※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第2章」


 野球部の見学が終わったナマエは帰り道がわからなくて途方にくれた。朝は母親に車で送ってもらったので、学校から家まで電車でどう帰ればいいのかわからないのだ。ナマエはかばんの中を漁って自分の家の住所が載っているものがないか探した。
『…ない』
ならば次はケータイだ。
『この時代はまだスマホはなかったんだな、そういえば。』
今では珍しくなったガラケーを操作するナマエ
「えっと、あの頃は電話帳に住所登録できたはずだよな。…お、ビンゴ!』
"お父さん"と言う名前で登録された電話帳に住所が載っていた。ケータイの地図機能で西浦高校から家までの帰り道を調べて無事に家までたどり着いた。
「ただいまー」
見慣れない家に入るのは勇気がいる。恐る恐る玄関を開け、帰宅のあいさつをしてみた。
「あーナマエちゃん、おかえり。遅かったね。部活見学でもしてたの?」
「お母さん、あのね、私、野球部のマネジやろうと思う!これにサインしてほしい!」
ナマエは入部届を取り出した。
「え!?野球部?いいけど、急にどうしたの?」
「なんか色々あってたまたま野球部見学することになってさ、そしたらおもしろそうだったから」
「へー、そうなの。まあ、まだ若いんだもの、色々やってみるといいわよ。」
母親はあっさり承諾してくれた。
「でも、マネジやるなら料理とかできないといけないんじゃない?ナマエちゃん全然できないでしょ。」
「あー、できない!教えてください!」
ナマエはバッと母親に頭を下げた。
「よし、じゃあ、明日から朝ちょっと早起きしてお弁当一緒に作ろうか。土日の予定がない日とかはお昼ごはん・晩ごはんも一緒に作ろう。」
「うん!栄養素とかのことも教えてくれる?」
「お母さんはそこまで真剣に栄養素とか考えて作ってないからなぁ。運動部のマネジやるんだったらスポーツ栄養学とか必要になるかもね!今度本買ってくるから一緒に勉強しよっか。」
「ありがとう、お母さん!」
この世界の母親はすごくいい人だ。ナマエは母親に心から感謝した。
「お母さん、あとね、やっぱ"なんちゃって制服"作ろうと思うんだ。今度の土日で買いに行こうと思うんだけど、どこに買いに行くのがいいと思う?ネットショッピングでもいいかなとは思うけど、当たり外れあるしな…。」
「うん、お母さんも制服作った方がいいと思う。どうやって制服作るの?他校の制服着るならモナ商会が指定制服取り扱ってるけど。」
「あー他校のブレザー使うのもいいけど市販のキッチリ目のジャケットでもいいかなって思ってるんだよね。その辺はモノを見てから決めたいかな。」
「じゃあ、隣の駅のショッピングモールに行った方がよさそうね。お母さんも一緒についていく?それともお金渡して1人で買ってくる?」
「部活で必要なスポーツバッグやスポーツウェアとかも一緒に買いたいから結構な金額が必要になるかもなんだけど…」
「じゃあお母さんもついていくよ。荷物も多くなりそうだし、車で行こうか。」
「うん!」
こうしてナマエは母親と週末の買い物の約束をした。

 それからナマエは自分の部屋の中のものを色々漁った。どうやらこの世界のナマエは現実世界のナマエが卒業したのと同じ中学を卒業したらしい。そしてつい最近この家に引っ越してきたらしく、部屋にはまだ整理しきれていない引っ越し業者の広告入りの段ボールがいくつか残っていた。ナマエは部屋に置かれてあった幼少期からの自分の成長が記録がされたアルバムを眺めてみた。この世界のナマエはどうやら兄はいなくて1人っ子らしい。
「お母さん、私たちがここ引っ越してきたのって何日だっけ?」
「えー?えっとナマエちゃんの中学卒業を待ってから引っ越したから3月27日だったかなー?」
「なんで引っ越したんだっけ?」
「え、そんなことまで忘れちゃったの?お父さんが転職したからよー。お父さんの地元が埼玉で、地元の友達の紹介で転職したから勤務地がこっちになったの。ナマエちゃんも前の中学はレベルが低くて合わないって嘆いてたから西浦が近くにあってよかったじゃない。西浦は進学校だからもうレベルが合わないこともないんじゃない?むしろちゃんとついていけるようにがんばらないとね。」
父親の転職はおいておいても、中学時代にナマエが周りの生徒の民度が低くて合わなくて困ってたというのは元の世界の設定と一緒らしい。急に異世界に飛ばされて色々困惑していたナマエだったが少しずつ状況が掴めてきた。
『よくわからないけど、私は高校生から人生をやり直せるんだ!』
最初は困惑が大きかったナマエだが、今はやる気に満ちてきていた。だって身体が軽い。前の世界でうつ病になった時のだるくて何もできない感覚が今はない!元の世界で兄が亡くなったことを考えると落ち込むけど、今はこの世界の現状に追いつくのに精一杯でそのことを考えてる余裕すらもないし、身体が若返ったおかげか久しぶりに自分は元気だと感じた。それが何よりもナマエは嬉しかった。

 翌日、登校すると泉が「はよ!」と声を掛けてきた。
「おはよー、泉君。入部届持ってきた?」
「おう、持ってきたぞ。ミョウジもホントにマネジやるんだな?」
「やる!野球ド素人だけどこれからがんばって学ぶ!だからよろしくね。」
「おー、こっちこそよろしく!」
泉とナマエは握手を交わした。そこに田島がやってくる。
「はよー!なんで握手してんの?」
「私、野球部マネジやる決意したから、これからよろしくって話してた。」
「おお、ミョウジマネジやるのか!じゃーオレもよろしくな!はい、握手!」
手を差し伸べてくる田島。ナマエはその手を握り返した。
「よろしくねー!入部届はいつ出しに行く?」
ナマエは2人に訊ねた。
「昼休みがいんじゃね?」
泉が答える。
「みんなで一緒に出しに行こうぜ!あっそうだ、三橋ー!」
田島が三橋を呼んだ。三橋はビクッとなってキョドキョドしながら振り向いた。
「三橋、野球部入部すんだろ?入部届持ってきたか?」
三橋はコクンッと頷いた。
「じゃー昼休みに4人で一緒に出しに行こうぜ!」
田島の提案に三橋はブンブンと首を縦に振って頷いた。

