※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第26章」


 夏合宿3日目の朝、篠岡とナマエは昨日と同様に5時半に起きて身支度を整えてからキッチンに向かった。今日は食材を出すところから阿部と三橋の2人にやってもらうのでナマエたちは阿部と三橋が起きてくるのを待った。
「うーす」
昨日と同様に寝ぼけまなこの阿部と三橋がキッチンにやってきた。
「おはよ!今日は食材出すところからやってもらうよ!」
ナマエはさっそく2人に食材を探すように促した。まずはとろろを作るために山芋を出してもらう。
「ヤマイモ」
「山芋は…」
三橋と阿部が食材の入ったダンボールから山芋を探している。
「これか!?」
阿部が手に持っているのはゴボウだった。
「あ、ゴ、ゴボウ」
三橋が阿部に間違いを指摘した。
「ゴボウか」
阿部は"これがゴボウなのか"と言いたげにしげしげとゴボウを眺めている。
「あはは!阿部ってゴボウもわからないのっ!」
ナマエはまさか阿部がゴボウと山芋を間違えるとは思ってもいなくて思わず笑ってしまった。
「うっせ!」
阿部は顔を赤くしていた。
「お、ヤマ…イ」
三橋が取り出したのは里芋だった。
「それは里芋だよ」
篠岡が苦笑しながら指摘した。
『まあ、山芋と里芋の間違いくらいはまだ許せるかな』
ナマエも苦笑しながらそんなことを考えていた。
そんなこんなで最終的に三橋がようやく山芋を見つけ出した。
「三橋君、お手柄!」
ナマエは三橋を褒めた。
「お、おお…!」
三橋は頬を染めて口をひし形に尖らせて、いつもの不器用な笑顔で喜んだ。それからポタージュ作りに必要なカブとほうれん草とウィンナー、ハッシュドポテトに必要なジャガイモを阿部と三橋に取り出してもらった。
「じゃあ、まずはお米を研ごうか。昨日は三橋君がやったから今日は阿部君がやる?」
篠岡がそう提案した。
「じゃあ、その間に三橋君は野菜を洗おう」
ナマエは三橋にそう言った。それが終わったら、次は山芋をすりおろす。
「14人分のとろろを1人ですりおろすのは大変だから2人でパッパとやっちゃお!」
篠岡が言った。篠岡とナマエは阿部と三橋が山芋をすりおろすのを見守った。
「なんかちょっと手が痒いんだけど?」
「オ、オレも…」
山芋をすりおろし終わった阿部と三橋は腕をポリポリと掻き始めた。
「あー、それは山芋に含まれるシュウ酸カルシウムのせいだね。40℃くらいのお湯で洗ったらかゆみ取れるよ。」
ナマエが阿部と三橋にアドバイスした。2人は蛇口からお湯を出して腕を洗った。
「おお、たしかにマシになったぞ!」
ミョウジ、さん、あ…、ありがとう!」
「いーえ。じゃ、次はポタージュ作る人とハッシュドポテト作る人で分かれようか。どっちがどっちやる?」
ナマエは阿部と三橋に訊ねた。2人とも顔を見合わせている。
「じゃ、三橋君がポタージュで、阿部がハッシュドポテトでいい?」
ナマエが提案した。
「おう」
「う、うん」
阿部と三橋は頷いている。
「じゃ、私が三橋君の面倒見るから千代ちゃんは阿部の方をお願い」
「はいよー」
昨日、篠岡が阿部とナマエが仲の良さを気にしていたことを思い出したナマエは篠岡に阿部の面倒を任せてみることにした。そして三橋の調理の様子を見守りながら篠岡の様子もこっそり窺った。別に特段普段と変わった様子はない。
『うーん、私の思い違いかな?』
ナマエは篠岡が実は阿部のことを好きなんじゃないかという疑念を抱いていたのだが、今のところ阿部と2人で調理を行っている篠岡にそういった様子は見られなかった。
