※注意:阿部相手の夢小説です※
※阿部夢小説「真っすぐな嘘」の続編です※

阿部夢小説「言えない弱気、言う勇気」

 11月3日、文化の日。祝日。学校は休みだ。でも咲良はトランペットを背負って自転車で学校に向かっていた。

 ここ最近の咲良は休日も午後から学校に登校してランニングや筋トレやトランペットの練習をして過ごしている。その目的は来年の夏に野球部の応援でトランペットを吹くことにある。というのも実は咲良は野球部で正捕手を務める阿部隆也に片想い中なのだ。阿部は自分の夢を叶えるために毎日部活をがんばっている。そして咲良にトランペットで応援してくれたらやる気になれると言ってきた。好きな人からそんなことを言われて嬉しくない女子なんているだろうか。少なくとも咲良の場合はそれはそれは気力が満ちてきて、野球部の応援曲を早く吹けるようになりたくて毎日うずうずしていた。この2週間の間に"ルパン三世のテーマ"と"狙い撃ち"は吹けるようになったので、咲良は今は"サウスポー"を練習中だった。
『"サウスポー"の次は"アルプス一万尺"をやって、その次は"コンバットマーチ"かな』
咲良がそんなことを考えながら一生懸命自転車を漕いでいるとようやく学校に到着した。まずは1年7組の教室に荷物を置いた。それから女子更衣室で着替えをした咲良は裏グラに向かって走り出した。野球部はいつも裏グラで練習をしている。咲良は練習中の阿部の姿を横目に見ながらランニングに励むのが休日の恒例の過ごし方になっていた。今日もランニングしながら阿部の姿が見れるだろうと思っていた。

 しかし、咲良が裏グラに到着するとそこには誰もいなかった。いつもは野球部の掛け声やバットとボールがぶつかるカキーンといういい音が響いているのに今日はもぬけの殻だ。
「あれ……?」
咲良はランニングを続けながら『なんで誰もいないんだろ?昨日は試合じゃなかったし、休みなわけが…――』と考え事をした。そしてそこで気が付いた。今日は月曜日だ。野球部では毎週月曜を休養日に設定していてこの日はミーティングのみで解散なんだと以前阿部は言っていた。
『そっか、今日は月曜日だから部活がないんだ』
咲良は内心ガッカリした。今日も阿部に会えるのを楽しみにしていたからだ。
『祝日でもミーティングってやるのかな?やるなら何時から?いつもは16時からだったはずだけど、祝日は午前中にミーティング終わらせちゃうって可能性もあるよね。だとしたら今日は会えないのかな。』
咲良はそんなことを考えながら黙々とランニングをした。いつもはあっという間だった1時間が今日はとても長く感じられた。

 ランニングと筋トレを終えた咲良は1年7組の教室に戻ってきた。いよいよトランペットの練習開始だ。阿部に会えなくて残念に思う気持ちはあるが、今日の練習が来年の夏の応援に繋がっているんだと気を取り直して練習に励むことにした。
『この1週間で"サウスポー"を習得する!』
咲良は楽譜用ポケットファイルを取り出し、"サウスポー"のページを開いた。そしてトランペットに息を吹き込んだ。

 しばらくの間、咲良がトランペットの練習をしていると突然ドダドタドターッという足音が聞こえてきた。咲良がビクッと怯えているとその足音はどんどん1年7組の教室に近づいてきた。
「あ、コラ、田島ァ!廊下を走るな!危ねーだろ!?」
そんな声がすると当時にガラガラッと勢いよく7組の教室のドアが開いた。
「あー!やっぱ白石サンだっ!」
ドアの方を見ると田島がニカーッと笑いながら咲良を指さしていた。
「ああ、田島君か」
近づいてくる足音を聞いた咲良は教員や警備員に叱られるのではないか思って怯えていたところだった。足音の正体が田島だとわかってホッと胸を撫でおろした。
「レンもいるぞー」