 今日からは通常通り授業開始だ。ナマエは授業というものを受けるのは久しぶりだ。英語や現国なんかは今でもイケると思うけど古典や数学はもう全然覚えてない。生物と歴史も記憶がかなり曖昧だ。化学は好きだったからやれば思い出せる気がする。
『野球のことを学ぶのはもちろんだけど、勉学もちゃんとやり直さなくちゃね!』
前世で一度は習っているのだからナマエには他の生徒よりアドバンテージがあるはずなのだ。負けてられない。

 昼休みになると田島が9組の野球部員に「一緒にメシ食おうぜ!」と声をかけた。ナマエもそこに交ぜてもらった。三橋・田島・泉・ナマエの4人で机をくっつけてお弁当を食べる。このお弁当は今朝母親に料理を教わりながら自分で作ったお弁当だ。
『自分でお弁当作るって私超えらいー!女子って感じ!』
前世ではナマエは全く料理をしない、できない女だったが、この世界で1つは変われたことができて嬉しかった。
ミョウジってなんでマネジやろうと思ったの?」
田島が尋ねてきた。
「昨日たまたま監督に掴まって見学してたら楽しそうだったから」
「つかさ、お前度胸あるよな。よくあの甘夏ジュース飲みたいと思ったな?」
泉がそう言った。
「えーだって生絞りジュースなんてそうそう飲めなくない?」
「お前あの甘夏潰し怖くなかったのか?オレはめちゃめちゃビビったぞ…」
「迫力あったよねー!」
ケラケラとナマエは笑った。3人が会話している間、三橋はずっとビクビク怯えていて何もしゃべらずひたすらお弁当を食べている。そんな三橋が気になったナマエは話しかけてみることにした。
「三橋君、今更だけど、私マネジやるからよろしくね!」
握手しようと手を差し出した。三橋はキョドキョドして
「あ…よ…」
と言いながら、手を差し出すか差し出すまいか迷っている様子だった。ナマエは三橋の右手を強引に握って握手した。
「はい、これ、よろしくの握手ね!」
「…あ、っと、…よ、よ、ろしく…お、…ねがい、し、ます…」
「よーし、食ったら志賀先生のところ行くぞー!」
食事を終えた田島が立ち上がる。
「ちょっと!私まだ食べ終わってない!男子みたいにそんな早く食べれないって!もうちょっと座って待ってて!」
田島は「おー、ワリワリ」と言って座った。
「そういやミョウジは女子の友達作らなくていいのか?」
泉が訊いてきた。
「欲しい!けど、まー自然にできんじゃない?だれか紹介してくれたりする?」
「あー、同じ中学出身の女子このクラスに1人いるわ。オレもあんま話したことなくて顔見知り程度だけど。」
「まじ?紹介してくれ」
ナマエは泉に頼み込んだ。
「オレも何人か同中の女子いるから紹介してやるよ」
田島からもありがたい申し出があった。
「てかミョウジは同中のヤツ誰かいないのか?」
「いないよ。うち、父親の仕事の都合で中学卒業と同時にこっち引っ越してきたから、1人もいない。」
「マジか。それってつらくね?」
「君らと友達になれたし、ここから人生再スタートきるから大丈夫!」
ナマエはサムズアップした右手を掲げてみせた。
「おー、いいな!高校デビューだな!」
田島はガハハッと豪快に笑った。
「よーし、食べ終わった。ごちそうさまでした!」
ナマエは両手を合わせて食後のあいさつをした。
「お待たせ!じゃ、志賀先生のところ行こ!」
ナマエはみんなに声を掛けた。
「おし!」
田島が立ち上がる。
「おー」
泉も続けて立ち上がった。
「…は、はい」
三橋もノロノロと立ち上がった。4人でぞろぞろと職員室に向かう。
「あ、お前らも入部届持ってきた感じ?」
職員室に着くと水谷が出てきたところだった。後ろには花井と阿部もいる。
「そー!9組の4人で来た!」
田島が答える。
ミョウジって9組なんだ」
水谷が訊いてきた。
「そだよー。」
「あのさ、さっき7組の女の子がミョウジのクラス知りたがってたよ」
「へ?なんで?なんていう人?」
この世界にはナマエには知り合いなんていないはずだった。
「えーっと、なんだっけな、名乗ってたけど忘れちゃった。そだ、それ提出したら一緒に7組に来てよ。顔は覚えてるから、紹介するよ。」
「わかった!すぐ出してくるからここで待ってて。」
花井と阿部は「先行くぞー」と言って水谷を置いていった。