「てか三橋君って実は結構料理知ってる人?」
ナマエは三橋がほうれん草の下茹でを言われなくてもさらりとやってのけたところを見てそう言った。ナマエは4月に野球部のマネジになってから料理を習い始めた人間なのだが、最初はほうれん草にアク抜き・下茹でが必要だなんてことすら知らなかった。
「えっ、と…、す、少し…ダケ」
三橋はどもりながら答えた。
「家で料理することあるんだ?」
「た、たまに…。う、うちは、親…共働き、だ、から…。」
「へー、なるほどね!」
三橋は思っていたよりも料理ができたのでポタージュづくりもスムーズに進んだ。逆に阿部の方は完全に料理初心者のようで時間がかかっている。
「三橋君、ぶどうこっちでやっちゃおう」
「う、うん」
三橋はぶどうの実を房から一つずつ外してボウルに入れた後、流水で洗った。そして14人分の小鉢に盛り分けていった。そうしているうちに阿部のハッシュドポテト作りも完成に近づいたようなので、ナマエは三橋に作り終わったポタージュを再度温めてからお皿に盛り付けるように指示した。それが終わって阿部&篠岡ペアの方の様子を窺うと阿部はとろろを14人分の皿に取り分けていた。
「じゃ、三橋君はごはんの用意をしよう」
三橋は炊きあがった炊飯器の蓋を開け、ごはんをほぐしてからお茶碗によそい始めた。
『やっぱ、この子、全くの料理初心者じゃないな』
ナマエは三橋の調理の様子を見ながらそう思った。三橋がごはんをよそっているうちに阿部はとろろの取り分けが終わったようで、お皿に取り分けたとろろやポタージュ、ぶどう、ハッシュドポテトをテーブルにどんどん運んでいった。
「このへんも運んでいーよな?」
「う、うん…。あ、ありがとう、阿部君。」
阿部は三橋がお茶碗によそったごはんも運んでくれた。こうして2日目の朝食も無事に完成したのだった。
「今日も上手くいったじゃん!」
ナマエは出来上がった朝食を見て阿部と三橋を褒めた。
「おー、意外とできるもんだな。明日からは手伝いなしでオレと三橋でやるわ。」
阿部がそう言った。
「え、ホントに?大丈夫?」
ナマエは心配になってそう訊ねた。モモカンからは3日間は手伝うように言われているから、ナマエとしてはあと1日は手伝うつもりだったのだ。
「おー。万が一なんか問題起きたら電話で起こしていいか?」
「ああ、うん。そうして。困ったことあったら遠慮なく起こしてくれていいからね。」
ナマエはメモ帳に自分のケータイの電話番号を書いて阿部に渡した。
「サンキュ。あとでワン切りするわ。ワン切りの電話あったらそれオレの番号だから登録しといて。」
「はーい」
ここでナマエはハッとした。今、阿部とナマエがケータイの電話番号を交換したところを見て、篠岡はどう思っただろうか。気分を害してはいないだろうか。ナマエが恐る恐る篠岡の方を見ると早朝練から戻ってきたモモカンと選手たちをにこやかに迎え入れているところだった。
『やっぱ私の勘違いなのかな』
ナマエはもうこれ以上気にするのはやめようと思った。もし篠岡が自分から阿部のことを好きだとカミングアウトしてきたら、その時に考えればいい話だ。そうと決まったわけでもないのにナマエが変に阿部との接し方を意識しても無駄に消耗するだけだ。
 志賀先生が食堂に入ってきた。これで全員がテーブルに着いた。恒例の"うまそう"の儀式をやってからみんなで朝食を食べ始める。
『うん、おいしー!』
ナマエは阿部と三橋が作った朝食をおいしく平らげた。

 朝食を終えたら今日は夏大の準決勝の試合を観戦する。1試合目は千朶高校vs日農大付属高校の試合だ。
