※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

 兄が自殺した。車で練炭を焚いて一酸化炭素中毒死だ。見つけたのは深夜の見回りをしていた警察だった。深夜3時頃のことだった。兄の自宅に警察から電話があって、兄の嫁がそれに出た。警察署に来るように言われて、その後警察から事情聴取があり、解放されたのは朝7時頃だったらしい。その後、嫁から両親に連絡があり、知夏はその両親から連絡を受けて兄の死を知ったのだった。
 これまでの人生であれほどの衝撃を受けた日は後にも先にもない。それから知夏は次第にメンタルを病んで仕事ができなくなってしまった。休職をしたが状態は良くならず、結局退職に追い込まれた。休職してから1年半の間は傷病手当金が受給できるので、職を失ってからは傷病手当金でなんとか生活をした。毎日、身体がしんどくて、ひたすらベッドに横になって過ごした。もちろん精神科への通院はしていたけれど、良くなった実感はない。それに知夏には兄を自殺で亡くした深い悲しみがいつか癒える日が来るとは到底思えなかった。
『私も死にたい』
そう思う時もあった。けれど兄を自殺で失う苦しみを味わった知夏には、知夏まで死んで両親にまた同じ苦しみを二度与える選択はできなかった。死にたいほど苦しいけど死んではいけない。そんな状態に置かれた知夏が願ったのは
『私がこの世に生まれてこなかったことにしたい』
だった。こんな世界には初めから生まれてこなければよかった、そう思った。もしくは最近なろう小説で流行りの異世界転生。全く別の世界に行って新しく人生をやり直したい。でもそんな願いは叶えられるはずがなかった。つまり、知夏には何もできることはない。そんな絶望感に包まれてその日も知夏はベッドの上で涙を流しながら眠りに落ちた。

