、野球をがんばってる阿部君をもっとちゃんと応援したいなって思うようになったんだよ。」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「……白石はなんでそんなにオレのためにがんばってくれるんだ?」
「え?一昨日話したよね?下心の話。」
「したけど、知りたいのはその下心の理由な。そもそもなんで白石はオレに良く思われたいんだろなって疑問に思ってさ。」
「……逆に阿部君はなんで私に良く思われたいんですか?」
咲良がそう訊ねると阿部は一瞬キョトンとした顔をしてから今後は咲良の顔をまじまじと眺めた。
「なんでって…なんでだろな……」
阿部はそう言いながら顎に手を当てて考え込んでいた。咲良はその様子を眺めながら内心ガッカリしていた。
『実は阿部君も私のこと好きだったらいいな、なーんて自分に都合のいいこと考えてたけど、この様子を見るに別にそういうわけじゃなさそうだな~…』
咲良はまだ熱いほうじ茶にフーフーと息を吹きかけてゴクッと一口飲んだ。そこに店員が注文した料理を運んできたのでそのままこの会話は流れた。
食事を終えた咲良はドリンクのおかわりを取りにドリンクバーへと向かった。今度はホットのジャスミンティーにしてみた。阿部は今度はホットのウーロン茶を持ってきていた。咲良は先程買ったばかりの野球初心者向けルール解説本を取り出して読み始めた。
「さっきの会話の続きなんだけどさ……」
阿部がそう切り出した。
「ん?さっきの会話?」
「なんで良く思われたいのかって話な」
「あー。理由、わかった?」
「いや、参考までに白石側の答えを聞きてーんだ」
「…………」
咲良は何て答えたらいいのかわからなくて黙り込んだ。咲良側の答えは単純に"阿部君に恋をしているから"なのだが、そのことを阿部に伝えてしまったらもうそれは愛の告白だ。咲良にはまだこの恋心を本人に打ち明ける勇気はなかった。先程の様子からして阿部側には咲良への恋心はなさそうだし今告白したところで振られるのは明白だ。しかも振られたらこの関係が終わってしまって明日からは阿部はもう仲良くしてくれなくなるかもしれない。そんなことを想像した咲良はゾッとして顔から血の気が引いていった。
「は?え、どーしたよ?」
真っ青になった咲良の顔を見た阿部は困惑していた。
「ごめん、なんか急に具合悪くなってきちゃった……」
咲良がそう答えると阿部は「マジか。どっか痛いのか?」と言って席から立ち上がった。
「ううん、どこも痛くないんだけど……」
しいて言うなら痛いのは心なのだが、そんなことを言う訳にいかない。
「気持ち悪いのか?」
「あー、うん。そんな感じ?」
「トイレ行くか?それともちょっと寝るか?」
「あ、ちょっと寝ようかな」
咲良はそう言ってテーブルに突っ伏した。阿部はそんな咲良の頭をポンポンッと軽く叩いた。
『あー、今そういうことしちゃいます?』
今の咲良には阿部の優しさが逆にツラかった。
『告白なんて一生しない…!告白して振られて疎遠になるくらいならずっと友達のままがいい。』
咲良はファミレスのテーブルに顔を伏せながら心にそう誓った。
<END>