※注意:阿部相手の夢小説です※
※阿部夢小説「番外編4 ~恋のアプローチ第2弾~」の続編です※
※阿部夢小説「言えない弱気、言う勇気」を阿部視点にした話です※

阿部夢小説「番外編5 ~恋心の告白~」

 11月3日、文化の日。祝日なのでこの日は学校はない。でも西浦高校野球部は甲子園優勝を目標に掲げているので、土日祝日も関係なく練習を行う。なのでこの日も朝から練習三昧……と思っていたらその日は月曜日だった。
 西浦高校野球部では毎週月曜日は休養日に設定されている。休養日といっても完全なる休みというわけではなく、ミーティングは実施する。逆に言えばミーティングしか実施しない。普段やっているキツイ練習はこの日だけはやらないのだ。
 月曜日のミーティングは毎週16時から学校の空き教室で実施される。日によって異なるが約45分~1時間ほどで終わることが多い。通常の月曜日は学校の授業があるので1日の授業終わりに空き教室に集まることなる。しかし、今日は祝日で学校の授業はない。でもミーティングはいつも通り16時からだ。普段は朝練に参加するために朝早くに起床する阿部隆也だが、今日の朝は久々にゆっくりと起床した。時計を見ると9時過ぎだった。洗面所で顔を洗い、トイレを済ませた阿部はまずは朝食を食べた。朝食を食べ終わったら歯を磨く。そうして朝の支度を終える頃には時刻は10時になっていた。16時のミーティングに間に合わせるなら家を出るのは15時半でいいだろう。ということはまだあと5時間半も時間がある。
『週末の試合に備えて対戦校のデータを頭に入れるか』
阿部はエナメルバッグから篠岡が作った資料を取り出して机に向かった。

 まずは崎玉のデータからチェックする。崎玉とは夏大で一度対戦済みなのでもう既に各打者の得意・不得意コースはある程度頭に入っている。最初はおさらいのつもりでサラリと資料を眺めた。次に夏大の時には不在だった石浪という選手の情報を頭に叩き込んでいった。今はこの選手が打順5番で打ってるらしい。成績を見るに割といい打者のようだ。新しい選手が入った崎玉をどのように攻略するか――阿部は配給案を色々と考えた。

 崎玉の攻略方法を考え終わった頃、ちょうど昼食の時間になった。阿部はもりもりと昼食を食べた。その後、少し食休みついでにテレビのニュースを軽く流し見した後、歯磨きをした。時刻は13時になっていた。

 阿部は自室に戻って再度机に向かった。崎玉の攻略案は出来上がったので次はARCのデータをチェックする。西浦はARCとは一度も対戦したことがない。そして夏大のメンバーの多くはすでに引退済みだ。新チームになった秋大の情報はそれなりに集められたようだが、そもそも4市大会ではARCはレギュラーは出してこない可能性が高い。出てくるのはおそらく2軍だろう。秋大で活躍しているメンバーはレギュラーだと思われる。ということは今週末対戦するARCの出場選手(2軍選手)に関する情報はそんなに多くは集まってない。
『まー、でも2軍ってことは当然実力はレギュラーより下だ。勝てる可能性はレギュラーとやるよか上がってんだろ』
阿部はそんなことを考えながら少ない情報をもとに攻略方法を練った。

 そうしてARCのデータを頭に叩き込み、攻略案を練っていると気付いたら15時を過ぎていた。そろそろ荷造りをする必要がある。阿部はカバンにペンケースやノート、篠岡が作った対戦校の資料、ペットボトル飲料や間食用のパンなどの必要な道具を詰めていった。そして15時半になると「んじゃ、ミーティング行ってくる」と母親に声を掛けて家を出た。そして学校へと向かって自転車を漕ぎ始めた。
 15時50分頃に学校に到着した阿部は今日のミーティング場所になっている空き教室へと向かった。既に多くの野球部員が到着していた。まだ来ていないのは――三橋と田島だった。この2人はいつもギリギリに駆け込んでくる。でも、決して遅刻したことはないから大丈夫だと思われる。
 阿部はテキトーに空いている席に着席した。15時55分になると予想通り三橋と田島が2人一緒に駆け込んできた。そして16時になるとモモカンと志賀先生が入ってきた。ミーティングが始まった。モモカンが挨拶を始めたその時、プーッという音が聞こえてきた。それはおそらく楽器の音だ。モモカンは話を続けていたが、その間もずっとその楽器の音色が流れてきた。最初は単音を鳴らすだけだったその音色はしばらくするとある曲に変わった。それは野球部員にとっては非常に馴染みのある曲――"サウスポー"だった。
