※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第15章」


 夏大2回戦、西浦高校vs桐青高校の試合の日がやってきた。今日は天気が悪い。どんよりとした灰色の雲が空全体を覆っていた。今にも雨が振り出しそうだ。天気予報では降水確率80%だ。野球部員は朝7時に試合会場となる野球場に集合した。選手たちが着替えをしている間にナマエは近くのコンビニに行って氷と間食用のバナナやカロリーメイトやソイジョイなどの栄養調整食品を購入してきた。着替え終わった選手たちは柔軟とアップを始めていた。8時になると球場内に入場できる。西浦高校野球部はみんなで荷物を持ってぞろぞろと球場に入っていった。ベンチに入ったらマネジの篠岡とナマエはバットやメットやキャッチャー防具をベンチの棚に設置したり、ジャグにドリンクを作ったり、クーラーボックスに保冷剤と氷とドリンクと間食用のバナナを入れたりと大忙しだ。マネジがそうやって働いている間、主将の花井は選手たちに今日の打順と守備位置を発表し、円陣を組んでいた。
 今日の試合は西浦高校が先攻だ。先攻の西浦高校からシートノック練習が始まった。観客もぞろぞろとスタンドに入ってくる。ナマエはクリップボードにスコア表とシャーペンを取り付けた。今日はナマエがスコア表の作成担当で、篠岡が配給表の作成担当だ。志賀先生もバッターの立ち位置やスタンス、ランナーの動きなどをチェックしてくれるらしい。
「桐青はスタメンから全員レギュラーですね」
ナマエはモモカンに言った。
「本気で相手にしてもらえて光栄だね。それにレギュラーの方が情報も揃ってるし助かるよ。」
「そうですね」

 桐青高校のシートノック練習が終わったら、いよいよ試合開始だ。ちなみにナマエは前の世界でアニメおお振りで桐青戦は観ているのだが、その時は野球に詳しくなかったため高瀬の具体的な投球内容や試合展開の詳細までは覚えていない。なので次に来る球などを当てることはできない。
 1回表、西浦高校の攻撃は1番泉の打席で初っ端からボールカウント0-2になった。この場合はカウントを整えに来るはずだ。過去の試合のデータを解析した結果、桐青バッテリーがカウント整えに来るときに使う球はスライダーだと判明している。モモカンもそれをわかっていて、サインでストライクゾーンにスライダーだと泉に知らせた。読み通りスライダーが来て泉が打った!
「よっしゃ!読み通り!」
ナマエは思わず声に出した。観客席から歓声とトランペット・太鼓の音が聞こえてくる。
「うわあ、なんか高校野球って感じだねえ」
ナマエは隣に座っている篠岡に話しかけた。
「楽器の音があると華やかでいいね!」
篠岡が答えた。
2番栄口は安定の送りバントだ。3番巣山では変なタイミングで牽制があった。ナマエは一応スコア表にその旨のメモを残した。次の球は巣山は送りバント成功で二死三塁となった。ここで4番田島の打席だ。
「うわ、田島君には最初からフォークだ。」
ナマエは驚きのあまりつい口に出てしまった。データ上、桐青バッテリーは普段は1球目はストレートかスライダーが多い。
「しかも、2球目からシンカー!?」
田島は相当警戒されているようだ。3球目もシンカーで三振。三死で攻守交代となった。
「田島君は相当警戒されてるね」
隣の篠岡が言った。
「そうだね…」
ナマエは前の世界で観たアニメおお振りで田島が最後の打席でグリップをずらして無理やりシンカーを打ったシーンを覚えている。逆に言えば最後の打席まで田島はシンカーを打てなかったということだ。
『田島が最後まで打てなくて、じゃあそれまでの間は誰がどこで点入れてくれたんだっけ!?』
ナマエは必死に前の世界で観たアニメおお振りの内容を思い出そうとしたが、思い出したところでこの世界でもその展開になるとは限らないので目前の試合観戦に集中することにした。