志賀先生に入部届を提出した後、ナマエは水谷と一緒に7組の教室に行った。阿部と花井は自分の机で仮眠を取っていた。
「あ、あの子だ!」
水谷は淡い髪色の背の小さい女の子を指さした。
『あっ!あれはマネジの篠岡だ!』
ナマエは前世で見たアニメおお振りの記憶から篠岡のことを思い出した。そうだ、本来は篠岡が野球部のたった1人のマネジだったのだ。水谷は篠岡に話しかける。
「ねえ、ごめん、名前何だっけ?」
「あ、篠岡千代です」
「篠岡さんね、野球部のマネジのミョウジ連れてきたよ。9組だって。」
「えっ!」
篠岡が振り返ってこっちをみた。
「ああ、水谷君!ありがとう!」
「いーえ、どーいたしまして。ミョウジ、うちのクラスの篠岡千代さん。ミョウジに話があるって。」
「篠岡さん、はじめまして。ミョウジナマエです。」
「私は7組の篠岡千代です」
水谷は「じゃ、オレはここで」と言って去っていった。水谷も自席で寝るらしい。
「あの、ミョウジさん、いきなり呼び出してごめんなさい。」
篠岡は頭を下げた。
「話っていうのは、野球部のマネジのことなんだけど…」
「一緒にやる?」
ナマエは単刀直入にそう言った。前の世界でアニメおお振りを観ていたナマエにはもう篠岡が言いたいことがわかっていたからだ。
「! そうなの、私もやりたくて!」
「やろう、やろう!あのさ、私野球のルールもろくに知らないド素人なの。篠岡さんは?」
ナマエは篠岡が中学時代ソフトボール部だったというのは知っていたが、知らないふりして訊ねてみた。
「私は中学ソフトボール部だったから、野球のルールとかは結構わかるかな」
「それはいいね!よかったら色々野球のこと教えてください!」
「もちろん!私もマネジやるのは初めてだから一緒にがんばろう!」
篠岡は嬉しそうにしている。
「じゃあ今日部活一緒に行こうよ。どっかで運動着に着替えないと。女子更衣室とかあるのかな?」
「あるかもだけど、わかんないからとりあえずトイレで着替えない?」
「オッケー。ホームルーム終わったら7組まで迎えに来るね。」
「わかった。あのさ、ナマエちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ!じゃあ、私も千代ちゃんって呼ぶね!」

 ナマエが9組に帰ると田島も泉も三橋も自席で寝ていた。
『おいおい、女友達紹介してくれるんじゃなかったんかい』
そう思いながらもナマエも午後の部活に備えて眠ることにした。

 午後の授業が終わり、放課後になった。ナマエは田島たちに「トイレで着替えてから行くから先に行ってて」と声を掛け、7組へと向かった。
「千代ちゃーん!」
ナマエちゃん!」
「7組の方が先にホームルーム終わってたか。待たせてごめんね。」
「全然大丈夫だよ!」
篠岡とナマエはトイレで着替えた。そして野球部の練習場である裏グラに到着した。モモカンはもう着いていた。
「監督!もう1人マネジ来ました!」
「篠岡千代です!マネジやりたいんです。よろしくお願いします!」
モモカンは目を輝かせている。
「マネジ2人目!大歓迎だよ!あとで志賀先生から入部届貰って親御さんに署名と印鑑貰って、明日にでも提出してね!」
「わかりました!」
篠岡が頷く。
「じゃーさっそく2人にはマネジの仕事を教えるね!まずは水撒きからやってもらおうかな。ここが備品をしまっておく倉庫なの。この中にホースがあって、向こうに蛇口があるからそこに片方を取り付けてグラウンド全体を土の色が変わるまで水を撒いてください。終わったらまた次やること指示するから声掛けてね。」
「はーい!」
篠岡とナマエは2人で水撒きを始めた。
「こんなんでいいのかな?」
ナマエは篠岡に訊ねてみた。
「全体濡らすってなるとなかなか時間かかりそうだねえ。」
「こっち半分私がやるから、途中で交代してもう半分は千代ちゃんがやろうか」
「おけー」
水撒きが終わった後はモモカンはジャグへのドリンクの作り方を教えてくれた。ドリンクは最初はスポドリで、2回目以降は麦茶らしい。裏グラの蛇口の水は飲めない上、冷凍庫がなくて氷も用意できないため毎回数学準備室まで作りに行く必要があるらしい。
「これは自転車必須だね」
篠岡がナマエに話しかけた。今日の2人は電車&最寄駅からは徒歩で学校に通っていたので自転車がなかった。徒歩でジャグを運んだが、ドリンクを入れたジャグは重いし、数学準備室から裏グラまではそこそこ距離がある。
「私、明日から自転車通学にしようかな。この学校って自転車置き場かなり広いし、先輩たちみんな自転車使ってるっぽいよね。」
「西浦では大体の生徒が途中から自転車通学に変えるよ。最寄駅から結構距離あるし、地獄坂で遅刻する人も多いからね。」
モモカンが篠岡とナマエにそう言った。
「そっか!監督は西浦の卒業生なんでしたね!」
ナマエは昨日のモモカンの自己紹介を思い出した。
「えっ、そうなんですか!」
篠岡はそれを聞いて驚いた様子だ。
「じゃあ私も自転車通学に変えようかなぁ」
篠岡も自転車通学に切り替えるか検討している。
 モモカンは他にも蚊取り線香の設置方法とボール磨き・ボール修理の方法を教えてくれた。それから、今日からしばらくの間、お昼休みや空いてる時間には外野にぼうぼうに生えている草を刈ってほしいと言い、草刈りの方法を教えてくれた。篠岡とナマエは二手に分かれて草刈りを開始する。選手たちは受験でなまった体を元に戻すために丁寧に柔軟したり念入りにキャッチボールしたり、素振りしたりと比較的ゆったりしたメニューをこなしていた。
「草刈りもマネジの仕事だったかー!」
ナマエは熱い太陽の下で帽子もなくひたすら草を刈り続ける作業に辟易してきた。
「なかなかしんどいね、これ」
篠岡もつらそうだ。
「これ、草刈り用の帽子欲しくない?」
ナマエは篠岡にそう提案した。
「ほしいね。買ってもらえないかな?あとで監督に相談してみようか。」
篠岡はそう答えた。その日の部活の締めのあいさつの際、篠岡とナマエはモモカンにその旨を伝えた。
「そうね、もともと明日は2人で近くのショッピングモールに買い出しに行ってもらおうと思ってたの。今色々とモノが足りてないからね。ついでに草刈り用の帽子も2つ買ってきてちょうだい。」
するとここで田島が口を開いた。
「うち農家だからデッケー麦わら帽子あるぜ!余ってるから2つやるよ!」
「ええ、田島君、ほんと?もらっちゃっていいの!?」
モモカンが目をキラキラと輝かせた。
「いいスよ!じゃ、明日持ってきます!」
「ありがとう~!」
モモカンが感謝の言葉を述べた。篠岡とナマエも「田島君、ありがとう!」とペコッと頭を下げた。