「お、サウスポーじゃん!」
ミーティング中であるにも関わらず田島が遠慮なしに大きな声で口にした。
「タカヤ、これ、もしかして白石サンじゃね?」
田島は阿部の方に顔を向けながらそう言った。
「そうだろうな」
実は阿部は最初に楽器の音がした時点で『白石だろうな』と思っていた。祝日にわざわざ学校にやって来て楽器を吹くやつなんて白石以外に思いつかない。
白石って1年7組の白石咲良のことかい?」
志賀先生がそう訊ねた。
「そーっす!あれ、先生は知らないんでしたっけ?白石サンは吹奏楽部で来年の夏はオレらの応援でトランペットを吹いてくれるんスよ。休日もそのためにわざわざ登校してきて自主練してくれてるんス!な、タカヤ!」
田島はそう言ってニカッと笑った。阿部は「おう」と一言返事をした。
「へえ、それは野球部としては嬉しいね」
志賀先生はそう言った。白石の熱心さに感心している様子だった。
「ああ、あの、休日の午後になると裏グラにランニングしに来る女の子のことよね」
モモカンがそう言った。モモカンにはまだ白石のことを正式には紹介していないが、さすがにモモカンも認識していたらしい。まあ、鎌倉遠足の後からもう4回も学校のない休日があって、白石はその全日程欠かさず自主練に来ていたわけだし自主練終わりの18時過ぎにも毎回顔を出してくれているし、そんだけ姿を見せている白石のことをあのモモカンが認識しないはずがない。
「今度、紹介してくれる?こんなにがんばってくれてるんだから私からもお礼を伝えたいもの」
モモカンが田島に向かってそう言った。田島は再び阿部の方を見た。
「――だってさ!タカヤが紹介しろよ。もともとはタカヤの友達だろ?」
田島にそう言われた阿部はコクッと頷いた。そしてモモカンの方に向き直った。
「監督、遅くなってスンマセン、今度ちゃんと紹介します。来年の夏大ではオレらの応援のために楽器吹いてくれるって言ってるし、実は先週の4市大会予選リーグの試合も応援に来てくれてました。あと今週末の試合も来てくれるそうです」
阿部がそう言うとモモカンは目をキラキラと輝かせて「応援来てくれてたの!」と喜んだ。
「じゃあ、今週の土曜日にでも紹介してね」
「はい!」
「さ、みんな、ミーティング再開するよ!サウスポーが流れてくると気になっちゃうのはわかるけど、この子は野球部の応援のために楽器練習がんばってくれてるのに、応援されてる私たちがミーティングを怠って負けたりなんかしたら本末転倒だからね!」
モモカンがそう言うと野球部員たちは大きな声で「うす!」と返事をし、気合を入れなおした。そうしてその後は真面目にミーティングに取り組んだ。

 今日のミーティングでは今週末に行われる対崎玉戦と対ARC戦の2試合分の作戦会議を行ったのでいつもよりも時間がかかった。ミーティングが終わって時計を見ると17時15分だった。モモカンに対して「あーっした!」とお礼を言いながら頭を下げた野球部員たちはその後帰り支度を始めた。まだトランペットの音は聞こえてくる。
「帰る前に白石サンに会いに行こうぜ!」
田島がそう言って教室から出た。耳を澄ませてトランペットの音がする方角を確かめた田島はダッと勢いよく走りだした。田島が走るとそれにつられて三橋も一緒に走り出した。ドダドタドターッという足音が響いた。その足音を聞いた花井は廊下に飛び出して「あ、コラ、田島ァ!廊下を走るな!危ねーだろ!?」と注意をしていた。阿部は当然ながら自分も白石に会いに行くつもりだった。阿部も廊下に出て田島が走って行った方向に向かって歩き出した。
「あー!やっぱ白石サンだっ!」
田島の大きな声が聞こえてきた。田島と三橋が1年7組の教室の扉付近にいるのが見えた。
『へえ、7組の教室で練習してんのか』
阿部はそんなことを考えながらスタスタと1年7組の教室へ近づいていった。
「――おー、みんないるよ。今ミーティング終わったとこなんだよね。ミーティング中、ずっとトランペットの音が聞こえてきてさ、これ白石サンかなーって話してたんだよ」
白石と何やら会話を交わしている田島がそう言った時、阿部は7組の教室に到着した。田島の後ろ側から教室の中を覗くとトランペットを持って立っている白石の姿があった。
「うっす!」
阿部は白石に向かって挨拶をした。白石は「あ、阿部君だ」と言いながら微笑んだ。
「今日もがんばってんのな」
「うん、早く野球部の応援曲吹けるようになりたいからね」