田島がそう言った。田島の後ろにふわふわしたクセ毛の男の子が立っていた。咲良は野球部の試合観戦に行ったことがあるので、その人が誰だかもうわかっている。投手の三橋廉だ。
「野球部、みんないるの?」
「おー、みんないるよ。今ミーティング終わったとこなんだよね。ミーティング中、ずっとトランペットの音が聞こえてきてさ、これ白石サンかなーって話してたんだよ。」
田島のその言葉を聞いた咲良が『じゃ、もしかして阿部君もいる?』と思ったその瞬間、ちょうど阿部がヒョコッと顔を出した。
「うっす!」
「あ、阿部君だ」
阿部の姿を見つけた咲良は胸がじわじわと温かくなるのを感じた。
「今日もがんばってんのな」
「うん、早く野球部の応援曲吹けるようになりたいからね」
「何時までやんの?」
「今日も18時までやろうと思う」
「そうか」
阿部はそう言いながら咲良が立っている場所から少しだけ離れた椅子に座った。
「タカヤ、帰んねーの?」
田島が阿部に話しかけた。
「おー、オレは白石の練習をちょっと見てくわ。お前らは先帰れよ。」
「了解っ!じゃ、白石サン、またな!練習がんばってな!」
田島はニカッと笑って三橋と一緒に去っていった。
「またねー」
咲良は田島と三橋に向かって手を振った。その間に阿部はカバンからパンを取り出してビニールの封を開封していた。
「……今日は会えないかと思ったよ」
咲良はポツリとそう言った。
「あ?なんで?」
「祝日の月曜日もミーティングやってるのかどうかわからなかったし、やってるにしても午前中に終わらせちゃったかもなって思って」
「あー、言ってなかったっけ。祝日の月曜日も基本ミーティングは16時からだよ。監督のバイトの時間によっては変更することもあっけどな。」
阿部はそう言いながらパンを食べ始めた。
「へー、野球部の監督ってバイトもやってるんだ。大変だね。」
「そうなんだよ。オレらのために色々と自腹切ってくれててさ、スッゲーありがたいけど申し訳ねーなとも思う。」
「えっ、自腹まで切ってくれてるんだ!?すごい熱意だ。」
「だよなァ」
阿部はそう言って頬杖をついた。そして咲良の顔をジッと見つめてきた。
「今日も裏グラの周り走ってきたのか?」
「うん。野球部のいない裏グラはすごい静かでなんか寂しかったよ。」
「そうか。1人で走ってたのか。」
「うん」
「なんか、悪かったな」
「え、いやいや、阿部君が謝ることじゃないでしょ」
咲良はそう言って両手をブンブンと横に振った。
「でも、寂しい思いさせちまったんだろ?」
「まあ……阿部君がいない1時間のランニングはなんだかいつもより長く感じたよ」
咲良はそう言って眉尻を下げて笑った。阿部は無言で咲良の顔を見つめていた。
「……あのさ、さっき"今日は会えないかと思った"って言ったじゃん」
「あ、うん」
「会いたかったか?」
咲良は何て答えるべきか少し迷った。正直に肯定してしまうのは恥ずかしい気がした。でもここで嘘をついて否定したらそれはそれで問題がある。"別に会いたくなかった"なんて言われて嬉しい人間はいないだろう。迷った末に咲良は「……うん」と返事をした。それを聞いた阿部の頬が少し赤く染まった。
「先週、ファミレスでさ、お前オレに"なんで私に良く思われたいんですか?"って訊いてきたじゃん」
「あー、うん」
「オレ、あれの答えわかったよ」
「えっ!……ちなみに答えは何でした?」
「んー、一旦、秘密?」
阿部はそう言ってニヤリと笑った。
「えー、なにそれ。なんで教えてくれないの?」
白石だって教えてくれねェじゃん」
そう言われると咲良は黙り込むしかなかった。だって咲良はあの時告白はしないと心に決めたのだから。阿部は席から立ち上がって食べ終わったパンの空のビニール袋を捨てるためにゴミ箱に近づいた。ゴミ箱に空のビニール袋を入れた阿部はくるりと咲良の方を振り返った。
白石は自分の答えわかってんだよな?でも言えねェ理由があるってことだろ?」