 翌日の朝、登校してきた田島が「ほれ、持ってきたぞ~!」とドデカ麦わら帽子を2つナマエに見せた。
「うわ、ガチでデカい!こんなのあるんだー!すげー!」
田島はヘヘッと笑った。ナマエは試しに麦わら帽子を被ってみた。
「おお、これなら頭だけじゃなくて身体も日陰になるからだいぶ楽になりそうだよ」
「農家の人間にとっちゃ必需品だぜ。ミョウジも篠岡も熱中症には気をつけろよ!」
「うん、あれは気をつけないとガチで倒れるわ。修行みたいだもん。」
ナマエは田島からもらったドデカ麦わら帽子を篠岡に見せるために7組に行った。
「千代ちゃーん!おはよ!」
ナマエちゃん、おはよう。朝からどうしたの?」
「ジャジャーン!」
ナマエは背中に隠していたドデカ麦わら帽子を篠岡に見せた。
「わあ、すっご!思ってたよりも3倍くらい大きい!」
「田島君が持ってきてくれたんだ!お昼休み、試しに草刈りしに裏グラ行こうよ!」
「うん!それに、こんな大きい帽子、教室に置いておくと邪魔だしね。」
篠岡とナマエはお昼休みに裏グラに行く約束をした。

 その日のお昼、前日と同様に田島・泉・三橋とランチを食べるナマエ
「てか女子の友達紹介してくれるんじゃなかった?」
ナマエは田島と泉に催促をした。
「あ、そうだった」
田島はナマエが言うまですっかり忘れてたらしい。
「オレと同中のやつ、今は教室にいねーな」
泉が教室を見まわしてそう言った。
「私、この後裏グラの草刈りするから、明日の朝のホームルーム前にでも紹介してよ」
「オッケー」
「りょーかい」
田島と泉が答えた。お弁当を食べ終わった後は田島・泉・三橋は仮眠を取る。ナマエは篠岡を迎えに7組に向かい、篠岡と合流した。
「自転車通学に変えた?」
ナマエが篠岡に訊ねる。
「変えたよ!」
「私も。じゃあチャリで裏グラ行こう。」
自転車置き場で各々の自転車を取り出し、裏グラへ向かって走らせる。
「やっぱ自転車だと早く着くね!」
「楽ちんだね!」
昨日重たいジャグを抱えて数学準備室から歩いた時のことを思い出しながら、ナマエは自転車のありがたみを噛みしめた。実はナマエは昨日家に帰って自分が自転車を持っているか恐る恐る母親に訊いたのだ。持っていないと言われたらどうしようかと思ったが、「持ってるでしょ!そんなことも忘れちゃったの?ナマエちゃん、最近ちょっと変じゃない?」と不審に思われた。異世界からトリップしてこの世界にやってきたナマエはこの世界の自分がどういう設定なのか知らないんだから仕方ない。とりあえず自転車は持っていたので一安心して今朝は自転車で通学してきた。篠岡とナマエはさっそく倉庫から軍手と草刈り用の鎌を取り出して、ドデカ麦わら帽子を被って草刈りを始めた。
「帽子があるだけでだいぶ楽だー!日差しが避けられるってありがたい!」
ナマエは昨日と比べて草刈りの過酷な環境がかなり改善したことを喜んだ。
「田島君にお礼言わなくちゃね」
篠岡はニコッと笑った。そして2人は昼休みが終わるギリギリまで黙々と草刈りを続けた。

 放課後、昨日と同様にホースで水撒きした後、ジャグにドリンクを作った。慣れるまでは全部の作業を篠岡とナマエの2人で一緒にやることにしている。いずれは分担したいところだ。ジャグを設置し終わったところで、モモカンが話しかけてきた。
「2人とも、昨日も言ったけど今日は買い出しに行ってきてもらいたいの。ここから自転車で15分くらいのところにショッピングモールがあるからそこで全部買えると思う。買ってきてほしいものはこのメモに書いておいたから今ちょっと目を通してみて。何か他にも欲しいものはある?」
篠岡とナマエはモモカンのメモに目を通した。メモには保冷剤や保冷バッグ、サポーター、製氷皿、コールドスプレー、滑り止めスプレー、蚊取り線香、タオル、ボール修理用の指ぬきや裁縫道具、それから資料をファイリングするための文房具など様々なものが書いてあった。
「特に不足しているものはないと思います」
ナマエは答えた。篠岡も横で頷いている。
「そう。じゃあ、この封筒にお金入れてあるからこれ使って。」
「はい、ありがとうございます。」
ナマエは封筒を受け取った。
「ショッピングモールへの行き方は一応このメモに簡単な地図を書いておいたけど、もしそれでわからないようならケータイの地図機能とか使って調べてみて。どうしてもわからなかったらこの電話番号に連絡ちょうだい。それが私のケータイの連絡先だから。」
モモカンはショッピングモールまでの道順を書いた紙をくれた。篠岡とナマエはモモカンのケータイ電話番号を自分のケータイに登録した。ナマエは試しに電話をかけてみる。
「監督、それ私の電話番号です。」
「ありがとう。登録しとくね。千代ちゃんもかけてみてくれる?」
「はい!」
篠岡もモモカンのケータイに電話をかけた。
「うん、千代ちゃんの分も登録しておくね。じゃ!行ってきて!」
「「はい!」」
篠岡とナマエはモモカンの地図を見ながらショッピングモールへと自転車を走らせた。特に迷うことなく無事に到着した。ナマエはモモカンのメモを見ながら篠岡とショッピングモールを歩き回り、「こっちの方がいいかな」とか「あれもよさげだよね」など相談しながら必要なものを買い集めていった。全部を集めたらそれなりの量になった。荷物を2つに分けて篠岡とナマエの自転車の前かごに載せ、再び自転車を漕いで学校の裏グラへと帰った。
「監督ー!買ってきました!」
ナマエはモモカンに声を掛けた。
「おかえり!迷わなかった?」
「平気でした!これお釣りと領収書です。」
「ありがとう」
モモカンはお金の入った封筒を受け取った。
「買ってきたもの備品棚にしまいますね」
篠岡がさっそく荷物を持って備品棚の扉を開ける。
「うん、千代ちゃん、よろしく。ナマエちゃんはちょっとこっちきて。」
モモカンがナマエを呼んだ。
「はい?」
「これ、野球のルールに関する本。千代ちゃんは中学でソフトボール部だったからある程度野球のこともわかってるみたいだけど、ナマエちゃんは初心者でしょ?これ貸すからしっかり頭に叩き込んでちょうだい!それからこっちはスコア表の書き方の本。試合中、ベンチでスコア表をつけるのもマネジの仕事だから、これもできるようになってもらいたいの。期限は…そうね、とりあえずGWの三星学園との練習試合でスコアをつけられるようになるのが目標かしら。」
今は4月初旬だ。あと約1ヶ月ある。
「わかりました!やります!」
「いいお返事ね!しっかり頼むわよ、マネジ!」
「はい!」
ナマエはモモカンから借りた本を自分のかばんにしまった後、荷物を備品棚にしまっている篠岡を手伝いに行った。