「何時までやんの?」
「今日も18時までやろうと思う」
「そうか」
今は17時15分だ。あと45分で白石の練習が終わるならせっかくだから一緒に帰りたいと阿部は思った。それにどんな風にトランペットの練習をしているのか、楽器を吹いている白石の姿はどんな感じなのか、阿部は興味があった。なので阿部は7組の教室内に入って白石の姿が見やすい席に腰かけた。そんな阿部の姿を見た田島は「タカヤ、帰んねーの?」と訊ねてきた。阿部は白石の練習を見てから帰る旨を伝え、田島たちには先に帰るよう促した。
「了解っ!じゃ、白石サン、またな!練習がんばってな!」
田島はニカッと笑って三橋と一緒に去っていった。白石は笑顔で田島たちに手を振っていた。阿部は小腹が空いたので家から持ってきたパンをカバンから取り出して開封した。
「……今日は会えないかと思ったよ」
白石がポツリとそう言った。
「あ?なんで?」
阿部はそう訊ねた。阿部としては今日も白石は自主練しているだろうからミーティング終わりにはきっと会えるだろうと思っていた。
「祝日の月曜日もミーティングやってるのかどうかわからなかったし、やってるにしても午前中に終わらせちゃったかもなって思って」
白石のその言葉を聞いた阿部は、白石が休日に自主練をするようになって以後、月曜日に祝日を迎えるのは今日が初めてだということに気が付いた。
「あー、言ってなかったっけ。祝日の月曜日も基本ミーティングは16時からだよ。監督のバイトの時間によっては変更することもあっけどな」
阿部はそう言いながらパンを食べ始めた。
「へー、野球部の監督ってバイトもやってるんだ。大変だね」
「そうなんだよ。オレらのために色々と自腹切ってくれててさ、スッゲーありがたいけど申し訳ねーなとも思う」
「えっ、自腹まで切ってくれてるんだ!?すごい熱意だ」
「だよなァ」
阿部はそう言いながら頬杖をついた。そして白石の顔を眺めた。さっきの「会えないかと思った」の言い方から察するに白石はおそらく寂しかったんだろうなと思った。それで阿部は今日自主練のために学校に登校してきた白石が1人で黙々と自主練に励む姿を想像した。
「今日も裏グラの周り走ってきたのか?」
「うん。野球部のいない裏グラはすごい静かでなんか寂しかったよ」
白石はそう言って眉尻を下げて笑った。
「そうか、1人で走ってたのか」
「うん」
阿部はあの広い裏グラが空っぽでそこを1人で外周ランニングしていたらそりゃ寂しい気分になるだろなと想像した。
「なんか、悪かったな」
阿部が謝ると白石は「え、いやいや、阿部君が謝ることじゃないでしょ」と言って両手をブンブンと横に振った。
「でも、寂しい思いさせちまったんだろ?」
「まあ……阿部君がいない1時間のランニングはなんだかいつもより長く感じたよ」
白石はそう言ってまた眉尻を下げて笑った。阿部は内心『その言い方じゃ、まるでオレに会いたかったみたいに聞こえんだけど?』と思ってドキッとした。そして同時にやはり白石側も阿部に恋心を抱いてくれているんじゃないかと期待した。今、教室に白石と2人きりだ。阿部はこれはもしかして告白のチャンスなんじゃないかと思った。でも、いきなり恋心の告白をするほどの大胆さを阿部は持ち合わせていなくて、少し探りを入れてみることにした。
「……あのさ、さっき"今日は会えないかと思った"って言ったじゃん」
「あ、うん」
「会いたかったか?」
阿部がそう訊ねると白石は少し困惑した顔をした。そして黙り込んだ。その沈黙は答える気がないというよりも単に返答を迷っているように見えたので阿部は静かに回答を待った。そしてしばしの沈黙の末に白石は「……うん」と返事をした。
白石がオレに会いたいと思ってくれてた……!』
阿部は嬉しさと恥ずかしさで自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。それと同時に白石とは両想いなんじゃないかと期待する気持ちが更に高まった。それで、もうちょっと攻めたことを言ってみてもいいよな、という気持ちになった。
「先週、ファミレスでさ、お前オレに"なんで私に良く思われたいんですか?"って訊いてきたじゃん」
「あー、うん」
「オレ、あれの答えわかったよ」
「えっ!……ちなみに答えは何でした?」
「んー、一旦、秘密?」
阿部はそう言ってニヤリと笑った。その答えは"白石に恋心を抱いているから"なのだが、それを言ってしまったら即告白だ。阿部としては告白する前にもうちょっと白石側の気持ちを探りたかった。
