阿部夢小説「番外編4 ~恋のアプローチ第2弾~」
10月下旬の金曜日、朝練を終えた阿部隆也は1年7組の教室に到着するなり白石咲良の姿を探した。白石は教室の片隅でクラスの女子たち数人とお喋りをしていた。でも白石は阿部が教室に到着するといつもすぐに気が付いてくれる。今日も白石は教室の扉近くに立っている阿部に気が付いてパッとこちらを見た。阿部は白石に向かって「うす」と声を掛けた。白石はニコッと笑って「おはよう、阿部君」と返事をした。いつもと変わらぬ阿部と白石の朝のやりとりだ。朝の挨拶を交わした後は数学の宿題があれば阿部が白石の解答をチェックしてやることになっているし、それがなくても用事があればそのまま会話を始める。しかし、今日は数学の宿題はない。特に用事もない。でも数日前に白石への恋心を自覚した阿部は白石ともっと会話する機会が欲しい。何か白石に恋のアプローチを仕掛けたい。それで阿部は今日はあるものを用意してきた。
「白石、あのさ……」
阿部はそう言いながら白石のいる方へ向かって歩き始めた。
「んー?なあに?」
白石は女子の集団から抜けて阿部の方へと近づいてきた。
「コレ、やる」
阿部はそう言いながら朝コンビニで買ってきたお菓子を白石に差し出した。昨日の朝、白石に改めて自己紹介をしてもらった際に白石が好きだと言っていたお菓子だ。
「え、買ってきてくれたの?貰っちゃっていいの?」
「おう」
「えーっ、ありがとう!嬉しい!」
白石はそう言いながら目をキラキラと輝かせた。阿部は白石が喜んでる姿を見られて満足した。
「……あの、阿部君は甘いものって嫌いかな?」
白石はおずおずとそう言った。
「あ?まあ、あんまり得意じゃねーけど、なんで?」
「えっとね、今日ってハロウィンでしょ?だからお菓子を作ってきたんだ。さっき女子の間でお菓子交換会やったんだよ!それでね、もしよかったら阿部君にも……って思ったんだけど、甘いもの好きじゃないなら迷惑だよね」
白石はそう言って眉尻を下げるようにして笑った。
「いや、欲しい!くれ!」
阿部は間髪入れずにそう言った。好きな女の子の手作りのお菓子なんて欲しいに決まってる。たとえそれがクソ甘かろうが不味かろうが(いや、白石に限ってそんなことはないだろうが……)、白石が作ったもんなら喜んで食う!
「あ、ホント?じゃあ、ちょっと待ってね」
白石はそう言って自席に向かった。そしてスクールバッグの中から小さな手提げの紙袋を取り出した。
「はい、これ阿部君の分ね」
そう言って白石は阿部に手提げの紙袋を差し出した。
「うお、サンキュ!」
阿部はお礼を言いながらそれを受け取った。
「……あの、なるべく甘くならないようにコーヒー風味のパウンドケーキにしてみた。でもやっぱりお菓子はお菓子だから砂糖は使ってるし、完全に甘みを無くすっていうのは無理だったんだ……」
「おお、そんな気ィ使ってくれたのか。あんがとな。手間かけさせて悪いな」
「ううん、私が作りたかっただけだから全然気にしないで。もし口に合わなかったら捨てていいし」
「は?捨てねーよ、バーカ」
阿部はそう言って白石の頭にポンッと手を乗せた。白石は「えへへ」とクシャッとした顔ではにかんだ。
「でも、まさか阿部君もハロウィンのお菓子を用意してくれるとは思ってなかったな」
白石はそう言いながら阿部が先程あげたコンビニのお菓子をキュッと胸に抱いた。
「あー……」
阿部は頭をポリポリと掻いた。実は阿部としては今日がハロウィンだなんてことは白石が言うまで微塵も認識していなかった。コンビニのお菓子はハロウィンだから買ってきたのではなくて単に白石との会話のきっかけが欲しかったのと白石への恋のアプローチがしたくて用意したものだった。
『でも、まあ、ハロウィンのお菓子だって思われたところで別に何も問題ねーよな』
そう考えた阿部はそのお菓子の真相は白石には黙っておくことにした。
「ねえ、阿部君」
白石はニコニコと笑顔を浮かべながら阿部の名前を呼んだ。
「あ?なに?」
「私ももっと阿部君のこと教えてほしいな」
「は?オレのこと?何を知りてーんだ?」
