※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第33章」


 8月9日、甲子園観戦旅行2日目の朝、ナマエは夜行バスの中で6時半に目を覚ました。篠岡や選手たちはまだ寝ている。ナマエはみんなを起こさないように気を付けながら静かにバスに備え付けられているトイレへと向かった。トイレ内の手洗い場で顔を洗い、化粧水・乳液で肌のケアをし、ヘアブラシで髪を梳かす。
『あ、ちょっと寝ぐせついてる。このバスって座席にコンセントが備え付けられてたよな。ヘアアイロン使うか。持ってきておいてよかったー。』
ナマエは席に戻り、エナメルバッグを漁った。ヘアアイロンと手鏡を取り出す。そしてコンセントにヘアアイロンのプラグを差し込み、ヘアセットを行った。その途中で篠岡が目を覚ました。
ナマエちゃん、おはよう。もう身支度してるんだ?早起きだね。」
「うん、男子たちに寝起きの姿見られたくないなって思って、ちょっと早めに目覚ましかけておいたんだ」
「あははっ、たしかにね!私も男の子たちがまだ寝てる今のうちに顔洗ってくるよ。」
「うん、行ってらっしゃい」
篠岡は身支度のためにトイレへと向かった。ナマエはその間に服のシワを伸ばしたり、ブラウスにネクタイ付けたりして身だしなみを整えた。トイレから戻ってきた篠岡は髪を結わえてお団子頭にしている。
「わ、千代ちゃん今日の髪型すごいかわいいね!」
「えへへ、ありがとう。今日は暑そうだから結ぶことにしたんだ。」
篠岡がそう言った時、バスの車内の明かりが点灯した。
「おはようございます。時刻は7時となりました。このバスはあと20分程で大阪駅桜橋口に到着いたします。」
バスの車掌が車内にアナウンスをした。眠っていた選手たちはそのアナウンスを聞いて目を覚ます。
「おー、お前ら、もうすぐ着くってよ。起きろー。」
目を覚ました花井が他の選手たちに声を掛けた。篠岡とナマエはみんなが目が覚めるようにカーテンを開けていくことにした。窓から太陽の光が差し込んでくる。
「うへー、もう朝?つか眩しー!」
田島は陽の光に目を細めている。
「おーい、三橋、朝だぞ。起きろ~。」
泉は隣に座っている三橋の肩を揺すった。
「ちょ、オレ、先にトイレ使っていー?漏れそう!」
水谷はそう言いながらトイレに駆け込んでいく。
「あははっ、男子たちが起きると賑やかになるなぁ」
ナマエは選手たちの様子を見ながらお腹を抱えて笑った。

 7時20分になるとバスは予定通り大阪駅桜橋口に到着した。三橋は目をパチクリさせながら周囲を見渡している。
「三橋君は大阪来るの初めて?」
ナマエは三橋に話しかけた。
「うん…っ!」
三橋はコクコクッと何度も首を縦に振って頷いた。興奮しているのか頬が赤い。
「オレもだよ!大阪すげーなァ!」
そう言った泉は目をキラキラさせながら周りの景色を眺めている。

「準備できた?さ、行くよ!はぐれないでねー。」
モモカンはそう言って先頭を歩き始めた。部員たちはモモカンの後をついていく。バス停から阪神本線大阪梅田駅までは5分程で到着した。駅に着くと志賀先生が全員分の切符を購入し、部員たちに順番に手渡していった。
「はい、ミョウジの分」
「ありがとうございます」
切符を受け取ったナマエは志賀先生にお礼を言った。ナマエの後ろには三橋が並んでいる。三橋が志賀先生から切符を受け取ったその時、駅構内にアナウンスが流れた。
「3番線の電車は甲子園行き区間特急です」
"甲子園"という単語を聞いた三橋はくわっと飛び上がった。
「はええって」
三橋の後ろに並んでいた阿部は"甲子園"という単語に過剰反応した三橋を見て呆れた顔をした。
「やー、球児からしたら甲子園は憧れの場所だしさ」
ナマエはそう言って三橋をフォローした。
「ああ、まー、わかるよ。オレもはじめて来た時スッゲ興奮したしな。」
阿部は少し照れたような顔でそう打ち明けた。
