※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:今回は少し阿部夢っぽいかもしれません※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第27章」


 夏大準決勝の試合観戦後、武蔵野第一の榛名と会話した阿部・三橋・ナマエの3人は慌ててモモカンと他の選手たちが待っている場所へと戻った。
「遅い!」
モモカンは戻ってきた3人をそう叱った。阿部・三橋・ナマエの3人は「スンマセン!」と頭を下げる。
「じゃー、いつも通り走って帰るよー!」
試合観戦の後はいつも選手たちはランニングしながら帰る。怪我してる阿部・モモカン・篠岡・ナマエは自転車だ。
「にしうらー!ファイ!」
「オッ」
「ファイ!」
「オッ」
「ファイ!」
「オーッ!」
ランニングしながら全員で大きな声で声出しをする。最初の頃は声出しを恥ずかしがっていた選手たちも今ではすっかり慣れたようだ。

 学校の裏グラに到着したら少し休憩を取ってからミーティングを開いて今日の試合観戦の感想や対策について語り合った。それが終わったら練習開始だ。マネジの篠岡とナマエは水撒きとジャグのドリンク設置を行った。それから投球フォームを改造すると言い出した三橋のフォームチェックのためにナマエはビデオ撮影を行うことになった。
「だめね!まだ力みがある!」
モモカンがそう言った。当然だ。そう簡単にフォーム改造が完了するはずがない。田島曰くむしろ球威は落ちてるしコントロールも悪くなっているという。そこにキャッチャー防具を身に着けた阿部が登場した。
「監督!1球だけいいすか!」
「ダーメ!ったく聞き分けないねェ。自分のメニューに戻んなさい!」
モモカンは阿部の申し出を却下した。阿部はしょんぼりしながら帰っていった。今日の阿部のメニューは筋トレルームで筋トレのはずなのだ。花井や田島はモモカンと振りかぶって投げることのデメリットについて話をする。それを聞いている三橋はだんだん小さくなっていく。
「ハッキリ言って振りかぶることのメリットはない!…と言ってもいいと思う。けど、三橋君どうする?」
モモカンにそう問われた三橋はビビビと背筋を伸ばした。
「オ、レは、振りかぶって、な、投げます!」
三橋はキラキラを星を飛ばしていて、その決意は変わらないみたいだ。
『三橋…!か、かわいい…!』
ナマエはそんな三橋のことを見ていて胸がホカッとした。モモカンは三橋の意向を尊重してやらせてあげると言う。
「ま、振りかぶった方がゲンミツにかっちょいーしな!」
田島は笑顔でそう言った。
「うおっ、うんっ」
三橋は顔を赤くしてコクッと頷いた。
「私も賛成!だって三橋君がこんなキラキラしてるんだもん!絶対マイナスにならないよ!」
ナマエは三橋の顔を見ながらニコッと笑った。
「あのなっ、オレだってやめろっつってねーし!」
花井がそう弁明した。
「おおっ、な!」
「そだねー」
田島と沖がそれに答える。モモカンは「ただ、明日の練習試合はノーワインドアップで投げましょう」と指示を出した。今日のブルペンはこれで終わりだ。ブルペンの4人もこれから打撃練習に混ざる。ナマエも打撃練の手伝いでピッチングマシンにボールを入れる役割を担当した。その後も色々と選手たちの練習を手伝ったり、空いてる時間はボール磨き・ボール修理をしたりしてその日の練習を終えた。18時過ぎには夕食の時間になった。三橋は筋トレルームで筋トレ中の阿部を迎えに行く。その後ろ姿を見ながらナマエは阿部と三橋が前よりも仲良くなった感じがして胸がホクホクした。