 その日の部活終わり、締めのあいさつの際にモモカンが部員全員に紙を配った。それはオリジナル野球ウェアのオーダーシートだった。
「選手は帽子、シャツ、ズボン、ストッキングを購入してください。それぞれ自分に合うサイズを選んでお金を封筒に入れて今週中にマネジの2人に渡してください。ナマエちゃん、千代ちゃん、頼むね。全員分集まったら志賀先生に報告してください。」
「「わかりました!」」
篠岡とナマエは元気よく返事をした。
「マネジの2人はユニフォームは要らないから、帽子の分だけサイズを選んでお金を用意しておいてください」
「「はい!」」
篠岡とナマエは再び元気よく返事をした。

 部活が終わって、ナマエは自転車で篠岡と一緒に帰宅をする。
「オリジナルのキャップ楽しみだね」
篠岡はすごく嬉しそうにしている。
「そうだね!チーム全員で同じキャップ被るんだもんね。」
ナマエはこれまでの人生でほぼ野球に関わってこなかったのでそもそもオリジナルのキャップを作るんだということすら認識してなかった。オーダーシートを受け取って初めてこういうものがあるんだと知ったのだった。

 翌朝、ナマエは田島と泉に2人と同じ中学出身だという女子を数人紹介してもらった。「へー!ミョウジさんって野球部のマネジなんだ!」とか「それで田島君たちと仲良いんだね」というようなことを言われた。ナマエはとりあえず女子の知り合いができて一安心だ。基本は田島・泉・三橋と一緒にいればいいが、でもやっぱりクラスに数人は女子の友達もほしいものだ。

 休み時間はナマエはとりあえずモモカンからもらった野球のルール本をひたすら読み漁った。あと1ヶ月でスコア表をつけられるくらいの基本的なルールは理解しておかなければならない。野球のルールは色々と細かくてとても難しいとナマエは感じた。
ミョウジ、コレ。」
泉がオリジナル野球ウェアのオーダーシートとお金の入った封筒を持ってナマエのところへやってきた。
「おっ、ちょっと待ってね。シートの内容と金額に間違いがないか確認するから。」
ナマエは泉のオーダーシートを眺めて記載の抜け漏れがないかチェックした。問題なし。次に封筒を開けて入っているお金の金額に間違いがないかチェックする。こちらも問題なし。
「オッケーです。ありがとね。」
「おう。その本、野球のルール勉強してんの?」
泉はナマエが持っている本のタイトルを見てそう尋ねてきた。
「そう。私ガチの素人だからなーんも野球のこと知らないんだもん。でも難しいね、野球って。」
「ルールブックみたいなの読んでもあんまピンとこないだろ。野球漫画とかの方が取っ付きやすいんじゃねーか?」
泉はオススメの野球漫画があるらしく、今度貸すと言ってくれた。
『野球漫画か…たしかにこのルールブックよりかはイメージが掴みやすそうだな』
ナマエは自分でも他に工夫できるところはないか考えてみようと思った。

 お昼休み、ナマエはいつもと同じく田島・泉・三橋とランチを食べた。
「田島君、三橋君、野球ウェアのオーダーシートとお金、今週中だからね。忘れないで持ってきてね。」
ナマエはいかにも忘れっぽそうな2人に念押しをするために声を掛けた。
「うお、そーだった!」
田島が慌ててかばんからオーダーシートを取り出した。
「とりあえず忘れねーうちにシート書いとくわ!カネは今日の夜、親から貰ってくる!」
田島はオーダーシートに記入を始めた。
「三橋君も今書いちゃいなよ」
ナマエは三橋に促した。
「……は、い…」
三橋はどもりながら返事をした。目の下にクマができていて具合が悪そうだ。
『そういや性格変えなきゃマウンド登らせないってモモカンに言われてから眠れなくなったんだっけ』
ナマエは前の世界で観たアニメの内容を思い出した。寝不足でぼんやりした様子の三橋を見てナマエは心配になった。
「三橋君と田島君、メアド教えてよ。今日の夜、2人が忘れずに親からお金もらってくるようにメールするから。」
「おー!そりゃ助かる!」
田島は喜んでいる。三橋は小声で「…は、い」と答えた。
「ついでにオレもお前らと連絡先交換したい」
泉はそう言いながらケータイを取り出した。こうして9組野球部の4人は連絡先を交換したのだった。