「おお振りの世界に異世界トリップ 第1章」


ナマエちゃん、もう起きないと遅刻するよ!」
誰かから起こされてナマエは目を覚ました。おかしい。ナマエは今は一人暮らしだし、仕事もしていないので遅刻など心配する必要もない。いつも年中身体がだるくて寝て過ごしていた。
ナマエ!いい加減にしなさい!入学初日から遅刻する気?」
身体を揺さぶられて目を覚ます。エプロン姿の女性が立っていた。
『誰?入学って何?』
ナマエはさっぱり状況が掴めなかった。
『え?ここ、どこ?』
ナマエが起き上がったその部屋はこれまでナマエが暮らしていた一人暮らしの部屋とは全く違った。物の配置が違うだけじゃなくて家具も壁紙も何もかもが違う全く別の部屋だった。
「え?え?な、なにこれ?」
思わず口から言葉が零れ出た。
「なにこれって何の話?寝惚けてるの?もう春休みは終わって今日から晴れて高校生でしょ!今日は大事な入学式なんだから早く支度して!」
「高校生!?入学式!?」
ナマエは意味がわからなくて素っ頓狂な声をあげた。
「あらやだ、本当に忘れてたの?ナマエってば普段はしっかり者なのに珍しいこともあるわね。じゃあ、持ち物とかも昨日のうちに準備しておかなかったの?仕方ないなー、今日はお母さんが車で送ってあげるから、早く支度しなさい。」
「お、お母さん!?」
ナマエは今この女性が自分自身のことを"お母さん"と呼んだのを聞き逃さなかった。
「なに?どしたの?」
ナマエはポカーンとした。
『自分は夢でも見ているのか?』
ナマエは自分の頬をつねってみた。痛い。夢じゃない。体の感覚もしっかりあるし、意識もしっかりしてる。
「いつまでボケーッとしてるの。はい、まず顔を洗ってきて!」
「あっ、はい…」
ナマエはその女性が指さす方向へと向かった。そこには洗面所がある。鏡を見たナマエは自分の目を疑った。
「ええ!?あれ?」
鏡にはおそらく10代だった頃の自分の姿が映っていた。本来、自分の顔にあったはずのシミやシワがなくて肌にハリがある。
『これは…時間が遡った?いや、でもあの女性は自分のことを"お母さん"と称していた。あの人は本来の私の母親じゃないし、昔の私が住んでいた家もこんな家じゃなかった。じゃあ、これって、最近流行りの…異世界トリップ!?』
いや、まさか、そんなことが現実に起きるはずがないと思いつつも、今の状況からしてそう理解するしか他に考えられなかった。あるいは痛覚のある夢を見ているか…。いずれにせよ、どうやら今のナマエは高校生で入学初日で学校に遅刻しかけているらしかった。
『考えるのは後だ!』
ナマエは急いで身支度を開始した。顔を洗って近くにあった化粧水と乳液をつけて、髪の毛を梳かす。
『うわ、この頃の私って眉毛整えてなかったんだ…』
ナマエは自分の整えられてない眉毛にドン引きした。
「お母さん、眉毛バサミと毛抜きと顔用のカミソリってない!?」
ナマエは母親と思われる人に声を掛ける。
「あるよー。眉毛整えることにしたの?そうよね、もう高校生だもんねぇ。」
母親が「はい、これあげる」と渡してくれた。ナマエは「ありがとう」と受け取り、眉を整え、顔周りの産毛を剃った。
『よし、腕と足の毛は剃ってあるな』
次は朝食だ。母親がシリアルと牛乳を用意してくれている。ナマエはテーブルに座って「いただきます」と食前のあいさつをしてから食べ始めた。
ナマエちゃん、時間ないから早めに食べてね。そういえば入学式はどの服で行くの?」
「え?制服は?」
高校生なんだから学校へは制服で行くだろうと思ってたナマエは意味が理解できなかった。
「制服って中学の着ていくの?男の子は中学の学ランそのまま着る子もいるらしいけど、女の子はそれはどうかなぁ。やっぱ"なんちゃって制服"作ったらどうかしら?」
「"なんちゃって制服"?」
ナマエは母親の言葉の意味がまだわからなかった。
「西浦の子って近くの学校の制服の一部を組み合わせたり、市販のチェック柄のスカート買ったりしてオリジナルの制服もどき作ってる子多いんだって…って前言わなかった?」
『……つまり、私が今日から通う高校は制服がない私服校ってことか!』
実は、亡くなったナマエの兄が通っていた高校も私服校だった。それでナマエはようやく母親の言葉を理解した。
「お母さんどうしよう、服決めてなかった!今から"なんちゃって制服"作ってる時間ないよね?入学式っぽいきちんとした服とかないっけ!?」
「えー?ちょっと探してみるから、早くご飯食べちゃって!」
結局、服は母親が紺色の清楚なワンピースを見繕ってくれた。かばんはこの世界の自分が中学時代に使っていたと思われるスクールバッグをそのまま使うことにした。あとは机を漁っていたら"埼玉県立西浦高等学校 入学式のご案内"と書かれたプリントが見つかった。
『西浦高等学校ってなんか聞いたことある気がするな?何で聞いたんだっけ?』
一瞬考え込んだが、母親から「早く!」と急かされたので一旦それは置いておくことにした。プリントにその日の予定や必要なものが書かれているのでその案内に従って持ち物の準備をし、急いで車に乗り込んだ。