 阿部と三橋以外の全員が食卓についた。しかし、なかなか夕食の席にやってこない阿部と三橋。
『2人で何を話してるのかな…』
ナマエは阿部と三橋が何か話し込んでいることに気付いた。何を話しているのか気になった。
「私、筋トレルーム見に行ってきますね」
ナマエはそう言って席を立って筋トレルームに向かった。こっそりとドアを開けると阿部と三橋の会話が聞こえてくる。
「阿部君が組んでなかったら、榛名さんすごく、遠い人だ。阿部君いたらすぐ近くに思える。」
「そーかもな」
「戦える、相手だ。オレは、負けない!」
三橋はナマエが立っているドア側には背中を向けていて、ナマエからは三橋の表情は見えない。でもキッパリと"負けない"と宣言した三橋の声は力強くて、それを見つめる阿部の表情も神妙な面持ちだった。ナマエは三橋があの榛名相手でも負けないだなんてそんな強気な発言をするとは思ってもいなかったので驚いて制止してしまった。それと同時に入学初日の初対面の日には"甲子園なんて無理"と言っていた頃の三橋を思い出して、今の三橋がいかに成長を遂げたか実感して胸がじーんと熱くなった。
「あ、ミョウジ
阿部がドアをちょこっと開けているナマエに気が付いた。
「あ、ごめん、立ち聞きしちゃった…。夕食、みんな2人のこと待ってるよ!」
ナマエはそう答えた。
「おおっ」
三橋は夕食と聞いて嬉しそうに走り出した。
「わりーな」
阿部はナマエの隣に並びながら、待たせたことを詫びた。
「ううん、こっちも立ち聞きごめん…。でも、なんかすごくいいセリフ聞けちゃった。」
ナマエは三橋の"戦える、相手だ。オレは、負けない!"というセリフを何度も頭の中で反芻した。目頭が熱くなってきた。
「なに泣いてんだテメーは」
阿部は目に涙を浮かべるナマエをみて呆れたようにそう言った。
「だってさ…っ、あの三橋君があんなこと言って…!あの子って本当にえらい子だよね…っ!」
泣きそうになっていることを指摘されてしまったら、逆にナマエは涙が堪えらえなくなってしまって泣き出した。
「あーあー、これからみんなのところ戻るっつーのに、そんな泣いてどーすんだよ」
「ちょっと、そのタオル貸して」
「いや、オレこれで汗拭いたばっかだから汚ねえって」
「端っこのところ使う」
「ったく」
阿部は自分の着ているアンダーの裾を捲り上げてアンダーの端でナマエの涙を拭った。
「これ今着替えたばっかりだから、汗拭いたタオルよりこっちのがまだいーだろ」
阿部はナマエの顔の涙を拭うためにアンダーの裾を捲り上げているので阿部の腹部がチラリと見える。割れた腹筋が見えた。そして当然だが阿部の着ているアンダーなので阿部の匂いがふわっと香ってきた。今の阿部とナマエはすごく距離が近い。ナマエはこの状況でつい阿部のことを異性として意識してしまい、急に恥ずかしくなってきた。三橋のセリフで感銘を受けて出た涙も恥ずかしさで引っ込んだ。
「あ、ごめん、ありがとう。もう大丈夫。」
ナマエは阿部から一歩離れて顔をそむけた。
「おお」
「じゃあ、食堂行こう!ホントにみんなが待ってるから!」
ナマエは阿部に背を向けて食堂に向かって駆け出した。阿部がそんなナマエを追いかける。当然、運動部員の阿部の方が足が速くてナマエに並ぶ形になった。
ミョウジ、こっち向いてみろ」
阿部は食堂に向かって走りながら隣のナマエの顔を覗き込んだ。
「な、に…?」
ナマエはさっき阿部のことを異性として意識してしまったせいで顔が赤いんじゃないかと心配になりながら阿部に顔を向けた。
「その顔なら泣いてたことはバレなさそうだな」
阿部はナマエの顔を見てニッと笑った。
「ああ、そのことか」
ナマエは顔が赤いとか恥ずかしがってたことを指摘されなくてホッと一安心した。
「他に何があんだよ」
「なんでもないよ~」
阿部とナマエが食堂に到着するとみんなが「おせーぞ」「早く!」「超腹減ったー!」とぶーぶー文句を垂れ始めた。阿部は「わりー」と言いながら席に着いた。そうして全員がようやく食卓についたところで恒例の"うまそう"の儀式をやって夕食を食べ始めた。夕食を食べながらナマエはチラリと阿部の顔を見る。
『さっきのは…あんな状況だったから意識しちゃっただけだよね…。阿部は私の推しキャラだけど恋愛じゃないよ…。だって阿部は高校生男子。リアルの私よりもずっと年下だもん。』
そう思いながらもナマエは阿部の顔を見るとあの時のことを思い返してしまって胸がドキドキした。

