「おお振りの世界に異世界トリップ 第23章」
夏大5回戦、美丞大狭山高校との試合の翌日、ナマエはいつもより朝早く起きて学校の裏グラへと向かった。
「ちわっ」
グラウンドに向かってあいさつをしてからフェンスをくぐって裏グラの中に入る。
「おっ、ミョウジ!ちーす!」
ベンチにはもう花井がいてあいさつを返してくれた。
「花井君はいつも早いねー。あれ、三橋君と泉君と…水谷もいるじゃん。」
水谷はなぜかグラウンドを走っていた。
「ミョウジ、オレらも目標 全国制覇に変えっから!」
泉がそう言った。
「マジで!!え、オレらって水谷も変えてくれたの?昨日はあんな弱気だったのに?」
「おう、三橋のためだってよー」
泉はケケケッといたずらっぽく笑った。
「なんだそりゃ…と思ったけど私も田島君と三橋君に目標下げさせたくないっていうのが動機だから2人のためなのかな」
「それをゆーならオレはやっぱミョウジと篠岡のためかねーってさっき水谷と話してたんよ」
「あ、それって有名な"南を甲子園に連れてって"ってやつ!?でも私の気持ちとしては"みんなを甲子園に連れていってやる!"って気持ちだよ。」
「ぶはっ、さすがミョウジだな!そーだよな、お前は"連れてって"なんて受け身なタイプじゃねーよなあ」
泉は腹を抱えて笑っていた。ナマエと泉が話している間に沖も裏グラに到着した。花井が沖に話しかけている。
「花井君はいつも早めに着いてるけど、なんで三橋君と泉君と水谷は今日こんなに来るの早いの?」
「花井と三橋はみんなを説得するためだってよ」
「あら。私もその目的だったけど花井君がいるならいっか。じゃー私も着替えてくるわ。」
「あいよ」
ナマエは裏グラ横の倉庫で着替えをした。ナマエが着替え終わって倉庫から出てきたら、ちょうど篠岡が倉庫の扉をノックしようとしているところだった。
「わっ」
「おお、ごめん。千代ちゃんおはよう。」
「ナマエちゃん、おはよう。すごいタイミングだったね。」
篠岡はアハハッと笑った。
「ね!じゃあ、ごゆっくり~。」
ナマエがベンチに入るともうたくさんの選手たちが到着して着替えをしていた。花井を筆頭に泉や三橋が目標を全国制覇で統一させようと一人一人を説得している。
「うん、オレも全国制覇に変えるよ。みんながやるっつってんのにオレだけやらねえわけにいかねえよ。」
巣山も全国制覇に納得したみたいだ。
「おっし!あとは栄口と篠岡だな」
花井がガッツポーズをした。
「千代ちゃんは全国制覇に変えるって昨日言ってたよ」
ナマエは花井にそう伝えた。
「おお、マジか!じゃあ、あとは…来た!栄口!」
「ちわっ」
栄口があいさつをしながらフェンスをくぐって裏グラに入ってきた。
「栄口、ちーっす!」
花井が栄口に駆け寄っていった。ナマエも花井の後を追いかけた。
「うお?なになに?」
「あんな、目標のことなんだけどな…」
「ああ、オレさ、甲子園優勝にするよ!」
「うお!?」
「栄口君…!」
ナマエは両手を胸の前で組んで目をキラキラさせた。
「いやー、昨日のミョウジの言葉が刺さったよ。"田島と三橋が全国制覇を掲げてるのに2人にそれを諦めさせたいの!?"って。そんなことできないよな。」
「栄口君ありがとう大好き~!!」
ナマエはいつもモモカンがやっているみたいに栄口の右手を両手で握った。
「ちょ、ミョウジ、照れるから、それやめて」
栄口は顔を赤くした。
「おっと、ごめんごめん!」
ナマエは栄口の手を放した。
「つーことは」
花井はベンチに集まっている選手たちと着替えを終えて物置から出てきた篠岡を見た。
「オレら全員、甲子園優勝が目標ってことでいいんだよな!?」
「おおお!」
ベンチの部員全員から返事が返ってきた。ナマエは拳をグッと握ってガッツポーズをした。
「ね!花井君、円陣組みたい!」
ナマエは花井にお願いした。
「は、え、円陣?」
「おー、花井、やろーぜ、円陣!」
田島が花井の肩に腕を回した。
「おい、三橋、こっちこい」
田島は三橋を呼んだ。三橋と田島が肩を組む、ナマエも花井のもう片方の肩から腕を回した。
「千代ちゃん、こっちこっち!」
ナマエは篠岡を呼んだ。篠岡はナマエと肩を組む。そうして自然に次々を選手たちが集まって円陣ができあがった。