「なんでもいいから私がまだ知らない阿部君のことを何か話してよ。昨日は私が話したでしょ?今日は阿部君の番だよ」
白石のその言葉で阿部は自分が昨日白石に「なんでもいいからオレがまだ知らない白石のことを何か話してくんねーか?」と無茶振りをしたことを思い出した。
「おー、そうか。オレの番か」
阿部は顎に手を当てて「そうねェ……」と言いながら考え込んだ。
「まず、名前は阿部隆也な。埼玉県立西浦高校1年7組」
「知ってるよっ!」
白石はそう言って阿部の胸の辺りを手の甲でバシッと叩いた。それからフフフッと笑い出した。昨日の白石のボケをそっくりそのまま返して笑いを取りにいった阿部の思惑は見事に白石に刺さったようだった。阿部もつられてクッと笑った。
「んで、部活は野球部で、ポジションはキャッチャーな」
「うん、それも知ってるね!」
白石はそう言いながらクスクスと笑っている。
「野球部の目標は甲子園優勝なんだ」
「え、それは知らなかった!!」
白石は驚いて目を真ん丸にしていた。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよっ。え、甲子園優勝って全国で1位になるってことだよね?」
「そうだな。全国制覇だ」
「ひえ~!だから野球部って毎日朝から晩まで練習やってるのね!」
白石はそう言った。それから「ああ!」と言って右手の拳を左の手の平にポンッと当てて"合点"の仕草をした。何か思いついたようだ。
「何?」
「日直当番やった時、阿部君が終礼後の日誌提出を嫌がってたのってそういうことなんだ?」
「……ああ、あれか」
9月の日直当番を白石と一緒にやった時、阿部は終礼後の日誌提出を白石1人に任せて自分は先に部活に行かせてもらうつもりでいた。そしてそのことで白石を怒らせた。阿部はあの時に白石から向けられたキツイ眼差しのことを思い出して思わず苦笑が漏れた。
「いや、まあ、全国制覇するためには沢山練習が必要だからってのはもちろんあるけど、そもそも野球が好きだから早く部活やりたいだけだな」
「へえ、阿部君は本当に野球が好きなんだね!」
白石はそう言って微笑んでいた。
「そういや白石は野球のルールの本はもう読んだか?」
「えっとね、初心者向けのルール解説本の方は一旦読み終わったよ。でも1回だけじゃ覚えきれないから、今2周目読んでるところ」
「へえ。公認野球規則の本はまだか?」
「私がそっちに手を出すのは時期尚早です!」
白石はそう言ってキリッとした顔付きになった。阿部は「それはえばることじゃねーぞ」と言いながらクッと笑った。
「わかんねーことあったらいつでも訊きにこいよ。オレは小学生から野球やってっし、具体例を交えながら説明してやれると思う」
「わあ、具体例を出してもらえたらすごいわかりやすそうだね」
「だろ?」
阿部はそう言ってニィッと笑った。
「じゃあ、今度一緒に公認野球規則の本の読み合わせをしてくれる?」
「おお、やろうぜ!休み時間使ってもいいし、月曜の部活終わりでもいいし、な?」
阿部はそう言いながら内心『これで白石と話す口実ができたな』と胸を躍らせていた。白石は「ありがとう!」と明るい笑顔を見せた。
「……で、阿部君の自己紹介をもっと聞かせて?」
「あ、そうか、話が逸れちまってたな」
阿部はコホンッと咳払いをした。
「んで、オレの得意科目は数学で、苦手科目は国語系だ」
「それは知ってますぅ~」
白石はそう言って口を尖らせた。
「あとは……誕生日は12月11日で、血液型はO型。身長は7月に計った時は172cmだった。今はもうちょっと伸びたんじゃねーかと思う」
「あ、今度はちゃんと知らないこと教えてくれたね!」
白石はそう言いながらスマホを取り出した。
「カレンダーに阿部君の誕生日登録するからちょっと待って」
白石はそう言いながらスマホを操作し始めた。阿部は言われるがまま待った。スマホの操作を終えた白石は「できた!」と言いながらが阿部に向かって微笑んだ。
「で、他は……家族構成でも話すか。うちは両親とオレと弟の4人家族な」
「へえ、弟がいるんだ」
「そう、1個下」