 午後の授業が終わってようやく部活開始だ。着替えは今まで女子トイレを使っていたが、モモカンから裏グラにある大きな倉庫を女子の更衣室として使っていいと言われたので、今日からは篠岡とナマエはそこで着替える。着替え終わってグラウンドに出ると西広と沖が野球ウェアのオーダーシートとお金の入った封筒を持って篠岡とナマエのところにやってきた。篠岡とナマエはシートに記入の抜け漏れがないか、金額が正しいかチェックする。そんな2人を見て栄口と巣山もかばんをガサゴソとあさり始め、オーダーシートと封筒を取り出してきた。追加でこの2人の分もチェックする。問題なし。
「私、泉君の分貰ってあるよ。あと、田島君と三橋君には明日持ってこさせる約束した。」
ナマエは篠岡にそう報告をした。
「私も花井君と阿部君からは貰ってある。水谷君はまだ。」
篠岡もナマエに現状を報告した。
「じゃあ、残りは田島君、三橋君、水谷君の3人だね」
「そうだね。私も水谷君に明日持ってきてくれるように声掛けてみる。」
篠岡はそう言うとベンチにいる水谷の方へと歩き出した。

 今日もいつものように水撒きしてジャグにドリンクを作った。その後、モモカンから選手が怪我をした時の対処方法について教わった。具体的にはテーピングの方法やRICE処置のことだ。モモカンは口頭で説明をした後、本を1冊渡してくれた。
「2人ともその本に一通り目を通して、選手が怪我した時に対応できるようにしておいてね!」
「「はい!」」
篠岡とナマエは元気よく返事をした。
「読み終わったらその本は備品棚に置いておいて。必要な時にいつでも読み返せるようにしましょう」
「「はい!」」
篠岡とナマエは再び元気よく返事をした。モモカンは練習をしている選手たちのもとへ向かった。
「どっちから先に読む?」
篠岡が尋ねてきた。
「千代ちゃんから読んでくれる?私、モモカンから野球のルールの本とスコア表の付け方の本も借りてるんだ。私はそっちを先に読んでおくから、千代ちゃんはゆっくりその本に目を通していいよ。」
ナマエが答えた。
「わかった。じゃあ、私が先に読むね。」
その後はマネジ2人はほとんどずっと草刈りをして過ごした。

 その日の夜、部活を終えて家に帰ってきたナマエは田島と三橋にオーダーシートの件を忘れないようにと念押しのメールをした。そして自分も母親に西浦オリジナルの帽子の分のお金をねだった。田島と三橋からちゃんとお金受け取った旨の返信を受け取ったナマエは安心して眠りに就いた。

 翌朝、登校したナマエは朝のホームルームの前に田島と三橋を呼んだ。
「田島君!三橋君!オーダーシートとお金持ってきたよね?はい、ここに集合!」
田島と三橋がナマエの机の前にやってきた。シートに記入の抜け漏れがないか、金額は合っているかチェックするナマエ
「うん、オッケーです!2人ともよくできました。」
「へっへー」
田島は得意げだ。一方、三橋は目のクマが日に日にひどくなっていて元気がない。
「三橋君、目のクマすごいよ。眠れないなら薬局とかで買える市販の睡眠薬とか試してみたら?」
ナマエは三橋が心配でそう提案してみたが三橋は「………だ、だい、じょうぶ、です…」と言って断った。
『眠れないってバレたら性格のこと指摘されるって怯えて言えないんだったっけか…』
ナマエは前の世界で観たアニメの三橋の様子を思い出した。
『私は三橋の気弱で卑屈な性格も別に嫌いじゃない…というかむしろ私も気が弱い方だから親近感を覚えるくらいなんだけど、なんて声を掛けたら三橋の心の負担を軽くしてあげられるのかわからないなぁ』
ナマエはとりあえず三橋を見守ることしかできなかった。

 お昼休み、お弁当を食べ終わった後、ナマエは7組の篠岡のところに向かった。今日は草刈りのためではない。
「千代ちゃん、水谷君からオーダーシートとお金受け取った?」
「うん、貰えたよ。そっちは?」
「ばっちり」
ナマエは右手でOKのハンドサインをして見せた。
「じゃあ、お金集計して一つの封筒にまとめようか」
「そうしよう」
篠岡とナマエはみんなから受け取ったお金を全部机の上に出してトータルの金額を確かめた。そしてみんなのオーダーシートの金額を合算して過不足がないことを確認する。
「よし、ぴったりだね」
「じゃー、シガポに報告に行こう!」
篠岡とナマエはオーダーシートとお金を持って職員室へと向かった。
「志賀先生!」
「おお、ミョウジと篠岡か。どうした?」
「オリジナル野球ウェアのオーダーシートとお金、全員分回収できました!」
「おお、そうか。ありがとう。注文とお金の支払いは先生がやるからシートとお金預かるよ。」
篠岡とナマエは合計金額を伝えてその金額が封筒に間違いなく入っていることを志賀先生に確認してもらった。
「うん、金額に間違いはないね。確かに受け取りました。」
「「よろしくおねがいします!」」
篠岡とナマエは志賀先生に頭を下げた。そして職員室をあとにした。
「もうこんな時間だ。今日は草刈りは無理だね。」
篠岡は時計を見ながらそう言った。
「そだね。ってか草刈りってあと何日やったら全部刈りつくせるんだろうね…。」
ナマエはあの地道な作業にそろそろうんざりしていたところだった。
「うーん、毎日地道に2人でやったら1ヶ月くらいで終わるかな?」
「まだあと1ヶ月もあるのかー!」
ナマエはガックリと頭を垂れた。
「私は案外好きだよ、草刈り」
篠岡はアハハッと笑ってそう言った。それを聞いたナマエは「マジィ!?」と驚愕した。