 ナマエは埼玉県立西浦高等学校の校門で母親と入学の記念写真を撮った。その後、長い坂を登っていくナマエ。母親が車で送ってくれたおかげで学校には遅刻せずに済みそうだ。
『うわー、学校だ。何年ぶりだろ?私、ホントに今高校生なんだー…』
本来のナマエはもう社会人になってそこそこ経っていたので、高校というものにやってくるのはかなり久しぶりだった。なんだか自分がこんなところにいていいのか?と不安になる。昇降口にはクラス発表の紙が張り出されていた。ナマエは自分の名前を探す。1年9組だ。
『9組はどこだろなー?』
キョロキョロしていると金髪の背が高い男性に声を掛けられた。
「1年9組?」
「あ、はい」
「1年の教室はこっちだよ。ちなみにオレも9組。浜田良郎っていうんだ。1年間よろしくな。」
「あ、ミョウジナマエです。よろしく。」
浜田の案内のおかげで迷わずに教室にたどり着いた。黒板に張られたプリントを見て自分の座席を確認したナマエは自席に着席した。
『ほんとだ。みんな色んな服着てる。』
完全に私服の人もいれば、たぶん"なんちゃって制服"の人もいるし、学ランの人もいればブレザースタイルの人もいる。ナマエは自分も"なんちゃって制服"を作ろうと思った。
『学校指定でもないのにセーラー服はさすがにコスプレっぽくて恥ずかしいから、ジャケットとブラウスとチェック柄のスカートでも買って、そこにネクタイかリボンを合わせよう。体操着は中学時代のやつそのまま使えばいいか。あ、あと靴下とローファー買うか。』
周囲の人たちの服装を眺めながら、どんな制服を作ろうか考えるナマエ
『これ結構楽しいな。私が高校生の頃は制服はリボンだったから、こっちの世界ではネクタイにしよう。色は何色にしようかな。ジャケットもネクタイもスカートも何色か揃えてその日の気分で変えてもいいな。セーターとニットベストも欲しい。』
ナマエは学生時代はあまりオシャレに興味がなかった。興味を持つようになったのは大学生になってからだった。こっちの世界では高校生のうちから色々おしゃれしようと思った。車の中で調べたが、どうやら西浦高校は自由な校風が売りらしいのだ。本来のナマエが通っていた高校は私立で校則もそこそこ厳しかったが、こっちの世界で通う高校は違うようだ。違いを楽しまなければ。
『ところで西浦高校って絶対何かで聞いたことあるんだよな…なんだっけなぁ』
ナマエが思い出そうと必死にうんうん唸っていると予鈴が鳴って担任教師が入ってきた。
「みなさん、埼玉県立西浦高等学校への入学、本当におめでとう!こうしてここで皆さんに出会えたことを心から嬉しく思います。私は今日から1年間、この1年9組の担任を務めます、名前は…――」
まずは担任教師の自己紹介から始まるホームルーム。
『うわー、ホームルームとか懐かしすぎ!』
ナマエは久々の高校生活が懐かしくてなんだか胸が熱くなった。
『神様は私に異世界トリップして人生やり直すチャンスをくれたのかな?』
それならばこの人生こそは有意義なものにしたい。前の人生とは違う、いい人生を歩みたい。そうナマエは思った。
「まずはこの1年間同じクラスで過ごす皆さんに自己紹介をしてもらいたいと思います。」
担任教師がそう言い、クラスメイトの自己紹介タイムが始まった。ナマエはあまり気負わずに
『顔と名前はそのうち自然に覚えるでしょ』
と思って聞き流していた。その時だった。
「………み、み、みはし…れん…です…。…ちゅ、中学は…み、三星…学園…で、…特技…は、ない、です。………よ、ろしく、おねがい…します。」
どもりながら、たどたどしく話す少年。ふわふわで柔らかそうな天然パーマのクセ毛が特徴的だ。
『ミハシレン?』
ナマエはその名前を知っていた。あのふわふわの天然パーマも覚えがあった。
『三橋廉か?え、あれって…おお振りの三橋じゃないか!?』
ナマエは昔アニメ”おおきく振りかぶって”を観たことがあった。観たのはアニメだけで原作の漫画は読んだことはないが、アニメはかなり楽しく観させてもらった。
『そういやおお振りの三橋が進学したのは西浦高校だった!』
ナマエはその事実を思い出した。
『だから西浦高校って聞いたことがあったんだ!えええ!?じゃあ、私、おお振りの世界に異世界トリップしたってこと??』
ナマエは大混乱だ。異世界トリップしたってだけでも驚きなのに、まさかそれが知ってるアニメ(漫画)の世界に入っちゃったなんて!
「おーい、ミョウジ。次お前の番だぞ。」
ナマエは混乱しすぎて担任教師に促されるまで自分の番だと気付かなかった。
「あ!すみません!」
慌てて立ち上がるナマエ
ミョウジナマエです。趣味はアニメ・漫画鑑賞です。入る部活はまだ決めていませんが、何かしらやりたいと思ってます。何か新しいことを始めて、高校から人生やり直したいです!よろしくお願いします。」
ナマエは率直な今の気持ちを述べた。