「あっ、阿部君もっ!!」
三橋はあの阿部も初めての時は興奮したと知って「うおおお」と感激していた。
「アハハッ、三橋君かわいい」
ナマエには大阪に到着してからずっと目をキラキラと輝かせている三橋がとても愛おしく思えた。
「かっ、かわい…く、ないっ!よっ!」
「あ、しまった!高校生男子にかわいいは禁物だった。ごめんごめん。」
そう言いながらもナマエは三橋がちょっとした反抗をしてみせたことが嬉しくて顔がにやけてしまう。
『あの三橋がちょっと強気に自己主張してきた!これは前よりも心打ち解けたサインだと思っていいよね?』
ナマエがそんなことを考えていると阿部が「なにを笑ってんだオメーは」と話しかけてきた。
「いや、三橋君と前よりも仲良くなれた感じがして嬉しくてさ」
「は?お前らは前から仲良いだろ。つか9組って仲良いよなァ。」
「あー、そだね。わちゃわちゃしてて子犬と子猫みたいだよね、あの子ら。」
「お前…それ、あいつらに言うぞ?」
「ダメだよッ!しーっ!」
そうしてナマエが阿部と雑談しながら歩いていると3番ホームに到着した。既に電車が来ている。
「これに乗るよー」
モモカンが後ろを振り返って部員たちに声を掛けた。部員たちは「はいっ」と元気よく返事をした。
「阿部!怪我してるんだから座んなよ。」
ナマエは空いている席を見つけて阿部を呼んだ。
ミョウジも座んなよ、女子なんだし。レディーファースト!」
水谷はそう言ってナマエにも座るように促した。ちなみに水谷はレディーファーストと言ったくせに自分もちゃっかり座っている。しかも篠岡の隣をしっかりキープしていた。
「水谷はちゃっかりしてんなァ」
ナマエは席に座りながらそう言って笑った。
「なっ、なんだよ。別にいいだろぉ!」
水谷は顔を赤くした。
「別に悪いって言ってないよぉ。水谷らしくていいと思うよ、うん。」
ナマエはニヤニヤしながらそう言った。水谷は「く…っ、ほんと宮澤っていい性格してるよな~」と言い返した。
「オレも水谷を見習ってちゃっかり座らせてもらうわ」
泉がナマエの隣に腰かけた。
「おー、泉君。いらっしゃい。」
「なあ、甲子園球場まであとどのくらい?」
「えっと8時頃には到着できる予定だからあと20~30分くらい?」
「もうちょっとかー。ソワソワすんなぁ、オイ。」
「私も!」
泉と雑談しながら電車に揺られているとついに甲子園駅に到着した。駅のホームに降り立った田島は両手を上に伸ばして「甲子園だーーーっ」とテンション爆上がりしていた。
「チケット列並んどきます。どこにしますか?」
田島がモモカンに訊ねた。
「三塁側内野席お願い!」
「はい!」
そう答えた田島はダッシュで球場出口側の階段を降りていった。そんな田島の姿を眺めていた他の選手たちもはやる気持ちが抑えられなくて田島を追うようにして走り始めた。
「ええっ?走んのー?」
ナマエは自分も選手たちを追って走るか迷った。けれど膝を怪我している阿部がヒョコッヒョコッとゆっくり階段を降りていく姿を見つけたナマエは阿部の隣を一緒に歩くことにした。
「肩貸そうか?」
ナマエは阿部に話しかける。
「いや、へーき。オメーも走りたかったらオレのこと気にしないで行っていいぞ。」
「や、私はいいよ。運動部の男子たちの全力ダッシュに追いつけるわけないし。」
「あー…それもそうか」
阿部はナマエの言葉を聞いて納得したようだ。
「うん。ね、阿部は甲子園球場行ったことあるんでしょ?甲子園のお土産って何がいいと思う?」
「あ?オレは前来た時はボールケースとかタオルとか買ってもらったけど。」
「両親へのお土産だからボールケースは要らないかな。タオルだったら使うかも?」
「両親へのお土産なら食い物でいんじゃねーの?名物の甲子園カレーとかさ。」
「あー!甲子園カレー食べてみたい!」
ナマエは旅行のしおりを作成するにあたって甲子園球場の情報を事前にインターネットで調べた。その時に甲子園名物はカレーと知ってから興味が湧いていた。
