「おお振りの世界に異世界トリップ 第10章」
5月17日、西浦高校野球部は練習試合の予定が入っていた。西浦高校野球部は野球部専用グラウンドがないので練習試合となると基本的には相手校に出向くことになる。バットやヘルメット、キャッチャー防具、クーラーボックス、ジャグなどの様々な道具を持っていく必要があるため、各道具を専用のバッグに収納してモモカンの車に積み込む。それから事前にスポドリを作って空のペットボトルに入れておいたり、氷を買ってきたりしなければいけない。また、マネジは試合中も色々やることがある。ジャグのドリンクを切らさないようにするのはもちろん、スコア表を付けたりもするし、余裕があれば配給表も付けたい。各打者のスタンスや手を出したボールカウント、見送ったボールカウント、ランナーの動きなんかの情報も取得できたらベストだ。それから攻守交代の際に選手からヘルメットとバットを受け取って、代わりに帽子とグラブを渡したりもする。キャッチャーが防具を身に着けたり外したりするのを手伝う時もある。しかも、それが1日に2試合もあったりするわけで本当に練習試合の日はマネジは大忙しなのだ。そんなわけでナマエは今日が三橋の誕生日だということをすっかり忘れていた。練習試合2つ目で三橋と篠岡がぶつかって、篠岡が三橋に「誕生日オメデトオ」って声を掛けている時も配給表を書くのに必死で聞こえていなかった。それを思い出したのは練習試合が終わって、部員を集めたモモカンが「みんな勉強してる?」と言い出した時だ。
『あ!そういやこの後選手たちは三橋の家で勉強会をすることになって、でも三橋母の勘違いで結果的に誕生日パーティーになるんだった!…ってことは今日って三橋の誕生日じゃん!!』
ナマエは篠岡が三橋の誕生日を覚えていて三橋に"オメデトオ"って言うシーンがアニメにあったことを思い出した。そして『同じマネジとして負けてる…』と思って落ち込んだ。
『いつ言おう…っていうか私も誕生日パーティー参加したいんだけど呼んでもらえないかな~』
ナマエは練習試合の相手校側が用意してくれた更衣室で着替えをしながらそんなことを考えていた。練習試合では基本的に選手たちは電車で移動するし、志賀先生とマネジの2人はモモカンの車に乗って道具を学校まで持ち帰る。そのため着替えをした後は三橋に接触するチャンスはなかった。しかたがないのでナマエはモモカンの車の中でケータイを取り出して三橋にメールをした。
三橋君
お誕生日おめでとう。
直接言えなくてごめん。
タイミング逃しちゃった。
メールをしてすぐにナマエのケータイにメールが来た。当然、三橋だと思ったら田島からだった。
この後、三橋の家でみんなで勉強会するんだけどミョウジと篠岡も来るか?
ナマエは勉強会に呼んでもらうのは無理だろうと諦めていたので思わぬ招待に嬉しくなった。
「ね、千代ちゃん、見て」
ナマエは隣に座っている篠岡にケータイの画面を見せた。
「えっ、みんな勉強会するんだ!?いいな!」
「ね、行こうよ!」
ナマエは当然篠岡も行くだろうと思った。しかし、篠岡の返事はそうではなかった。
「行きたいけど、私、今日の夜は家の用事があって帰らなくちゃいけないんだ」
「まじかぁ~」
「ナマエちゃんは気にしないで行っておいでよ!ほら、ナマエちゃんは田島君たちと仲良いし!」
「…うん。私は行ってくるね。今日、三橋君に誕生日おめでとうって言えてないし。」
ナマエは田島にメールの返信をした。
私は行く!千代ちゃんは予定があるから無理だって。
今度は三橋から返信があった。"ありがとう"という言葉と一緒に三橋の家の住所が書かれていた。
『ああ、そうか。今三橋と田島は一緒にいるんだな。』
おそらく三橋にナマエからメールが来たことを知った田島が"そういやミョウジと篠岡も呼ぼうぜ!"とか言い出したんだろう。それでナマエが参加すると返事したから、田島は三橋にメールでナマエへ三橋家の住所を教えるように指示したんだ。
