「おお振りの世界に異世界トリップ 第4章」
GW合宿2日目の朝、5時に目を覚ました篠岡とナマエは外の蛇口で顔を洗った。この合宿所には洗面所がないのだ。
「水冷たっ!もう5月だけど早朝はまだ寒いね~。」
ナマエは両手で腕をさすった。
「そうだねー。でももうこの時間は外は結構明るいんだね。」
空には朝日が眩しいほどに輝いていた。篠岡とナマエは顔を洗った後は化粧水・乳液を塗ったり、髪をブラシで梳かしたりして身支度をした。服も先に着替えようか迷ったが、エプロンを持ってきていないため寝巻きのまま調理してまたあとで着替えることにした。キッチンに着いて段ボールから食材を取り出していると志賀先生が起きてきた。
「おはよう!2人とも早いね。」
「「おはようございます!」」
「先生は顔を洗ってくるね。すぐ戻るから始めてていいよ。」
志賀先生は顔を洗いに外にある蛇口に向かっていった。
「役割分担どうする?」
ナマエは篠岡に尋ねる。
「炊飯する人と肉野菜炒め作る人とみそ汁&ゆで卵作り&果物切る人で分けるのはどうかな?」
「いいね」
「ナマエちゃん、炊飯お願いしていい?私も覚えたいけど朝は時間ないからさ。昼は私に炊飯やらせて。」
「オッケー。じゃあ千代ちゃんが肉野菜炒めで、志賀先生がみそ汁&ゆで卵作り&果物かな?」
「うん、いいと思う」
ナマエはまず米を洗った。そしてお米に吸水させてる間の30分は篠岡を手伝って野菜を切っていく。志賀先生もみそ汁用の具材を切っているようだ。吸水が終わったところでナマエはダルマストーブに火をつけて炊飯にとりかかった。昨日と同じく5分ほどで沸騰したのでごはんをかき混ぜ、弱火にして蓋をして20分待つ。待ってる時間がもったいないのでナマエはお釜の様子を見ながらリンゴの皮を剥いてカットしていった。
「ミョウジ、リンゴやってくれてるのか。ありがとう。」
「いえいえ、手が空いたので!」
12人分のみそ汁用の具材を1人で切ってる志賀先生はまだ具材の用意が終わらないのだ。
「志賀先生、こっちはもうすぐお米炊き終わるので、ゆで卵も引き取ります。まだ鍋ありましたよね?」
「おー、ありがとう。鍋ならこのシンクの下にあるはずだから持ってって。」
「はい」
ナマエはキッチンシンク下の収納を開けて鍋を取り出した。念のため洗剤で洗ってから使う。炊飯用のお釜の隣にゆで卵用の鍋をセットした。お湯が沸騰したらお玉で卵をお湯に入れていく。あとは茹で上がるのを待つだけだ。ナマエは卵とゴハンの両方を見守りながらリンゴの皮を剥いてカットし続けた。炊飯の方は20分過熱して水気が十分に飛んだので火元から外して10分蒸らす。ゆで卵もそろそろ茹で上がった頃合いだろう。ナマエはダルマストーブの火を止めた後、ゆで卵のお湯をシンクに捨てて水で卵を冷却した。炊飯もゆで卵もリンゴも終わったナマエは篠岡と志賀先生を手伝おうかと思った。しかし、もう2人とも食材は切り終わっていて、炒めたり煮込んだりする工程に移っている。特に手伝うことはなさそうだ。それならば……ナマエはテーブルを拭いて、作り終わったリンゴやゆで卵をお皿に乗せ、テーブルに並べることにした。箸とコップも同様に並べていく。それが終わったら10分経って蒸らし終わった炊き立てのごはんをほぐしてお茶碗によそった。
『12人分の朝食を作るってなかなか大変だな~』