「花井、掛け声!」
田島が花井を急かした。
「ったく、わーったよ。…お前ら!!やるぞ、全国制覇!西浦ー ぜっ!!」
「おおおおお!!」
モモカンが到着した。モモカンは到着してすぐにマネジの2人を呼んだ。あとである紙を選手たちに配って欲しいのでクリップボードの準備をしてほしいという。篠岡とナマエは手分けしてクリップボードにその紙とボールペンをセットした。それからモモカンに指示された通り、備品棚からストップウォッチを持ってきた。そうしているうちに練習開始時刻になった。西浦高校野球部員はモモカンの前に整列した。
「監督!オレらの目標は全員一致で甲子園優勝です!」
「うん、わかった。それはもちろん昨日私が言ったことを踏まえての決定で、それ相応の覚悟ができたってことだよね?」
「はいっ」
モモカンはそれならば練習時間以外の残りの時間も全部野球のことを考えろと指導した。
「甲子園で優勝したいならもう1分だって無駄にはできない。今から優勝まで全部の時間を野球のために使う!それがそれ相応の覚悟だよ!ナマエちゃん、千代ちゃん、例の用紙を配ってちょうだい。」
「「はい!」」
篠岡とナマエは事前に用意したクリップボードを手分けして選手たちに配った。それは目標設定用紙だった。
「10分で全部埋めてください」
ナマエはモモカンにストップウォッチを渡した。目標設定用紙を書き終わった選手たちはやる気に満ち溢れていた。
「これから毎月1回、月初めのミーティングでこれをやりましょう。書ける内容はどんどん変わるはずだからね。練習は厳しくするけどイヤイヤやったんじゃ無駄が多すぎるからね。動いた分を無駄なく生かすには一つ一つに集中すること!集中するには練習を楽しむことだよ!いつも目標を意識して頭使って考えて、楽しんで!甲子園優勝しよう!」
「はいっ」
選手たちはモモカンの言葉に鼓舞されてやる気満々でアップに入っていった。選手たちから目標設定用紙を回収した篠岡とナマエはモモカンの元へそれを持っていった。
「監督!これ、ファイリングしますけど今見ますか?」
篠岡がモモカンに話しかけた。
「ありがと」
モモカンはそれを受け取って目を通し始めた。篠岡とナマエは水撒きとドリンク作成作業に入った。アップが終わったら、今日からサーキットを3倍にするとモモカンが宣言した。その分ドリンクの消費も早くなるし、ストップウォッチをつかって時間を計測するのもマネジの役割だ。ボール渡しの仕事だってある。
「選手ほどじゃないけど、マネジもやること増えたねえ」
お昼休み、お弁当を取り出しながらナマエは篠岡に話しかけた。
「だね。ドリンクがみるみるうちになくなっていくね!」
篠岡はアハハッと笑った。
「だってすげー疲れっから喉乾くんだよ」
泉がそう言いながらナマエの隣に座った。
「最近猛暑だしね。遠慮なくたくさん飲め!あんたらががんばってる分マネジだってがんばるよ!」
「へーへー。ミョウジがオレらのこと甲子園に連れてってくれるんだもんな。」
泉はそう言っていたずらっぽく笑った。
「なにー?バカにしてるー?」
「してねーって。むしろ頼もしいマネジで助かるぜ。実はオレも昨日ミョウジがハッパかけてきた時から田島たちの方につきたいと思ってたしな。」
それを聞いたナマエはパアアッと顔を輝かせた。
「泉君ってかわいい顔して性格はかなり漢前だよね」
「"かわいい顔して"って前振りはイラネーよ」
「ああ、高校生男子にかわいいは禁物よね。ごめんごめん。」
泉はジッとナマエの顔を見つめてきた。
「え、なに?」
「……ミョウジって水谷と仲良い?」
「え、水谷?なに、唐突に。悪くはないけど別に特別良くもないよ。」
「……だよなぁ。篠岡は?」
泉は今度は篠岡に話を振った。
「え?私?うーん、男子の中ではよく話す方ではあるかな?同じクラスだし、水谷君話しやすいし。」
「そうか、お前ら同じクラスか」
泉は「じゃー、篠岡かねえ…」と小声でつぶやいている。
「一体何の話よ?」
ナマエが泉に訊ねた。
「いや、なんでもねえよ。ってかミョウジは水谷のことも君付けやめたんだな。オレのことはいつまで君付けすんの。」