車で裏グラに到着したモモカンと志賀先生と篠岡とナマエは車に積んであった様々な道具を元の場所に戻した。片付けが終わったら解散だ。ナマエは今日は勉強道具を持ってきてなかったので、一旦家に帰って教科書とノートを取りに戻ることにした。以前、三橋がナマエの家に来た時、三橋は10分もしないで帰れると言っていたから三橋の家はナマエの家から近いはずだし、男子たちは電車移動なのでモモカンの車で帰ってきたナマエの方が時間に余裕があるはずだ。一度家に帰っても間に合うだろう。ナマエはせっかくの勉強会だから苦手な科目を教えてもらおうと思った。
『前の世界で社会人をやっているうちにすっかり忘れてしまった数学を阿部に教えてもらお!』
ナマエは家に着いたら数学のノートと教科書を机から取り出してまたすぐ自転車に飛び乗った。ケータイの地図機能で三橋の家の住所を入力したら本当に10分もしないくらいの距離だった。道順を確認して、いざ自転車を漕ごうとしたら、ケータイに着信があった。田島からだ。
「もしもし?田島君?」
「おー、ミョウジ。オレら今あと15分くらいで三橋ん家着くけどそっちはどんな感じ?」
「私はあと10分くらいで着くよ。もしかしたら私の方が先に着くかもだね。そしたら家の前で待ってる。」
「りょーかい。じゃ、また後でな!」
「はーい」
ナマエは三橋の家に向かって自転車を走らせた。その途中でコンビニがあった。
『あ!誕生日プレゼントになんかお菓子でも買っていこっと!』
ナマエは自転車を停めてコンビニに入った。
『何にしよ~。この後、誕生日パーティーで食べ物はたくさん出るから賞味期限の長いものがいいな。無難にポテチでいいか。』
ナマエはのり塩味のポテチを購入した。そしてコンビニを出たら、ペンケースから油性ペンを取り出してポテチの袋にメッセージを書いた。
三橋君
Happy Birthday
『これでよし!』
ナマエは再び三橋の家へ向かって自転車を走らせた。
「お、ここだ!」
表札に"三橋"と書かれてある大きな家に到着した。
『すげー!マジで豪邸だ!一体何坪あるんだ?』
ナマエが唖然としていると「お、ミョウジー!」という声が聞こえた。振り返るとこちらに向かって走ってくる田島の姿が見えた。その後ろには他の野球部員たちがぞろぞろと続いている。
「ここが三橋ん家か!入ろーぜ!」
田島を筆頭にみんなでぞろぞろと三橋の家に入っていった。
「お邪魔しまーす」
ナマエはあいさつをしてから三橋の家に上がった。三橋の部屋はなんだかかわいらしい部屋だった。
「さー、はじめっぞ!」
花井がみんなに声を掛ける。ナマエはポテチをどのタイミングで三橋に渡そうか迷っていた。そんな折、「レーン」という鳥の鳴き声のような声が聞こえてきた。
『三橋の母親だ!』
ナマエは前の世界でアニメおお振りでこのシーンを観た時のことを思い出した。
「親が帰ってきた!!みんなやってて!」
三橋がみんなにそう声を掛けて1階へ降りていった。そんな三橋を田島が追いかけた。泉が田島を捕まえられなかったことで「ちぃ、逃がした。捕まえてくる。」と言いながら田島を追いかけた。
『今がチャンスだ!』
ナマエも泉の後を追いかけて1階へ降りた。
ナマエが降りていくと田島が「三橋、誕生日なの?」と言っているところだった。三橋・田島・泉・ナマエを追って花井や水谷や阿部や栄口も1階に降りてきている。
「え?誕生日?」
「誰が?」
「三橋が誕生日?」
降りてきたメンバーに三橋が誕生日だということが伝わっていく。三橋は涙目だし、なんとなく気まずい雰囲気になりかけている。
「じゃあ、歌うたおうぜ!」
田島はそう言って気まずくなりかけた空気を打開した。
「ろうそくつけて!みんなでお祝いしようぜ!そんでケーキ食おうぜ!スシもケンタも食おうぜ~!」
田島がみんなに提案する。泉や水谷が「おおー、そうしよ、そうしよ」と田島の話に乗った。栄口は三橋母が買ってきた食べ物を2階に運び始めた。
「私、三橋君が誕生日って知ってたよ!見て、誕生日プレゼントにポテチ買ってきた!お誕生日おめでとう!」
ナマエは三橋にポテチを差し出した。
「う、え!…あ、あ、あり、がとう…!」
「直接言えてよかったよー」
ナマエはニコッと笑った。
「なんだ、ミョウジは知ってたのか」
話を聞いていた泉がそう言った。
「私、みんなの誕生日記憶してる!」
「マジか」
「泉君の誕生日もポテチあげるね」