 午後の授業が終わって部活が始まる。篠岡とナマエはモモカンにオーダーシートとお金を志賀先生に託したことを報告した。
「了解。2人ともありがとう。じゃあ、今日はまずちょっとした作業をみんなにやってもらうからマネジの2人はこれを配ってきてくれる?」
モモカンは12人分の紙とクリップボードとボールペンを篠岡とナマエに手渡した。
「それはプロフィールシートです。今日は練習開始前に部員全員に名前とクラス、いつから野球をやっているか、経験したことのあるポジションなど色々な情報を記入してもらいます。もちろんナマエちゃんと千代ちゃんも書いてね。」
「「わかりました!」」
篠岡とナマエはまず12個のクリップボードにプロフィールシートとボールペンをセットする作業を手分けして行った。そして出来上がったクリップボードセットを裏グラに到着した部員に順番に配っていく。
「はい、みんな準備できた?それじゃ、今日は練習の前にそのプロフィールシートの記入をしてもらいます。もたもたしないで5分で書いてね。よーい、スタート!」
モモカンがストップウォッチで時間をはかる。
『えーと、まずはクラスと出席番号と名前を埋めて、次は生年月日を記入。野球は未経験にチェックつけて、ポジションは当然なし。利き腕は右で、過去にやっていた部活は…―――』
ナマエはプロフィールシートを急いで埋めていった。
「はい、5分!書き終わってない人はいる?」
モモカンが全員を見る。ナマエは無事書き終えた。他のみんなも書き終わったようだ。
「じゃあ、マネジの2人はクリップボードを回収してください。」
篠岡とナマエは2人で手分けして選手たちからクリップボードを回収した。
「監督、これファイルに綴じちゃっていいですか?」
ナマエはモモカンに訊ねた。
「うん、お願い」
篠岡とナマエはクラス・出席番号順に選手たちのプロフィールシートを並べ替えた後、ファイルに綴じた。
「私たちマネジも選手たちのこと覚えなくちゃね」
篠岡がナマエにそう言った。
「たしかにそうだね」
この世界に来る前のナマエはアニメおお振りを桐青戦まで観ていたので三橋・阿部・田島・花井・水谷・栄口・泉あたりは既に把握していた。他3名は印象が薄い。あとは顔と名前が一致しているメンバーも守備ポジションまではちゃんと記憶できてないし、各メンバーのクラスとかも記憶があやふやだ。
『三橋が投手で、阿部が捕手は当然わかる。田島がサードなのも覚えてる。栄口がセカンドで、水谷はあの有名な"クソレフト"発言があるからレフトだ。泉と花井は外野手なのは覚えてるけど、どっちがどっちだっけ。他3人は名前は何でポジションはどこだっけ?』
ナマエはプロフィールシートをめくって確認する。
『泉がセンターで、花井がライトか。んで沖はファースト、巣山はショート、西広先生は未経験だからベンチだったんだ、そういえばそうだったな。』
これでナマエは全員の名前と顔とポジションは覚えられた。
『クラスは9組は当然わかる。7組も千代ちゃんのクラスによく行くからわかる。あとは1組が栄口と巣山、3組が沖と西広ね。』
ナマエは事前に前の世界でアニメをみていたおかげで割と簡単に選手のことを覚えられそうだった。
「私、結構覚えたかも」
みんなのプロフィールシートをパラパラと見終わったナマエは篠岡にそう告げた。
「え!ナマエちゃんすごいね!私もあとでじっくり読ませてもらおっと。」
篠岡は「まずは監督に渡さないとね!」と言ってファイルをモモカンのところに届けに行った。モモカンがプロフィールシートを眺めている間に篠岡とナマエは水撒きをしてジャグにドリンクを作った。裏グラに戻ってきてジャグを設置したところでモモカンがファイルを返してきたので、篠岡とナマエは2人でみんなのプロフィールをじっくり読ませてもらった。
『アニメで千代ちゃんは三橋の誕生日を把握してた。私もそのくらい選手のこと把握しないとマネジとして負けてるって言われちゃう。』
ナマエは前の世界でアニメでこの世界のことを観たのだから現在のところ篠岡よりも多少アドバンテージがある。
『だから千代ちゃんに負けてるようじゃダメ!全員のフルネームも、誕生日も、投球の時に使う腕も、左右どちらの打席で打つかも、ちゃんと覚えるぞ!』
ナマエはそう思った。
「ねえ、千代ちゃん。私、これ今日家に持ち帰ってもいい?全員の名前・クラス・誕生日・守備ポジション・右投or左投・右打or左打あたりの情報をパソコンでエクセル使って一覧表にしたくて。その方が分かりやすくない?」
「え、それいいね!やってくれるの?」
「もちろん!私、パソコンは結構得意だよ!監督にも許可貰ってくるね!」
ナマエはモモカンに事情を説明した。モモカンは快くOKしてくれた。ついでにナマエはモモカンにある申し出をしてみることにした。
「あと、すみません、今日ちょっと買い出しに行きたいんですけど、近くのドラッグストアまで出かけてもいいですか?」
「ドラッグストア?どうして?」
「あの…、私がこれ言ったことは本人には秘密にしてほしいんですけど、三橋君が最近具合悪そうなんです…」
「具合悪いっていうのは具体的にはどういうこと?」
「眠れてないみたいなんです。それで市販の睡眠薬を試しに使ってみたらって本人に言ったんですけど、本人は乗り気じゃなくて断られました。んで、こっちで勝手に買ってきて無理やりにでも渡せば使ってくれるんじゃないかなって。」
「……うーん、そうねぇ」
モモカンは三橋の様子を眺めながら考えている。
「わかった、いいでしょう!行っておいで!」
「ありがとうございます!」
ナマエはペコッと頭を下げた。
「ちなみに私1人で買いに行ってもいいですか?三橋君、眠れてないこと、あんまり人に知られたくないみたいなんで。」
それを聞いてモモカンはクスッと笑った。
「わかった。千代ちゃんにはナマエちゃんからうまく誤魔化しておいてね。」
「はい!」
ナマエは篠岡に生理痛の薬を切らしてしまったから私用で一時的に部活を抜けさせてもらうことになったと嘘をついて、自転車でドラッグストアに向かった。睡眠薬を購入してすぐに裏グラに戻る。その日の部活終わり、締めのあいさつを終えた後、ナマエは三橋を呼んだ。
「三橋君、ちょっとこっち来て!」
ナマエは三橋を人目につかない物陰に場所に連れていった。
「三橋君、これ、買ってきた」
ナマエはジャージのポケットから睡眠薬を取り出した。
「ドラッグストアで買えるやつだからそんなに強い効果は得られないと思うけど、一応試してみて?」
「あ、え…っと…」
三橋は突然のことに驚いているようだ。ナマエは三橋の右手を掴んでその手に無理やり睡眠薬を握らせた。
「私、三橋君が眠れてないって知っても別に三橋君の性格のことダメだって思わないよ!私も気が弱い方だからさ、気持ちわかってあげられる気がする。それに私は野球部のマネジ。選手の三橋君のために睡眠薬を買ってくるのもマネジの仕事の一つ!だから遠慮しないで受け取ってね!」
三橋は口をひし形に尖らせて頬をそめて嬉しそうにした。たぶんこれは『いい人だ!』って思ってる時の顔だ。
「………あ、あり…が、と…う…!」
三橋は睡眠薬を受け取り、ズボンのポケットにしまった。
「こっちこそもらってくれてありがとう。使ってみてね。」
「今日…!つ、使う、よ…!」
三橋は首をブンブンと縦に振って頷いた。