「えー!泉君は泉君なんだもん!」
「よっくわかんねえな、その感覚。水谷よりオレの方がミョウジと仲良いだろ?」
「水谷は、ほら、クソレフト事件があるから呼び捨てでいいかなって。泉君はいつもステキだから泉君だよ。」
「お前はよくもまあそんな歯の浮くようなセリフをさらりと言うなぁ」
泉は"ステキ"と褒められて少し照れているようだった。
「でもそういう理由なら君付けのままでいいや。じゃ、オレ昼寝してくるわ。」
昼食を食べ終えた泉は立ち上がった。他の選手たちもみんな昼食を食べ終わって格技場へと移動するために立ち上がっている。
「男どもは食べ終わるのはえーな。じゃ、また後でね!」
篠岡とナマエのマネジ2人は選手たちほど体力の消耗はないので昼寝の必要はない。なので2人で他愛のない雑談をしながらゆっくりお弁当を食べた。
昼食の後は13時から1時間の勉強タイムが設けられた。食堂の一角に部員全員集まって勉強をする。田島と三橋のことは西広や花井が面倒を見てあげている。
「ミョウジはオレに教えてくれよ。お前成績良かったろ。」
泉がナマエに隣に座るように促した。
「うん、いいよー。何にする?」
ナマエは前の世界で既に高校を卒業済みだし、この世界での高校生活がスタートしてから3ヶ月以上が経過したおかげで失っていた学業の感覚ももう取り戻せた。そのおかげか1学期の成績は全教科かなり良い方だった。
「まずは英語を頼む」
「おう、任せろ」
ナマエは泉に勉強を教えながら1時間を過ごした。
勉強が終わったら14時からは午後の練習開始だ。選手たちは再度アップから入る。マネジも再び水撒きをする必要がある。もちろんドリンクの補充も行う。午後練は浜田も参加してくれることになっている。浜田は外野ノック練習を手伝ってくれることになった。ナマエはノックをやる浜田へのボール渡し作業を担当してみんなの練習を手伝った。篠岡は内野ノックをやるモモカンへのボール渡しを行っている。ノック練習の後はバントシフトでのボール渡しやベーランのタイム読み上げ等の仕事があったが、それは篠岡に任せた。今日はナマエが米研ぎの担当だからだ。これまではおにぎり休憩は19時だったが、夏休みに入ってからは朝から練習を実施しているのでおにぎり休憩の時間も早めることになった。17時に休憩なのでそれに間に合うようにおにぎり作りをする必要がある。篠岡はベーランのタイム読み上げで手が離せないので今日はナマエ1人でおにぎり作りを行うことになった。
『甲子園優勝を目指す選手たちのマネジをやるんだから、忙しくなって当たり前だ!』
選手9名&モモカンの合計10名分の19個のおにぎりを1人で握りながらナマエはそんなことを考えていた。これまではおにぎり作りが終わったらマネジは先に上がらせてもらっていたが、夏休みの間はおにぎり配布が終わってもまだ17時。選手たちは20時半まで練習がある。マネジも19時までは練習に付き合うことになった。ドリンクの補充は欠かせないし、練習量が増える分ボールの痛みも早くなるのでボール磨き・ボール修理が欠かせないからだ。19時に最後のドリンク作成を行い蚊取り線香を取り替えたら、マネジの2人は選手たちより先に上がらせてもらう。おにぎり作成の時間は早くなったけど、上がる時間は夏休み前と同じだ。
「ナマエちゃん、元気出たみたいでよかった」
帰り道、校門に向かって自転車を漕ぎながら篠岡がナマエにそう言った。
「あ、うん!昨日はご心配をおかけしてすみません…。」
ナマエは昨日倉庫で篠岡の前で泣いたことを詫びた。
「アハハ、全然いいんだよー!」
篠岡はいつもの屈託のない笑顔で笑った。
「なんかねー、これから全国制覇を目指すんだって思ったらまたやる気出てきた!落ち込んでる場合じゃないなって思ったの。」
「わかるよ!練習きつくなった分マネジの仕事も増えたけど、頑張ってるみんなを見てるとこっちもやる気になるよね。」
「それなー!千代ちゃん、これからも一緒にがんばろーね!」
「うん、がんばろー!」
篠岡とナマエは顔を見合わせてニコッと笑い合った。自転車を漕いでると夏の夜風がひゅうひゅうと顔に当たって、それがとても心地よかった。
<END>