ミョウジ、ここでいいか?」
阿部がナマエに訊ねた。ナマエは今日は阿部の隣で観戦させてもらう約束をしてあるのだ。
「うん、いいよ。じゃ、お隣失礼しまーす!」
ナマエは阿部の隣に座った。
「千代ちゃんも一緒にこっちに座ろー?」
「うん…!」
篠岡はナマエの隣に座った。試合中、阿部と篠岡とナマエの3人は各々が調べた各校の情報を話して情報交換をした。試合は最初から千朶が優勢のまま進んでいった。そして千朶がそのまま勝利した。
「やっぱり千朶だったな」
阿部がそう言った。
「だねー」
「安定感あるね」
ナマエと篠岡がそれに同意した。1試合目が終わった頃、父母会の母親たちが昼食を持ってきてくれた。ナマエたちはお礼を言って昼食を受け取った。恒例の"うまそう"の儀式をやってから昼食を食べ始めると2試合目となる武蔵野第一高校vsARC学園高校のスタメンが発表された。榛名は今日は初回から登板するらしい。
『さすがの榛名も夏大の準決勝でARCと戦うのに4回からなんて舐めたことしないか』
ナマエはチラリと阿部の方を見た。阿部は榛名が先発と聞いて少しピクッと反応したように見えた。阿部が昼食を食べ終わったところでフラッと三橋がやってきた。
「…バッター、攻略…、見て…、2人…」
三橋は青ざめて汗をかきながら阿部にそう言った。
「わーった、わーった。座れ。」
阿部が三橋にそう言った。
「あ、私が退くから三橋君ここ座りなよ」
ナマエは阿部の隣を三橋に譲って、篠岡の向こう隣に座り直した。
「あ、ありがとう、ミョウジさん」
三橋はナマエが空けた阿部の隣の席に座った。

 2試合目がいよいよ始まった。ナマエと阿部の間には三橋と篠岡の2人がいて少し距離があるが、阿部はもともと声がデカいので阿部の解説もなんとか聞こえる。阿部と三橋は思ったより会話が弾んでいるようだった。
「っんだ、今の球ァ!ただの低目でARCの4番を打ちとれっと思ってんのか」
1回裏、ARCの攻撃で4番打者がツーベースヒットを打った後、阿部が声を荒げているのが聞こえた。さすが配給オタクの阿部は武蔵野第一の捕手のリードに文句があるらしい。続く5番にもヒットを打たれて阿部は唖然としている。…と、ここで捕手が交代となった。
「あ!あの人春大で榛名のブルペンの捕手をやってた人だ!」
ナマエは思わず口に出た。
「2年生の秋丸選手、ここ1年出場記録はないね」
篠岡がマネジ共有ノートを見ながらそう言った。
「そか、あの人が秋丸選手だったのね」
ナマエは前の世界で観たアニメおお振りに夏大抽選会場のトイレで三橋が榛名にぶつかるシーンがあったことを思い出しながら、『あの時の秋丸は優しくていいやつだったよな~』と思っていた。捕手が秋丸に変わった途端、榛名の投球の質が明らかに変わった。
「え、秋丸って人、何者なんだろ?秋丸選手相手ならあんな球投げられるなら最初から出しておけばよくない?」
ナマエは篠岡に言った。
「うーん、捕球の技術は高いけど他が町田選手より劣るとかで総合的には町田選手が上って判断なんじゃない?」
「そか、捕手っていっても捕るだけが仕事じゃないもんね」
ナマエは篠岡の説明を聞いて納得した。そうしている間にも阿部は三橋に色々と解説をしている。もちろんナマエも新聞やTVのニュースやインターネットで高校野球情報を日々収集をしているので知っている内容もあるが、阿部の見解が聞けるのはおもしろい。阿部もなかなかの高校野球オタクだ。ナマエは阿部の解説の声を聞き漏らさないように耳を澄ませた。三橋は一生懸命阿部に話しかけているのがわかった。
