「おお振りの世界に異世界トリップ 第31章」
8月4日、ナマエは朝9時の練習開始前のミーティングに顔を出した後はすぐに数学準備室へと向かった。しおり作成の続きを行うためだ。スケジュールと持ち物一覧は作成が終わったので他に"今回の旅行の目的"を書いたり、参加メンバー一覧を作ったり、緊急連絡先としてモモカンと志賀先生のケータイ番号を載せたりした。また、今回の旅行の目的地である甲子園球場に関する情報や宿泊するホテルの情報、合同練習の相手である桃李高校・波里高校・泰然高校の3校に関する情報も参考として記載しておいた。
『あとは1日目の集合場所の情報と、行きと帰りの夜行バスの乗り場に関する情報も載せるか。それから表紙も作って…あとは何が必要かな?』
ナマエはインターネットブラウザを使って"旅のしおり 内容"と検索してみた。その結果、注意事項やメモ欄(フリースペース)があった方がいいという記載を見つけた。
『なるほど、じゃあそれも追加するか』
そうしてナマエは旅のしおりを作り終えた。時刻は11時半になろうとしているところだった。
「志賀先生、しおりの作成終わったんですけど、監督に見せる前に先生もチェックしてもらえますか?」
「おお、いいよ。どれどれ。」
ナマエは志賀先生にノートパソコンごと渡してワードファイルを見せた。
「うん、よく出来てるね。ミョウジは本当に優秀だな。」
「ありがとうございます!じゃあ、私はパソコンルームで印刷かけてきます。」
ナマエはパソコンルームで旅のしおりを印刷してから数学準備室に帰ってきた。篠岡が来ている。ナマエが時計を見ると時刻は11時50分だった。篠岡はドリンク作成とみんなのお弁当回収のために数学準備室へやってきたようだ。
「ナマエちゃん、もうお昼だよ。お弁当食べよ!」
「うん!今しおり作り終わって印刷してきたところなんだー。」
「おおっ、もう終わったの?見せて見せて~。」
「うん!千代ちゃんにもチェックしてほしいって思ってたんだよね。お昼食べながら見てもらえる?」
「もちろん!」
ナマエは篠岡と一緒に裏グラへと向かった。選手たちと一緒にランチを食べながら、ナマエは篠岡に印刷してきたばかりの旅のしおりを手渡した。篠岡はお弁当を食べながら資料に目を通してくれた。
「どうかな?なんか指摘事項とかある?」
「ううん、ないよ。短期間のうちに立派なしおりが出来上がっててびっくり!さすがナマエちゃんだね!」
「おー、よかった」
ナマエはホッと胸を撫でおろした。
14時からは午後練習を開始する。ナマエはさっそく印刷した資料を持ってモモカンのところへと向かった。
「監督、しおりの作成終わりました!ご確認お願いします!」
ナマエはしおりを差し出しながらモモカンに頭を下げた。
「ありがとう!今日中にチェックして赤ペン入れて明日返すね。」
「はいっ!」
「じゃあナマエちゃんも今日の午後は通常のマネジ業務に戻りましょうか。あ、そうだ、新人戦1回戦の対戦校のデータ収集も始めておいてくれる?ま、戸田市立は強豪校じゃないからあまり露出はないでしょうし、できる限りでいいからね。」
「承知しました。できる限りがんばります!」
ナマエはベンチに戻ったらさっそくノートパソコンを取り出して戸田市立の情報収集を始めた。水撒きを終えた篠岡がベンチに帰ってきたら先程モモカンから言われた内容を篠岡にも連携した。
「あ、戸田市立について私も調べたことがあるから情報共有しよう」
篠岡はノートをぱらぱらと捲り始めた。そうして篠岡とナマエは戸田市立についての情報収集・共有およびに資料作りに着手したのだった。
翌日8月5日、朝9時に裏グラに到着したモモカンは旅のしおりをナマエに返却してきた。
「全体的によく出来ていたよ!素晴らしかった!」
モモカンはまずナマエを褒めてくれた。ナマエは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
「で、軽微なところなんだけど、少し加筆・修正してほしいところがあって赤ペンをいれておいたから確認して直してもらえる?今日はそれを最優先で終わらせて、直し終わったらまた印刷して持ってきてちょうだい。できれば今日中にしおりを完成させてみんなに配布するところまでやっちゃいましょう。」
「わかりました!」
