※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第20章」


 夏大5回戦、西浦高校vs美丞大狭山高校の試合の日がやってきた。選手たちが着替えや柔軟をしている間にマネジの篠岡とナマエは球場の近くのスーパーで氷や間食用のバナナや栄養補助食品を仕入れた。そして試合の1時間前になってベンチに入ったらいつも通りに道具を棚に設置したり、ジャグにドリンクを作ったりして試合開始に備えた。ちなみに今日は篠岡がスコア表を書く担当だ。ナマエは打者の立ち位置やスタンスをチェックしたり、ランナーの動きを見たり、選手たちに配給をヒアリングして配給表を書き起こしたりする役割だ。ジャグにドリンクを補充したりといった雑務も今日はナマエが担当する。
『よし、準備万端!』
元々5回戦には美丞大狭山と当たる可能性が高いと判断していたのでデータは十分に集まっているし、データ分析もきっちりやった。三橋の体重も元に戻ったらしいし、今ブルペンで投球練習している三橋の様子を見るに調子は良さそうだ。
『今日も勝てる』
ナマエはそう思った。

 1回表、美丞大狭山高校の攻撃は1番川島が1~2球目のボール球を迷わず見送った。ボールカウント0-2だ。データ分析の結果だと川島は選球眼が良いようでよくフォアボールで出塁している。
『川島はこのカウントなら得意な内角以外のコースは様子見してくるはず。外に決めればストライクが取れる!』
美丞大狭山のデータ分析を行ったナマエはそう考えた。当然、ナマエと同じデータを見ている阿部もナマエと同じ考えのようで3球目は外にシュートだった。ナマエは『よし!』と思った。しかし、川島はバットを振った。センター前ヒットとなり、無死一塁。
『え!?ここは絶対見てくると思ったのに…。』
ナマエは川島がバットを振ったこと、そして苦手な外角を見事に打ったことに動揺した。
2番石川はバントの構えだ。まっすぐを打ち上げて一死一塁となった。
「よかった~」
ナマエは安堵のため息を吐いた。3番矢野は1球目のボール球を迷わず見送った。
『1番川島はもともと選球眼がいい選手だとわかってたからまだ納得できるけど、矢野もこんな迷わず見送る?』
ナマエは何か奇妙だと感じた。だってコントロールのいい三橋はそんなハッキリしたボール球は投げない。内の球ならスライダーやカーブでクサいところをついてるはずだ。なのにまるでボールになるのがわかってるみたいにすごく余裕のある見送り方をしている。矢野への2球目、外の球を三橋は放った。それを矢野が打った。でもバットの先ギリギリ当てただけだ。ちゃんとは捉えられてない。
『切れろ!!』
ナマエはそう祈ったが、田島が「水谷、飛ぶな!フェアだ!」と叫ぶ声がした。田島の予想通り、ギリギリフェアになり長打コースとなった。川島がホームに帰って美丞大狭山に簡単に1点取られてしまった。一死二塁。ここで4番の和田の打席だ。ナマエは手に汗を握った。和田への1球目、ボール球を和田は迷わず見送った。
『まただ…。やっぱなんか変じゃないか?』
ナマエは自分たちのデータ分析に何か間違いがあったのではないかと思い始めた。ナマエは慌てて美丞大狭山の試合のスコア表と配給表を取り出した。ナマエがペラペラと紙をめくっているとスタンドから「わあっ」という歓声があがった。その声につられてグラウンドを見ると和田はツーランホームランを決めていた。美丞大狭山に3点目が入った。なお一死だ。マウンドを見ると阿部と三橋が右手を合わせているのが見えた。でも、合わせた途端にすぐ手を放していた。三橋はなぜか驚いているように見える。
『今の反応は何?三橋は大丈夫なのか?』
ナマエはホームランを打たれた三橋のことが心配だった。
5番宮田は打ち上げてセンターフライとなり、二死。6番北村もセカンドフライで三死。ようやく攻守交代だ。
「篠岡!スコア貸して!」
ベンチに戻ってきた阿部は切迫した様子で篠岡にスコア表を要求した。篠岡は「はいっ」と手渡す。それを受け取ってモモカンの元へ駆け寄る阿部。ナマエは今の回の配給を表に書き起こすためにモモカンと阿部に近づいた。阿部がモモカンに配給の内容を話していく。ナマエはモモカンの横でそれを聞きながら配給表に書き起こした。