「よっしゃ!」
そんな雑談をしながらナマエも食べ物を2階に運ぶのを手伝った。
全ての食事がテーブルに並んだ。ケーキにろうそくを立てて、火をつけ、部屋を暗くする。みんなでバースデーソングを歌った。ろうそくの火を吹き消す三橋。ご馳走を目の前にして選手たちは今にもよだれが垂れそうだ。
「いっただっきまーす」
食前のあいさつをしてみんなが料理を食べ始めた。泉は三橋とグラスをコツンッと合わせて乾杯していた。
「三橋君、私も乾杯したい!」
ナマエはグラスを持って三橋の方に駆け寄った。
「カンパーイ!!」
ナマエは三橋のグラスにコツンッと自分のグラスをぶつけた。ついでに泉とも乾杯した。実は巣山と花井はすでに誕生日を迎えた後であることが発覚すると三橋が今一緒に祝おうと提案した。巣山のために再びケーキのろうそくに火をつけ、部屋を暗くし、みんなでバースデーソングを歌った。田島は花井の分もやろうと言ったが花井は「オレはいーよ!」と拒否した。
「あの…あなたがミョウジさん…ですか?」
三橋母がナマエに話しかけてきた。
「あ、はい。はじめまして。ミョウジナマエです。野球部のマネジをやってます。クラスも9組で三橋君と同じクラスです。いつもお世話になってます。」
ナマエは三橋母に自己紹介をした。
「いえいえ、お世話になってるのはこっちよ~。先週はずっとお家にお邪魔させてもらって、ごはんまで食べさせてもらっちゃって…あの子たくさん食べるのにごめんなさいね。」
「いえいえ、私が野球のこと勉強するために来てもらったんです。それなのにお米までもらっちゃって、逆にすみません。」
「いいのよ~!レンが友達の家に行くって言うのなんて、すっごく久しぶりだったのよ。小学生以来かな?だからすごく嬉しかった。しかも女の子のお友達がいたなんて!それに、わざわざお誕生日プレゼントまで買ってきてくれて本当にありがとうね。」
「いやいや、コンビニで買ったただのポテチですから。あんなのですみません!」
「全然いいのよ!袋にメッセージまで書いてくれて、レンすっごく喜んでたよー。」
「それはよかったです!」
ナマエは食事を楽しみながら三橋母と色々雑談をした。みんなが満腹になるまで食事をとったところで阿部が「ちょっと庭降りようぜ」と提案してきた。庭には三橋の投球練習場があった。
「三橋、軽くやってみせてくれよ」
阿部が指示した通りの場所に球を当てていく三橋。
『うわあ、9分割のコントロールって知ってたけど、実際にこうして的に当ててるのを見ると改めてそのスゴさがわかるなァ…』
ナマエはそう思った。他のメンバーも同じことを考えているようだ。みんな驚愕している様子が伺えた。
「みはし~い、行こうな、甲子園!」
三橋の努力の結晶を目の当たりにした田島がそう三橋に呼びかけた。
「行き、たい!!」
三橋も今度は"ムリです"とは言わなかった。そんな三橋のセリフを聞いたナマエは三橋の成長を実感して涙が出そうになった。
「ミョウジって結構涙もろいよな」
泉がナマエの背後から話しかける。
「三星との練習試合の後も泣きそうになってたろ」
「私は三橋君みたいな健気な子に弱いんです~ぅ」
「……もしかして好きだったり?」
泉はコソッと訊いてきた。
「いや、違う。それ千代ちゃんにも訊かれたんだけどさ、三橋君はね、息子みたいな?弟みたいな?そういう庇護対象なのよ。恋愛対象じゃないの。おわかり?」
「あー、母性本能をくすぐる的なやつか?」
「それそれ」
「ミョウジって好きなやつとかいんの?」
「いないね。泉君は?」
「いねーな」
「ですよねー。私、今はマネジの仕事覚えるので精一杯。」
「オレも今、野球部楽しいから、恋愛に興味湧かねえや」
そんな風に泉と雑談しながらナマエは2階の三橋の部屋に戻り、阿部の指導の下で数学の勉強をした。
翌日以降も野球部は図書館に集まったりしてみんなで協力して勉強を教え合った。ナマエは前の世界で一度高校を卒業しているというアドバンテージがあったからか、ちょっと勉強したら割とあっさり理解できたし、暗記も苦労しなかった。ナマエの定期試験の結果は比較的好成績だった。赤点が危ぶまれた三橋と田島も無事に赤点回避したらしく、モモカンから褒められていた。