 1回裏、桐青高校の攻撃は1番が三振。2番がサードフライ。3番はファウルフライを花井がキャッチし、三者凡退となった。ここでついに雨が降り出した。ベンチでは阿部と三橋が会話しているのが聞こえてきた。三橋にアンダー替えてドリンクとカロリー摂取するように言っている。
『そう言えば三橋は桐青戦の途中で鼻血出すんだっけ』
ナマエは前の世界の記憶を思い出した。
「阿部君、クーラーボックスにバナナあるよ。あと、そこの棚にカロリーメイトとソイジョイもある。」
ナマエは阿部に言った。
「おお、サンキュ」
「うちわもあるけどいる?」
「あー、一応もらっとく」
ナマエはかばんからうちわを取り出して阿部に渡した。
「あんがとな」
阿部は三橋のもとへ向かった。三橋にうちわを渡して「扇いでおけ」と言っていた。
 2回表、西浦高校の攻撃は5番花井がセンター前ヒットを打った。
「ナイバッチー!」
ナマエは選手たちと一緒に叫んだ。6番沖では明らかな失投があった。ナマエは念のためスコア表にメモした。そしてその次は牽制だ。ナマエはそれもスコア表の空白スペースに念のためメモしておいた。その後も失投と牽制が続く。
「タイム!」
審判の声が響いた。見ると花井が靴紐を結んでいる。
『あ!これは前の世界でアニメでみた!』
ナマエはこれから田島がやろうとしていることに気が付いた。ナマエはワクワクしながら試合を見守る。
「リー!リー、リー、リー……ごお!!!!」
走り始めた花井は無事二塁に到達した。単独スチール成功だ!
「ナイスラーン!」
単独スチールに驚く西浦メンバーの中でナマエだけはノリノリでそう叫んだ。そして今の単独スチールに動揺したのか桐青の投手高瀬はフォアボールを出した。ナマエは順調にスコア表をつけていく。7番水谷はいい当たりの打球だったが桐青のセカンド島崎の好プレーでゲッツーを食らった。9番三橋の打席はボテボテのゴロを打った。なんとか出塁した三橋だが、ものすごい勢いで転がった。派手にすっ転んだくせに「へーき」だと言っている三橋に対してネクストバッターサークルにいる阿部がプンスコと怒り始めたのが遠目からでも見てわかった。ナマエは思わずププッと吹き出してしまった。
「どうしたの?」
隣に座っている篠岡が吹き出したナマエを見てその理由を訊ねてきた。
「や、なんか、阿部君を見てるとおもしろくて。千代ちゃんも今度から見てみなよ。三橋君に関しては阿部君はすっごい感情豊かだよ。」
「へえ、そうなの?」
篠岡は打席に立った阿部を見た。
「もうもとに戻っちゃったね」
ナマエも打席に立つ阿部を見て篠岡にそう言った。
ここで一塁から離れすぎた三橋を刺そうと高瀬から牽制球が一塁へ送球された。慌てて二塁に向かう三橋。しかし今度は二塁へ送球される。完全に挟まれた三橋。それを見てサードランナーの花井はホームへ向かって塁を蹴った。
『ここは、前の世界の通りなら花井が先にホームに帰るはず!』
ナマエは花井と三橋を見守った。
「ホームイン!」
審判の声が響いた。
「よっしゃああ!」
ナマエはベンチでガッツポーズをした。そして篠岡とハイタッチをする。
「ところで千代ちゃん、今のってスコア表どう書けばいいの?」
ナマエは篠岡に質問した。
「えっとね…―――」
篠岡は丁寧に説明してくれた。
「ありがとう!また一つ勉強になったよ。」
ナマエは篠岡にお礼を言った。ベンチに戻ってきた阿部はモモカンに三橋が怪我していないかチェックしたいと言った。それから三橋の顔がずっと赤くて汗がすごいこともモモカンに報告した。志賀先生が三橋の身体をチェックする。また、モモカンは念のため三橋の体温を計るようにとマネジの2人に言った。篠岡が「体温計持ってきます」と立ち上がった。ナマエは三橋が志賀先生から身体のチェックを受けている間、三橋をうちわで扇いであげることにした。身体チェックの結果は問題なし。篠岡が耳温計で体温を計ると37.8度あった。
「熱中症ではなさそうですね」