ごはんをよそい終わる頃には篠岡の肉野菜炒めも志賀先生のみそ汁も作り終わっていた。ナマエはお皿とお椀を用意した。2人がそれぞれ食器に料理をよそっていく。ナマエはお盆にそれらを乗せてテーブルまで運んだ。何往復かしてみそ汁と肉野菜炒めをテーブルに並べ終わったら、次は納豆とヨーグルトの準備だ。志賀先生が冷蔵庫から取り出した納豆12個分をテーブルに並べている間に篠岡とナマエはヨーグルトを皿に盛り付けていった。上に冷凍のブルーベリーも乗っける。納豆をテーブルに並べ終わった志賀先生がヨーグルトをどんどんテーブルに運んでいってくれた。最後は牛乳をみんなのコップに注いだら朝食の完成だ。時刻は6時45分だ。
「ちょうどいい時間だね。みんなを起こそうか。」
志賀先生が男子たちが寝ている和室のふすまを広げた。
「さー、おはよう!朝だよ!朝食の準備できてるよ!みんなすぐ顔洗ってきてねー!」
篠岡とナマエは女子の寝室に向かった。モモカンはもう起きていて身支度をしているところだった。
「2人ともおはよう!朝食はうまくいった?」
「おはようございます!はい、大丈夫でした!」
篠岡とナマエはエプロンがないため寝巻きのまま調理していたので、男子たちが顔を洗ってるこの隙に服を着替えた。
全員で食卓につく西浦高校野球部。昨日と同様に"うまそう"の儀式をやってから食べ始めた。
「うまい!」
「うめえ~!」
自分たちが作った朝食を美味しいと言って食べてくれる選手たちを見ているとナマエは感激してつい泣きそうになった。
「朝食は志賀先生とナマエちゃんと千代ちゃんの3人が作ってくれたんだよ!みんな感謝してね!」
モモカンが選手たちに呼びかけた。
「マジ!?ミョウジ、篠岡、ありがとな!センセーもあざっす!」
田島が一番に感謝の言葉を述べてくれた。それに続けて他の部員たちも「あーっす!」「あざっす!」「ありがとうございます!」と口々に感謝の言葉を述べた。
『うおお、マネジって楽しいぞ~!!』
ナマエは俄然やる気になったのだった。
朝食の後は志賀先生と男子たちは午前中は森林ボランティアをしに出かけて行った。モモカンと篠岡とナマエはお昼ごはんの食材の買い出しにいく。その前に昼ごはんのレシピを決めなければならない。モモカンからアドバイスをもらいつつ、レシピ本の中から昼ごはんのレシピを選んでいく篠岡とナマエ。
「これでどうですか?」
篠岡がレシピを書いたノートをモモカンにみせた。
「うん、いいと思う。じゃあ食料買いに行こう!」
モモカンの運転する車に乗って近くのスーパーまでやってきた3人は必要な食材を買い、合宿所まで帰った。
「12人分の食事作るのって結構時間かかるからもう作り始めた方がいいですよね?志賀先生いないけど始めちゃっていいですか?」
ナマエはモモカンにそう訊ねた。
「そうね、お昼は志賀先生の代わりに私が手伝うわ」
モモカンは答えた。昼は炊飯は篠岡がやる。逆にナマエは今回はメインディッシュを担当する。まず野菜を全部洗った後、先ほどスーパーで買ってきたピーラーで野菜の皮をどんどん剥いていった。
『やっぱピーラーがあると楽だわ~』
ナマエはまだ料理を始めて1ヶ月しか経ってないので包丁捌きはそこまで上手くない。やはりピーラーの有無で作業の早さは段違いに変わってくる。野菜の皮を剥き終わったら野菜を食べやすい大きさに切っていく。鶏肉もひと口大に切る。そして鍋で煮込んで味付けしたら鶏肉と野菜の煮物が完成した。これだけでは昼食としては物足りなさそうなので追加で冷凍餃子を焼く。そして小鉢に冷奴をつけた。モモカンはみそ汁を作ってくれた。昼食を作り終わったら時刻は11時半で、ちょうど男子たちが森林ボランティアから帰ってきたところだった。
「おかえり!もうすぐお昼ごはんできるから、みんなは顔洗ってアンダーも着替えておいで。」