試験休みが明けたら、ナマエは再び配給表の作成に取り組んだ。前に1週間みっちり田島・泉・三橋に手伝ってもらったおかげか、もう1人でも作成できる。1度で判断できない時が時々あって、そんな時は巻き戻しをしたりもするが、日を追うごとに精度は上がっていった。動体視力も少しずつ鍛えられている感じがする。そんなこんなで毎日地道に配給表作りを進めていったら6月上旬には全試合の配給表を作り終わることができた。球種とコースと高さは等倍速でも追えるようになった。ただし、ストライクゾーンを9分割で見分けるのは正直自信があると言えるレベルまでは達することができなかった。
それから毎日お昼休みに地道に草刈りを続けた結果、同じく6月上旬には一応全グラウンドの草を刈り終わった。とはいっても雨の日の翌日にはまた生えてきたりするので、今後も草刈り作業が全くなくなったわけではない。でも毎日はやらなくて良くなった。それだけでもナマエにとっては心理的にかなりの解放感があった。
そして来たる6月17日、その日は夏大県大会の抽選会の日だ。シード校以外は到着した順番にクジを引いていくので選手たちには早めに会場に到着して列に並んでもらった。モモカンとマネジの篠岡&ナマエはあとからゆっくり会場に行く。ちょうど3人が会場に到着したあたりで花井がクジを引くために舞台に向かって歩いていくところだった。ナマエは前の世界にいた時にアニメおお振りでこの場面を観たことがあるので花井が初戦で桐青高校を引くことはわかっていた。でもいざその場面を目の当たりにして会場から湧きあがる拍手を聞いているとナマエは内心イラっとした。
『お前ら全員見てろよ。うちが勝ってやるんだからな!』
ナマエは配給表を作り終わった後は、桐青高校の試合のビデオをひたすらを観戦してデータ収集・分析に勤しんでいた。前の世界で観たアニメおお振りでは篠岡がたった1人で徹夜で桐青のデータを資料にまとめてフラフラになっていた。その点、今回はナマエがいる。スコア表や配給表は既にデータ化できているし、他の作業も2人で分担できれば負担は相当楽になるはずだ。それに前の世界のおお振りでマネジが篠岡1人だった時には手が回らなかったところまで2人ならできるかもしれない。
『この世界でも、絶対桐青に勝つ!』
ナマエがこの世界にトリップしてきたせいで展開が変わって負けてしまったなんてことには絶対にさせたくない。いや、そんなことには絶対にならないようにマネジとしてデータ収集・分析を完璧にこなして見せる!ナマエがそう闘志を燃やしている間に選手たちは会話を進めていた。
「きちんと打順を組んで田島を使えば1点くらい取れるだろ。監督、春の県大、準々決勝以降のビデオ撮ってますよね」
「うん」
ナマエがモモカンからビデオを借りた時は去年の秋大と春大のベスト16の試合だけだったが、なんとモモカンは春大ベスト4以降の試合も撮ったらしい。では、それも追加でスコア表・配給表を作る必要がある。
ここでモモカンから「強い学校と弱い学校の絶対的な違いはなんだと思う?」という質問が選手たちに飛んできた。阿部が「練習時間スね」と答えた。これまで西浦高校野球部は朝練もやってなかったし、放課後の部活も18時で終わりだった。けれどこれからは打倒桐青のためにも朝5時~夜9時で練習をやることになった。練習メニューも組みなおすという。
「ナマエちゃん、千代ちゃん、練習時間が増える分マネジにやってもらうことも増えるよ!桐青のデータ収集と解析もお願いしたいし、色々大変だろうけどよろしくね!」
「「はいっ!」」
篠岡とナマエは元気よく返事をした。
「監督、去年の秋大と今年の春大ベスト16の試合ならもう全部スコア表と配給表を作ってあります!春大ベスト4以降の試合も作るのでメモリカードください。」
ナマエはモモカンにそう声を掛けた。
「ええっ、秋大と春大ベスト16の試合の分、全部終わってるのっ!?」
モモカンは目をらんらんと輝かせていた。
「パソコン使ってデータ表とか作るの得意なんで、私、がんばりますね!」
「素晴らしい!頼もしいよ!」