『お、いいぞ、三橋!がんばれ!』
ナマエは三橋のことを陰ながら応援した。
「前打たれたの、内角・高目、手ェ出してくれたら、いいボール?」
三橋が阿部にそう訊ねた。
「お前1打席目の配給覚えてんの?」
阿部が三橋にそう訊ねると三橋はたどたどしくも1打席目の配給をつらつらと述べた。ナマエは作成している配給表を確認する。合ってる。
「それ覚えててなんで毎度対戦校のデータが入ってこねえんだこの頭は!?」
阿部が三橋にウメボシを食らわせていた。
『三橋、スゲーじゃん。もしかして物語性があれば覚えられるタイプか?』
ナマエは今度から三橋に見せるデータは何らかの方法で物語性が残るような形にしてあげようと思った。その後も試合観戦は続く。ARCの3番打者塩入の打席では榛名は今まで投げたことのない変化球を見せた。
「え、千代ちゃん、今の球見た?あれなんだろ?」
「なんだろね。今まで投げてた球と違うよね。球種増えた?」
「もう1球見たいな。また投げないかな?」
今回配給表をつけているナマエは今の球が何かわからないので一旦仮のマークを使って表に記載した。その時、阿部が「オレに喋りゃいいだろうがあ」と三橋にウメボシを食らわした。
「え、なに?阿部どうしたの?」
ナマエは篠岡に状況を訊いてみた。
「三橋君が泉君に今の打席のこと訊こうとしたんだけど阿部君は隣に座ってる自分に訊けって言ってるみたい」
「へえ~」
ナマエは『なんで三橋は阿部に訊かなかったんだろ』と疑問に思い、再度阿部と三橋の様子に注目してみることにした。阿部は投球する榛名を見ながら、困惑したようなショックを受けたような何とも言えない複雑な表情をしていた。ナマエは三橋が阿部に話しかけられなかった理由を理解した。あんな思いつめたような顔してる阿部にはたしかに話しかけにくい。ナマエは予想していた通りになったと思った。榛名が野球を真剣にやっている姿を見たら、中学時代に榛名に振り回されて関東大会ベスト8の試合で裏切られた阿部はいい気分がするわけがなかった。阿部はみるみるうちにどよ~んとした空気を身に纏い始めた。三橋もそれを察しているようで、さっきまであんなに色々話しかけてたのに今は青ざめて黙っている。ナマエは阿部に声を掛けようかと思ったが、ナマエにもなんて声を掛けてやったら阿部の気持ちをなだめられるのか思いつかなかった。
6回裏、ARCの攻撃は榛名がフォアボールで先頭を出してしまった。ここで三橋が勇気を出して阿部に話しかけた。それのおかげで阿部のどんよりとした空気は少し和らいだ。
7回表、5番打者の打席で榛名はまた例の新しい変化球を投げた。
「でた!なんだろ、ツーシームか?カッターか?」
ナマエはそう口にしながら配給表を書き起こした。
「変化が小さくて応援席からだとあんまりよくわからないけど利き腕側に変化した気がするからツーシームかな?」
篠岡はオペラグラスを使って試合を観戦していた。
「あとで父母会が撮影してくれたビデオで確認しないとね」
ナマエはそう言って試合観戦に戻った。阿部と三橋も仲良く会話している。
『三橋もよく喋るようになったよなぁ』
ナマエは4月の頃のガチガチに緊張して誰とも目を合わせられなかった頃の三橋を思い出しながら、今の三橋を見てその成長っぷりに内心感激していた。
試合の状況は7回表で武蔵野第一が2点取り武蔵野第一に流れが来てるかと思いきや、7回裏でARCの3番打者塩入が3点を取り返した。今はARCが4点差をつけて勝っている。ここまでに秋丸のミスが続いているし、ついには三塁盗塁まで許してしまった。
「武蔵野第一の穴は秋丸だね。捕球以外はてんでダメだな。」