 入学式の間、ナマエは必死に昔見たおお振りのアニメの内容を思い出していた。ナマエは西浦が三星学園と桐青高校に勝ったこと、それから桐青高校の試合の翌日に三橋が熱を出して休んだこと、そのあたりしか知らない。あれは夏の大会だから、多分7月か8月だろう。
『おお振りの世界に入ったからにはやっぱり野球部のマネジになるべきかな?』
昔アニメを見てた時はキャラと一緒に「ナイバッチー!」とTVに向かって叫んだりして楽しんでいたことを思い出したナマエ
『でもあれは雰囲気で言っていただけで私は野球のルール全く知らないんだよなァ。私に運動部のマネジなんか務まるのかな?それにおお振りの世界って1人マネジの女の子いたよな?』
悶々とするナマエ。そうしているうちに入学式は終わった。今日は入学式が終わったら帰りのホームルームがあってそれで本日の学校は終了だ。その後、生徒たちは各々入りたい部活に顔を出したりすぐに家に帰ったりして過ごす。ナマエはとりあえず三橋のあとをつけてみた。三橋はチラシを見ながらグラウンドの中を覗き込んでいる。そんな三橋の背後から近寄る黒髪の背の高い女性が見えた。
『あれは…モモカンだ!』
三橋の腕を掴んでグイグイと引っ張っていくモモカン…かと思いきや、くるりと振り返ってナマエを見た。
『ゲッ!見つかった!』
ナマエは青ざめた。
「あなたも野球部に興味があるのかしら!?」
モモカンは三橋の腕を掴んだままナマエに近づいてくる。
「あっ、いえ、あの…」
ナマエは言い淀んだ。
『どうする、私?おお振りの世界に来ておいて野球部マネジやらないで三橋とは無縁の高校生活を送るっていうのもありなのかな?だって私野球のルール知らないし。』
そういう選択もできる。というか野球のことも知らないのにマネジやるって相当野球のこと勉強しないといけないし、マネジになったら高校生活かなり大変になりそうだ。やめておいた方が無難だ。

――…でも!

「はい!野球部のマネジに興味があります!でも野球のルールもろくに知らないんで迷ってて、とりあえず見学に来ました。」
ナマエは前に歩んだ人生とは違う生き方がしたかった。人生を変えたかった。だったら無難な選択なんてしてたらダメだ!ナマエはモモカンに正直な気持ちをぶつけてみた。
「野球のことはこれから学んでいけばいいんだよ!あなたもこっちにおいで!」
モモカンはそう言った。ナマエは三橋を強引に連れていくモモカンの後ろを追いかけた。

「もう2人きたよー!!」
そこには野球部入部希望者が集まっていた。
『あーそうそう、こんなシーンあったよなぁ』
ナマエはアニメ1話を思い出す。モモカンは三橋に名前とポジションを聞いていた。
「で、あなたはお名前は?」
モモカンはナマエの方を向いた。
ミョウジナマエです」
「希望はマネジよね?これまでマネジ経験とか運動部に所属してたりとかは?」
「ないです。完全なド素人です。…あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!」
モモカンは三橋とナマエに野球部は今年から硬式になったことや自分が軟式時代の卒業生で今は監督であることを教えた。また責任教師の志賀先生と愛犬のアイちゃんの紹介をした。そしてここで1回目のミーティングと称してポジション確認をすることに。三橋の次は捕手の阿部だ。
『おお、阿部隆也だ!』
ナマエは感動した。ナマエがアニメおお振りを観ていた時に特に好きだったキャラが3人いるのだが、そのうちの一人が阿部だった。
『うおー、ガチ垂れ目だー!』
ナマエは垂れ目が好きなので本物の阿部隆也の垂れ目っぷりに内心大興奮していた。その次に田島が自己紹介をした。
『田島君だー!桐青戦でグリップずらして打ったのかっこよかったよなー!』
アニメおお振りでナマエが特に好きだったキャラ3人のうちのもう一人が田島だ。ちなみに最後の一人は三橋である。