「えー、なにそれ。なんで教えてくれないの?」
白石は不満げな顔をした。
白石だって教えてくれねェじゃん」
阿部がそう反論すると白石は黙り込んだ。阿部はパンを食べ終わったので空になったビニール袋を捨てるためにゴミ箱に近づいた。阿部がゴミ箱に空のビニール袋を捨て終わっても尚も白石は何も言わない。
『その沈黙は、つまりはなんで教えられないのかすらも言えない理由が白石にはあるってことだろ?それってやっぱりオレのことが好きで、でも告白する勇気が出ないからなんじゃねえの?』
阿部はそう考えた。そしてゴミ箱の方を向いていた身体をくるりと回転させて白石の方へと向き直った。
白石は自分の答えわかってんだよな?でも言えねェ理由があるってことだろ?」
「…………」
「言えねェ理由、同じかもしんねーって思うオレは自惚れてっかな」
阿部がそう言うと白石は「え、まさか!」と反射的に否定した。
 阿部の推測が正しければ――つまり白石が阿部のことを恋愛感情で好きならば――、「言えない理由が同じだと思うのは自惚れてるか」という阿部の問いかけを聞いた白石は阿部が白石のことを好きだという可能性を頭に思い浮かべたはずだ。そして、それに対する白石の反応は「まさか」だった。つまり白石は自分が阿部に想いを寄せられているとは微塵も思ってなかったということだ。
 自分の好きな人が自分のことを何とも思ってない場合、ほとんどの人は告白なんかしようとは思わないだろう。
『だから白石は先週のファミレスで"なんで白石はオレに良く思われたいんだ?"と質問された時に答えられなかったんじゃないか?答えたら恋の告白になってしまうから。告白したら振られると思っていたから。』
そう考えると色々と辻褄が合う。阿部は期待に胸を膨らませた。白石は阿部に背を向けてなにやら深呼吸をしている。阿部は白石と腰を据えて話をするために白石の目の前の机に腰かけた。
「うわあっ!」
深呼吸を終えて振り返った白石は阿部の姿を見て驚いて声をあげた。
「言えねェ理由、お互いに話してみないか?」
阿部はそう言ってジッと白石の顔を見つめた。阿部は平静を装っているが実は心臓がバクバクと音を立てているのを感じていた。もしかしたら、これから白石に告白する流れになるかもしれない。あるいは白石が阿部に恋愛感情を抱いていることを確かめられるかもしれない。そう思ったらどうしても緊張してしまう。
「いやいや、言えない理由があるんだよ~!話せないよっ」
白石はそう言って困惑している様子を見せた。
「少なくともオレはもう言ってもいいかなって思ってるんだけど、白石はそうは思わねェの?」
「私は、思わない、です…っ!」
白石はしどろもどろで喋り方がカタコトになった。その話し方を聞いた阿部は三橋のことを思い出して思わず笑った。そこから話は脱線して三橋の話になった。阿部がひとしきり三橋の話をしたところで白石は「じゃ、私はそろそろトランペットの練習再開するね」と言い出した。
「さっきは"サウスポー"を吹いてたよな?他に吹ける曲ある?」
阿部は内心『しまった、話が脱線した』と思いながらも白石がトランペットを吹くところを見てみたいという興味が勝ってしまい、白石にトランペットの話題を振った。
「"ルパン三世のテーマ"と"狙い撃ち"は吹けるようになったよ!」
「おー、それも聴かしてくれよ」
「あ、うん、いいよ。じゃあ"ルパン三世のテーマ"からいくね」
白石はそう言うとポケットファイルをパラパラとめくった。そしてトランペットを構えて"ルパン三世のテーマ"を披露してくれた。トランペットを吹いている白石の姿はピッと凛々しくて、普段教室で見せる内気そうな雰囲気とは違った。そのギャップに阿部は見惚れた。白石は"ルパン三世のテーマ"に続いて"狙い撃ち"も披露してくれた。演奏を終えた白石は「今吹けるのはまだこれだけなんだ」と言って笑った。
「順調そうだな」
阿部はたった2週間で2曲を吹けるまでに至った白石を純粋にスゴいと思った。
「うん、これからもがんばるっ!」
白石はそう言いながら右の手をグッと握った。やる気満々だ。手をグッと握ってみせた仕草がなんだかとてもかわいらしくて、そして白石の努力家なところが愛おしく感じられて、阿部はつい笑みがこぼれた。
「……阿部君ってモテるでしょ?」
唐突に白石がそう言った。
「は?んなわけねーだろ」
「嘘だ。カノジョとか沢山いそう」
――カノジョが沢山?