抽選会が終わった後、選手たちは先に帰っていった。マネジたちは夏大の開会式で大会歌を合唱するという大事な役割があるので、抽選会が終わった後は残って歌の練習をする。篠岡は中学時代の先輩と再会していた。ナマエは頭を下げて篠岡の先輩にあいさつと自己紹介をした。いざ歌の練習が始まった。ナマエはこれまで野球とは縁のない人生だったので大会歌にもあまり馴染みがなかった。でも数日前に篠岡が夏大開会式で女子マネは大会歌を歌うことを教えてくれたので速攻でレンタルショップに行ってCDを借りてきて、休み時間のうちに何度も繰り返し聞いておいた。そのおかげか今日のナマエは合唱にもなんとかついていけた。
『千代ちゃんが事前に教えてくれてなかったらやばかったな』
ナマエは練習に参加しながらそんなことを考えていた。モモカンは女子マネの合唱練習の終わりまで待っててくれて、車で篠岡とナマエを学校まで送ってくれた。その車の中でモモカンは篠岡とナマエにマネジは朝7時半に集合してほしいこと、これからは毎日19時に選手たちにおにぎりを1人2個ずつ振る舞ってほしいこと、おにぎりの具材は前日に選手たちにゲーム形式のトレーニングをやってもらってその順位に従って順位のいい人には好物の具を入れてほしいこと、おにぎりを配り終わったらマネジは先に帰宅していいことなどの説明をしてくれた。
「明日から開始ですか?お米は何合分炊きますか?大きな炊飯器が必要ですよね?」
ナマエはモモカンに疑問点を尋ねた。
「うん、明日からやるよ。選手用におにぎり20個と私はおにぎり1個でいいからお米は10.5合ね。明日の空いてる時間に炊飯器も含めて色々買いに行ってもらおうと思ってます。おにぎりの具材や牛乳や海苔やプロテインも買ってきてほしいし、それにおにぎり作りにはお椀があった方がいいのよ。おにぎりを載せるトレーとラップも買わないとね。」
「おにぎり作りにお椀?何に使うんですか?」
「ま、具体的なことは明日教えるから」
「わかりました。よろしくお願いします。」
モモカンに車で学校まで送ってもらった篠岡とナマエはクラスに戻って授業を受けた。今日の公欠の間の授業のノートや配布物や小テストの予定などを誰かに教えてもらわないといけない。ナマエが誰に頼もうか迷っていると金髪の背の高い男性がナマエに近寄ってきた。クラスメイトの浜田だ。入学初日、ナマエが9組の教室がわからなかった時に教室まで案内してくれた人だ。
『…ん?よくよく考えてみたら浜田ってアニメおお振りで応援団長やってた"ハマちゃん"じゃないか?』
ナマエは今更その事実に気が付いた。
「ミョウジ、おかえりー。これ、ミョウジが公休でいなかった時間の授業のノートのコピー取っといたよ。あとこっちは授業中に配られた配布物な。」
「え、くれるの!?すっごく助かるよ!小テストの予定とかはない?」
「ないよー。あのさ、ミョウジって野球部のマネジだろ?さっき他の野球部員には話したんだけど、オレ野球部の応援団やることになったんだ。明日も朝練から参加させてもらうことになったから、よろしくな。」
「応援団!こちらこそよろしく。」
ナマエは浜田と握手した。
その日の授業が終わって放課後になった。部活の時間だ。今日は部活の前にモモカンが選手たちを呼んで明日からの練習メニューの概要を説明した。また、19時には休憩でおにぎりを出すことや前日にゲーム形式のトレーニングをやってもらってその順位に従っておにぎりの具が決まることも発表した。
「というわけなので毎日トレーニングで1位になれるようにがんばってね!ついでに今ここでみんなの好きなおにぎりの具と苦手なおにぎりの具をヒアリングしていきます。じゃ、ポジション順に言っていきましょう。じゃ、まずは三橋君!」
マネジの篠岡とナマエは全員の好物と苦手な食べ物をメモっていった。
「監督ー!選手10人分のごはん炊ける炊飯器はもう買ったんスか?」
田島がモモカンに訊ねた。
「ん?明日買いに行ってくるよ。」
「古いのでよければウチに15合炊きのもう使ってない炊飯器あるんであげます!まだ使えます!」
「え、本当!?それ貰っちゃっていいの?」
「はい、もう使ってないんで!」
「田島君、ありがとう~~~!」
田島は「明日持ってきます」と返事をした。