選手たちは「うす!」と返事をして外の蛇口の方へ向かっていった。この隙にモモカンと篠岡とナマエは出来上がった料理を皿に盛り付けてどんどんテーブルに並べていった。箸とコップも並べてコップにはオレンジジュースを注いだ。餃子と冷奴用に醤油・みりん・ラー油もテーブルに置いておいた。
再び全員で食卓につく西浦高校野球部。恒例の"うまそう"をやってから昼食を食べ始めた。今回も選手たちは「うまいっ!」と言いながらガツガツと食べてくれる。ナマエはその様子を見ていてやはり感激して身震いした。
『自分が作った料理をこんな風に喜んで食べてくれる人がいるってすごい幸せなことなんだなぁ』
ナマエはこれからも母親に色々教わって、もっと料理の腕を磨こうと決心した。
午後は借りているグラウンドで練習開始だ。マネジの篠岡とナマエはクーラーボックスに保冷剤と氷と2Lペットボトルのスポーツドリンク数本を入れてグラウンドに向かった。そしてベンチにジャグを設置しそこに氷とスポーツドリンクをぶち込む。合宿中は水撒きは必要ない。篠岡とナマエはベンチで明日の朝食のレシピを考えた。朝食はヨーグルトとフルーツと汁物とごはんを出すことは確定事項なのでメインディッシュと小鉢を決めればいいだけだ。昼食よりも考えやすい。
「ね、明日の朝の分だけじゃなくて4日目~最終日の朝食も今決めちゃわない?その方が午前中の買い出しもスムーズに済むし。」
ナマエは篠岡にそう提案してみた。
「そうだね!朝食はメインディッシュと小鉢さえ選べばあとはほぼ決まったようなもんだもんね!」
篠岡も同意した。レシピ本の中から朝食に良さそうなメインディッシュを探す。そしてそれに合わせて小鉢を選んだ。
夕食は今現在残っている食材を使って志賀先生がレシピを考えて選手たちに作らせることになっている。もちろん篠岡とナマエも手伝うが、人手が多い分、朝食と昼食よりはかなり楽ができる。昨日はモモカンがやっておいてくれた薪割りも、今日は選手たちの役目だ。体のデカい花井と巣山の2人で薪割りをしている。篠岡とナマエは志賀先生に明日以降の朝食のレシピを見せて問題ないかチェックしてもらった。
「うん、レシピは問題ないけどこの食材は夕食でも使うから明日の朝食の分が足りなくなりそうだな。今から監督と一緒に買い出しに行ってきたら?夕食作りの人手は男子たちだけでも十分だから。」
「あ、食材足りなかったですか。監督!明日の朝食の分の買い出し、今から連れて行ってもらえますか?」
ナマエがモモカンに声を掛ける。
「うん、いいよ。ついでに近くのコインランドリーでみんなの洗濯物を洗いに行きましょう。」
選手たちは事前に練習を終えて汗だくになったアンダーや練習着、汚れたタオルなどを洗濯カゴにまとめてくれていた。
「ナマエちゃんと千代ちゃんも洗濯に出したいものがあったらこっちのカゴに入れてね」
「「はい、持ってきます」」
そうして男女の洗濯カゴと洗濯洗剤をモモカンの車に積み、まずはコインランドリーに向かった。
「まさか盗まれたりはしないとは思うけど念のため1人はここで洗濯物を見張っててちょうだい。洗濯終わったら今日はもう干してる時間はないから乾燥機を使ってね。もう1人はその間に食材の買い出しに行きましょう。」
ナマエは料理はまだまだ勉強中の身なので食材の買い出しも成長のいい機会だ。篠岡はもう基本的な料理は習得済みだし、ここはナマエが買い出しに行かせてもらうことになった。篠岡をコインランドリーに残して、モモカンとナマエは車でスーパーに向かう。不足しそうな食材を洗い出すところも、食材を探すところも基本ナマエが1人でやる。モモカンは後ろからナマエのことを見守っていてくれた。買い出しが終わってコインランドリーに戻ると今は衣類を乾燥機にかけている途中だった。終わるまでまだあと10分ほどある。この隙にモモカン・篠岡・ナマエの3人は明日の昼ごはんのレシピを考えた。ちょうど考え終わったころに乾燥の終わりを告げる音が鳴った。乾燥機から洗濯物を取り出してカゴにしまい、合宿所へと戻った。戻る頃には夕食はほぼ完成していた。