ナマエはさっそくノートパソコンを持って数学準備室へと向かった。そしてモモカンが赤ペンをいれてくれた箇所を確認し、修正作業を進めていく。モモカンは今回の旅行の目的は"甲子園球場のグラウンドに立っている自分をリアルに想像できるようになること"だと赤ペンで書いていた。
『うお、すっげー。でも、そっか、私たちの目標は甲子園優勝なんだもんね。私たちは将来あそこで本当に試合するんだよな。』
ナマエは改めて自分たちがものすごい高い目標を掲げているんだということを実感したのだった。モモカンからの指摘はどれも軽微なものだったのでナマエはすぐに修正作業を終えた。パソコンルームで修正版のしおりを印刷したらすぐに裏グラに戻ってモモカンにそれを差し出した。モモカンはその場ですぐに内容を確認してくれた。
「うん、これでオッケーよ。この資料はこのまま私がもらうね。あとは志賀先生の分と部員12名分…それから部員の保護者用に各家庭にも1部ずつ配布したいから…合計で25部を追加で印刷してきてくれる?」
「はい!」
ナマエはUSBメモリを持ってパソコンルームへと向かった。そして完成した旅のしおりを25部印刷し、ホチキスで綴じる。
『我ながらかなりいい出来栄えなんじゃないでしょうか!』
ナマエは自分が作った旅のしおりを眺めながらニマニマと笑みを浮かべた。そして再度裏グラに帰ってきたナマエがモモカンに印刷してきた25部のしおりを見せるとモモカンは「みんなー!集合!」と大きな声で野球部員たちを呼んだ。モモカンの声を聞いた選手たちはわらわらとモモカンの周りに集まってくる。
「じゃ、マネジ2人は手分けして資料をみんなに2部ずつ配布してください」
モモカンの指示に従い、ナマエはしおりの半分を篠岡に託した。それから篠岡と手分けして選手たちに旅のしおりを配布していった。
「みんな、資料は受け取った?表紙を見たらわかると思うけど、これが甲子園観戦旅行のしおりです。1人2部ずつ配布したのはみんなの保護者の方への連携のためです。一部はあなたたち自身の分で、もう一部は親御さんの分だから今日家に帰ったら忘れずに渡してね。」
モモカンがそう言うと選手たちから「はーい!」と元気な返事が返ってきた。
「じゃあ、今から重要な部分をみんなで読み合わせしていきましょう。まず一番大事なのは初日の集合時間と場所ね。じゃあ、ナマエちゃんから説明してもらえる?」
「あっ、はい」
モモカンから指名をされたナマエはモモカンの隣に並んだ。
「初日は8月8日です。夜20時半に大宮駅西口のペデストリアンデッキにあるモニュメントに集合してください。しおりの5ページ目にモニュメントの写真が貼ってあります。大宮駅西口を出ればすぐにこのモニュメントが見えるので迷うことはないと思います。万が一わからなくて迷子になった場合はすぐに監督や志賀先生に連絡をしてください。集合後はすぐ近くにあるバス乗り場から夜行バスに乗って大阪に向かいます。21時20分の出発予定です。これに乗り遅れると甲子園に行けないので、みなさん時間厳守でよろしくお願いします。」
説明を終えたナマエは一歩下がってチラッとモモカンを見た。
「うん、ナマエちゃん、説明ありがとうね。ということなので8日は15時には練習を切り上げます。みんなは一旦家に帰ってお風呂と夕食を済ませたら20時半に大宮駅西口に再集合しましょう。ここまでで質問ある人いる?」
モモカンが問いかける。誰も手を挙げない。特に質問はないようだ。
「じゃ、続いて2日目ね。交通状況に問題がなければ7時20分には大阪駅に到着する予定です。そこからは電車で甲子園球場まで移動します。午前中に2試合観戦するよ。朝食と昼食は球場の売店や売り子さんから購入して試合観戦しながら食べましょう。午後は大阪にグラウンドを借りてあるのでいつも通り練習します。で、2日目の夜はビジネスホテルに泊まります。ナマエちゃん、ビジネスホテルの説明をお願い。」
「はい。ビジネスホテルは貸しグラウンドのすぐ近くにあります。具体的な住所が知りたい方はしおりの6ページ目をご覧ください。また、このホテルに備え付けられているアメニティの一覧もここに載せてあります。荷造りする際の参考にしてください。夕食はホテルのビュッフェを予約してあります。食べ放題なのでたくさん食べてください。」
ナマエがそう言うと選手たちからは「ビュッフェ!」「食べ放題!?」「やったー!」と歓声があがった。説明を終えたナマエは一歩下がった。