ナマエちゃん、それ貸して」
モモカンは配給表を詳しく見たいらしい。ナマエはたった今書き起こしたばかりの配給をモモカンに渡した。
「監督、私も見ていて違和感を感じました。私たちが取ったデータと全然違う動きをしている感じがします。もしかしたら私たちのデータに何か間違いがあるのかもしれません…。」
ナマエは責任を感じて俯いた。
「ううん、美丞大狭山のビデオは私も見たけど、ナマエちゃんたちが作ったスコア表・配給表に間違いがあったとは思わないよ」
モモカンはそう返事した。
「じゃあ、この違和感は一体なんなんでしょうか…」
ナマエがモモカンにそう問うた。…と、そこに「ギャハッ」という大きな笑い声が聞こえてきた。モモカンも阿部もナマエもその声にびっくりして振り返ると田島と泉が三橋をくすぐっている。
「お、コラ、何やってんだ!?」
花井が3人を叱った。
「コレな、瞬間リラックス法!」
田島が答えた。どうやら泉が1番目のバッターは緊張するからどうやったら一瞬でリラックスできるかと考えた結果、無理やりにでも笑わせるという方法を思いついたらしい。
『よかった、三橋は大丈夫そうだ』
ナマエはくすぐられて笑っている三橋を見てとりあえず一安心した。
 1回裏、西浦高校の攻撃は1番泉が打つもセンターフライとなり、一死。2番栄口はセカンド横を抜けるヒットで出塁。一死一塁。3番巣山は送りバント成功で二死二塁。4番田島はライト前ヒット。栄口がホームへの帰還を狙うが、ライトからダイレクトバックホームが見事に決まり、アウトとなった。三死で攻守交代。
『0点か…』
ナマエはため息を吐きそうになって慌てて口を押えた。
『ネガティブになっちゃダメ!選手に伝播する!』
ナマエはモモカンから返してもらった配給表を手に取り、今、自分の目前で行われている試合のデータを収集することに力を注ごうと思った。
『前の試合のデータが役に立たないなら今の試合のデータを収集して分析するんだ!』
ナマエはノートパソコンを取り出した。
 2回表、美丞大狭山高校の攻撃は7番松下がカーブを打った。サード前ゴロとなり、田島が沖に送球してアウトを取った。一死。8番倉田はカーブを打ち、セカンド横を抜けるヒットで一死一塁。9番竹之内の打席では1球目で倉田が二塁盗塁を成功させた。阿部は膝に手をついて俯いている。
『私、三橋のことばっかり心配してたけど、今メンタル追い詰められてんのは阿部の方かも!?』
ナマエはそこで初めて阿部が冷静さを欠いていることに気が付いた。よくよく考えてみたらそりゃそうだ。だって阿部はデータを活用して配給を考える頭脳派の人間だ。その阿部にとってデータが役に立たない現状は非常に苦しいに違いなかった。
竹之内は2球目も3球目もバントの構えをしたが結局失敗し、二死二塁となった。1番川島はカーブを打った。センター前ヒットで倉田がホームに帰って美丞大狭山に4点目が入った。二死一塁。2番石川は三振し、攻守交代となった。
 ナマエはベンチに戻ってきた阿部に再び駆け寄り、今の回の配給を全部言うように求めた。そしてそれを配給表に書き起こした。その情報をもとにナマエはノートパソコンを使ってエクセルで今回の試合の打球情報の一覧表を急いで作成した。また、ペイントソフトを使って打者毎の打った球の配給表、見送った球の配給表、空振った球の配給表を作っていった。阿部はモモカンの元に行って今回の配給の報告をしている。
「えっ、どーしたの!?」
モモカンの声がベンチに響いた。その声に驚いたナマエが振り返ると三橋が阿部とモモカンに何かを伝えようとしていた。三橋は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「何をイキナリ泣いてんだよテメーは!」
阿部は三橋に怒鳴った。怯える三橋。
「"コースが違う"って言ったよ」
田島が助け舟を出した。「な!」と三橋に確認する田島とコクッと頷く三橋。
ナマエちゃん、配給表!」
モモカンがナマエに配給表を要求した。
「はいっ!」
モモカンに手渡すナマエ
「阿部君、打者の打ったコースだけ言ってみて」