元カノが沢山ならまだしも(それもどうかと思うが)、今カノジョが沢山いたら二股どころの話じゃない。白石のとんでもない発言を聞いた阿部はブハッと吹き出してしまった。
「カノジョが沢山いたら倫理的にダメだろ。ここはイスラム圏じゃねーんだからさ」
阿部は笑いながらそう言った。白石もクスクスと笑っている。どうやらこれも白石なりのボケだったらしい。白石は一見真面目で堅物そうなのに意外なところでボケて笑わせにくる。阿部は白石のそういうところがかなり好きだった。
「つーか、カノジョなんかいたこともないし」
阿部がそう言うと白石は「え、意外だ」と答えた。
「意外か?バレンタインチョコとかも貰ったことねーし、当然告白もされたことねーよ」
「え、そうなんだ。もしかして女嫌いとか?」
「別にそんなことはねェ。白石は?……って訊くまでもないか。お前はモテるんだろ」
阿部は以前自分の母親が白石があまりにもかわいいから白石に振り向いてもらえるなんて思うのは"淡い幻想"だと言っていたことを思い出してしまった。で、思わずため息をついた。
「ええっ、いや、私も全然モテない!カレシもいたことない!」
白石がそう言った。阿部は「男嫌い?」と訊ねてみた。実は前々からそうなんじゃないかと思っていたのだ。白石は阿部以外の男子と話すときはすごく緊張しているのがわかる。そもそも9月の日直当番の日に阿部に話しかけてきた時もものすごくビビっていたし。
「……正解。あっ、でも阿部君のことは嫌いじゃないよ!阿部君は特別!」
白石はそう答えた。やっぱり男嫌いだった、なんて予想が当たったことよりも「阿部君は特別!」と言われたことが嬉しくて阿部は自然に笑みがこぼれてしまった。
「ちなみになんで男嫌いなの?」
「……小学生の頃、男の子たちに髪の毛引っ張られたり、スカート捲られたり、ブスとか言われたり、色々意地悪されたから嫌いになった」
そう言う白石は昔のことを思い出したのか眉間に皺を寄せていた。
「あー、そりゃ典型的な"好きな女の子を虐めたくなる"ってやつだろ」
「みんなそう言うけどさ、好きだったら何してもいいわけじゃないよ!好きでもない男子にそんなことされたってこっちは微塵も嬉しくないし!いや、仮に好きな男の子だったとしてもそんなことされたら嫌いになる」
白石はそう言って頬をむくれさせた。
「たしかにそうだな。でも、オレも小学生の頃に白石に出会ってたらそんなんやったかもしんねー。出会いが高校でよかったわ」
「ええっ?そんなことする阿部君は想像できないな」
「オレだってガキの頃は普通にクソガキだったと思うぞ。ま、よく覚えてねェけどな」
阿部はそう言った。白石は「覚えてないんじゃん」と言ってクスッと笑った。
 実際のところ、こんなかわいい子に出会ったらそりゃちょっかいかけたくなる男子はいるだろうと思う。小学生くらいのコミュニケーション能力だとイジるという形――白石はそれを"虐め"だと感じたわけだけど――でしか自分の方を見てもらう方法が思いつかなかったのも理解できる。阿部は自分が小学生だった頃のことなんてもうぼんやりとしか覚えていないが、自分もそんなクソガキだったかもしれないし、小学生の頃に出会ったら嫌われてたかもしれないと想像した。そして、白石に出会ったのが今でよかったと心底思った。
「でもよ、高校生にもなったらそんな意地悪するやついねーだろ?それでもダメなのか?」
阿部は率直な疑問をぶつけてみた。
「うーん、まだ高校生になって半年くらいしか経ってないし、やっぱこう男子はバカで意地悪ってイメージがどうしても頭についちゃってて。あっ、阿部君のことはそんな風に思ってないよ!阿部君は優しくてカッコイイよ!」
自覚がないのかもしれないが、白石はなかなかに大胆なことを言ってきた。好きな女子から大胆にド直球に褒められた阿部は自分も同じように白石に言い返したくなった。