「男子の洗濯カゴはこれです!寝室に置いておくのであとで各自回収してください!」
篠岡が選手たちに呼びかけた。ナマエは女子の洗濯カゴを女子の寝室に運んだ。そしてキッチンに戻り、夕食の配膳作業を手伝った。
再び全員で食卓につく西浦高校野球部。恒例の"うまそう"をやってから夕食を食べ始めた。選手たちが作ってくれたごはんもとてもおいしい。食事終わりに篠岡とナマエは選手たちに「みんなありがと!」「すごいおいしかったよ」と声を掛けた。
「巣山がスゲー手慣れてたんだ。趣味が料理なんだって!」
水谷が篠岡とナマエに今日の夕食作りでいかに巣山が活躍したか説明してみせた。巣山は「いや、それほどでもないよ」と謙遜していた。
食事の後は昨日と同じく銭湯でお風呂だ。そして合宿所に戻った後は洗濯カゴから各々自分の衣類を取り出してバッグにしまった。それが終わったら就寝だ。ナマエは朝食作りで朝早く起きた分もう眠かった。布団に入ったらすぐ眠りに落ちた。これでGW合宿2日目が終了となった。
合宿3日目と4日目も基本的には2日目と同様に過ごした。朝5時に起きて身支度をし、5時半から料理開始。7時には朝食を食べる。その後、午前中は男子たちは森林ボランティア、女子たちはその日の昼・夜と翌朝の分の食事の食材や午後の練習で使うスポドリの買い出しをした。買い出しから帰ってきたら女子3名は昼食作りをする。昼食を食べ終わったら、午後はグラウンドで練習だ。マネジの2人はジャグにドリンクを設置した後は、翌日の昼食のレシピを一緒に考えたり、ボール磨きをして過ごす。夕食は基本的には男子たちが作ってくれる。女子は炊飯やみそ汁作りを手伝うが、合宿4日目は料理は男子に任せて2日分溜めこんだ洗濯物を洗いにコインランドリーに行ったりもした。
いつもと違ったのは4日目の夕食の後だ。モモカンは1~25までの数字を記入したパネルを用意した。周辺視野と瞬間視を磨くパネルだと言う。
『あ、このシーンはアニメにもあった!』
ナマエは前の世界で観たアニメおお振りの記憶を思い出した。田島がものすごい勢いで1~25までの数字を指さしていく。あまりの早さに見てるこっちは目が追い付かない。泉が「テキトーに数だけ言ったんじゃね?」と疑いをかけるので、泉・西広・沖・水谷が6コずつ数字を担当して記憶した上で、田島が2回目のチャレンジをした。なんとタイムは7秒9!泉・西広・沖・水谷は田島がちゃんと数字を指さしていたことを確認した。
「うっわ、田島君すっごい!」
アニメで既に観た光景とはいえこうして生でみると改めてそのすごさが際立って見えた。モモカンは2人1組になって3回やってみるように部員に伝えた。選手たちにはパネルチャレンジのタイムが良かった順に明日の打順を選ばせてあげるそうだ。篠岡とナマエも2人1組になってパネルトレーニングをやってみた。ナマエは全然ダメだ。早くても30秒台だった。篠岡は中学時代にソフトボール部だっただけあって20秒台を叩き出していた。
「千代ちゃん、すごい!私は全然ダメだー!これから鍛えないと…。」
「まあ、慣れればそのうちできるようになるよ、きっと!」
そこでふとナマエは前の世界で観たアニメおお振りの記憶を思い出した。そういえば、このパネルトレーニングの時、阿部は三橋を泣かしていた。ナマエが阿部と三橋の方を見ると、阿部が三橋に何かを言って去っていくところだった。三橋は俯いて腕で目を拭っていた。ナマエは三橋に近づいてその隣に座った。