「仲良い?」
「別に悪くはねーけど、特別良くもないし、普通じゃねーか?」
「へー!顔は似てる?」
「どーだろな?写真見るか?」
阿部はそう言ってスマホを取り出して弟の写真を白石に見せた。
「あー、顔のパーツ自体は割と似てるかも?でもなんか阿部君よりも顔付きが幼くて、そんで阿部君と違ってなんかピュアそう!」
白石はそう言ってクスクスと笑った。
「あー、そうだな。オレとは違って旬はすげー素直なやつだよ。……悪かったな、オレは捻くれてて!」
阿部はそう言って目に角を立てた。……といっても別に本気で怒ってるわけじゃない。それは白石もわかってるようでフフッと笑いながら「ごめん、ごめん!」と阿部に軽く謝罪をした。
「でも、私は阿部君のそういう素直じゃないところもいいと思うよ」
そう言って白石はニコッと笑った。不意に白石から褒められた阿部はつい照れてしまって自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。自分が照れてることを白石に悟られたくなくて阿部は続けて住所、出身の小学校・中学校の名前、好きな食べ物・嫌いな食べ物、家にいる時の過ごし方なんかをつらつらと述べた。白石はニコニコと笑顔で阿部の自己紹介を聞いていた。
「――……ざっとこんなんか?他に訊きてェことある?」
阿部がそう訊ねると白石は「大丈夫」と答えた。
「色々教えてくれてありがとうね!」
「おう」
阿部が自己紹介を終えたところでちょうど担任教師が教室に入ってきた。朝のホームルームの時間だ。阿部と白石は自分の席に着席した。
1限目の授業が終わり、休み時間になった。阿部は朝に白石からもらった手作りのパウンドケーキを取り出してパクッと一口食べた。うまい。コーヒー風味にしてくれたおかげなのかほんのり苦みがあって甘すぎなくてちょうどいい。阿部はそのまま二口目を食べた。パウンドケーキなので口の中の水分が持っていかれる。喉の渇きを感じた阿部はエナメルバッグからペットボトルに入ったスポーツドリンクを取り出して口に入れた。
『コーヒー風味のお菓子にスポドリは合わねェな』
スポーツドリンクを一口飲んだ阿部はそう思った。それで自動販売機に別な飲み物を買いに行くことにした。阿部は食べかけのパウンドケーキを袋にしまってから席を立った。
1年7組の教室から最も近い自動販売機のところに到着した阿部は数ある飲料の中から紙パックの牛乳を選んだ。もともと牛乳は好きだし、コーヒー風味のお菓子にも合うだろうと考えたのだ。ガコンッと音を立てて自動販売機の取り出し口に落ちてきた紙パックを取り出した阿部が教室に戻ろうとしたところで不意にあるものが目に付いた。――それは小さな瓶の容器に入ったレモン系の清涼飲料水だ。それが阿部の目に付いた理由は明確だ。そのレモン系飲料は白石がよく飲んでいるからだ。以前、阿部は白石がそれを飲んでいる姿を見ながら『ああやってビタミンCを摂取してるからあんなに肌が白いのか?』なんてことを考えたことがあった。そんなわけでその飲料が目に入った途端に阿部の頭には自然に白石の姿が浮かんできた。
『……買ってくか』
阿部はポケットにしまったばかりの財布を再び取り出してそのレモン系飲料を購入した。
1年7組の教室に戻ってきた阿部は真っ先に白石の姿を探した。白石はある女子の席の近くに立っていた。白石を含めた女子4人でお菓子を食べながら談笑している。白石は教室ではあの女子たちと一緒に過ごしていることが多い。クラスで1番仲の良い女友達があの3人だそうだ。
阿部はお目当ての人物が誰かと会話中だからといって遠慮するようなタイプの人間ではない。友人たちと談笑中の白石に向かって阿部はズカズカと歩き出した。
「あ、咲良」
白石の友人の1人が近づいて来る阿部に気が付いた。「ん?」と返事をした白石に対してその友人は手の平を阿部の方に向けた。促されるままに振り返った白石が阿部の姿を視認した。
「あ、阿部君!どうしたの?」
白石はそう言って女子の集団から抜けて阿部の方に近づいてきた。阿部は「これ、やるよ」と言いながら先程購入したばかりのレモン系飲料を差し出した。