ナマエは篠岡に話しかけた。
「そうだね、やっぱり総合的には町田選手の方が上って感じだね」
篠岡も同意した。
試合は8回表で武蔵野第一が1点を返した。しかし、8回裏では榛名がデッドボールでARC先頭打者を塁に出してしまった。そのタイミングで捕手が秋丸から町田に交代となった。続いてARCの6番打者にもデッドボールを食らわせてしまった榛名。ARC7番打者はピッチャー前ゴロを打った。榛名はサードへ送球してセカンドランナーを刺そうとしたが暴投してしまった。結果無死満塁となる。
「榛名はスタミナ切れか?今まで80球制限してたツケがここで来てるかな?」
ナマエは篠岡に話を振った。
「うーん、その可能性も否定はできないよねえ」
ARCの8番打者はセンター前ヒットを打ってARCが1点を得た。その上でなお無死満塁だ。ARCの9番打者はピッチャー横のゴロを打った。これを武蔵野第一のショートが捕球した。二塁と一塁を刺すダブルプレーで武蔵野第一は二死を稼いだが、ARCのサードランナーはホームに帰ったためARCにさらに1点が入った。これでまた4点差だ。続くARCの1番打者はセーフティスクイズ成功でARCにさらに1得点。5点差で二死一塁。ARCの2番打者の打席の1~2球目でARCのファーストランナーは三塁まで盗塁を成功させた。二死三塁。そして3球目でARCの2番打者がヒットを打ってサードランナーがホームに帰った。6点差。あと1点でコールド試合になる。状況は二死一塁。3番打者塩入の打席の1球目でARCのファーストランナーが二塁盗塁。2球目で塩入がライトの頭を超えるツーベースヒットを打ってARCに11点目が入った。これでARCのコールド勝ちが決まった。
「コールド、決まったねえ」
「うん…」
篠岡とナマエは席から立ち上がり、モモカンを追いかけた。
『結果ARCのコールド勝ちだったけど、武蔵野第一もなかなか頑張ってたな』
一時はこのまま武蔵野第一が勝てちゃうんじゃないかとすら思った時もあった。
『榛名はこの試合完投した。阿部はこの試合を見てどう思っただろう。』
ナマエは阿部の方を振り返って見た。阿部と三橋はまだ席に座っていて何かを話していた。

「さあ、帰るよ!今日見た4チームに勝つイメージ持てるまで練習するからね!」
モモカンが部員にはつらつとした声で呼びかけた。
「はい!!」
大声で返答する選手たち。しかし、三橋だけ1人キョドキョドしている。
「カ、カッ、キャントク」
三橋がモモカンを呼んだ。
「呼んだ!?何!?」
「はの、オレ、オレ」
三橋はモジモジして言い出せないでいる。
「監督!武蔵野の榛名さんがシニアの先輩なんであいさつしてきてもいいですか!?」
阿部が三橋の言いたいことを代弁したようだ。
「ああ、そういえば…5分ね!」
モモカンは5分だけ時間の猶予をくれた。
『阿部と三橋と榛名が何かを話す!?』
ナマエは直感でここは何か大事な会話があるはずだと思った。一緒に話を聞きたい。それでナマエは咄嗟に阿部に声を掛けた。
「ねえ!私も一緒に行っていい?」
「は?なんで?」
「えっと…私も大会屈指の左腕投手と言われる榛名さんと話してみたいカナって…」
「ふうん。ま、別にいいけどよ。」
阿部は構わないと言ったので、ナマエは今度は三橋の方を向いた。
「三橋君も、私一緒に行ってもいい?」
「いい、よ…!」
こうしてナマエは阿部と三橋と一緒に榛名に会いに行った。榛名は父母会や応援に来ていた生徒たちにお礼を言った後、その輪の中から秋丸と一緒に出てきた。
「うおっ、う、わう」