「そりゃどーも。クラスで1番かわいい女子からそんな風に思ってもらえて光栄だよ」
阿部がそう言うと白石は「えっ、クラスで1番かわいい?わ、私が?それはないって…!」と首をブンブン横に振った。
「少なくともオレはクラスで1番かわいいと思ってる」
阿部のその言葉を聞いた白石の顔はカァァと赤くなった。
「……わ、私もクラスで1番阿部君がカッコイイって思ってる、よ…!」
白石はそう言った。阿部は嬉しさと恥ずかしさで自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。と、同時に蝶が舞うかの如くふわふわとした幸福な気持ちになった。
「…………」
「…………」
しばしの間、2人の間には沈黙が流れた。
「カッコイイ……だけか?」
阿部はおずおずとそう切り出した。お互いに1番かわいい/カッコイイと思っていることを確認し合えたのだから、あともう一歩、その先の段階に進みたかった。
「だけ……とは?」
「クラスで1番カッコイイ男子と付き合ってみたいとは思わねーの?」
阿部は白石が「思うよ」と答えてくれることを期待した。けれど実際の白石は目を見開いて硬直してしまった。そしてさっきまで赤くなっていた白石の顔は段々と青ざめていった。気まずそうな表情で青い顔をして黙り込む白石を見た阿部はつい先程まで強く高揚していた心がぐんっと萎んでいくような感覚を覚えた。
『これは思わねェってことだよな……』
でなきゃどうして気まずそうな表情をする必要がある。どうして先程まで赤らめていた顔がそんなにも青くなる。
阿部は「フゥ…」とため息をついた。
「変なこと言って悪かったな。オレが自惚れてたか。白石は男嫌いで、オレのことはあくまで友達として好きってことなんだな」
母親が言う通り、阿部の期待は"淡い幻想"だったってことだ。自惚れていた。阿部が自分のことを恥ずかしく思った。"穴があったら入りたい"とはこのことだ。阿部はもうこれ以上その場に居たくなくて「オレ、そろそろ帰るわ」と言いながら机から降りた。白石に背を向け、教室の扉に向かって歩き出しだ。
『明日から白石とはどう接したらいいんだろうな。つーか、白石の方はどう接してくるつもりなんだろうな。もう友達ですらいられねーのかな』
そんなことを考えていたら腕を掴まれた。白石だった。
「何?」
阿部は冷たくそう言い放った。阿部は"淡い幻想"を抱いていた自分があまりに恥ずかしくて、早くこの場から立ち去りたかった。なのに白石が阿部を引き止める。白石の白くてキレイな手。でも今は逆にその腕の美しさが恨めしい。喉から手が出るほど欲しいのに自分には手に入れられないものをそんな風にまざまざと見せつけられたくない。
「あのさ…っ」
白石はそう言いながら生唾をゴクリと飲み込んだ。
「あの、阿部君はどうなの?」
「どうって何が?」
阿部は白石の言わんとしていることがわからなくて訊き返した。
「阿部君こそ、さ、クラスで1番かわいい女子と付き合ってみたいとは思わないの?」
白石はそう言った。少し俯いていて目が泳いでいる。阿部は一瞬『オレが"思う"って答えたら付き合ってくれるって意味か?』と期待した。でもすぐに頭の中を"淡い幻想"という言葉がよぎった。阿部は真顔で白石を見た。
「……もしオレが"思う"って答えたらどーすんの?好きでもない男子からそんなことされたって微塵も嬉しくないよな?」
「……微塵も嬉しくないっていうのは意地悪された時の話でしょ?」
「そうだけど、意地悪じゃなくても好きでもねーやつからそんな目で見られんの気持ち悪ィだろ?男嫌いなわけだし」
「そもそも、阿部君のその前提が間違ってるって言ったら?」
そう言う白石の顔はどんどん赤くなっていった。普通に考えたら赤くなるのは恥ずかしいからだろうけれど、なんで恥ずかしいのか阿部にはもうその理由がよくわからなくなっていた。だってこれまでの阿部の推察は全部間違いだったと判明したのだ。今はもう自分の推察に全く自信が持てない。それで阿部は何も考えずにただ「前提が間違ってる……?」と白石の言葉を反芻した。