「めちゃくちゃうまいぞ。ま、カレーはいつでもうまいけどな。」
「男の子ってホントにカレー好きだよね!」
ナマエはアハハッと笑った。そうして阿部と歩いていると甲子園球場に到着した。もう既に志賀先生はチケットを買い終えたようで部員たちにチケットの配布を始めていた。
「はい、これが阿部とミョウジの分」
志賀先生は阿部とナマエに1枚ずつチケットを手渡した。
「あっす」
「ありがとうございます!」
チケットを受け取ったらいよいよ甲子園球場内へ入場できる。手荷物検査を受け、階段を登り、通路を抜けたらついにスタンドに到着した。
「うわあ、ホントに来ちゃったー!」
目の前に広がる甲子園のグラウンドを見たナマエのテンションはぎゅんっと上がった。
「何度来ても甲子園はいいよな」
そう言った阿部も気分が高揚しているのか頬が少し赤い。
「………」
三橋は呆然とした顔でじっとグラウンドを見つめていた。何も言わない。というかあまりに感動しすぎて何も言えないのだろう。
「監督!この辺でいいっすか!」
いつも通り先頭を歩く田島がモモカンに呼びかけた。
「いーね!ありがとう!さっ、みんな移動!」
甲子園のグラウンドに見とれていた部員たちはモモカンの掛け声にハッと我に返った。座席にエナメルバッグを置いた西浦高校野球部員たちはさっそく甲子園球場のスタンドの金網に近づいて至近距離からグラウンドを眺める。もちろんマネジの篠岡とナマエも例外ではない。
「えっ、甲子園球場ってこんなにグラウンド近いの!?」
ナマエは普段埼玉県の球場で試合観戦した時と比べて甲子園球場のスタンドはかなり低い位置にあることに気が付いた。
「スタンドとグラウンドのレベル差ないのいーよな」
田島がそう言った。田島の横にいる三橋も「うんっ」と言いながら頷いている。
『私たちは次の夏こそここに来るぞ。次は観客としてではなく出場校の部員として…!』
ナマエは西浦高校野球部がここで試合をする姿を頭の中で想像してみた。マウンドに立っている三橋の姿。キャッチャーボックスにどしりと構える阿部の姿。バッターの田島がヒットを打つ姿。
『うん…、私は想像できる!私は西浦ーぜたちを信じてる!早く甲子園球場のグラウンドに立つ西浦ーぜたちが見たいな。』
ナマエがそんな妄想をしながらニマニマしていると最前席に座っているおじさんから「自分らそこで見るんやないやろなァ」と釘を刺された。
「スンマセン!おっ、席戻んぞ!」
まず花井がおじさんに謝罪をした。他の選手たちも続けて頭を下げる。一見怖そうに見えたおじさんは「どいてくれんならええねん」と言った。怒ってるわけではないようだ。ナマエは一安心した。その時、田島のケータイのバイブが鳴った。田島は「お、来たか?」と言いながらケータイを開いた。
「な、仲沢、君」
三橋は田島のメールの相手を予想した。田島は「あたりだ」と言って笑った。
ミョウジ、仲沢利央が今甲子園球場着いたって。一緒に会いに行きたいんだろ?」
「おおっ、マジで会えるのか!行く行く!」
ナマエはノリノリで返事をした。
「三橋も行こー。三橋は寝てたけど向こうはお前のこと知ってるし。…監督!今から桐青高校の1年生捕手と会ってきてもいいですか?桐青も今ここに来てるらしいんで!」
田島はモモカンに報告をした。
「ええっ、桐青高校も来てるの!?田島君、桐青に知り合いがいるの1?」
あのモモカンも田島の言葉に驚いていた。
「はい!夏大の試合の後、連絡先交換しました。」
「さすがだねぇ!わかった、行ってらっしゃい。試合開始までには戻ってくるんだよ。」
「はいっ」
田島と三橋とナマエはモモカンに頭を下げ、そして通路の方へ向かった。田島はケータイで利央に電話をかけている。利央の姿はすぐに見付けることができた。
「スゲー!ホントに会えたー!」
利央はそう言いながらこちらに駆け寄ってきた。
「おー、会えたな!」
田島もそう言いながら利央の元へ向かった。三橋とナマエはその一歩後ろをついていく。