「…………」
「言えねェ理由、同じかもしんねーって思うオレは自惚れてっかな」
「え、まさか!」
咲良は咄嗟にそう言葉にした。阿部はそんな咲良の反応を見てフッと微笑みを浮かべた。咲良を見つめる阿部の眼差しはなんだかいつもより優しい感じがして咲良は胸が高鳴った。
『まさか阿部君が私のことを好きなんて……そんなことあるはずないよね?私が自分に都合のいい解釈をしているだけだよね?ここで早まって告白なんかしちゃったら赤っ恥だよ!』
咲良は胸の高鳴りを鎮めるために阿部に背を向けた。それから大きく息を吸い込み、フゥーッと吐き出した。それからくるりと振り返るといつの間にか咲良の目の前の机に阿部が腰かけていた。
「うわあっ!」
咲良は驚いて声をあげた。
「言えねェ理由、お互いに話してみないか?」
阿部はそう言ってジッと咲良の顔を見つめた。
「いやいや、言えない理由があるんだよ~!話せないよっ。」
「少なくともオレはもう言ってもいいかなって思ってるんだけど、白石はそうは思わねェの?」
「私は、思わない、です…っ!」
咲良がそう言うと阿部は「レンみたいな話し方になってんな」と言って笑った。
「レンって投手の三橋君?」
「そー。そういうドモった話し方すんだ。」
「へえ、そうなんだ。まだ全然話したことないから知らなかった。」
「あー、まあ、クラス違うもんな」
それから阿部は三橋についての説明を始めた。咲良は阿部の言葉に相槌ちを打ちながら、内心は話を逸らすことができたことにホッとしていた。阿部の三橋に関する説明を聞き終わった咲良は「じゃ、私はそろそろトランペットの練習再開するね」と口を開いた。
「さっきは"サウスポー"を吹いてたよな?他に吹ける曲ある?」
阿部が咲良に訊ねた。
「"ルパン三世のテーマ"と"狙い撃ち"は吹けるようになったよ!」
「おー、それも聴かしてくれよ」
「あ、うん、いいよ。じゃあ"ルパン三世のテーマ"からいくね。」
咲良はポケットファイルをめくって"ルパン三世のテーマ"のページを開いた。それからトランペットを掲げて息を吹き込み、"ルパン三世のテーマ"を演奏した。咲良の演奏を聴き終わった阿部は「おー」と言いながら拍手をしてくれた。楽しそうだ。
「続けて"狙い撃ち"いきます」
咲良は再度ポケットファイルをめくって"狙い撃ち"のページを開き、演奏を始めた。演奏を終えた咲良は「今吹けるのはまだこれだけなんだ」と言って笑った。阿部は「順調そうだな」と片方の口角を吊り上げるようにして笑っていた。
「うん、これからもがんばるっ!」
咲良は右の手のひらをグッと握ってやる気をアピールした。そんな咲良を見て阿部はクスッと笑った。
『あ~、またそんな目をして……!』
阿部の眼差しは優しさ……――というより愛情に満ちているような、そんな気がした。先週、"告白なんて一生しない"と心に誓ったはずなのに阿部のその瞳を見ていたら咲良は少し決心が揺らいでしまった。
「……阿部君ってモテるでしょ?」
「は?んなわけねーだろ。」
「嘘だ。カノジョとか沢山いそう。」
「カノジョが沢山いたら倫理的にダメだろ。ここはイスラム圏じゃねーんだからさ。」
阿部はそう言ってブハッと笑った。
「つーか、カノジョなんかいたこともないし」
「え、意外だ」
「意外か?バレンタインチョコとかも貰ったことねーし、当然告白もされたことねーよ。」
「え、そうなんだ。もしかして女嫌いとか?」
「別にそんなことはねェ。白石は?…って訊くまでもないか。お前はモテるんだろ。」
阿部はそう言いながらため息をついた。
「ええっ、いや、私も全然モテない!カレシもいたことない!」
「男嫌い?」
「……正解。あっ、でも阿部君のことは嫌いじゃないよ!阿部君は特別!」
「へー、オレは特別、ね」
阿部はフッと笑った。
「ちなみになんで男嫌いなの?」