 ここで花井が監督が女だから部活を入るのをやめると言い出す。コンコンとバットとボールを上手に取り扱ってみせるモモカン。
『あーこのシーンは鮮明に覚えてるわ…』
垂直のキャッチャーフライを打ち上げるモモカン。
「うわー…きれーい!」
ナマエは思わず感想が口に出た。花井は何か考え込んで悶々としている。アニメを見たことがあるナマエは花井が何を考えているか知ってるため、その光景に思わずニマニマした。
「そーだっ、ジュースがあるんだっ。せっかくだから飲んでって!」
モモカンが鹿児島甘夏を手にする。
『やべ、くるぞ!』
ナマエはこの先の展開を知っているので身構えた。モモカンは「ふんんがあああ」と言いながら両手で鹿児島甘夏を握りつぶした。目前でそれを目にするとやはりすごい迫力だ。この展開が来るとわかっていたナマエですらも強烈な衝撃を覚えるのだから、初めて目にしたらそら怖いだろう。
「みんなも飲も?」
「丸のままいただきますっっ」
ビビって丸のままでいいという選手たち。でもナマエはモモカンの絞った生絞りジュースが飲んでみたかった。
「監督、私もジュースで飲みたいのでお願いできますか?」
選手たちはナマエの言葉を聞いて「えええええ!」と仰天した。
「おっ、いいよー!ちょっと待ってね!」
また両手で鹿児島甘夏を握りつぶしてジュースにしてくれるモモカン。
「はいっ、どうぞ!」
「ありがとうございます。お手を煩わせてすみません。」
ナマエはモモカンからジュースを受け取りながらお礼をいった。ゴクゴクと飲むナマエ
「監督、これ、おいしいです!」
「それはよかった!」
モモカンはニッコリ笑って嬉しそうだ。一方で選手たちはナマエにドン引きしていた。

 ここで阿部が三橋に投球してみないかと誘う。断る三橋は涙目だ。周囲はそんな三橋に困惑している。ナマエは三橋の事情を知っているのでここはおとなしく流れを見守った。三橋は三星学園でヒイキでエースをやっていたことをみんなに打ち明ける。同時に自身が抱える罪悪感についても語った。でも三橋は阿部から言われた「投手としてなら好きだ」と言う言葉を聞いて投げる気になるのだった。
「三橋君は監督のせいじゃないっていうけど、監督のせいだよ。三橋君は選手なんだからそらレギュラーやりたがって当然だし、そんな三橋君に自分から降りろって言うのは酷い話でしょ。三橋君がそんな罪の意識を背負う必要ないのに!」
ナマエは誰に対するでもなく、そう自分の気持ちを言葉にした。ナマエは三星の連中に対して怒りの感情が湧いていた。周りの選手たちはナマエの迫力に驚いたのか「おお…?」「まあ、たしかに?」といった反応をして見せた。