「まさか日程合うとはねー」
利央はそう言った。
「新人戦から逆算すっとこの辺だよな」
「そっかあ」
「あ、こいつ三橋ね」
田島は利央に三橋を紹介した。
「ああ!あん時寝てた人ね!」
「で、こっちがうちのマネジのミョウジ
次に田島はナマエのことを利央に紹介してくれた。
「マネジのミョウジナマエです。同じ1年生です。」
ナマエは利央に向かって頭を下げた。
「おお、マネジか。敬語じゃなくていいよ。タメなんだし。」
「ありがと、じゃあタメ口で話すね」
それから利央は田島に手に書いてもらったメルアドの解読がとても大変だったと吐露した。田島のメルアドは数字の羅列なのだ。田島曰く背番号を貰った順番に並べているらしい。初心を忘れないためだそうだ。それから利央と田島は甲子園旅行中の練習試合の相手についてお互いに教え合った。桐青高校は開南高校・安芸商業高校・呉東高校と練習試合を組んでいるらしい。どれも超強豪校だ。
『さすがは桐青高校だな』
ナマエは感心した。でも利央の方も西浦が桃李高校・波里高校・泰然高校を合同練習をやると聞いて「え、そっちだって強豪じゃん!よくそのレベルと組めるね!?」と驚いていた。
「んとさ、多分あんな感じ?」
田島は左側に目線を移した。するとそこには桐青高校の監督となごやかに会話をしているモモカンの姿があった。モモカンの隣には花井も立っている。
『うはー、さすがモモカン!コミュ力高いなー!』
ナマエがモモカンの姿を眺めていると急に利央が「へわ!?」っと変な声をあげた。振り返ると桐青高校の2年生投手である高瀬準太が立っていた。
「ちわーーす」
高瀬は利央のネクタイを引っ張りながらそう言った。田島・三橋・ナマエの3人は「ちわっ」と言いながら慌てて頭を下げた。
「夏大ではお世話になりました」
そう言っている高瀬の表情からはなんだか圧が感じられた。"お世話になりました"という発言も言葉は丁寧だがおそらく皮肉だろう。
『えー…なんかちょっと怖いかも…』
ナマエが怯えていると高瀬はまず田島の方を向いて「"田島悠一郎"」と名前をフルネームで読み上げた。
「お前、オレのクセ見て盗塁指示出してたのか?」
高瀬は単刀直入に切り込んだ。
『う…っ、どーする!?なんて答える??』
ナマエは内心動揺していた。しかし田島は飄々とした顔で「どうでしょう?」ととぼけてみせた。そのままじーっと見つめ合う高瀬と田島。どちらもポーカーフェイスを崩さない。この緊迫した空気感の中で三橋とナマエの2人は冷や汗だらだらだった。
「まあまあっ。それはまたおいおいねっ!」
そのピリピリとした雰囲気を打開してくれたのは利央だった。
「あ、そーだ、西浦5回戦美丞だったろ」
高瀬は話を切り替えた。
「こいつねー、兄ちゃんが美丞のコーチやっててねー、オレらの試合データ解説込みで美丞にやっちゃったんだぜー」
高瀬は利央を指さしながらそう言い放った。利央は真っ青になりながら「だっ、しーーーっっ」と言って高瀬に口を閉じるように求めた。
「「なに!?」」
田島とナマエはそれを聞いてギラッと目を吊り上げた。利央は顔面蒼白だ。一方、高瀬はニマニマと悪い笑みを顔に浮かべている。
「……なーんてね、渡したっつっても1試合分でしょ。データがあったから負けたってんでもないデスし。」
田島はそう言ったが、ナマエは田島のように割り切ることはできなかった。ナマエは夏大の期間中に他校のデータ収集や分析を任されていたからこそ、データというものがいかに重要かを実感していた。それに美丞大狭山戦では西浦は徹底的に分析されていたが故に攻守ともにやられっぱなしだったのだ。ナマエはあの試合で感じた無力感が今でも忘れられない。
『…でも他校のデータを集めるなんてどこの野球部だってやることだ。それは当然ルールの範囲内だ。私たちは情報戦に負けて、試合にも負けた。ただそれだけのことだ。自分のお兄さんにデータを渡した利央は別に何も悪くない。』