モモカンにそう促された阿部は打者が打ったコースをスラスラと言ってのけた。
「……ね、みんな好きなコースと逆を打ってる」
それを聞いたナマエは今作った打者毎の打った球の配給表、見送った球の配給表、空振った球の配給表を確認した。
「監督、今これ作ったんですけど、監督が仰る通り苦手なコースを振ってきてますね。逆に得意なコースは振りません。」
ナマエはノートパソコンの画面をモモカンに見せた。阿部もノートパソコンの画面をのぞき込む。
「確かに…でもなんで……」
阿部は動揺している。三橋は傍らでふぐふぐと泣いている。
「つーかオメーはなんでフグフグ泣いてんだよっ」
阿部は気が立っているのか、ガアッと三橋に怒鳴った。「ひっ」と青ざめる三橋。
「泣くことねーぞ。おめーのおかげでなんとかなるかもしんねえ!」
 ここで美丞大狭山の投球練習が終わったため、2回裏、西浦高校の攻撃が始まった。打席には5番花井が立っている。モモカンはバッターボックスに立つ選手に指示を出さなければならないのでノートパソコンをナマエに返した。すると今度は阿部が「それ見して」とナマエの手からノートパソコンをかすめ取った。
「あのな、お前コース違うって言ったけど、得意なコースはバット振りもしないのはなんでだと思う?」
阿部が三橋に問う。だらだらと汗をかく三橋は「ぐっ…」と唸っている。阿部は三橋のその様子を見て「わかんねんならそー言えばいいから!」と苛立ち、青ざめている。でもナマエは三橋が「ぐっ…」と唸っている時は何かある時だと思った。
「三橋君、何か気付いてることあるでしょ…?」
ナマエは三橋にそう声を掛けた。
「……え、なんかあんの?」
阿部は意外だったらしくてポカンとしてる。
「――あっ……」
三橋はキョドっている。
「あんなら言え!!オレァすぐネクスト入んなきゃなんねん…」
"だぞ"と阿部が言い終える前にモモカンが三橋の頭を掴んだ。
「さっさと言う!」
三橋はどもりながらも「好き、なコース、振らない、の、は、……ボ、ボールだ…から?」と意見を言った。それを聞いたナマエは阿部からノートパソコンを奪い、エクセルで作った今回の試合の打球情報一覧表をチェックした。打者毎の好きなコースでフィルターをかけてみる。確かにボール球ばかりだ。ナマエはモモカンに再度ノートパソコンを渡してそのエクセルの結果を見せた。
「左打者で内が得意な場合はスライダーのボール球。左打者で外が得意な場合はシュートのボール球。右打者で内が得意な場合はシュートのボール球。右打者で外が得意な場合はスライダーのボール球。これがよくある阿部君の配給パターンですね。おそらく美丞大狭山は阿部君の配給パターンを研究してきています。」
ナマエはモモカンに伝えた。
「得意なコースにはボール球があなたのクセになってるのね?」
モモカンは阿部にそう言った。阿部は狼狽えている。
「花井引っぱれ!お前のバッティング!!」
田島が花井に声を掛けるのが聞こえた。モモカンはハッと何かに気が付いたようで身を乗り出して花井の打席を確認した。花井はゴロを打ったがセカンドが捕球し、4ー6-3の連係プレーでアウトとなった。一死。6番沖の打席、阿部はネクストバッターサークルに入らなければならないのにまだ防具をつけている。ナマエは阿部が防具を外すのを手伝った。阿部からレガースとプロテクターとメットを受け取る。モモカンはネクストバッターサークルに向かう阿部に「攻撃も守備と同様に考えてね!」と指示をした。
「みんな、そのまま聞いて!」
モモカンはベンチにいるメンバーに声を掛けた。モモカンは美丞大狭山はうちを研究してきていること、1・2回ではバッテリーの配給が読まれたせいで簡単に点を取られたこと、攻撃面も同様に研究されていても美丞大狭山は打者によって守備位置を変えてきていることを伝えた。
「いい?打席に立ったらまず相手の守備位置を確認しなさい!自分用のシフトがひかれてたらどうしてそういう形になっているのか考えるんだよ。自分の打力ではシフトを抜けないと感じたらバッティングを変えなさい!」
6番沖は三振、二死。7番阿部も三振し、三死で攻守交代となった。
『あの阿部がボール球を振らされた』