「遠足の日に熱出ちゃうアレかな」
モモカンとシガポが話し合っている。
「解熱・鎮痛剤なら持ってますけど飲ませますか?」
ナマエは2人に訊ねてみた。
「うーん…もうちょっと様子見しましょう」
モモカンがそう回答したのでナマエは一旦は三橋を見守ることにした。
 2回裏、桐青高校の攻撃は4~6番の三者凡退だった。ベンチに戻ってきた三橋にナマエは「お疲れさま。水分取りなね。」と声を掛けた。三橋は「う、うんっ」と言ってジャグのところへ向かった。
 3回表、西浦高校の攻撃は9番阿部が三振に終わった。ベンチ戻ってくる阿部を三橋は両腕に防具をどっさり抱えながら待っていた。
『これは…名シーンがくる!』
ナマエは前の世界の記憶から、これから起こることがわかった。なのでこっそりと西浦バッテリーの様子を見守った。距離があるので何を話しているのかまではよく聞こえないが「あ、あ、ありがとう、阿部君……」という三橋の声だけはちゃんと聞き取れた。ここで1番泉がヒットを出したので、ナマエは慌ててスコア表の作成に戻った。そしてスコア表を書き終えて阿部の方を見ると両手で目元を隠して座っていた。
『阿部が泣くところ見れなかったや』
ナマエはちょっと残念に思った。
2番栄口はバント失敗。3番巣山はライト前ヒットを出した。4番田島はやはり強烈にマークされていて最初からシンカーを使われて三振となった。
 3回裏と4回表は両校ともに三者凡退で終わった。
 4回裏、桐青高校の攻撃は1番真柴がセーフティバントを成功させた。その後、2番はアウトにしたが真柴は三塁まで進塁。3番島崎はショートゴロで出塁して一死一・三塁になってしまった。4番の1球目で島崎が二塁盗塁成功し、一死二・三塁。2球目でいよいよスクイズが来た。ピッチャー前ゴロになるかと思ったが雨のせいでグラウンドが荒れてて思うように転がらない。三橋が飛び出した。田島が右手で捕るように指示を出す。結果、サードランナー真柴はアウトにできた!二死三塁。
「防げた!!!」
ナマエは思わず立ち上がった。篠岡も志賀先生も同じだ。西広を含めたベンチにいるメンバーでハイタッチをした。5番はフライを田島がキャッチし、これで三死。攻守交代となった。田島と三橋がお互いを褒め合いながらベンチに戻ってくる。その途中で三橋が転んだ。側を通っていた桐青の河合が三橋をキャッチしてくれた。ナマエはその様子をベンチから見ていた。
「河合さんスッゲー!千代ちゃん今の見てた?片手で三橋君のこと持ち上げてたぞ!」
「あ、うん、阿部君が青ざめてたよ」
篠岡は先ほどのナマエの助言に従って阿部の様子を見てたらしい。
「あ、私それ見損ねたわ」
ナマエは内心『チッ、しくった』と思った。ナマエは阿部の青ざめてる顔が好きなのだ。だって、なんだかシュールでおもしろい。阿部の方をチラッとみると打席に立とうとしている三橋に「お前、今日は打つな」と言っているところだった。三橋は目をパチパチとさせて困惑している。そんな三橋を見て青ざめる阿部。
『これこれ、こーいう阿部と三橋のやり取りがおもしろいんだよね!』
ナマエはクッと笑った。
5回表、西浦高校の攻撃は8番三橋が高瀬のデッドボールを食らった。ネクストバッターサークルにいた阿部がベンチに戻ってくる。
「コールドスプレーくれ!早く!!」
阿部が叫ぶ。
「お、おお。はいよ!」
コールドスプレーを持っていた選手が阿部に向かって投げた。受け取った阿部は猛ダッシュで三橋のもとへ。ナマエは立ち上がって三橋と阿部の様子を伺った。
「どこ当たった!」
阿部が三橋に詰め寄る。
「イタくないよ!!」
三橋はスクッと立ち上がった。
「うるせえ!!どこ当たったんだよ!!」
「あ、阿部君、イ……イタく、ない」
三橋はおしりをさすっている。
「てっめえ、ふざけんなよ!」
阿部はコールドスプレーをシャカシャカと振っている。
「手ェどけろ!!」