「あ、これ、私が毎日飲んでるやつ!」
「だよな」
「え、くれるの?」
「おう」
「ありがとう!……でもなんで?」
白石はそう言いながら不思議そうに首を傾げた。
「今、自販機のところ行ってきたらたまたま目に付いた」
「私がこれ好きなの知ってたんだ?」
「そりゃそうだろ。お前いつもそれ飲んでるじゃん。オレら友達になってもうすぐ2ヶ月になるんだぜ?さすがに覚えるって」
阿部がそう言うと白石は目を伏せて黙り込んだ。そんな白石の様子を見た阿部は『なんか少し元気がなくなった……?』と感じた。
「……白石?」
阿部は白石の名前を呼んだ。内心では『オレ、なんかマズいこと言ったか?』と焦っていた。呼ばれた白石はハッと我に返ったようで「あ、ごめん、ちょっと考え事しちゃってた」と言いながらポリポリと頭を掻いた。
「私、阿部君と友達になれて嬉しいよ。ホントに。これからもずっと友達でいて?」
そう言いながら白石は両方の口角をあげるようにして表情を作った。顔は笑っている。でも、なんか不自然というか、いつもと違う笑い方に見えた。
『なんだ……?』
阿部は違和感の正体を探ろうとした。それで無言で白石の顔を見ていたら、白石の顔は次第に不安げな顔付きになった。今度は白石の方から「……阿部君?」と呼び掛けてきた。よくよく考えてみたら「これからもずっと友達でいて?」と言ったのに相手から答えが返ってこなかったら普通は拒否だと感じるだろう。そのことに気が付いた阿部は慌てて「悪い、オレも一瞬考え事してた」と謝り、それから続けて「おう、これからもよろしくな」と答えた。阿部の返事を聞いた白石はホッと安堵の表情を見せた。
『まあ、ずっと仲良くしていたいのは本心だけど、でもオレとしてはずっと"友達"でいるつもりはねーんだよなァ』
阿部は内心そんなことを思ったが、口には出さなかった。
『つーか、白石側もずっと"友達"でいてっていうのは本心なのか?』
阿部は昨日の朝のやりとりで白石には今好きな男がいるんだろうと推測していたし、白石と1番仲が良い男子は自分だという自信もあるので、白石の好きな相手は自分なんじゃないだろうかと期待していた。でも白石はわざわざ「これからもずっと友達でいて?」と言ってきた。
『もしかして牽制されてる?』
阿部は一昨日自分の白石への恋心に気が付いてから白石に対して恋のアプローチを仕掛けている。昨日のアプローチは失敗だったようだが、今日の朝にあげたコンビニのお菓子やら今買ってきたドリンクに関しては失敗していない(……と思う)。もしかしたら白石は阿部のアプローチによって阿部の白石への恋心に気が付いたのではないだろうか。それで敢えて"友達"という言葉を強調することで暗に"友達以上になろうとしないでね?"と求めているという可能性はないだろうか。先程白石の顔が一瞬曇ったり、その後の笑顔に違和感を覚えたのはそのせいだったりしないだろうか。
「…………」
阿部は無言で白石の顔をジッと眺めた。白石はキョトンという顔をした。
「なぁ、もし迷惑だったらハッキリそう言えよ?」
阿部がそう言うと白石は首を傾げた。
「え、迷惑じゃないよ?私、今日もそれ飲むつもりだったし。お昼休みにでも買いに行こうと思ってたんだよね」
白石はそう答えた。どうやら阿部の言った迷惑っていうのはドリンクを買ってきたことに関しての話だと思ったらしい。阿部は白石のその反応を見て、『牽制だって思ったのは勘違いだったか』と考え直した。
「そうか。ホラよ」
阿部はそう言って買ってきたレモン系飲料の瓶を白石の手の平に押し付けた。白石は「ありがとうございます!」と言いながら受け取り、阿部にペコッと頭を下げた。
昼休みになった。いつも通り水谷の机の周辺に集まった7組野球部男子は机に弁当箱を広げて食べ始めた。
「阿部、順調そうでよかったねぇ」
水谷はニヤニヤしながら話しかけてきた。
「は?何が?」
「何って恋の話に決まってるでしょ!」
「ああ?オメーが何を知ってんだよ」
阿部は眉間に皺を寄せた。水谷に揶揄われるのは癪に障る。