ナマエはそう考え直した。
「お前、三橋か!」
高瀬は急に大声で三橋を指さした。急に名指しされた三橋はドキーッとなって飛び上がった。
「ぶーっ、顔がおかしいっ」
高瀬は腹を抱えて大笑いしている。
『ああ、前の世界で観たアニメおお振りで高瀬が三橋の顔にツボるシーンあったよな。他にも三橋にデッドボール当てちゃった後の阿部と三橋のやりとりを見て高瀬が必死に笑いを堪えるシーンなんかもあった。』
ナマエは高瀬のそのシーンがとても好きだったのでよく覚えていた。こうして三橋の顔をおかしがる高瀬をまた見れてナマエは嬉しくなってフッと笑った。ナマエが笑ったことに気付いた高瀬はこちらを振り向いた。
「あんたは西浦のマネジ?」
「あっ、はい!ミョウジナマエです。1年生です。」
「へー」
高瀬はナマエには興味がなさそうだ。そんな折、モモカンと桐青の監督が「では日程を見てご連絡いただくということで」「リベンジさせてもらいますよー」と会話している声が聞こえてきた。桐青高校との練習試合が決まったようだ。それを聞いた高瀬は「そんじゃ、またな」と言ってスタスタと去っていった。
「ごめんな、あの人悪い人なんだ」
利央は三橋に謝った。三橋は「オレ、だっ、大丈夫っ」と返事をした。その時、グラウンドの方から「わああ」っと歓声が聞こえてきた。トランペットや太鼓の音もする。ついに第1試合が始まったようだ。もう席に戻らないとモモカンに怒られる。田島・三橋・ナマエの3人は利央に別れを告げてスタンドへと戻った。三橋は田島が盗塁のサインを出していたことに高瀬が気付いていたと知って「田島君はやっぱりスゴイなーっ」とヘニャッとした笑顔で言った。
「三橋だって覚えられてたじゃん!」
田島はそう言い返した。
「オレ、顔がおかしい!」
三橋のその返事がおかしくてナマエはプククッと笑ったのだった。

 田島・三橋・ナマエの3人がスタンドの席に戻ると案の定モモカンから「遅い!」と怒られた。田島・三橋・ナマエは「スンマセン!」と頭を下げた。モモカンは立ち上がって口を開いた。
「今日は2試合観戦します。その間に甲子園ってもんをよーっく見ておいてね!自分があのグラウンドに立ってる姿を家でもリアルに想像できるようにしっかりと堪能してちょうだい!」
部員たちは「はい!」と元気よく返事をした。ナマエは自分のエナメルバッグからクリップボードとペンと紙を取り出した。ナマエはこの試合もスコア表を書くつもりだ。西浦高校野球部の目標は全国制覇なのだから来年や再来年の夏にはこれらの高校と対戦することがあるかもしれないし、それにナマエはスコア表を書くという使命があった方が集中して試合観戦できる。ただし、今回の旅行の目的は自分たちが甲子園球場で試合している姿をリアルに想像できるようになることであってデータ収集が目的ではないことはナマエも重々承知していた。なので試合のスコアだけじゃなくて、甲子園球場の景色・音・匂いや夏の暑さや試合中の空気感なんかも含めて全部覚えていられるようにとナマエは心掛けた。第2試合まで観戦したら午前の部はこれにて終了だ。昼食は甲子園球場の売店で名物の甲子園カレーを購入して食べることになった。
「わーい、念願の甲子園カレーだ!」
ナマエはキャッキャッと喜んだ。
「やったじゃん。食いたかったんだもんな。」
阿部がナマエの隣にやってきた。部員全員で恒例の"うまそう"の儀式をやった後でナマエはパクッとカレーを一口食べた。
「わあ、おいしー!」
「だろ?」
阿部は微かに口角を上げて笑っている。
「これは親にも食べさせたいな。あとでお土産買わないと!」
「そーだな、オレも買ってくか」
「いいじゃん、ご家族の方絶対喜ぶよ」
そうして阿部と会話しながらカレーを食べ終わったら15分間のショッピングタイムが設けられた。ナマエは家族のために甲子園カレーを購入した。ついでに自分用にストラップも購入し、さっそくガラケーにつけたのだった。