「…あ…ミョウジ、さん……」
ナマエは三橋の背中をさすった。
「大丈夫だよ、大丈夫。少なくとも私は絶対に三橋君のことは嫌わないからね。阿部君とも通じ合える日が絶対来るから。」
三橋はその言葉を聞いて、何も言わなかったが、えぐえぐっと泣いた。三橋が泣き止むまでナマエは三橋の隣で背中をさすり続けた。そうこうしているうちに全員が3回のパネルチャレンジを終えて順位が決まった。1位の田島から順番に打順を選んでいく。三橋は一番タイムが遅くて打順は9番になった。
「ところで阿部君、三橋君」
モモカンに呼び出され、阿部と三橋がモモカンのもとへ駆け寄った。
「あなたたち真剣にやってなかったね。1回は見逃すけど…」
阿部と三橋の頭を両手で掴むモモカン。ギュウウと手に力を込めた。
「次は本気で握るよ」
「「はっ、はいっ、はいいっ」」
痛がる阿部と三橋。
『ひーっ、痛そう!!』
ナマエはそれを見て青ざめた。何ていったってあの鹿児島甘夏に握りつぶす握力のモモカンだ。本気出さなくてあれなら本気出されたらどうなるか…。他の部員たちも同様に青ざめていた。
「さーっ、銭湯行くよ!明日は三星学園との練習試合だからね!ちゃっちゃとお風呂入って、早く寝ましょう!」
部員たちは「はい!」と返事して、お風呂の準備を始めた。今日はパネルトレーニングをやっていたので銭湯の時間がいつもより遅くなってしまった。部員たちは今日は全員急ぎめに風呂を済ませた。そして合宿所に帰ったら即就寝だ。
合宿5日目、志賀先生と篠岡とナマエはいつも通り朝食を作った。朝食を食べ終わった後、今日の午前中は三星学園との練習試合なのでモモカンの車に道具を積んでいった。バット、ヘルメット、キャッチャー防具、クーラーボックス、保冷剤、氷、2Lペットボトルのスポーツドリンク数本、間食用のバナナとおにぎり、ジャグ、サポーター、コールドスプレー、滑り止めスプレーなどだ。それからナマエは自分のエナメルバッグに運動着、タオル、クリップボード、スコア表、スコアの付け方の本、筆記用具、ノート、メモ帳などを詰めた。タクシーを呼ぶのもマネジの役目だ。志賀先生と篠岡とナマエはモモカンの車に乗せてもらう。選手10人がタクシーに乗る。タクシー1台に最大4名乗れるので3台呼べば足りる。ナマエはタクシー会社に電話を掛けた。15分ほどでタクシーが到着した。モモカンはしっかりしてそうな花井、栄口、西広に三星学園の住所を伝えてお金の入った封筒を渡した。選手たちは3手に分かれてタクシーに乗り込む。出発したタクシーの後をモモカンの車が追いかけた。
そうして三星学園に到着した。群馬と聞いて遠いイメージだったが案外あっという間についた。全員で荷物を降ろしたら、まずは着替えをする。三星学園の監督は部室棟内の男子更衣室と女子更衣室を用意してくれていた。西浦高校野球部の選手たちは急いで着替えをしてすぐにアップを始めた。マネジの2人もメットやバットやキャッチャー防具をベンチの棚にセットしたり、ジャグにドリンクを用意したり、メンバー表を作成したりと色々やることがあった。それから篠岡はモモカンの愛犬アイちゃんを散歩に連れて行ってくれた。
『私は今日はちゃんとスコア表を書くぞ!2週間の猛特訓の成果を見せるんだ!』
ナマエはクリップボードにスコアシートとシャーペンをセットして準備万端だ。そこに三星学園の選手たちがやってきた。
『きた!畠と叶と織田だ!』
ナマエが前の世界でアニメおお振りを観た時に記憶に残った選手がこの3人だった。