ナマエは阿部が今相当焦っていることがわかった。どうにかしてやりたい。どうしたらいい。
「三橋!レガース手伝ってくれ!」
阿部は三橋に防具付けるのを手伝わせた。おそらく三橋と何か話があるのだろう。…でもさすがに遅すぎる。これじゃ審判に怒られると思ったナマエは防具をつけるのを手伝いに行った。
「いーか、オレのサイン通りに首振るんだ。サインの最後に中指一本出す。そしたら1回首振ってそのあと出すダミーサインにうなずいて投げろ。」
阿部は三橋にそう言った。
『そっか、三橋に首振らせることで阿部のリード通りじゃなくなりましたよって相手に思わせて翻弄する気なんだな』
たしかに阿部の配給パターンが読まれてまずいのは、三橋が配給に一切介入しないからだ。三橋がイヤな球に首を振ったりして配給に介入するなら阿部の配給パターン通りじゃなくなる。三橋が配給に介入してきたと相手に思わせることができたら多少はだまくらかせるかもしれない。
――…でも、それでは結局のところ阿部だけが配給を考えているという事実に変わりはない。首振りのしぐさだけで一体どれだけごまかしが効くというのだろう。
『やっぱり、データを取らないと!』
美丞大狭山がどこまで阿部の配給パターンを把握していて、どうやったら裏をかけるのか考えなくてはこの試合は勝てそうにない。ナマエは美丞大狭山の打席のデータを取ることに集中することにした。
 3回表、美丞大狭山の攻撃は3番矢野が三振で一死。4番和田はサードフライで二死。5番宮田はセカンドゴロで栄口がファーストに送球してアウト。三死で攻守交代となった。
 ナマエはベンチに戻ってきた阿部に今の回の配給を聞き出した。そしてそれを表に書き起こしていく。表に書き起こしおわったら今度はノートパソコンを弄ってエクセルの一覧表とペイントソフトを使って作った配給表に情報を落とし込んでいった。
ナマエちゃん、配給表、クリップボード毎ちょうだい」
普段は配給表を作るのはマネジの仕事だがモモカンが今日は配給表作りを引き取ることにしたらしい。ナマエはクリップボードをモモカンに渡した。
 3回裏、西浦高校の攻撃は8番水谷が高目の球をうまく転がして出塁し、無死一塁。9番三橋はセーフティバント成功で無死一・二塁。1番泉は送りバント成功で一死二・三塁。2番栄口はライナー性のヒットでサードの頭を超え、水谷がホームに帰って西浦高校にようやく1点目が入った。一死一・二塁。
「きたー!」
ナマエは篠岡とハイタッチをした。
3番巣山は送りバント成功で二死二・三塁。4番田島は三振で三死で攻守交代。モモカンは田島に配給を聞いている。ナマエはモモカンの横に立ってそれをノートパソコン内にデータ入力していった。
 4回表、美丞大狭山高校の攻撃は6番北村がレフトフライで一死。7番松下はピッチャー前ゴロでアウト、二死。8番倉田はフライで三死となり、攻守交代となった。
 ナマエはベンチに戻ってきた阿部に再び駆け寄り、今までと同様に今の回の配給を全部言うように求めた。そしてその情報をもとにナマエはノートパソコンにデータ入力していく。阿部は今のところ相手が研究してきたリードの裏をかいてうまいことかわせているようだ。
 4回裏、西浦高校の攻撃は5番花井が外の球を引っ張ってサード脇を超えるツーベースヒットを打った。6番沖は送りバント成功で一死三塁。7番阿部は三振し、二死三塁。8番水谷はショート横を抜けるヒットでサードランナー花井がホームに帰って西浦に2点目が入った。二死一塁。
「よし!2点目!」
ナマエはガッツポーズをした。9番三橋は三振。これで三死となり攻守交代となった。
 5回表、美丞大狭山高校の攻撃は9番竹之内がシングルヒットで無死一塁。1番川島がセンター・ライト間にヒットを打った。無死一・三塁。2番石川は1・2球は見送りで2ストライクとなった。3球目でファーストランナー川島が投球開始とともに塁を蹴って二塁盗塁を試みる。石川はバットに球を当てるが打球はピッチャー前ゴロで三橋が捕球した。川島は刺せなかったが、ファーストへ送球して打者をアウトにした。一死二・三塁。3番矢野はセンターフライ。打者はアウトになるが、サードランナー竹之内がホームに帰って美丞大狭山に5点目が入った。二死三塁。