 三橋が投球開始する。ナマエも見学させてもらうことにした。アニメで見るのと生で見るのはやっぱり違うだろう。ナマエはワクワクだ。1球目の投球に花井は「おせ……」と言う。ナマエは野球の知識がないので、特に遅いとは思わなかった。もちろん、速いとも思わなかったが。
『時速101キロの球ってこのくらいのスピードなのか』
ナマエはそんな風に考えながら阿部と三橋の投球の様子を見ていた。ちなみにナマエはこの時点ですでに三橋に9分割のコントロールがあることは知ってるが、ナマエは野球の知識がないのでそもそもストライクゾーンがどのくらいの範囲なのかもわかっていない。でもそんなナマエでも三橋の投げる全部の球がキレイに阿部のミットの位置に決まっていくのは見ててわかった。
『ほえー、ホントに一球もブレずに決まるな』
これは見ててナマエでも感心する。そして阿部はキラキラと目を輝かせて三橋に近づいてきて球種を訊ねていた。それから花井と3打席勝負することになった。ナマエはフェンスの外の阿部の真後ろからそれを見学することにした。
『たしか最初はアウトハイ』
見事にアウトハイに球が決まった。
『で、次はアウトロー』
同じく見事なほどにアウトローに球が決まる。
『今のがカーブか!』
ナマエは野球に疎いので初めてカーブというものを目にした。
『で、次は真ん中』
見事に真ん中に球が決まった。
『三橋のコントロールってマジですごいんだ!!』
ナマエは大興奮した。アニメで事前に知ってた知識でも生で見るとやっぱり違う!!ナマエは改めて『三橋ってすごい』と感動した。そして見事に花井を打ち取った三橋&阿部バッテリー。ここでアニメにはなかったストレートに関する解説が阿部と志賀先生からあった。ナマエは三打席勝負がおわったのでフェンスを潜ってグラウンド内に入りながら志賀先生のテニスのラケットを用いた解説を聞いた。
『ふーん、これはアニメではなかったシーンだな。アニメでは端折られちゃった原作のオリジナルシーンなのかな?テニスラケットを使って説明してくれるとよりわかりやすくていいな』
ナマエはそう思った。
 そしてここで阿部から三橋のまっすぐの特異性と9分割のコントロールの説明があり、その事実にみんなが驚いた。
「投手としてお前は充分魅力的だと思うよ」
阿部が三橋にそう言う。そして阿部は「甲子園に行ける」と宣言した。選手たちは頬を染めて固唾を飲む。
「ムムム、ムリです……」
弱気発言をする三橋。そんな三橋に「一応目指せよ!」と食ってかかる花井。「なんで一応!?」と逆に花井に疑問を呈する田島。この一連のやり取りにナマエは思わずプッと吹き出してしまった。
「やる前からムリムリ言ってチームの士気を下げるような人に1番はあげない。」
モモカンは怖い顔でそう言い切った。ナマエは慌てて笑いを引っ込めた。そしてモモカンはGWに合宿をすることとその仕上げに三星学園と練習試合をすることを宣言した。泣いて嫌がる三橋にガチでケツバットを食らわすモモカン。
『うっわ、金属バットでケツバットは痛そ~~』
ナマエも他の選手たちも青ざめている。そして恒例の鹿児島甘夏潰しをするモモカン。
「私は本気!エースになりたいなら性格くらい変えてみせてよ!」
アニメで展開は知ってたが、改めて聞くとモモカンはなかなかに酷なことをいう。性格を変えるって簡単じゃないし、自分をイジメていたメンバーと対決なんてイヤすぎる。しかし、同時に三星との試合は三橋にとっては必要な試合だったこともアニメを観たナマエにはわかっていた。
『三橋は今はしんどいだろうけど、ここを乗り越えて一歩踏み出さなきゃいけないんだ。私はマネジとして、私が三橋にできることは全部やってあげよう!』
ナマエは野球部のマネジをやる決意をした。
「監督!私マネジやりたいです!野球のこともマネジとして必要なことも今は何も知らないけれど、勉強して覚えます!どうかご指導の程よろしくお願いします!」
ナマエは入部の決意をモモカンに伝えた。モモカンはナマエの両手をガシッと掴んだ。
「うんうんっ!私も高校時代はマネジだったから色々教えるよ!焦らずゆっくり覚えていこうね!一緒に野球部を盛り上げようっ!」
モモカンはキラキラした目をこちらに向けている。
「志賀先生、入部届の用紙をナマエちゃんにお願いします。」
「はいよ、ミョウジ、これ入部届ね。この辺書いて、あとはここに親御さんからの署名と印鑑をもらって、明日先生のところまで持ってきてね。」
「はい!明日必ず提出します!」
こうしてナマエのマネジ人生はスタートしたのだった。

<END>