 午後からは貸しグラウンドでの練習があるため西浦高校野球部は電車に乗って大阪へ戻った。このグラウンドにはスプリンクラー設備があるため水撒きはしなくていい。ドリンク作成もベンチのそばにある蛇口から飲料可能な水が出るので簡単に補充ができる。それに今日はおにぎりの作成も必要ない。
「今日はいつもよりちょっと楽できるね」
篠岡がナマエにそう言った。
「だね。今のうちに新人戦の対戦相手のデータ収集しちゃおっかな。」
ナマエは持参したノートパソコンを開いた。新人戦のトーナメント表はもう既に確認済みなので2回戦以降の対戦相手候補も既に分かっている。幸いなことに候補の中にいかにも強豪校と言われるような相手はいない。
「あ、名鑑を見ながらの選手データの書き出しと分析は私がやるよ。ナマエちゃんはパソコンを使ってインターネットで情報収集してくれる?」
篠岡はナマエにそう言った。
「おっけ!任せろ!」
ナマエはインターネットブラウザを開いて対戦校(候補)の情報を探し集めた。

 午後の練習を終えたら今夜宿泊するホテルへと移動する。ホテルの予約をしてくれた志賀先生が代表でチェックインを行い、フロントから部屋のカードキーを受け取ってきた。
「2人部屋だからね。部屋割り言うよー。」
志賀先生は続々と野球部員の部屋割りを発表していった。まあ、発表されるまでもなくナマエは篠岡と同室だとわかっていた。
「では各自部屋に行って。ごはんを食べに行くから必ずシャワーを浴びてね。30分後またここに集合!」
モモカンがそう言うと部員は「はいっ」と返事をした。そして各々の部屋へ向かうためエレベーターホールに向かって歩いた。
「なんで花井となんだー」
田島はぶーたれていた。そんな田島の様子を見て花井は「やなの!?」とちょっとショックを受けている。
「オレ、阿部君のも、持つよっ」
三橋はそう言って阿部のエナメルバッグを持ち上げた。
「おお、わりーな」
三橋はエナメルバッグを2個も背負って「よっこら」と言いながらフラついている。
「そんくらいでフラついてんじゃねーよ」
阿部はそんな三橋を見ながら「ははは」とにこやかに笑っていた。
「お?阿部がそんな風に笑うのって珍しくない?」
ナマエは阿部に話しかけた。
「はー?んなことねーだろ。オレはフツーに笑うよ。」
「いやいや、前はすーぐ三橋君に怒鳴ったりイラついたりしてたよ。きっと2人の仲が深まったんだよ。モモカンのおかげだね!」
阿部は"仲が深まった"というナマエの言葉を聞いて頬を少し赤くして照れた様子を見せた。
「ああ…、まあ、そーかもな」
「三橋君も阿部のこと怖くなくなったー?」
ナマエは今度は三橋に話しかけた。
「こっ、こわく、ない、よっ!」
三橋はそう答えた。それを聞いたナマエは思わずニカッと笑顔になった。
「よかった!三橋君、すごい変わったよね!GW合宿の頃と全然違う!」
「そっ、そう…かな?」
「そうだよー」
そんな会話をしながら阿部・三橋・篠岡・ナマエの4人はエレベーターに乗り込んだ。
「じゃ、オレら4階だからここで降りるわ」
阿部はそう言ってエレベーターから降りていった。三橋は阿部の後ろを追いかける。ちなみに篠岡とナマエの部屋は5階だ。
「またあとでねー」
篠岡とナマエは阿部と三橋の後姿に向かって手を振った。それからエレベーターは5階に到着し、篠岡とナマエは自分たちの部屋へと入った。
「千代ちゃんはベッドどっちがいい?」
「どっちでもいいよ。ナマエちゃんは?」
「んー、私もどっちでもいいな」
「じゃあ、今立ってる場所から近い方にしよっか」
ナマエが先に部屋に入ったので今はナマエが窓側に立っていた。
「りょうかーい」
ナマエは窓側のベッドのそばにエナメルバッグを降ろした。
「てか30分で2人ともシャワー浴び終えなきゃいけないってキツくない?男どもと違って女子は色々ケアがあるのにぃ~!」
ナマエはエナメルバッグからお風呂道具セットを取り出しながら篠岡に愚痴を言った。