『これは…打者の得意コースにはボール球っていう配給パターンだけじゃなくて阿部の配給パターンが全部もう研究されてるんだ』
ナマエは試合を観ていてそう思った。
「監督、美丞大狭山は阿部君のリードを読んでると思います。この試合は監督がリード出すことにした方がいいんじゃないでしょうか?」
ナマエは阿部の前ではこんなことはとてもじゃないが口にできないので、阿部が守備でグラウンドにいるこの隙にとモモカンに打診してみた。
「そうね…私もさっき阿部君にそう提案してみたのよ。でも彼はやりたいって言うから一旦やらせてみてるの。」
「もう5回です。そろそろ手を打たないとまずいのでは?」
ナマエはただの女子マネがここまで口を出すのは差し出がましいかもしれないと思いながらも思ったことを伝えてみた。
「うん、正直私も迷ってるの。私が今配給に口を出したらまず間違いなく阿部君のプライドが傷付くでしょうし、この先も勝ち進めば対戦相手がうちを研究してきている状態で試合することって少なからずあると思うの。これは阿部君たちが避けては通れない、どうにかして乗り越えてもらわなきゃいけない壁なのよ。それにベンチからじゃ全ての球種・コースは把握しきれないからやっぱり打者に近い選手たちの方が皮膚感覚は鋭いはずだし、三橋君も中学時代からずっと投手をやってきたわけで打者と対峙した経験は豊富なはずよ。バッテリーの配給は捕手だけが考えるんじゃないから、阿部君のリードが読まれているなら三橋君にもっと積極的に配給に介入してもらうよう指導した方がいいんじゃないかしら。」
ナマエはハッとした。
『モモカンは阿部が三橋に首振りを禁止していることを知らないんだった…』
ナマエは前の世界でアニメおお振りを観たから入学初日の野球部初対面の時に阿部と三橋が2人きりでどんな会話を交わしたか知っている。阿部は"オレの言う通りに投げろよ。首振る投手は大嫌いなんだ。"と三橋に宣言した。中学時代に捕手の畠に嫌われてリードを出してもらえなくなった三橋にとって阿部に嫌われるというのはとても恐ろしいことだ。三橋は三星戦で織田に打たれると直感的に気付いた時も首振りできなかった。桐青戦でも投げたくない球要求されるのが怖い三橋が阿部の方を振り向けないというシーンがあった。きっと今もそれは変わってない。
『でも…それを今の私がモモカンに伝えていいのか?この世界の私は2人がその会話を交わした場面ではその場にいなかったのだから、そのことを知らないはずなのだ…。どうしてそんなことを知っている?とモモカンや阿部から突っ込まれたらどう説明したらいい?』
ナマエは考えた。そして思い付いた。
「監督、三橋君はたぶん配給に全く介入していませんよ。これまでの試合で三橋君が首振りしているところを見たことがありません。それにさっきレガース付けるの手伝った時にあのバッテリーは首振るサインを作ってました。三橋君は中学時代、捕手に嫌われてリードを出してもらえなくなってから1人で配給を考えていて、それで自分の能力の使い方をわかっていなかったのでバカスカ打たれまくって負けまくった経験があります。そこに阿部君と出会って勝てるようになったのだから、阿部君のリードを鵜呑みにするようになったとしてもなんら不思議はありません。」
ナマエがそう言ってるうちに4番和田が三振し、三死で攻守交代となった。
「三橋君、今首振ってたけどあれも阿部君のサインに従ってるってこと?」
モモカンは和田の打席で首振りした三橋を指してそう言った。
「たぶん、そうです。」
ナマエはそれを聞いたモモカンがメラッと怒りに燃えるのを感じた。ナマエは内心『ヒエエエッ』と怯えた。
 ここで攻守交代となってベンチに帰ってきた阿部がモモカンの元にやってきた。
「――で、4番は1球目で三橋に首振らせて、外のボールになるシュートを2球続けて、3球目は2球目と同じコースにまっすぐです」
阿部は今回の配給についてモモカンに説明していく。ナマエもモモカンの横で話を聞きながらノートパソコンに情報を打ち込んだ。
「うん、ね、今ナマエちゃんとも話していたんだけど、首を振らせるサインがあるの?」