「ナマエちゃん、ありがとう。続いて3日目は朝から桃李高校で合同練習に参加します。朝食も昼食も夕食も桃李高校側で用意していただけるそうよ。ちなみに夕食はバーベキューを予定しているらしいです。」
モモカンがそう言うと今度は「バーベキューだって!」「わーい!」と再び選手たちから歓声があがった。
「合同練習の後は姫路駅までは桃李高校野球部のバスを貸し出してもらえることになってます。姫路からは電車で大阪駅に向かうよ。予定通りに行けば大阪駅に20時半には到着できると思います。夜行バスは21時半に出発予定なのでここで30分間自由行動の時間を設けるよ。大阪駅付近にはおみやげを購入できる場所が色々あるからこの自由時間の間に各自で購入しておいで。21時には大阪駅桜橋口のバス乗り場に集合してください。じゃあ、ナマエちゃんは大阪駅桜橋口のバス乗り場の説明をお願い。」
「はい、しおりの10ページ目を開いてください。ここに大阪駅桜橋口のバス乗り場の場所と写真が乗っています。21時半には出発するので万が一乗り遅れたら各自で新幹線などを使って自腹で埼玉に帰ってきてもらうことになります。決して乗り遅れることのないように時間厳守でお願いします。地理に自信のない方はわかる方と一緒に行動するようにしてください。もし迷子になった時はすぐに監督か志賀先生に電話をしてください。よろしくお願いします。」
説明を終えたナマエは一歩下がった。
「はい、3日目の夜に夜行バスに乗ったらあとは眠っていれば翌朝には大宮駅西口に帰ってこれます。4日目は朝に大宮駅で解散したらその日は1日お休みです。旅行の疲れをこの1日でしっかり取って、翌日からはまた元気に練習に励みましょう。以上が今回の甲子園観戦旅行の大まかなスケジュールです。ここまでで質問ある人ー?」
モモカンがそう問いかけると選手たちからは「ないでーす」と元気な返事が返ってきた。ビュッフェやバーベキューがあるという説明を聞いた選手たちは高揚する気持ちが抑えられないようで「旅行の内容めっちゃ豪華じゃね?」とか「チョー楽しみだな!」といった声が聞こえてきた。
「じゃあ次は持ち物ね!しおりの4ページに持ち物リストがあるので各自しっかり目を通して忘れものがないように気を付けながら荷造りをしてください。次はこの旅行の目的について改めて説明します。しおりの1ページ目を開いて"今回の旅行の目的"と書かれた欄を見てね。まず、今回の旅行の一番の目的は"甲子園球場のグラウンドに立っている自分をリアルに想像できるようになること"だということを忘れないでください。みんなの目標は甲子園優勝だよね。人間、イメージできないことを実現させるのは難しい。だからみんなには自分が実際に甲子園球場で試合をしているところをしっかり想像できるようになってもらいたいの。甲子園球場の土と芝生の色や匂い、太陽の暑さ、それから試合中の緊張感や雰囲気なんかも含めて全部しっかり堪能してちょうだい。あとは桃李高校での練習試合ね。せっかく超強豪校と一緒に練習ができるのだから盗める技は全部盗む気持ちで挑んで食らいついていきましょう!」
モモカンがそう言うと選手たちからは大きな声で「うす!!」と気合の入った返事が帰ってきた。
「はい。しおりの重要な部分の説明はこのくらいね。他の箇所は旅行開始までに各自で目を通しておいてください。言わなくてもわかってるとは思うけど、このしおりはあなたたちのためにマネジが一生懸命作ってくれた大事な資料なんだからね。ちゃんと読んでおくこと。いいね?」
モモカンはジロリと鋭い目線で選手たちの顔を見た。モモカンの迫力にギクッとなる選手たち。
「読みます!ゲンミツに!」
田島が青ざめながらそう返答をした。他の選手たちも「うん、うん」と何度も首を縦に振っている。
「よろしい。じゃあ、しおりをかばんにしまったら練習に戻りましょう。」
「うす!あーっした!」
選手たちはモモカンにあいさつをした後、ベンチに置いてあるエナメルバッグのところに向かった。そしてしおりをかばんにしまった後、練習を再開するためにグラウンドへと駆け出していった。
「じゃあ、ナマエちゃんは通常のマネジ業務に戻ってね。あ、しおりは志賀先生にも忘れずに渡しておいて。」
モモカンがナマエにそう言った。
「はい、今からジャグのドリンク補充ついでに志賀先生に渡してきます!」
そう返事をしたナマエはベンチに向かった。
「千代ちゃん、私、志賀先生に用事があるからドリンクの補充作業引き取るね」
「お、ありがと。行ってらっしゃい。」