阿部が三橋の臀部にコールドスプレーをシュカーッと吹きかけた。ナマエはそのやりとりをみてブフッと吹き出してしまった。
『お、おもしろすぎる~!このシーン大好きだったんだよね、私!』
笑い声が漏れないように抑えながら肩を震わせて笑っているナマエ
ミョウジ、笑ってんの?」
そんなナマエを見て水谷が声を掛けた。
「や、ごめんね、投手がデッドボール食らってんのに笑っちゃだめだよね…。でもあの2人のやりとりがあまりにもコミカルだったからつい…。」
ナマエは笑いすぎて目に込み上げてきた涙を拭った。
「いや、オレはミョウジの気持ちわかるよ。」
栄口が会話に入ってきた。
「三橋の動きもなんか可笑しいし、そんな三橋のこと心配しすぎて怒っちゃう阿部もおもしろいやつだよね」
栄口はハハッと軽快に笑った。
「そうなんだよね!あの人って不器用で可哀想で、そこがなんかかわいいんだよな~。」
「かわいい!?阿部がぁ?」
水谷がびっくりしている。
「かわいいって感覚はさすがにオレもちょっとよくわかんないかな…」
栄口は若干困惑しながらも笑った。そんな会話をしているうちに阿部の打席になり、三橋が二塁盗塁したのでナマエはスコア表の作成に戻った。阿部はセーフティバント成功させて無死一・三塁。1番泉は三振。2番栄口はスクイズを無理やり成功させ、三橋がホームに帰って西浦高校に2点目が入った。ナマエはベンチにいるメンバーたちとハイタッチを交わした。戻ってきた三橋がジャグからドリンクを飲んでいるとチョロチョロという音に変わった。
「あ、なくなっちゃった?今足すね!」
篠岡がジャグにドリンクを作りに行った。篠岡がドリンクを作ってくれている間はナマエがスコア表と併せて配給表への記入も行う。とはいってもベンチから判断できるのは球種と高さくらいなので、どっちにしろ配給の詳細は後から選手にヒアリングをする必要がある。3番巣山は三振し、攻守交代となった。
 5回裏、桐青高校の攻撃は6番がシングルヒットで出塁。7番は送りバント。8番はシングルヒットで一死一・三塁。9番はセンターフライで打者はアウトになるが、サードランナーはホームに帰って桐青高校に1点が入った。二死二塁。1番はバント失敗で三死になり攻守交代。ここで三橋が鼻血を出した。花井が帽子で三橋の顔を隠しながらベンチまで連れて帰ってくる。
『チ、うちわ渡した程度じゃダメだったか』
ナマエは三橋の鼻血を防げなかったことを内心悔しがった。
「監督!志賀先生!三橋君が鼻血出しました!三橋君、これ、鼻に詰めな。」
ナマエはポケットからティッシュ取り出して三橋に渡した。
「のぼせたのかな?私、保冷剤取ってくる!」
篠岡はクーラーボックスへ向かった。
「三橋、どっか他に具合悪いところはない?頭痛いとか、めまいがするとか。」
志賀先生が三橋に訊ねた。
「ないっ、です!オレ、元気!」
三橋はブンブンッと首を横に振った。
「とりあえずベンチに横になりましょう。スパイクと上のユニフォームも脱いで。」
三橋の様子を見てモモカンがそう指示した。
「とりあえずこれ保冷剤です。今から氷嚢作ります。」
篠岡が志賀先生に保冷剤を2つ渡した。そしてすぐクーラーボックスのところへ戻った。
「私、タオル濡らしてきますね」
ナマエは備品の入ったカバンから未使用のタオルを数枚取り出して手足洗い場へ向かった。タオルを濡らして絞ったら、急いでベンチに戻って横になっている三橋の額にタオルを乗せる。三橋の両脇には保冷剤が挟まっている。残りの濡らしたタオルは今後のためにクーラーボックスにしまって冷やしておくことにした。泉と田島はうちわで三橋のことを扇いでくれている。
「先生、これ氷嚢です」
篠岡が氷嚢を作り終わって志賀先生に渡した。
「どうかし……」
ここで阿部が横になっている三橋に気が付いた。サッと青ざめる阿部。絶望的な表情を浮かべている阿部にモモカンが鼻血出しただけだと説明した。阿部は三橋のことを見つめながら何か思いつめたような顔をしていた。