「あ、ミョウジ!」
夕食を食べ終わって19時からの勉強会の最中、阿部がナマエに話しかけてきた。ナマエは先ほどの出来事をまだ意識してしまっているのでギクッとなる。
「さっきケータイにワン切りの電話掛けたんだけど、見たか?」
阿部はそんなナマエに構わず話しかける。
「えっ、見てないや。ちょっと待って。」
ナマエはポケットからケータイを取り出した。
「あ、来てる!これ?」
ナマエは阿部にケータイの不在着信の画面を見せた。
「おー、それ!明日の朝、なんかあったら連絡するからよろしく!」
「はーい」
ナマエはその不在着信の電話番号を連絡帳に登録した。その様子を隣で見ていた泉が口を開く。この合宿中、勉強会の時間はナマエは泉に勉強を教えて過ごしているのだ。
「明日から阿部と三橋で朝メシ作んの?」
「そー。もう2人でできるってさ。」
「まじかー。明日ちゃんとした食いもん出てくっかなー。」
泉は不安そうだ。
「あははっ、でも三橋君はたまに家でも料理するみたいだよ」
「えっ、そーなん?」
「両親が共働きだからやる時あるんだってさ。それにいざとなったら私のこと電話で起こしてって言ってあるし、最悪の場合でもごはん、納豆、ヨーグルト、果物さえあれば何とかなるっしょ。ちゃんと食べられるものが出てくるって!」
「ま、それもそーだな」
泉とナマエは勉強を再開した。

 翌朝、夏合宿4日目、ナマエは阿部と三橋の2人きりでの朝食作りが上手くいっているか心配で予定よりも早く目が覚めてしまった。念のためケータイをチェックするが阿部からの着信はない。ナマエはキッチンに2人の様子を見に行こうか迷ったが、モモカンが"なるべく2人にやらせること!"と言っていたことを思い出して、グッと我慢した。起床の時刻まで布団に横になって目をつぶって過ごした。朝食の30分前になってケータイのアラームが鳴ったら篠岡と一緒に布団から起き上がって顔を洗ったり髪を梳かしたりして身支度を整える。それが終わったらナマエは篠岡とキッチンに向かった。キッチンでは阿部と三橋が料理をテーブルに運んでいるところだった。ナマエはカウンター越しにキッチンを覗き込み、出来上がった料理を確認する。
「ちゃんとできたじゃん!」
ナマエは予想以上の朝食の仕上がりに感激した。阿部と三橋の成長が自分のことのように嬉しかった。
「餃子の皮、破いちまったけどな」
阿部がキッチンからテーブルにお皿を運びながらそう言った。
「あ、ホントだ。一部破けてるや。これ阿部?」
「オレ。三橋に叱られたぜ。」
阿部はニヤッと笑いながら言った。
「あはは!三橋君に叱られたの!何それ、見たかったー!」
ナマエはお腹を抱えて笑った。
「三橋、お前、朝食の前に餃子の皮破ったのオレだってみんなに言えよ」
阿部はキッチンで豚汁をお椀に取り分けている三橋にそう声を掛けた。
「う?え、う、うん…!」
三橋が返事をした。
「阿部、ちゃんと自分がやらかしたってみんなに言うんだねー!えらい、えらい!」
ナマエはアハハッと笑いながら隣の篠岡に「ねー?」と話しかけた。篠岡もケラケラと笑っている。

 阿部と三橋がテーブルに朝食を並べ終えた頃、朝練を終えた選手たちとモモカンがぞろぞろと食堂にやってきた。
「へーすげー」
「ちゃんとしてるっ」
選手たちも阿部と三橋が2人で作った朝食の出来上がりに感動しているようだった。
「みそ汁はおかわりちょっとありますっ。ほうれん草はお醤油どーぞ。餃子の皮破けたのは阿部君、ですっ。」
三橋がそう言うとドヨッと笑いが起きた。「阿部かーっ」という声が聞こえる。ナマエもクスクスと笑った。
「ゴハン、おかわり、して下さいっ!」
「おおっ」
「うまそう!」
「いただきます!」
みんなで一斉に朝食を食べ始めた。
「お、おいしーじゃん!」
豚汁を一口食べてナマエはそう言葉にした。隣の篠岡も「ね、おいしいね!」とニコニコ笑っている。他のみんなも「うまい」と言いながらばくばく食べておかわりしてあっという間に朝食を食べ終わった。朝食後の食器洗いも阿部と三橋が担当する。
「ごちそうさま。この調子ならもう大丈夫だと思うけど、明日以降もなんかあったら電話で私たちのこと起こしていいからね!」
ナマエはキッチンカウンター越しに食器洗いをしている阿部と三橋に声を掛けた。
「おー、サンキュ!でも、もう平気そーだぜ!三橋が結構料理知ってんだよ。」
阿部がナマエにそう返事した。
「おー、三橋君すごいじゃん!」
「う、は、へへ…」
三橋は顔を赤らめていつもの不器用な笑顔で笑った。