「おー」
叶が三橋を見つけて声を掛けようとするが三橋はピューッと逃げていった。
「三橋!どこ行くんだよ!」
阿部が大声で呼びかけるも止まらない三橋。そしてそんな三橋を畠が追いかけていった。ナマエはこの後の展開を知ってるだけに胸がざわざわした。
『この後、畠は三橋にひどいことを言う』
ナマエは正直止めに行きたかった。このままだと三橋は畠から暴言を吐かれるとわかっているのだから未然に防ぎたい…。しかし、あの出来事があるからこそ阿部が捕手に目覚めて、阿部と三橋の距離が縮まるのもわかっていた。
『ここは阿部に任せるべきだ』
ナマエはホントなら三橋に暴言を吐く畠をぶっ叩いて言い返してやりたいところなのだが、グッとこらえた。そうしてナマエが悶々としていると篠岡がアイちゃんを散歩から連れて帰ってきた。後ろには三星学園の選手が数人ぞろぞろとついてくる。
「ナマエちゃん、どうしよう!今日の試合で鶯嬢やってくれないかって頼まれちゃった!鶯嬢なんてやったことないのに…!」
篠岡は動揺していた。三星学園の選手数人はナマエにも頭を下げて「どうかお願いします!」と言った。
ナマエは『あーそういやそんなシーンあったな』と思いだした。
「千代ちゃんが1回から5回まで担当して、5回裏の後のグラ整中に交代して6~9回は私がやるっていうのはどうかな?」
ナマエは篠岡に提案した。
「ええ!?やるの!?」
「鶯嬢なんて滅多にできないし、いい経験じゃない?」
「やっていただけるんですか!?」
三星学園の選手が期待に満ちたキラキラした目でこちらを見てきた。
「初めてやるんで、緊張で噛んだりするかもしれないけど、いいですか?」
「全然だいじょぶっスよ!ありがとうございます!」
三星学園の選手数人が頭をバッとさげた。
「機材の使い方説明するんで放送室に来てもらえまか?」
「はーい」
「ええ、ナマエちゃん、ほんとにやるのぉ~」
篠岡は自信がないのかガックリと項垂れていた。一通り機材の使い方を教わり、マイクのテストをした後、ナマエは篠岡を放送室に残してベンチに戻った。しばらくすると阿部と三橋が一緒にベンチに帰ってきた。三橋の顔色を見るに2人の仲は無事に進展があったようだ。
「ミョウジ、メンバー表見せて!」
阿部がナマエに声を掛けてきた。メンバー表を見ながら阿部と三橋は知らない選手が何人いるか確認している。そこにマウンドの叶から三橋を呼ぶ声があった。叶はフォークを見せてくれた。
『おー、あれがフォークなんだ。ずいぶん落ちるんだな。』
ナマエはフォークを見るのは初めてだった。フラフラーっとなる三橋。阿部は田島に「お前なら打てるだろ!?」と声を掛けた。
「オレはどんな球でも打つよ!1試合やって打てなかった球ないもんね!」
サラッとカッコイイことを言う田島。
「頼むわよ、田島君。今日は大事な試合なの。この試合に勝って初めて三橋君がうちの仲間になるのよ!」
三橋は自分の名前が出てギョクッと固まった。
「みんな三橋君が欲しい!?」
モモカンが呼びかける。
「欲しい!!」
三橋の肩に手を置いて断言する阿部。
「私も欲しい!!」
ナマエも続けてそう言った。三橋は阿部とナマエのセリフに驚いて「!!!」と声にならない。
「エースが欲しい!?」
モモカンが続けて呼びかける。
「ほっ欲しい!!」
他のメンバーも続いて声を出した。
「おしっ、勝ってエース手に入れるぞ!!」
「おおおおお」
ナマエは選手じゃないけれど、マネジとして、チームメイトとして、三橋のためにできることはなんだってやろう思った。この試合は三橋にとって大きな意味のある大事な試合なのだから。
<END>