「三橋君、血が止まったか確認したいから鼻のティッシュ交換しようか」
ナマエは三橋の手に新しいティッシュを握らせた。新しいティッシュを鼻に詰める三橋。
「あとタオルぬるくなってきたから冷たいのと交換するね」
ナマエは先ほどクーラーボックスに入れて冷やしておいたタオルと三橋の額のぬるくなったタオルを交換した。そして、ぬるくなったタオルは再度水で濡らすために手足洗い場へ向かった。ベンチに戻ったらそれをクーラーボックスに入れる。そして再び三橋の様子を見に行ったら三橋が起き上がって阿部に「オレ大丈夫だよ!オレ投げられるよ!」と言ってるところだった。三橋はユニフォームを着た。ナマエはタオルと保冷剤と氷嚢を三橋から受け取った。もうすぐグラウンド整備は終わる。とりあえず、一旦症状は治まったようでよかった。
 6回表、西浦高校の攻撃は4番田島がヒットと二塁盗塁に成功するが、後が続かず攻守交代となった。
 6回裏、桐青高校の攻撃、2番は三振。3番はシングルヒットで出塁。4番はツーベースヒットで一死二・三塁。5番はスクイズ。サードランナーは刺せなかったが打者はアウトにした。桐青に2点目が入った。二死三塁。6番は三振し、攻守交代となった。
 7回表、西浦高校の攻撃、8番三橋は三振。9番阿部はヒットで出塁し二塁盗塁するが後が続かず攻守交代となった。
 7回裏、桐青高校の攻撃、7番は三振。8番はシングルヒットで出塁、一死一塁。9番は送りバント、二死二塁。1番はギリギリフェアで出塁、二死一・三塁。2番は1球目に三橋が雨で足を滑らせワイルドピッチをしてしまった。その結果、阿部が後逸してサードランナーがホームに帰ってしまう。桐青高校に3点目が入った。二死二塁。
「三橋君がワイルドピッチ…」
横で篠岡がボソッと言った。
『この場面で3点目を入れられたのは痛い。でも、前の世界でも三橋のワイルドピッチの場面はあった。前の世界ではこの後、西浦が逆転したんだ。前の世界の展開の通りならこの試合はうちの勝利で終わるはずだ…!』
ナマエにできることは三橋がベンチに帰ってくるたびに冷たいタオルを渡してあげることとうちわで扇いであげることくらいだ。
『三橋、ふんばってくれ!!』
阿部と三橋は2番を敬遠することにしたらしく、残りの3球はハッキリとしたボール球だった。3番は三振で攻守交代となった。
「三橋君お疲れさま、冷たいタオルいる?」
ナマエは三橋に声を掛けた。
「あ、オレ、ちょっと…」
三橋は言い淀んだ。ベンチの外の通路に出るドアを指さしている。
「あ、三橋ションベン?」
水谷が尋ねた。三橋はコクッとうなずいて、ベンチの外の通路に出ていった。それを聞いていた阿部が慌てて三橋を追いかける。そんな阿部を見て水谷とナマエは顔を見合わせた。そして水谷とナマエも阿部の後を追った。三橋は手足洗い場でしゃがみこんで頭から水を浴びていた。
『ああ…、そういやあったわ、こんなシーン』
ナマエは前の世界の記憶を思い出した。阿部が三橋に「右手を貸せ、握ってみろ」と言っている。もう三橋の右手は握力がないらしい。水谷とナマエはそんな阿部と三橋の様子を見て無言で顔を見合わせた。
『はっ、そうだ、ルリは!?』
ナマエは周囲を見渡した。ちょうど黒髪の三つ編みの女の子が走ってくるところが見えた。
『来た!ルリだ!』
「いた!!レンレン!!」
「ル!!リ……!??」
ここでルリの声が聞こえたからなのか、それとも三橋・阿部・水谷・ナマエがベンチ裏から戻ってこないのを不審に思ったのか、田島・沖・巣山・栄口もベンチから出てきた。
「あ…のね!叶は勝ったよ!三星は勝ったって!」
そしてルリは施設の掃除員に怒られて出ていった。
「レンレン」
田島がそう呼んだ。
「ぷーーっ」
水谷は笑い出す。田島も「お前レンレンかよ!!」とぎゃはーっと笑っている。沖と巣山は笑いを堪えている。
「私、乾いたタオル持ってくるよ、レンレン!」