三橋は榛名を目前にしてキョドっている。
「あ、タカヤだ」
榛名が阿部に気が付いた。
阿部と三橋とナマエは脱帽して榛名に挨拶した。榛名は三橋とナマエをみて"誰だ?"とでも言いたげな顔をしてる。
「あ、西浦のピッチャーの人」
秋丸が三橋のことを覚えていた。榛名にも夏大抽選会のトイレで会ったことを伝える。
「ああ!あっ、そーいやお前桐青に勝ったって!?」
「オッ、オ、レ、たち、勝ちました!」
「はー、世の中何が起こるかわかんねえな」
榛名は三橋を完全に見くびっていたようで三橋が桐青を抑えたと聞いて驚いていた。
「で、そちらの方は…西浦のマネジの子?」
秋丸がナマエを見て尋ねてきた。
「はい!ミョウジといいます!西浦高校野球部マネジやってます。」
ナマエはバッと頭を下げた。
「へー。んで、また観に来たのかよ」
榛名は阿部に話しかけた。
「ハア、チームで」
そう答えた阿部のヒョコヒョコした歩き方を見た榛名が「あ?怪我?」と気付いた。誤魔化そうとする阿部。榛名は三橋とナマエの方を向いて「どしたん?」と尋ねてきた。
「あのっ、ぶつかっ、て、ホームで、ヒザッ」
三橋がたどたどしく答える。
「ダッセ!クロスプレーでヒザやったンかよっ」
榛名は三橋語がわかるみたいだ。ケハハッと笑った。一呼吸おいて阿部が口を開いた。
「全力投球ですか、今日の球。最後の球が一番速かったと思います。中学ならあそこで全力はなかったッスよね。」
阿部のそのセリフを聞いたナマエは『うお、単刀直入に言うんだ!?』と阿部の方に顔を向けた。
「はァ?なんで?中学だろうがなんだろがあそこは全力だろ。」
「いやいや、成長したんスよ。だってあんたは負け試合だと判断したら1球だって全力じゃ投げねえって人間でしたよ。」
「何言ってんの?中学でオリャがんばりすぎて――……ああ!シニアん時のことかよ!」
「ったりめーでしょーが!!」
ナマエは阿部と榛名の会話を聞いてて『榛名って意外と天然ボケか?』と思った。
「今はちゃんとチームのために投げられてて良かったなってそんだけすよ」
絶対内心はそれだけじゃないくせにそう言って平静を装っている阿部。榛名はそんな阿部の内心に気付いて「本心と違うこと言っててキモチワリ」と返した。秋丸は阿部からシニア時代の榛名がどんな様子だったかを聞いて、榛名に「オレに一生懸命やれって言っておいて自分もシニアで同じことしてんじゃん」と言った。榛名は「オレは常に全力の真剣なんだよ」と返す。それを聞き捨てならない阿部。
「常にってこたないでしょ。関東の試合放り出したこともあったのに。」
阿部は核心に切り込んだ。榛名は「あれは初回で5点取られてコールドだった」と言った。
「元希さんが本気で投げてりゃ勝てたかもしれないスよ。なにも満塁にしたところで降りなくてもいいじゃないすか!エースが全力で引っ張ってくれりゃあ、流れなんか変えられます。」
阿部は長年抱え込んできた鬱憤をついに言葉にして吐き出した。
「――お前、それをずーっと怒ってんのか?」
「………っ」
「成長したとかチームのために投げてんならとか言っちゃって!ほんとはずーっと怒ってんだ!2年も前の話だぞ!」
「言わされただけっす!ほとんど忘れてましたよ!」
「もしかして最低扱いもそれで?」
「そうですよ。てめーの判断で試合の手ェ抜くやつなんか最低でしょうが。周りを完全に無視してますよ。オレたちに恨まれたって当然と思いますね。」
阿部はようやく本心を榛名に打ち明けた。ナマエはこれは阿部にとっていいことなはずだと思った。ずっと言葉にできずに1人で抱え込んできた感情を榛名本人にぶつけられた。この後の榛名の返答がどうであれ、これだけで阿部は中学のトラウマから一歩踏み出せたはずだ。