 朝食後は練習開始だ。とはいえ今日は練習試合があるので試合前の練習は比較的軽めのものを行う。ブルペンでは昨日と同様に三橋のワインドアップ投球の練習をすることになった。ナマエは昨日と同じくビデオで三橋の投球フォーム撮影を行った。15球ワインドアップで投げたところで、モモカンが残りはノーワインドアップでの投球練習に切り替えようと提案した。ナマエはノーワインドアップでの投球ならビデオ撮影は要らないなと思い、他の仕事に移ろうとした。そこにキャッチャー防具を身に着けた阿部が登場した。
「監督!」
「はい!…って、ダメって言ってるでしょ!」
「外れた球は捕りに行きません。膝は当たっても大丈夫なようにセーフティカップをサポーターで巻きました!」
阿部はセーフティカップを着けてもっこりとした膝をモモカンに見せつけた。田島はそれを見てゲラゲラを笑い出す。ナマエも笑いそうになってしまい、慌てて顔を逸らした。
「じゃあ、3球だけね」
モモカンは阿部のあまりの熱意に心動かされたのか少しだけならと許してくれた。ナマエは再びビデオ撮影の準備をした。阿部の方もブロックを2段重ねにして座り、捕球の準備ができた。三橋が阿部にワインドアップでの投球を開始する。
1球目、スパァンッといい音を立てて三橋の投球が阿部のミットのど真ん中に決まった。これにはモモカンも田島も花井も目を見開いた。もちろん、ビデオ撮影しているナマエもだ。昨日ワインドアップでの投球を練習した三橋は球威もコントロールも下がってしまっていた。こんなにキレイにミットに決まったのは今回が初めてだ。
「今のはよかったよ!その調子でもう1球!」
モモカンが三橋に声を掛ける。
2球目、これもスパァンッといい音を立てて阿部のミットのど真ん中に決まった。三橋の顔を見ると投球が上手くいって気持ちいいのか気分が高揚しているように見えた。実際、見てるナマエも気持ちが良くなるような、すごくいい投球ができている。
3球目、これもいい球が決まった。球威も上がってるし、コントロールも戻っている。阿部はもっと投げさせていいかとモモカンに問い、モモカンもこれを許可した。合計で20球やって全部いい球が投げられた。それを見たモモカンは方針を変更し、今日の練習試合はワインドアップで投げてみることになった。
 ブルペンが終わったら練習試合に向けて準備を開始する。バットやヘルメットを専用ケースにしまったり、クーラーボックスにドリンクや氷や保冷剤を詰めたりした後、モモカンの車に積み込みするのだ。準備をしながらナマエは阿部に話しかけた。
「三橋君、阿部が捕ったらいい投球ができるようになったね。やっぱり信頼感のなせるワザですか?捕手冥利に尽きるでしょ?ね?ね?」
ナマエは阿部を肘で小突いた。
ミョウジ、うっぜ!」
そういう阿部は頬が若干赤く染まっている。
「あはは!照れてる!阿部かわいーね!」
「おまえなぁ~」
阿部はナマエの額にデコピンをした。
「ちょ、痛ッ!阿部のデコピン超痛いんですけど!」
「よく言われる」
「ちょっと~!手加減してよ!」
「よし、じゃあ次は手加減してやるからその手をどけろ」
阿部は痛くて額を手で抑えているナマエにそう言った。
「いやいやいや、2回もやらせないよ!」
ナマエは阿部の右腕を掴んだ。デコピンをしようとする阿部と阻止しようとするナマエで軽く取っ組み合いになる。
「あー、阿部とミョウジがいちゃついてるー!」
水谷がそんな2人を指さしてそう言った。
「「いちゃついてない!!」」
阿部とナマエは口を揃えてそう言った。
「ほらー!なんか2人って仲良いよな。」
水谷が"いちゃついてる"なんて表現をしたせいでナマエは昨日の筋トレルーム前での出来事を思い出してしまい、自分の顔が火照ってくるのを感じた。幸いなことに通りかかった花井が「オメーら、遊んでないでさっさと準備進めろよ」と叱ってくれたのでナマエはそそくさと練習試合の準備に戻った。