こうして練習開始前のミーティングは終わり、選手たちはアップに入った。今日は篠岡がドリンク作成の担当で、ナマエが水撒きの担当だ。
「ナマエちゃん、これ先に渡しておくね」
モモカンんがナマエに何かを手渡した。それはビデオ撮影用のメモリカードだった。
「それに春大のベスト4以降の試合のデータが入っているから、スコア表と配給表の作成よろしくね。もちろん千代ちゃんと2人で分担してね。でも桐青に勝つにはスコア表と配給表だけじゃダメ。作ったスコア表と配給表を元にデータ分析して実用できるレベルまで持っていかなくちゃ。じゃあ、どんなデータが必要だと思う?」
「えっと、各打者の打席でのスタンスや、球に手を出したボールカウント、逆に見送ったボールカウントやランナーの動きなんかは秋大と春大ベスト16の試合の分は既に確認済みです。選手名鑑で各打者のプロフィールも確認したので、名前、学年、背番号、守備位置、打順、右投or左投、右打or左打、身長や体格、秋大と春大の打者成績、投手の場合は投手成績表も既に計算してあります。春大ベスト4以降の成績もあとで資料に反映させます。」
「あら、もうそこまでできてるの?じゃあ、まだ残り1ヶ月あるけど他には何をやろうと思ってる?」
「まず確かめたいのが桐青がスクイズをやるかどうかですね。スクイズをするなら1球目からやってくるのか、特定のボールカウントになってから動くのか調査します。それから各打者の全打席の配給の中から打った球の配給、見送った球の配給、空振りした球の配給の3種類に分けて配給表に記載したいです。そしたら得意なコースや苦手なコースが見えてくるかもしれないので。あとは打った球の配給と空振りした球の配給を組み合わせることでどんな球なら手を出す傾向にあるのかも分析したいし、見送った球の配給と空振りした球の配給を組み合わせて打てないor打たない球の傾向も確かめたいです。」
「いいね、いいね!でも、他にもまだやりたいことはあるよ。」
「他ですか。うーん、なんでしょう?」
「他の人の意見も訊いてみたら、別な意見が出てくるかもよ!というわけで次の月曜日のミーティングでは部員全員でどんなデータが欲しいか話し合いをします!それが決まるはビデオの視聴は優先度低目でいいよ。明日から新しくおにぎり作りを始めてもらうし、そのためにはほぼ毎日買い出しに行かなきゃいけない。それから練習がキツくなる分ドリンクの消費も早くなるし、ボールの消耗も早くなるよ。今の時期は梅雨で雨が多いからその翌日にはグラウンドに草が生えてきちゃうから草刈りもしっかりしてほしい。というわけで月曜日のミーティングが終わるまでは一旦は毎日のマネジの仕事をしっかりこなせるようになることの方を優先してね!もちろん、それでも手が空いたって時にはスコア表と配給表の作成は始めてもいいよ。」
「わかりました!」
ナマエは元気よく返事した。
水撒きを終わらせた後は、ナマエは蚊取り線香を焚いた。6月に入ってから裏グラには蚊が増えてきた。うっかり蚊取り線香を切らしたりするとあっという間に身体中を蚊に刺されて痒くてたまらないので非常に困る。蚊取り線香を設置し終わったら、今度は昨日の雨のせいでグラウンドに生えてきた草を刈った。こまめに刈っていかないとまたすぐに元のぼうぼうの状態に戻ってしまいそうで怖い。ジャグを設置し終わった篠岡もナマエに合流して一緒に草刈りをした。草刈りをしながらナマエは先ほどモモカンに言われた内容を篠岡に連携した。草刈りが終わったら選手のバッティングフォームチェックのためのビデオ撮影をしたり、ピッチングマシンに球を入れる役割を担当したり、ノックのボール渡しをしたり、ボール磨き・ボール修理をして過ごした。4月は体を慣らすためのゆったりしたメニューだったが、5月以降は練習も段々難しいものを取り入れていっている。その上、明日からは打倒桐青に向けてより厳しいメニューとなる。既にモモカンが言っていたが、その分マネジの役割も重くなる。ナマエは『桐青に勝つため、マネジができることは全部やってやんぞ!』と気合を入れた。
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