『さて…榛名はなんて返すかな』
ナマエは榛名の回答を待った。
「……そりゃあ、あん頃、オレ、性格悪かったんだよ。いまだにあん頃のこと色んな人に怒られっからさ、きっとオレがわりーんだ。おめーにも悪かったな。」
なんと榛名は阿部に謝った。ナマエはあの榛名が謝るとは思ってもいなくて仰天した。阿部も面食らっている。
「でーもーさーっ!」
榛名は"全力の球は使わなかったがコントロールは気を付けた"とか"あの日は一番長く投げた上に一番点取られてない"とか"負け試合で故障とかぜってーやだ"とか"80球は中坊にとっては当然の制限だ"とか"ボールぶつけたのは悪かったけど捕れないのはオレのせいじゃない"といった言い訳をつらつらと述べた。阿部は真っ青になってわなわなと震えている。
「コラ、いい加減にしろ!」
秋丸が榛名を窘めた。
「まァ、でも、練習相手になってくれたことはありがてーと思ってンよ。オメーが捕ったり捕れなかったりしたおかげでイヤな期間が1年で済んだっつーかな。」
阿部はその言葉を聞いて神妙な顔付きをしていた。
「ありがとう。そしてごめんなさい。もー恨むな!」
榛名は頭を下げてそう言った。ナマエは胸が熱くなった。その言葉は中学のシニアで傷付きトラウマを抱えて今日までやってきた阿部にとってとても大事な言葉だと思った。中学の関東大会の試合で『何のために痛い思いしてまで榛名の球を捕ってきたんだ』と自分の努力が裏切られた絶望を味わった阿部にとって、あれがただの徒労ではなく榛名の心を癒す手助けになれていたという事実を知れたことは阿部にとってもある種の救いになるだろう。ナマエはちょっと泣きそうになってしまって、慌てて帽子で顔を隠した。
「三橋、聞きてーこと聞けば?」
ここで阿部が三橋に声を掛けた。三橋は榛名に何か訊くことがあるらしい。
「おお、何?」
「あ、あの、あ、き、きっ、筋肉、さわっ、触っても、いーですか?」
「いーけど、あんま強くすんなよ、どの辺?」
「か、か、肩らへん」
榛名は少し屈んで左肩を三橋に向けた。
「し、失礼しま、す」
三橋は榛名の方に手を乗せた。頬を赤くして「や、や、やらわかい」と感激している。そんな三橋を見て榛名は満足気だ。阿部とナマエは「えーっと?」「なんだコレ」と顔を見合わせた。
「そーいや、ミョウジは?なんか話してみたいんだろ?」
阿部がナマエに訊ねた。
「お、なんだ?」
榛名がナマエの方を向いた。
「あ、いえ!あの…大会屈指の左腕と称されるあの榛名さんが一体どんな方なのか興味があってついてきただけなんです。今の阿部との会話聞かせてもらってどういうお人柄なのかはわかったので私は十分です。」
「へー、そんなんでいいんだ」
「あっ、じゃあ、せっかくなんで握手してもらえますか?」
ナマエはついてきておいて何もしないのももったいないかなと思ってそう切りだした。
「おお、いいよ。ほらよ。」
榛名は右手を差し出してきた。ナマエはその手を握った。
「ありがとうございます!」
ナマエは榛名に頭を下げた。
「わり、名前何つったっけ?」
ミョウジです。西浦高校1年のミョウジナマエです。」
ナマエは再度名乗った。
「ふーん、ナマエちゃんね。タカヤのことよろしくな。」
「はい!」
ナマエは元気に返事をした。そこに戸田北シニアの監督がやってきた。シニアの監督と榛名が会話を始めたので、阿部・三橋・ナマエの3人はここで撤退をすることにした。再度お辞儀をしてから榛名の元を去る。帰り道、阿部は三橋に"榛名に訊きたかったことは何だったのか"と訊ねた。三橋は「速い球の秘密」と答える。