ナマエは頭から水を浴びてびしょ濡れの三橋にそう言ってベンチに向かった。
「うっ…レンレン、…じゃ、ない」
三橋は小さな声で抵抗していた。ナマエがベンチに入ろうとしたらちょうど扉が開いた。花井が立っている。
「試合再開すんぞ!すぐベンチ戻れ!」
「うっす!」
選手たちが返事をした。ナマエはベンチに戻って備品の入っているかばんから乾いたタオルを数枚取り出した。
「はい、レンレン。これで頭と身体拭いて。上のユニフォーム脱いで水を絞ろうか。アンダーも替えな。」
「! レンレン、じゃ、ない…っ」
三橋はよっぽどレンレン呼びがイヤみたいだ。三橋にしては珍しくジト目でぐっと何かを訴えていた。
「はいはい、ごめんよ。いーから早く拭こう。」
ナマエは三橋の上のユニフォームのボタンを外していった。
「じ、自分で…、やる、…ます…」
三橋はそう言って上のユニフォームを脱いでギューッと絞った。それからアンダーを脱いでタオルで頭と体を拭いて新しいアンダーに取り替えた。ナマエはその様子を側で見守った。阿部は自分の私物の黒いアウターを取り出してきて三橋に渡した。
「これ着て肩冷やさないようにしとけ」
「…あ、う…、あ、あり、がとう」
三橋はそれを受け取った。
 8回表、西浦高校の攻撃は3番巣山は桐青のミスによって出塁した。4番田島はシンカーが打てず三振。5番花井の3球目で田島がランナーコーチャーに入ったおかげで巣山が二塁盗塁成功した。4球目には巣山が三塁盗塁成功し、しかもフォアボールで花井も出塁となった。一死一・三塁。6番沖の1球目で花井も二塁盗塁成功、一死二・三塁。ここで桐青は満塁策をとった。フォアボールで沖が出塁し、一死満塁。7番水谷はセカンド横を抜けるヒットで巣山がホームに帰って西浦高校に3点目が入った。花井も帰還を試みるがアウトになる。二死一・二塁。8番三橋は三振し、攻守交代。
 ベンチに帰ってきた田島は三橋に「オレ、ちょっとカッコワリー」と弱音を吐いていた。しかし、三橋が田島を励ます。花井と泉と栄口も9回に田島まで打席回してやると約束する。
『あー、うちの子たちってホントにいい子ばっかり!』
ナマエは選手たちの絆をみて、目頭が熱くなった。
 8回裏、桐青高校の攻撃は4番青木は三振。5番はシングルヒットで一死一塁。6番もシングルヒットで一死一・二塁。7番はツーベースヒットでサードランナーがホームに帰って桐青高校に4点目が入った。一死一・三塁。8番はピッチャーライナーを三橋がグラブで弾き、三橋の後ろに球が転がった。阿部が三橋にバックホームを要求するが三橋は躊躇する。最終的には三橋は阿部にちゃんと送球して桐青のサードランナーを刺すことができた。二死二塁。しかし、阿部はタイムを取ってマウンドに駆け寄り三橋の胸倉を掴んで怒鳴った。
「え、阿部君何やってるの!?」
ベンチからマウンドを見守ってる篠岡はそんな阿部を見てビックリしている。
「やー、さすがにマウンドで胸倉掴むのはまずいよね…」
ナマエも顔が青ざめてしまった。アニメで見てた時は面白がっていられたけど、西浦高校の野球部員の一員として見るとマウンドで投手の胸倉掴んでる捕手の図は、『誰から何を言われるやら…』と思ってしまうのだった。
9番は三振で攻守交代となった。
 ベンチに帰ってきてバッターとして打席に向かおうとしている阿部をナマエは呼び止めた。
「阿部君、打ってよ。あのデータ作るのすっごい大変だったんだから。お返しは勝利でって約束忘れてないよね。」
「おう、わかってんよ!バツゲームになんかさせねえ!」
阿部は真剣な表情で頷いた。
「おし、行ってこい!」
ナマエは阿部の背中をパンッと叩いた。
 9回表、西浦高校の攻撃は9番阿部がシングルヒットで出塁。1番泉はセーフティバント成功で無死一・二塁。2番栄口は送りバント成功で一死二・三塁。3番巣山は三振で二死二・三塁。そしていよいよ4番田島の打席だ。ここで田島が打てなきゃ西浦の負け確定だ。
「田島打てよ」