「何を知ってるって、言っとくけど昨日の昼休み終わりの2人のやり取りはクラスのみんなが見てたよ?阿部は"オレが今1番仲良い女子は白石だ"とか言ってたし、白石さんも"いつか1番じゃなくなったとしても今1番だったことは一生誇りに思う"とか言ってたよね。しかも手繋いでたしね」
水谷はそう言いながらお弁当のおかずをむしゃむしゃと食べていた。阿部はあのやりとりをクラスのみんなに見られていたことを指摘されて恥ずかしさが込み上げてきた。いや、昨日の5限目の授業の担当教員から「お2人さん、もう授業始めますよ」と声を掛けられて、その後クラス中から笑い声が聞こえてきた時点で見られていたことはわかっていた。あの時点で既に恥ずかしかった。けれど改めてそのことを指摘されると尚更恥ずかしさが増してきた。
「……あれって周りからはどういう風に見えたわけ?」
阿部は花井に向かってそう言った。水谷に揶揄われるのは癪に障るから花井に訊いた。声を掛けられた花井は顔を赤らめた。そしてコホンッと咳払いをした。
「まー、なんというか、……"あの2人ってそういう関係?"みたいなコソコソ話は聞こえてきたよ」
「そういう関係って何?」
阿部がそう訊ねると水谷が「そりゃ、お互い好き同士なんじゃないのかってことだよ」と口を挟んできた。
「はあ?友達なんだからそりゃ好き同士なのは間違いねーだろ」
阿部はそう言ったが、水谷は「ちっがーう!」と大きな声を出した。
「好き同士って言ったら普通は恋愛感情の好きって意味で使うんだよ!平たく言うと『両想いなんじゃないの?』とか『恋人同士なんじゃないの?』とかそういう風にみんな思ったってこと!」
水谷からそう言われた阿部は驚きで目を見開いた。
「今日なんて阿部と白石さんが話す度にクラス中から注目されてたよ?気付いてなかったの?」
「はあ?」
阿部は視線を水谷から花井に移した。花井の意見を訊こうと思ったのだ。
「嘘だろ?」
「……いや、マジだよ」
花井はまるで自分の話をされているかの如く恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「なんだそれ。クソうぜーな」
阿部はそう言いながらチッと舌打ちをした。自分の恋心がクラスメイトにバレるだけならまだいいが、そのことで好奇の目に晒されていると思うと不愉快だった。それに好奇の目に晒されているのは阿部だけじゃなく白石も同様ということらしい。
「ウザいと思う気持ちはわかるけど、こればっかりはどうしようもないよね。あんなの見ちゃったらそりゃ周りは気になっちゃうでしょ」
水谷がそう言って頭の後ろで手を組んだ。
「まー、少し時間を置けばこの騒ぎも収まるんじゃねーの?注目されんのが嫌なら少しの間だけでも白石に声かけんのやめとけば?」
そう言う花井は眉を八の字にして苦笑いしている。阿部は「ハァ…」と深いため息をついた。阿部は2日前に白石に恋のアプローチをしかけると決めたところだったし今日は上手くいっていたのに、このタイミングで話しかけちゃいけない状況に陥るなんて。
『……でもこれはオレがあんな授業開始ギリギリに話しかけたせいだな』
阿部は昨日の自分の行いを悔いた。昼休みの終わり際なんかじゃなくて、終礼のホームルームが終わるのを待つべきだった。あるいは夜にLINEでメッセージを送ればよかった。白石に避けられたくない気持ちが強すぎて気が急いでしまった阿部の失態だ。しかたがないので阿部はその日はこれ以上白石に話しかけるのはやめることにした。
翌日土曜日は第1土曜日なので午前のみ授業のある土曜日だった。阿部は朝練を終えて教室に到着した後、いつも通り白石に朝の挨拶をした。昨日の時点では気付かなかったが、言われてみれば確かにクラスメイトの一部が阿部と白石の様子を興味津々といった様子でこっそり見ていることがわかった。阿部は内心イラッとしたが、自分のせいだと考えてグッと堪えた。土曜日は白石とはその朝の挨拶だけしてその後は一切話をしなかった。