「ええ?それ聞いてないじゃん!」
「き、聞いた、よ」
「いつ!」
「さ、さっき」
阿部は困惑の表情を浮かべている。
「さっき榛名さんの筋肉触ってたのがそれってこと?」
ナマエが三橋に訊ねた。三橋はコクッコクッと何度も頷いた。
「で、どうだったんだ?」
阿部が三橋に訊ねた。
「だから、オレ、阿部君、オレは、振りかぶって投げる!」
三橋は凛とした顔でそう断言した。ナマエは『うお、ついにここにきてタイトルの伏線回収かッ!』と感激していた。だが阿部だけは「イヤちょっとさ、何がどーしたのか、さっぱりわからなくてイラッとすんだけど!」と三橋に説明を求めた。三橋はしどろもどろになりながら説明をする。
「振りかぶって筋肉ない分少しでも補おうってことか?」
阿部が尋ねた。
「………」
考え中の三橋。
「………」
待つ阿部。
「うんっ」
コクッ頷く三橋。阿部はちゃんと待てた自分にガッツポーズをしていた。
「でもお前の目指す方向考えたらオレもそれがいいと思うよ」
「おっ、ほ、ほんとっ」
三橋は顔を赤くして嬉しそうだ。
「勝手に投げ込むなよ。監督にも見てもらいながら慎重にフォーム変えていくんだぞ。」
「阿部君、あっ、ありがとうっ」
三橋は顔を赤く染めながらニカッと笑った。いつものひし形のお口の不器用な笑顔じゃなくて、本物の笑顔だ。数日前に阿部の家にお見舞いに行った時に見せた時のあの笑顔だ。
『はぇ!?か、か、かわいいーー!!』
ナマエはその笑顔を見て胸がキュンとなった。だが阿部は平然と「何がだよっ、別に当たり前のことしか言ってないし」と言いスタスタと先に歩いて行ってしまった。ナマエは阿部を追いかけた。
「ええ、阿部、今の三橋君の笑顔見てなんでそんな平然としていられるの?」
「は?何が?」
「私はめちゃめちゃ胸キュンしてしまったんですけど!ときめいた!」
ナマエは両手で心臓を抑えた。
「は?お前三橋のこと好きなの?」
阿部がナマエの顔をまじまじと見た。
「そりゃ好きだよ。恋愛感情じゃないよ。阿部だって三橋君のこと好きでしょう。それと一緒。」
阿部は"阿部だって三橋君のこと好きでしょう"と言われたのが恥ずかしかったのか、一瞬少しだけ頬が赤くなった。でもすぐにいつもの仏頂面に戻って後ろを歩いている三橋の方を振り向いた。
「そーいやオレもやってみてーことあんだけど」
「おおっ、な、なんだっ」
「お前の4つ目の変化球、春までにモノにしようぜ!」
ナマエは4つ目の変化球と聞いて前の世界で観たアニメおお振りの1話を思い出した。
『そうだ、三橋は変化球4つあるはずなのにこれまでカーブ、スライダー、シュートの3つしか使ってない。もう1つあるはずなんだ。』
「三橋君の4つ目の変化球って何…!?」
ナマエは三橋に訊ねた。
「ナ、ナ、ナッ、クル、カーブ…!」
三橋は顔を赤くしながら恥ずかしそうに答えた。
「ナックルカーブ練習中なの!すっごーい!」
ナマエは4月に野球部のマネジになってから毎日コツコツ野球の勉強をしてきたので変化球の種類についてももうある程度の知識を持っている。ナックルカーブを投げられる高校球児がどれだけレアかもわかる。
「三橋君、がんばろーね!」
「う、うん…!」
三橋は頬を赤く染めて口をひし形に尖らせて嬉しそうに笑った。
「さー、行こうぜ。もう5分以上経っちまってる。監督に怒られっぞ。」
「お!?」
「それはまずい…!」
阿部・三橋・ナマエの3人は急ぎ足でモモカンと選手たちが待っている場所へ向かった。

<END>