 鴻巣中央高校との練習試合、ナマエは今日はスコア表をつける係だ。練習試合中も西浦高校の攻撃中は三橋はできる限りブルペンで阿部を相手にワインドアップでの投球練習をしていた。三橋はワインドアップでも上手く投球ができて、練習試合も5-3で勝利した。ランチはマネジの篠岡とナマエも選手たちと一緒にお弁当を食べる。今日の練習試合の三橋の投球を見た選手の1人から「三橋は振りかぶることにしたわけ?」と質問が飛んできた。
「オレ、振りかぶるん、だ!」
三橋は元気よく返事する。
「いやさ、そいで昨日投げてみたんだけどなんかだめだったんだよ」
花井が事の経緯を説明し始めた。
「だけど今朝いー感じだったの、阿部が捕ったら、な!」
田島が花井の言葉に続けてそう言った。
「う、うん!」
三橋が返事をした。その隣で阿部は頬を赤く染めて照れている。ナマエはそんな阿部をからかいたくなったが、また水谷に"いちゃついてる"とか言われたら困るので黙っておいた。三橋は阿部から「2試合目も攻撃中はブルペン入んぞ。いークセつけちゃおう!」と声を掛けられて元気に「おう!」と笑顔で返事していた。
「ひゃー、三橋君、めっちゃいい笑顔じゃん!かわいい!」
ナマエは思ったことをそのまま口にした。
「オッ、か、かわ…!?」
「おっと、ごめんごめん。男子高校生にかわいいは厳禁でしたわ。」
ナマエは三橋が動揺している姿を見て、"かわいい"と言ってしまったことを謝罪した。
「とか言って、オメー、さっきオレのことかわいい呼ばわりしやがったかんな」
阿部がナマエに釘をさした。
「それはデコピン食らったからもうチャラだもんねー!」
ナマエは阿部に向かってベーッと舌を出した。
「テメーなぁ…」
そんな風に阿部と会話しているとまた水谷が「あー!ほらー!そこ2人!」と冷やかし始めたのでナマエは阿部との会話を切り上げた。
 お弁当を食べ終わったら、また午後からもう1つ練習試合がある。移動のためにモモカンの車に荷物を積み上げて、篠岡とナマエはモモカンの車で次の練習相手の学校まで移動した。選手たちは電車で移動する。午後の練習試合ではスコア表は篠岡が担当し、ナマエは配給表作成やジャグのドリンク補充などを行った。
 練習試合の後は学校に帰って午後練開始だ。マネジの篠岡とナマエはいつも通りに水撒きとジャグの設置をした。そしてその後は管理室にこもって、昨日観戦した準決勝の試合のビデオを見ながら配給表を書き起こした。ついでに昨日榛名が投げていた新しい変化球についても調査する。
「やっぱツーシームだよね?」
ナマエは篠岡に確認した。
「うん、私もそうだと思う。」
篠岡もナマエと同意見だった。残りの時間は今日行われた決勝の試合(ARC学園高校vs千朶高校)を録画しておいたので、夕食の時間までビデオで決勝戦のスコア表と配給表の作成を行った。