「私、阿部君のことが好きだよ」
白石はそう言った。そして俯いた。でも俯いててもわかる、白石の顔は真っ赤になっている。だって耳まで赤い。いつもは真っ白な肌が真っ赤になっている。なのに阿部の腕を掴む手はむしろ冷たくなっている。
「……友達として、じゃないよな?その反応は」
阿部は今度こそ期待しすぎないようにと自分に言い聞かせながら、白石に"好き"という言葉の真意を訊ねた。
「うん。ちゃんと男の子として好き」
白石がそう言った。阿部は全身に喜びの熱が満ちるのを感じた。
――ちゃんと男の子として好き
阿部は頭の中で白石のその一言を何度も反芻した。阿部は白石の顎に手をやってクイッと上を向かせた。白石の大きな瞳が阿部のことを見つめていた。スッと通った鼻筋が美しい。柔らかそうな唇がかわいらしい。阿部はゆっくりと白石の顔に自分の顔を近づけた。白石は目をギュッとつぶった。
『それってキスしてもいいってことだよな?』
阿部はあまりの喜びで胸が締め付けられるような感覚を覚えた。阿部はそのまま白石の唇に自分の唇を重ねた。チュッと軽く触れるだけのキスだ。白石は目を開いた。目が潤んでいた。そんなかわいい顔を見たら阿部はまた白石に触れたくなってしまって、再度白石の唇に自分の唇を重ねた。今度は触れるだけじゃなくて白石の唇を吸うようにして2度、3度と口付けを重ねた。白石の瞳から涙がポロポロと零れ落ちた。阿部は白石の頬を伝う涙を手で拭った。
「泣くなよ。楽器が濡れるぞ」
阿部はそう言って白石の手からトランペットを取り上げて近くの机に置いた。そして自分のこの想いが伝わるようにと白石の両手をギュッと握った。
「オレの気持ちはもうわかんだろ?」
阿部はそう言った。
「……うん、でもちゃんと言葉にしてほしい」
白石はそう答えた。白石の言葉を聞いた阿部は一瞬ドキッとした。改めて言葉にしろと求められると緊張する。
『でも白石はちゃんと言葉にして伝えてくれたんだ』
阿部は白石から「男の子として好き」と言われた時に感じた最高の高揚感を思い出した。
白石がオレを好きでいてくれてるなら、オレの言葉も同じように白石を幸せにしてやれるはずだろ?』
阿部は深呼吸をした。それからじっと白石の顔を見つめた。
「オレは白石が好きだよ。ずっと好きだった」
阿部がそう言うと白石の目には再び涙が滲んだ。白石は小さな声で呻きながら俯いた。阿部は白石の手をそっと引っ張って抱き寄せた。
「なんで泣くんだよ」
「だって……夢みたいなんだもん。阿部君が私のことを好きになってくれるなんて」
「そりゃ、こっちのセリフだっての。クラスで1番かわいい女の子がオレのことをカッコイイとか好きとか言ってくれるなんて」
阿部がそう言うと白石は阿部にギューッと抱き着いてきた。
「阿部君、好きだよ。大好きだよっ!」
白石はそう言ってすぐにパッと阿部から離れた。
「あの、私のことをカノ……――」
阿部は咄嗟に白石の口を右手で塞いだ。白石が何を言おうとしているかわかった。でも、ただでさえ白石に先に「好き」と告白させてしまったのに、そんなセリフまで女子から言わせるわけにいかない。
「待て。オレが言う」
阿部はそう言って再び白石の両手を握った。自分の気持ちが少しでも多く伝わるようにと少し屈んで白石の目を見つめた。
「オレのカノジョになってくれますか?」
阿部がそう言うと白石は阿部の手をギュッと握り返した。
「はいっ」
白石は満面の笑みを見せた。阿部は再び白石のことを抱き寄せた。白石も阿部の背中に腕を回してきてキュッと力を込めた。阿部と白石は、しばらくの間、1年7組の教室でお互いの熱い気持ちを伝え合うように抱きしめ合った。

 こうして阿部隆也と白石咲良は想いを伝え合い、恋人同士になった。


<END>