日曜日は野球部は午前中は他校と練習試合を行った。午後に裏グラに帰ってきて練習再開すると白石が運動着姿で裏グラに現れた。今日も自主練をするようだ。阿部は手を上にあげて白石にジェスチャーで挨拶をした。白石はニコッと笑って同じジェスチャーで挨拶を返してくれた。白石は休日はいつも裏グラ周辺を1時間ランニングする。このランニング中、阿部と白石はちょいちょい目が合う。そんな時、白石はいつも微笑んでくれる。その顔を見ると阿部は胸がキュッとなるのだった。
白石はランニングを終えると裏グラから離れていってしまう。阿部はそんな時、少し寂しさを感じるが白石は18時までトランペットの練習をした後はいつも帰る前にまた裏グラに顔を出してくれるのだ。阿部は18時過ぎの白石の登場を楽しみに待つことにした。
18時15分ごろになるといつも通り白石は裏グラへ向かってきたようだ。で、白石は途中の地獄坂で野球部の集団に遭遇したらしい。というのも今日のおにぎりの具争いは地獄坂タイムアタックだ。自分の番を迎えた阿部が地獄坂を登り切ると白石が坂の1番上で待っててくれた。
「おお、白石か」
阿部は額の汗を腕で拭いながら白石に近付いた。
「やあやあ、今日も大変そうですなぁ」
「あー、すげーキツいよ」
「だって甲子園優勝するんだもんね!」
白石はそう言ってニコッと笑った。それから白石は右手をグッと握った。
「野球部が甲子園優勝するなら野球部応援団の吹奏楽員として私もちゃんと体力作りして、夏の試合は最初から最後まで全部応援しないと!」
白石はメラメラと闘志を燃やしていた。そんな白石を見て阿部はカッコイイやつだなと思った。自然に笑みがこぼれた。
「来週の土日は4市大会決勝リーグ1回戦と2回戦があるって知ってるよな?来てくれるんだろ?」
「もちろん!モモンガのぬいぐるみ貰った時に約束したもん。それに来週土日勝ち進めたら、再来週の日曜日には決勝戦だね!」
「そうだ、よく覚えてんな」
阿部はニッと笑った。白石は「当然だよ」と言った。
「4市大会が終わったら、もう野球部は来年4月まで公式戦はないんだよ。12月から3月頃まではオフシーズンで練習試合も組めなくなるしな」
「そうなんだ、じゃあ私は4市大会を最後にしばらくは試合見納めだねぇ」
白石はそう言うと眉尻を下げて残念そうな顔をした。
「オフシーズンのうちに公認野球規則の本の読み合わせやって野球ルールを習得しようぜ。冬は日が短い上に裏グラは照明ないから練習時間がこれまでよりは短めになるんだよ。朝練もなくなるし夜も上がる時間が少し早くなる。だから夜とかLINEで通話しながら読み合わせしよう。あとは嫌じゃなかったらうちに遊びに来いよ。オレ、よく親父と過去の試合のビデオを観ながら戦略・戦術面に関して色々議論してんだ。もしかしたら白石も参考にできるかもしんねェ。ま、もれなくクソうぜーうちの親父が付いてくるっていうデメリットはあるけどな」
阿部はそう言って片方の口角を吊り上げるようにして笑った。
「ウザくないです!色々教えてもらいたいです!」
白石は身を乗りだした。
「じゃ、4市大会が終わったらそんな感じでやってくか」
「わかった!それまでに初心者向けルールブックは全部頭に叩き込んでおくね!」
阿部と白石がそんな会話をしていたら篠岡が「この次がまた阿部君の番だよ!すぐ坂降りて!」と阿部に促した。
「あ、ワリィ、もう行かねーと。今日も来てくれてありがとな。久々にゆっくり話せてよかったわ」
「あ、うん。金曜の午後と土曜日はあんま話せなかったもんね。……あの、なんかあった?」
白石はおずおずとそう言った。
「あー、ちょっと、色々あってさ。その話もしてーんだった。今日の夜ってLINE通話できるか?22時半とか23時くらいになっちまうかもだけど……」
「いいよ。明日は祝日だから朝ゆっくりできるし、遅い時間でも平気だよ」
白石がそう言ったので阿部は「じゃ、よろしく」と言って地獄坂を急いで降りていった。白石はそのまま来た道を引き返していった。家に帰るのだろう。
夜、部活を終えた阿部は急いで自転車を漕いで帰宅した。さっさとお風呂に入り夕食を済ませると22時半だった。
"起きてるか?今からLINE通話できる?"