「……小学生の頃、男の子たちに髪の毛引っ張られたり、スカート捲られたり、ブスとか言われたり、色々意地悪されたから嫌いになった」
「あー、そりゃ典型的な"好きな女の子を虐めたくなる"ってやつだろ」
「みんなそう言うけどさ、好きだったら何してもいいわけじゃないよ!好きでもない男子にそんなことされたってこっちは微塵も嬉しくないし!いや、仮に好きな男の子だったとしてもそんなことされたら嫌いになる。」
咲良はそう言って頬をむくれさせた。
「たしかにそうだな。でも、オレも小学生の頃に白石に出会ってたらそんなんやったかもしんねー。出会いが高校でよかったわ。」
「ええっ?そんなことする阿部君は想像できないな。」
「オレだってガキの頃は普通にクソガキだったと思うぞ。ま、よく覚えてねェけどな。」
阿部はそう言った。咲良は「覚えてないんじゃん」と言ってクスッと笑った。
「でもよ、高校生にもなったらそんな意地悪するやついねーだろ?それでもダメなのか?」
「うーん、まだ高校生になって半年くらいしか経ってないし、やっぱこう男子はバカで意地悪ってイメージがどうしても頭についちゃってて。あっ、阿部君のことはそんな風に思ってないよ!阿部君は優しくてカッコイイよ!」
「そりゃどーも。クラスで1番かわいい女子からそんな風に思ってもらえて光栄だよ。」
阿部はそう言って微笑んだ。
「えっ、クラスで1番かわいい?わ、私が?それはないって…!」
咲良はブンブンと首を横に振った。
「少なくともオレはクラスで1番かわいいと思ってる」
阿部のその言葉を聞いた咲良はじわじわと顔が熱を帯びていくのを感じた。
「……わ、私もクラスで1番阿部君がカッコイイって思ってる、よ…!」
咲良はそう言った。咲良の言葉を聞いた阿部は頬を赤らめていた。
「…………」
「…………」
しばしの間、2人の間には沈黙が流れた。
「カッコイイ……だけか?」
阿部がおずおずと口を開いた。
「だけ……とは?」
「クラスで1番カッコイイ男子と付き合ってみたいとは思わねーの?」
"付き合う"という言葉を聞いた咲良はギョッとして硬直してしまった。
『こ、これはやっぱ告白を促されている?……でも、もし違ったら―――』
咲良はまだ勇気が出せなかった。そうして咲良が黙り込んでいると阿部は「フゥ…」とため息をついた。
「変なこと言って悪かったな。オレが自惚れてたか。白石は男嫌いで、オレのことはあくまで友達として好きってことなんだな。」
そう言う阿部の顔はどこか痛々しく見えた。阿部は「オレ、そろそろ帰るわ」と言いながら机から降りて咲良に背を向けた。少しずつ遠ざかっていく阿部の背中を見ていたら咲良は我慢ができなくなった。咲良は阿部の腕を掴んだ。
「何?」
そう答えた阿部の顔はさっきとは打って変わって冷たい。
「あのさ…っ」
咲良は生唾をゴクリと飲み込んだ。
「あの、阿部君はどうなの?」
「どうって何が?」
「阿部君こそ、さ、クラスで1番かわいい女子と付き合ってみたいとは思わないの?」
咲良がそう訊ねると阿部は目を見開いた。それから少し考え込んで、真顔に戻った。
「……もしオレが"思う"って答えたらどーすんの?好きでもない男子からそんなことされたって微塵も嬉しくないよな?」
「……微塵も嬉しくないっていうのは意地悪された時の話でしょ?」
「そうだけど、意地悪じゃなくても好きでもねーやつからそんな目で見られんの気持ち悪ィだろ?男嫌いなわけだし。」
「そもそも、阿部君のその前提が間違ってるって言ったら?」
咲良はそう言った。自分の顔がものすごく熱くなっているのがわかる。
「前提が間違ってる……?」
「私、阿部君のことが好きだよ」
咲良は意を決してそう言った。言った後で俯いた。咲良は恥ずかしさで顔が上げられなかった。
「……友達として、じゃないよな?その反応は。」