「テメー頼むぞ」
「田島君がんばれー!!」
ベンチから花井・水谷・三橋が田島を応援する。ナマエも立ち上がって田島に声を掛けた。
「田島君、お前の実力見せつけてこい!」
田島はくるっとベンチの方を向いて、ウインクしながらチョイッとサムズアップしてみせた。そんな田島を見て"はわっ"っと胸を撃ち抜かれる花井・水谷・三橋・ナマエ
「なに今の田島君、かっこよすぎん!?」
ナマエは今の田島を見てた花井・水谷・三橋に訴えた。
「今のはやべーかっけー!」
花井が答えた。
「ありゃ、かっけーよなぁ」
水谷も同意する。
「田島君、は、かっこいい、よ!」
三橋もそう返事した。ナマエは隣の篠岡の方を向いて「こういうところがいいんです!」と力説した。篠岡はアハハッと笑いながら「なるほどね。ちょっと気持ちわかったよ!」と言った。
4番田島はバットを振った遠心力でグリップをずらしてシンカーを打った。レフトの頭を超えるツーベースヒットで阿部と泉の2人がホームに帰って西浦高校に5点目が入った。逆転だ。田島は「うしゃーーー!!!」と歓喜の雄叫びを上げていた。ナマエは篠岡や他のベンチにいる選手たちとハイタッチをした。5番花井は三振で攻守交代となった。
 9回裏、桐青高校の攻撃は1番がバントしピッチャー前に飛んだが三橋が足を滑らせてしまいセーフティバントとなる。無死一塁。三橋はなかなか立ち上がらない。ベンチには緊迫感が走った。しかし阿部が「投げられねえならマウンド譲れ!」と言うと三橋はスクッと立ち上がった。2番の1球目で真柴が二塁盗塁成功し、無死二塁。だがその後2番は打てず三振、一死二塁。3番はサードの方向にフライとなったが元々バント警戒して前に出ていた田島は捕れない。田島はその代わりカバーに入った巣山が捕れるようにグラブで軌道修正をかける。そのおかげで捕球できた巣山だが送球の際に球の握りが悪く暴投となってしまう。それを見たセカンドランナー真柴は塁を蹴って三塁へ進塁。一死一・三塁。この状況で次のバッターは4番だ。三橋に励ましの言葉を掛ける野手の選手たち。三橋が投球する。結果はセンターフライだ。泉が見事にキャッチした。それと同時に三塁を蹴る真柴。カバーに来ていた花井に泉が球を託す。花井の渾身のダイレクトバックホーム。球を受けた阿部がホームベースで真柴にタッチをした。
「アウトー!」
審判の判定が球場に響く。これで三死。5-4で西浦高校の勝利だ!
「勝った…!」
ベンチから試合を見守っていたナマエはそうつぶやいた。
「勝ったね…!」
篠岡も唖然としている。篠岡とナマエはしばしの間、顔を見合わせた。
「「勝ったーーー!!」」
篠岡とナマエは勝利の抱擁を交わした。
「さ、あいさつだ!」
篠岡とナマエは試合終了のあいさつのためにベンチ前に並んで礼をした。それから応援団へのあいさつのために応援席の前に立ち深々とお辞儀をした。そして、ベンチ戻った選手たちとマネジの2人はみんなで顔を見合わせてから「よっしゃーーー!!」と勝利の雄叫びを上げた。
『この世界でも、桐青に勝ったぞ…!』
前の世界で勝ったんだから当然と言えば当然なのかもしれない。でも、この世界ではナマエも篠岡と一緒に桐青のデータ収集をして、分析をして、資料作りをした。この世界においてはナマエも勝利に貢献したと言っていいはずだ。そして、その事実はナマエにとってとても意味のあることだった。だってナマエは自分がまた一歩踏み出せたと感じた。前の世界で兄の死を経験してから坂道を転げ落ちるように絶望のどん底へと突き落とされたナマエだったが、今はそのどん底から着実に一歩ずつ這い上がっていると感じられた。前の世界にいた時にはもう絶対このどん底から抜け出せないと思っていた。でも今はそうじゃない。自分の努力次第で自分の人生は変えられるんだと思える。
『――…これはこの世界のみんなで勝ち取った勝利だ!』
だからナマエは素直に勝利の喜びを噛みしめることにした。

<END>