阿部は白石にLINEメッセージを送った。すぐに既読がついた。
"練習おつかれさま。私はいつでも大丈夫だよ"
"んじゃ、今からかけるわ"
そのメッセージを送り、既読がついたことを確認した阿部はすぐに白石に電話をかけた。
「もしもし?阿部君?」
「おー、オレ。悪いな、遅い時間に」
「全然いいよ!……で、色々あったって何?」
そう言う白石の声はいつもの優しげな話し方と少し違う。ピリッとした空気感がある。
「えっとだな……」
阿部はいざ説明しようとするとどこからどこまで話していいかわからなくなった。それで口籠った。
「…………」
白石は無言で阿部の次の言葉を待っているようだった。
「木曜日の昼休みの終わり、オレ、教室で白石に"1番仲良い女子だ"とか言ったろ?」
「うん」
「白石も"少なくとも今1番なことは今後関係性が変わっても一生誇る"っていうようなこと言ってくれたじゃん?」
「……ああ、はい」
「あのやりとり、クラス中に聞かれちゃったのって把握してたか?」
「あー、うん。なんかいつの間にか5限目の時間になってて先生に注意されちゃったよね。恥ずかしかったね」
白石はそう言いながら電話口の向こうで笑っていた。
「あ、意外と気にしてねー感じ?なんか水谷と花井から聞いた話だと、あれのせいでオレたち今クラスメイトから好奇の目で見られてるらしいんだよ」
阿部は白石にそう言った。内心ドキドキしていた。白石は「えー、そんなの嫌!恥ずかしすぎ!」と激しく拒絶反応を示すかもしれない。阿部は恐々しながら白石の反応を待った。が、白石は意外にも普通の落ち着いた声で話し始めた。
「あー、そんな雰囲気は察してたよ。クラスの仲良しの3人の友達から"阿部君と咲良って恋愛的な関係なの?"とか訊かれたし、あとチアガールの友井さん・小川さんからも"やっぱカレシなの?"って訊かれたりした。でも、阿部君、安心して!私ちゃんとみんなに真実伝えたよ!私と阿部君はただの友達だって言った。それに阿部君には私じゃなくって他に好きな子がいるみたいって話もした。で、私たちの関係は恋愛なんかじゃないってこと、珍しいかもしれないけど男女の友情は成立するってこと、しっかり力説しておきました!少なくとも友人たちのことは説得できたと思う」
説明を終えた白石の凛々しい声色とは裏腹に阿部はため息が出てしまった。白石と友達以上になりたい阿部としては白石のその対応はあまり手放して喜べるもんじゃなかった。でもここで実は阿部が白石に片想いしてることとか、もしかしたらは相思相愛かもしれないだとかそんな話がクラスメイトたちに発覚したら更に好奇の目は強まるだろう。白石のやったことは事態の沈静化という意味ではベストだ。しかたがない、阿部も今回のこの対応はあくまで事態沈静化のためのもんだと割り切ろうと考えた。
「なんか色々動いてくれてたんだな。あんがとな。オレの軽率な行動のせいでクラス中から好奇の目に晒されるようなことになってごめんな」
「ううん、実は男子とほぼ交流がない私が阿部君と仲良くなった時点でクラスの子からちょいちょいそんなことを訊かれたりしてたんだ。吹奏楽部の友達からも言われたことあるし、男女が仲良い友達になるとみんなまずは恋愛を疑っちゃうみたい。ま、私たち思春期でそういうことに興味持ったりする時期だからさ、しょうがないよね。でも、はっきり否定すればみんなわかってくれるから!」
白石は阿部が予想していたよりもずっと冷静だった。