「うん。ちゃんと男の子として好き。」
咲良がそう言うと阿部は咲良の顎に手をやってクイッと上を向かせた。咲良の視界に入った阿部の顔は真っ赤だった。阿部は咲良にゆっくりと顔を近づけてきた。咲良は目をギュッとつぶった。そして咲良の唇に柔らかい何かが重なった。チュッと音を立ててそれは離れた。咲良は目を開いた。至近距離に阿部の顔がある。阿部は再度咲良の唇に自分の唇を重ねた。阿部は2度、3度と咲良の唇を吸うようにして口付けを続けた。
『私、今、阿部君とキスをしている』
咲良の瞳から涙がポロポロと零れ落ちた。阿部は咲良の頬を伝う涙を優しく手で拭った。
「泣くなよ。楽器が濡れるぞ。」
阿部はそう言って咲良の手からトランペットを取り上げて近くの机に置いた。そして咲良の両手をギュッと握った。
「オレの気持ちはもうわかんだろ?」
「……うん、でもちゃんと言葉にしてほしい」
咲良がそう言うと阿部は一瞬狼狽えた顔をした。…が、すぐに真剣な顔になった。それから深呼吸をして、じっと咲良の顔を見た。
「オレは白石が好きだよ。ずっと好きだった。」
阿部の言葉を聞いた咲良の目には再び涙が込み上げてきた。咲良が「ううっ」と呻きながら俯くと阿部は咲良の手をそっと引っ張って抱き寄せた。
「なんで泣くんだよ」
「だって……夢みたいなんだもん。阿部君が私のことを好きになってくれるなんて。」
「そりゃ、こっちのセリフだっての。クラスで1番かわいい女の子がオレのことをカッコイイとか好きとか言ってくれるなんて。」
咲良は阿部にギューッと抱き着いた。
「阿部君、好きだよ。大好きだよっ!」
そして咲良はパッと阿部から離れた。
「あの、私のことをカノ…―――」
“カノジョにしてくれますか?”と言おうとしていた咲良の口を阿部の右手が塞いだ。
「待て。オレが言う。」
阿部はそう言うと再び咲良の両手を握り、少し屈んで咲良の目を見つめながら口を開いた。
「オレのカノジョになってくれますか?」
咲良は阿部の手をギュッと握り返した。
「はいっ」
そう言って咲良は満面の笑みを見せた。

 帰り道、阿部と咲良は学校の最寄駅の近くにあるファミレスで一緒に夜ごはんを食べることにした。ゆっくり話をしたいので自転車には乗らずに押して歩く。
「いつからオレのこと好きだった?」
阿部が咲良に訊ねた。
「私は鎌倉遠足の時からだよ」
「あー、楽しかったよな、鎌倉」
「うん、すっごく楽しかった!……で、阿部君はいつ私のこと好きになってくれたの?先週の時点では私のこと別に好きじゃなさそうだったけど?」
咲良は阿部の顔をチラッと見た。
「え?なんでそう思うんだ?」
「だって下心の理由訊いたら"なんでだろな……"とか言って考え込んでたじゃん。実は私はあの時結構ガッカリしてた。"阿部君って私のこと何とも思ってないんだな"って思い知ったから。」
咲良がそう言うと阿部は「あー…」とバツが悪そうな顔をした。
「いや、無自覚だったんだよ。オレはあれがきっかけで自分の気持ちを自覚したんだ。でも自覚したのが先週だったってだけでオレはもっと前から白石のこと好きだったと思うぞ。」
「えっ、そうなの?もっと前っていつ?」
「や、具体的な時期はわかんねェけど、鎌倉の時にはもう好きだったんじゃねーかと思う。」
「ええ、嘘だぁー!」
咲良はつい声が大きくなった。
「嘘じゃねーよ。だって、考えてみろよ。オレは基本優しくねーんだよ。前も言ったけど、オレが優しくすんのは優しくしたいやつに対してだけだぞ。オレが優しくしたいと思ってる時点でもう白石はオレの中で特別だったんだよ。」
阿部の言葉を聞いた咲良はボッと顔が赤くなった。
「だいたいな、お前、オレが話しかけに行く度に嬉しそうに笑って、事あるごとに”仲良くしてくれて嬉しい”とか言ってデレデレして、あんなんされて好きになるなっつーほうが無理があんだろ」