篠岡に見送られながらナマエは数学準備室へ向かって自転車を漕ぎ始めた。
数学準備室に到着したナマエはまず志賀先生に完成した旅のしおりを手渡した。
「ようやく完成しました!これ、志賀先生の分です。」
「おお、ありがとう。ミョウジ、よくがんばったな。」
「いえいえ、先生のサポートのおかげです。」
ナマエは志賀先生に頭を下げた。それからジャグにドリンクの作成を始めた。現在の時刻は11時半を過ぎたところだ。もうまもなくお昼の休憩の時間になる。ナマエはついでに数学準備室に保管してあるみんなのお弁当を裏グラに持っていくことにした。ジャグを自転車の荷台に括りつけ、みんなのお弁当が入った保冷バッグを前カゴに入れたナマエは裏グラに向かって自転車を漕ぎ始めた。ナマエが裏グラに到着すると選手たちはダウンをしているところだった。ナマエはベンチの片隅にある机にみんなのお弁当を並べながら選手たちがダウンを終えるのを待った。
「よっしゃー!メシだー!」
田島が一番にベンチに戻ってきた。その後ろを三橋が追いかけてくる。
「はい、これ田島君のお弁当。こっちが三橋君ね。」
ナマエは2人にお弁当を手渡した。
「おう、サンキュー!」
「あ、あ、ありがとう…」
田島と三橋がナマエにお礼を言った。
「今日、弁当ねェやつはー?じゃんけんすっぞー!」
泉が他の選手に呼びかけている。西浦高校野球部ではお弁当を持ってきていない組はいつもじゃんけんで負けた人が近くのコンビニに買い出しに出かけることになっているのだ。今日は花井がじゃんけんに負けて買い出しに行くことになった。その花井が帰ってきたら野球部員全員で恒例の"うまそう"の儀式をやってから昼食を食べ始める。
「ねぇ、三橋君!田島君!」
ナマエは三橋と田島に言うことがあった。
「お、なんだ?」
田島はお弁当をかきこむ手を止めてナマエの顔を見た。三橋は「ほへ?」と間抜けな顔でナマエを見ている。
「甲子園旅行の初日、集合場所まで一緒に行こう!君たちは放っておくと遅刻しそうで心配。私がまず自転車で三橋君の家に行く。んで三橋君をピックアップしたら、次は2人で田島君の家に行く。田島君の家からは自転車でさいたま新都心駅まで行こう。駅の駐輪場に自転車預けたら電車で大宮駅に向かう…って感じでどうかな?」
「おー、いいぜ!」
田島はニカッと笑った。三橋も田島の隣でコクコクッと頭を縦に振って頷いている。
「田島君の家って学校の近くなんだよね?住所教えてくれる?」
ナマエは田島に訊ねた。ちなみに三橋の家には以前三橋の誕生日の日に行ったことがあるのでもう場所は把握している。
「オレの家なら三橋が知ってるぜ。三橋、うちによく遊びに来てんだよ。」
田島がそう言った。
「えっ、そうなの?」
ナマエは三橋の方を見た。三橋は再びコクコクッと頭を縦に振って頷いてみせた。
「キミたちが仲良いのは知ってたけど、田島君の家に遊びに行ってるとは知らなかったな」
「逆にオレが三橋の家に遊びに行くこともあるよ。ま、基本は三橋がうちに来ることの方が多いけどな。」
「へーそうなんだ!私も田島君の家遊びに行ってみたい!」
「おう、じゃあ今度三橋と一緒に来いよ。三橋はたいてい月曜日のミーティングの後はウチで晩メシ食っていくんだ。」
「夜ご飯出してもらえるの!?いいの、それ!?」
「全然いーよ!」
田島はニカッと笑ってサムズアップした右手を掲げて見せた。
「えー、ありがと。じゃ、次回は私も誘ってね。」
「おう、お母さんに言っとく」
そう言うと田島はまたお弁当をガッと口にかきこみ始めた。
「あとは…水谷!キミも遅刻しそうで心配!だれか水谷と家近い人いない?水谷のこと大宮駅まで連れてきてほしー!」
ナマエは他の選手たちに呼びかけた。
「あ、オレ、水谷と家近いよ」
手を挙げたのは西広だった。
「おお!西広君なら頼りになる!西広君、水谷が遅刻しないようにピックアップして連れてきてくれる?」
「うん、いいよ」
西広は快く承諾してくれた。水谷は「えー、オレ1人でも遅刻しないよぉ。信用ないなぁ!」とぶーぶー文句を垂れていた。
「他に自分遅刻しそうとか道迷いそうとか懸念がある人はいるー?」
ナマエは念のため他の選手にも声を掛けたが、他の選手たちは大丈夫そうだった。
「よし!みんなで楽しい旅行にしようねっ!」
ナマエがそう呼びかけると部員たちから「おー!!」と元気な返事が返ってきた。
甲子園観戦旅行まであと3日だ!
<END>