「…さっき作りました。オレの配給読まれてるくさいから多少目くらましになるかと思って……。三橋は全部頷くだけなんで。」
ナマエは阿部のその言い方を聞いて違和感を覚えた。
『阿部が三橋に"首振る投手は大嫌いなんだ"って言って実質首振り禁止令を出したのに、まるで三橋が自主的に従ってるみたいな言い方すんのね?その言い方はちょっと卑怯じゃね?』
ナマエは阿部の顔をジッと見つめて無言で圧をかけた。ナマエの視線に気が付いた阿部はバツが悪そうな顔をした。
「うなずくだけ?全部!?」
モモカンは阿部の後ろにそろりそろりと近づいてくる三橋に向かってギラッと睨みを利かせた。阿部はそれで三橋が傍にいることに気が付いた。睨まれた三橋は涙目でドキドキしている。さきほどナマエの言ったことが事実だと発覚したモモカンは再度メラッと怒りに燃えた。これには三橋だけでなく阿部もビビっていた。
「4番を切って取れたのは大きかったね。あと4回この調子で切り抜けましょう。」
「はいっ」
モモカンはメラメラしていたが、今は指導はしないことにしたらしい。燃え上がる炎を静めてバッテリーを褒めた。
「…阿部さ」
ナマエは阿部を呼び止めた。
「……何?」
「三橋君が自分から首振らないのは三橋君だけの意向なの?」
「………」
阿部は黙った。
「美丞大狭山は阿部君の配給パターンを研究し尽くしてるよ。首振るサインじゃなくて、三橋君にも自分でモノ考えさせて配給に参加させようよ。阿部君の頭だけで考えてたらいくら裏かこうとしても限界があるよ。」
「……今の三橋に首振れって言ったって振らねェよ」
阿部は三橋に「最後の打席ナイピッチな」と声を掛けた。
「あっ、阿部君のおかげだっ、よ。オレ、言う通りに投げられる、からっ」
三橋はそう答えた。
「こいつは今何の不満もねーんだよ」
阿部はナマエの方を振り向いて言った。ナマエは「むむ」っと頭をを抱えた。たしかにこの三橋の様子を見るに三橋は阿部のリードを盲信していて、もう阿部のリードに反対する気が全く内容だった。
「三橋君、リード出されても投げたくない球だったらちゃんと自主的に首振るんだよ?」
ナマエは一応三橋にそう声掛けしてみた。
「オレ、イヤじゃない、よ!阿部君、の、言う通りに、投げられる、よ!」
三橋の回答を聞いてナマエはガクッと肩を落とした。阿部は「ほらな」と言っている。ナマエはこの2人の関係性はすこし歪な状態にあると感じた。三橋は阿部に依存しきってるし、阿部はそんな三橋のことをこのままでいいと思っている。
『共依存っていうんだっけ、こういうの』
今すぐに共依存から脱却しろというのは無理な話だろう。これからすこしずつ是正していくしかない。この試合が終わったらモモカンにもこのことを報告して相談しようとナマエは思った。
 5回裏、西浦高校の攻撃では美丞大狭山のピッチャーが竹之内から鹿島に代わった。1番泉はヒットを出して、無死一塁。2番栄口は送りバント成功で一死二塁。3番巣山はレフト前ヒットで一死一・三塁。4番田島は一・二塁間を抜けるヒットで泉がホームに帰って西浦高校に3点目が入った。なお一死一・三塁。5番花井はセンターフライでアウトになったが、サードランナーの巣山がホームに帰って西浦高校に4点目が入った。ベンチに帰ってきた花井は泉・栄口・巣山・三橋とハイタッチをした。ナマエも両手を掲げて花井に駆け寄った。
「ナイバッチ、花井君!」
「おう!」
花井はハイタッチを返してくれた。6番沖は三振し、三死で攻守交代となった。
 5回裏が終わって、ここでグラウンド整備の時間になった。現在の点差は4-5で1点差で西浦が負けている。でも1点差まで追い上げた。序盤は相手がうちを研究し尽くしていることに気付けずにバカスカと打たれてしまったが、それに気付けてからはなんとかかわせているし、美丞大狭山の投手が鹿島に代わってから2得点できた。まだまだ勝機はある。ナマエはジャグのドリンク補充を行ったり、モモカンから配給表を借りてノートパソコンにデータを打ち込んだりして後半戦に備えた。

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