 高校生活最初の1週間が終わって、週末がやってきた。ナマエは"なんちゃって制服"を作るために母親と隣駅のショッピングモールまで買い物にやってきた。まずはモナ商会で近くの学校の制服をチェックする。気に入るブレザーはなかった。スカートは篠岡がグレーのスカートを着用していたことを思い出して、ナマエも他校の無難なグレーのスカートを買うことにした。それから白いブラウス、ソックス、ローファーもここで購入した。次はブレザー代わりになるジャケットを一般のレディースファッションのお店で探す。先ほど購入したグレーのスカートに合わせてチャコールグレーのジャケットを1着と無難な紺色のジャケット1着を購入した。ついでに制服のスカートとして使えそうなチェック柄のスカートもあったので色違いで2着購入した。ネクタイは赤系と青系の2枚買って、セーターとニット製ベストも1着ずつこしらえた。これで"なんちゃって制服"は完成だ。
 次はスポーツウェアの店へ。スポーツ用エナメルバッグ、スポーツ用の下着、追加の運動着、部活専用の運動靴、タオルなどこれまでスポーツとは無縁だったナマエが持っていない様々なスポーツ用品を購入した。
「これでオッケー!お母さん、ありがとう!」
ナマエちゃん、スポーツ栄養学の本もついでにここで買おう」
「あ、そっか!そうだった!」
ナマエは母親と本屋に寄って初心者向けっぽいスポーツ栄養学の本を購入した。ついでにアスリート向けの料理レシピ本も買ってもらった。西浦でマネジをやってて選手に料理を振る舞う機会があるのか定かではないが、できるようになって損することはないだろう。
ナマエちゃん、今日の夜ごはんそのレシピ本の中から作ってみようか」
購入した荷物を車に積みながら母親がナマエに声を掛けた。
「おお!いいね!」
ナマエちゃんが食べたいやつ選んで」
「おけ、待って、今探してみる」
アスリート向けの料理レシピ本から食べたいものを選ぶナマエ。帰り道、途中でスーパーに寄ってそのレシピに記載されている食材を購入した。そして家に着いたら母親と一緒に夕食づくりだ、今まで全くと言っていいほど料理をしてこなかったナマエに丁寧に辛抱強く料理を教えてくれる母親にナマエは心底感謝した。

 食事作りを終え夕食を食べ終わった後、ナマエはモモカンから借りた野球ルールブックの本を読み進めたり、それに飽きたら今日買ったスポーツ栄養学の本をチラッと読んでみたりした。今のナマエにはモモカンから借りた2冊の野球の本に、泉から借りた野球漫画に、今日買ったスポーツ栄養学の本と読まなければいけない本が山積みだった。それから昨晩は部活から帰ってきた後、野球部員のプロフィールシート見ながらパソコンでエクセルを使って一覧表を作ったので、それも記憶しないといけない。
「あー!習得しなきゃいけないことが沢山だー!」
ナマエは独り言を言いながらベッドに倒れ込んだ。
『――…でも、前の世界で生きていた時よりも充実した毎日を送れてる』
ナマエは天井を見上げながら前の世界の悲惨だった自分の人生を思い出した。一体どうして異世界トリップしたのか、なぜそれがおお振りの世界なのか全く道理がわからない。もしかしたらこの世界は現実の自分があまりのツラさから現実逃避して夢を見ているだけの虚構なのかもしれない。いつまた前の世界に引き戻されてもおかしくはない。だって、そもそもこの世界に異世界トリップしたことの方がおかしなことなのだから。
『でも、それはイヤだ!』
ナマエは目をぎゅっと瞑った。
『この世界で色んな新しいことに挑戦している今の自分が好きだ。この新しい世界で人生をやり直させてほしい。今度こそ悔いのない人生を送ってみせるから!』
ナマエは前の世界でアニメおお振りを観た時のことを思い出した。おお振りは観ているとなんだか勇気が貰える、やる気に満ちてくる、そういう作品だった。
『西浦の野球部員達と一緒にいれば、私も人生がんばれる気がする。私でも変われる気がする。私は…変わりたい!』
ナマエは今この世界で自分がやるべきことをちゃんとやろうと思い立った。モモカンから借りた野球ルールブックの本を再び開いて読み進める。今の目標は野球のルールを理解してGWの三星戦までにスコア表をつけられるようになることだ!

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