 今日の20時からの夜練は卓球だ。いつもならこの時間の篠岡とナマエはお風呂に入るのだが、今日の篠岡は花井と水谷に体育祭で応援班が踊る連ダンスを教えなければならないらしい。3人は7組の応援班に入ってしまったそうだ。ナマエは応援班には入っていないので先にお風呂に入らせてもらうことにした。その代わり今日の21時のおにぎり配布とトレー片づけはナマエが1人でやることになった。篠岡にはその間にお風呂に入ってもらう。
「おつかれ!おにぎり持ってきたよー!」
ナマエが声を掛けると選手たちがワッと一斉に集まった。
「連ダンの練習どうだった?」
ナマエは一番最初に寄ってきた水谷に話しかけた。
「おー、結構楽しかった!」
水谷はよっぽど連ダンが楽しかったのかなんだかウキウキして見えた。ナマエは今日の日中に水谷に阿部との仲をからかわれたことを思い出し、逆にからかってやろうと思って口を開いた。
「さては千代ちゃんとダンスしていちゃいちゃして、それが嬉しかったんだろー?」
ナマエはニィッと笑った。ナマエは水谷はいつものヘラッとした笑顔で「そんなんじゃないよー」と言い返してくるかと思った。しかし、水谷はギョッとした顔でナマエの方を見つめて固まっていた。
「え、ちょっと?なに?ただの冗談だよ?」
「え、じょ、冗談…!」
水谷はそう言ってふにゃりと座り込んだ。
「え、ちょっと、水谷?どした?」
ナマエは慌てて水谷に声を掛けた。その間にも他の選手たちがトレーに載せたおにぎりを取っていく。トレーが空になったのでナマエはしゃがみこんでいる水谷の隣に座って水谷の顔を覗き込もうとした。
「ちょっと、今こっち見ないで」
そう言う水谷は顔が赤くなっているように見えた。
『これは…図星だったってことだな。水谷って千代ちゃんのことガチで好きだったんだ…!』
水谷の様子を見てナマエは察しがついた。
「やっぱ篠岡だったか」
泉がそばに寄ってきてそう言った。
「泉君、知ってたの?」
ナマエは泉に訊ねた。
「おー、チームの目標決める時にな、ミョウジと篠岡のためにも甲子園優勝に変えないとなって冗談で言ったらこいつ過剰反応してさ。そんで、どっちかだなって思ってたんだよ。」
「2人とも!この件はどうか他言無用で…!」
水谷が涙目になりながら泉とナマエにそう言った。まだ少し顔が赤い。
「わーってるって!」
「言わないよー。からかってゴメンね!」
そう言いながら泉とナマエは顔を見合わせた。
「でも、お前、そんなわかりやすくて大丈夫か?」
泉が水谷に言った。
「もうちょっとうまく誤魔化せないとね~」
ナマエもクスッと笑った。水谷は「…精進します」と答えたのだった。
 その後、ナマエはおにぎりを載せていたトレーを食器洗剤で洗って女子の宿泊部屋へと戻った。お風呂上がりの篠岡がドライヤーで髪を乾かしている。ナマエは篠岡の姿を眺めながら、水谷のことを考えた。
『千代ちゃんは水谷のことどう思ってるのかな?てか千代ちゃんには好きな人はいるのかな?……阿部のことが好きなんじゃないかっていう私の疑念は合ってたりするのかな…。』
ナマエは先日篠岡が阿部とナマエの仲の良さを羨むような素振りを見せたことから、篠岡が阿部のことを好きなんじゃないかという疑念を抱いていた。それと同時に、もしそうだった場合に手放しで喜べない自分がいることにも気付いていた。"好きな子誰?"なんて修学旅行や合宿での夜の定番の話題なわけだが、今のナマエには篠岡にそれを訊く勇気はなかった。もしそれが阿部だと答えられた時に自分がどうしたらいいのかわからないからだ。しかも、昨日の筋トレルーム前での出来事を経て、手放しで喜べない理由が単に"阿部には恋愛なんか興味持たずに野球一筋でいてほしい"だけじゃないかもしれないとも思い始めていたのだった。
『いや、まさか!そんなはず…!相手は高校生だぞ!』
ナマエは自分の胸に浮かんだ疑惑を否定した。
ナマエちゃんどうしたの?そろそろ夜のミーティングの時間だから行こうよ。」
いつの間にか髪を乾かし終わっていた篠岡がナマエに声を掛けた。
「あ、ごめん、ボケッとしてたわ」
ナマエはミーティングに参加するため篠岡の後をついていった。ミーティング中はその内容をメモに取り、それが終わったら女子の宿泊部屋に戻って布団を敷いた。布団に入ったナマエは目を閉じた。すぐに眠気がやってきて眠りに落ちた。結論は一旦先延ばしだ。

西浦高校野球部、夏合宿4日目終了。

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