「……オレ、白石がクラスメイトから好奇の目で晒されるのが申し訳なくて金曜午後と土曜はなるべく話しかけないようにしてたんだ」
「あー、そういうことだったんだ!気遣ってくれてありがとう。……でも、私は阿部君が話しかけに来てくれなくなったことの方が……寂しかった、な。『私と恋愛関係だと誤解されるの、そんなに嫌だったのかな?』とか『もしかして知らないうちに嫌な思いさせちゃったかな?』とか『パウンドケーキ不味かったかな?』とか色々考えちゃったよ」
「あ、パウンドケーキめっちゃうまかった。甘すぎなくてよかった。ありがとな。あと、オレは白石と恋愛関係だと思われても別に気にしねーよ?」
「え、でも一昨日の自己紹介の時、好きな子の特徴めっちゃ具体的に挙げてたじゃん。好きな子いるんでしょ?その子に誤解されたくないでしょ?」
「…………」
阿部は思わず黙り込んだ。だって阿部の好きな子は白石なので、白石がオレの好きな子が自分じゃないって思いこんでいるこの現状が既に誤解されているのだ。しかし、白石はオレの好きな子の話は聞きたくないとこの間ハッキリ言っていたし、阿部はもうそのことには言及しないと約束をしてしまった。だからこの問題は一旦棚上げするしかない。
「……オレはそれは一旦保留にしてんだよ。誤解を解く方法は後で考えるから気にすんな」
阿部はとりあえずそう誤魔化すしかなかった。
「……そっか」
白石の声は弱々しく小さくなった。
「どうした?」
「あ、ううん、なんでもない。……とにかく私はクラスメイトから冷やかされても平気だから、阿部君が嫌じゃなかったら、気にせずに今まで通り仲良いお友達として沢山お話してほしいよ」
「……わかった。じゃあ、また今週の連休明けからは今まで通り絡みに行くからな!」
「うん!」
そう言った白石の声はとても明るかった。
「話したかったのはそんだけだ。じゃ、もう23時だし寝ようぜ」
阿部がそう言うと白石も「うん、私も眠くなってきた」と返事をした。電話越しに白石が欠伸をしている声が聞こえる。
「おう、じゃ、おやすみ」
「おやすみ、阿部君」
そうして阿部と白石は電話を切った。
寝る前に好きな女の子の声が聞けて、しかも「クラスメイトから冷やかされてもいいから沢山お話ししてほしい」と言われて、阿部の心は舞い上がっていた。
白石が阿部のことを本気でただの友達だと思っているのか、それとも恋愛感情を持ってくれているのか、どちらなのかまだ確信は持てない。けれど、白石の阿部への言葉や態度を見ていると阿部としては『やっぱりオレのことが恋愛感情で好きなんじゃねーの?』と期待してしまうような出来事が沢山ある。
――もうはっきりと告白すればいいんじゃない?
昨日、水谷から言われた台詞だ。あの時は覚悟が固まってなくてギョッとした阿部だったが、今になって『告白してみてもいいかもな』なんて思い始めていた。
阿部隆也という男は基本気が短くてせっかちなのだ。恋心を自覚したまま隠し続けるなんていつまで続けりゃいいんだとそろそろ苛立ちを感じ始めていたのも事実だ。
それに前の月曜日、ファミレスで白石から尋ねられた質問「なんで私に良く思われたいんですか?」の答えが阿部にはもうわかった。けどそのことをまだ白石に伝えてない。
『近いうちにどっかで伝えてしまおう』
その結果としてもし振られても白石ならきっと友達として関係を続けてくれるだろうと阿部は思った。
阿部隆也は白石咲良への愛の告白を行うことを決意した。
<END>