「え、私、そんなんだった?」
「無自覚かよ、この天然タラシめ」
「タラシ…!」
咲良は初めてそんなことを言われて驚きで言葉を失った。
「しっかし、鎌倉遠足で同じ班になれたのは今思うと本当に幸運だったな。あれがなかったら白石はオレのこと好きになってくれなかったかもしれないわけだ。」
「そうだね。一緒に鎌倉行ってなかったら私は来年の夏トランペット吹こうと思ってなかったかもしれないし、そしたら下心の話も出なかった。下心の話がなかったら阿部君も恋心を自覚してくれなかったわけだ。アジサイのお守り、ちゃんとご利益あったね?」
咲良はそう言ってニコッと笑った。
「オレの方が先に好きだったわけだからご利益を授かったのはオレの方じゃねーか?」
阿部はそう言ってクッと笑った。
「そうだ、いつか一緒にお礼参りに行こうよ!」
「そうだな。今度はアジサイが咲いてる時期に行きてーよな。」
「じゃあ、来年の6月?でも6月なんて野球部は夏大直前で忙しいよね?」
「あー、じゃあ高校卒業後だな」
「何年後!?お礼参りがそんな遅くなったら神様に怒られないかなー?」
「長谷寺の本尊って観音菩薩だったよな?慈悲の象徴なんだから許してくれんだろ。」
阿部はそう言ってニッと笑った。
「ちなみに私が阿部君のことを好きなのはもう気付いてたんだよね?いつ気付いたの?」
「自分の気持ちを自覚した時だな。先週ファミレスで白石が下心の理由を教えてくれなかったのってこういうことかって思って、そこで気付いた。気付いたっていうかそうなんじゃないかって推測したってレベルだけどな。」
「そっかぁ」
「この1週間、オレ、ずっとそわそわしてたんだけど気付かなかったか?」
「えー、全然気付かなかった!というか先週の阿部君の反応見た私は逆に諦めモードでした……。告白しても振られるの確定だし、振られるくらいなら一生友達のままでいいやって思ってた。」
「そーゆーことか。何か元気ねーなと思ってたんだよ。オレ、この1週間、結構がんばってアピールしてたのによ。」
「え、アピールしてた?もっとハッキリ好意を見せてくれなきゃわかんないよ。」
咲良がそう言うと阿部は自転車を引く手を止めて立ち止まった。それにつられて咲良も足を止めると阿部は咲良の片腕を引っ張った。そして咲良の額にチュッとキスをした。
「こうか?」
「い、今の話じゃないよっ!こんなところで何やってるのっ!?」
咲良が顔を真っ赤にして怒ると阿部はプッと吹き出して笑った。
「おら、ファミレス着いたぞ。あそこにチャリ停めるか。」
「うんっ」
自転車を駐輪場に停め、ファミレス店内に入った阿部と咲良はこれまでの間に2人の間に起きた色んな出来事について振り返った。お互いにあの時どう思っていたかなんて話をして楽しく過ごしていたらあっという間に時間は過ぎていった。

 阿部と咲良は家が逆方面なのでファミレスで別れることになった。阿部は咲良のことを家まで送ると言ってくれたが野球部は明日も朝早くから練習があるのでそれは咲良の方から丁重に断った。
「じゃ、気を付けて帰れよ」
「うん、阿部君もね」
咲良は今日も阿部を最後まで見届けようと思った。自転車に乗ってどんどん遠くなっていく阿部の背中を眺めていたら阿部は途中で足止めてこちらを振り返った。咲良の姿を見て一瞬驚いたような顔した阿部だが、右手をスッとあげて咲良に挨拶をしてきた。咲良も同じようにして挨拶を返す。そしてどちらも自転車を停めたまま動き出さない。
「オメーが先に行け」
阿部が咲良に向かって大きな声でそう言った。咲良はクスッと笑って「じゃ、またねー!」と手を振ってから自転車を漕ぎ出した。別れた後に阿部が立ち止まって振り返ってくれた、たったそれだけのことなのだが咲良は阿部の愛情を感じて嬉しくなった。じわじわと温かくなる胸のトキメキを感じながら咲良は帰途に就いた。

<END>