「とりあえずサッと汗だけ流してごはんを食べ終わった後にもう一度ゆっくり浴びるのはどう?」
篠岡がナマエにアドバイスをした。
「おっ、それ名案!それなら支度の遅い私でも出来そう。」
ナマエちゃん先に浴びてきていいよ。私は中学時代にソフトボール部やってたからお風呂とか身支度を早く済ませるの慣れてるんだ。」
「千代ちゃん身支度すごい早いもんね。尊敬するわ。」
「いやいや、私はナマエちゃんの女子力を尊敬してるよ」
「千代ちゃんだって女子力あるでしょ」
そう言いながらナマエはお風呂道具セットを持ってシャワールームへと向かった。篠岡からのアドバイスに従い、とりあえず今はお湯で汗を流すだけにした。今日は暑い中で甲子園球場で試合観戦したり貸しグラウンドでの練習があったりしたのでたくさん汗をかいた。それが洗い流されていくのはとても気持ちがいい。シャワーを浴び終わったナマエはバスタオルで身体の水滴を拭き、部屋着のジャージに着替えた。
「千代ちゃん、お待たせ」
「いーえ。じゃ、私もシャワー浴びてくるね。」
「はーい」
篠岡がシャワーを浴びている間にナマエは化粧水と乳液で肌のケアをしたりドライヤーで髪を乾かしたりして身支度を整えた。篠岡はすぐにシャワーからあがってきた。そして本人も言っていた通り、篠岡は本当に支度が早い。ナマエが先にシャワーを浴びたのに身支度を終えたのは篠岡と同時だった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
篠岡とナマエは部屋を出て1階のロビーに向かった。西浦高校野球部の全員が集合したらそのままホテル内1階のレストランへぞろぞろと歩いて向かう。レストランの係員の方にカードキーを見せると席へと案内してくれた。選手たちは席へと歩きながらがテーブルに並べられたたくさんのご馳走を目前にして目をギラギラと輝かせていた。今日の夕食はビュッフェなので好きなものを好きなだけ食べられるのだ。席に着いたらさっそく田島が「監督!もう取りに行ってもいいですか!」と食いついた。
「いいよ」
モモカンがそう言うと選手たちは「ヒャッホー!」とか「ビュッフェだー!」とか叫びながら料理を取りに行った。テンション爆上がりだ。ナマエはこのままだと選手たちに自分の分まで食べつくされてしまいそうだと思った。
「千代ちゃん、私たちも行こう」
「うん」
篠岡とナマエも急いで料理が並べられているテーブルへと向かった。ナマエは自分の好きな食べ物をどんどんお皿に盛り付けていった。
「ひゃー、好きな物だらけ。幸せー!」
席に戻ってきたナマエが自分のお皿を見ながらポロッとそう言うと泉が反応した。
「ビュッフェ最高だよな!」
泉はニッと笑った。
「泉君は何取ったのー?」
ナマエは泉が取ってきた皿を覗き込んだ。寿司や唐揚げやカレーやローストビーフなど実に様々なものが並べてある。
「相変わらずすごい食うねぇ」
ナマエは内心『カレーはお昼も食ったのにまた食べるのね』と思っていた。
「食事もトレーニングだからな!」
泉は再びニッと笑った。

 最後に席に戻ってきたのは三橋だった。全員が着席したところで毎回恒例の"うまそう"の儀式をやってから夕食を食べ始める。選手たちはモリモリ食っては追加で料理を取りに行き、また着席したらモリモリ食って、そしてまた料理を取りに行ってということを何度も繰り返した。それはレストランの食材を全て食べつくしてしまうのではないかとナマエが不安になる程だった。実際レストラン側は西浦の選手たちによってあっという間に消えていく料理を追加で何度も作っているが手が追いついていない様子だった。そうして選手たちが満腹まで食べ終わる頃にはテーブルのお皿はすっからかんになっていた。
『運動部の高校生男子ってスゲー…』
ナマエは心の中でこっそりレストランの人たちに謝罪したのだった。

 夕食を終えた後はロビーに集まって軽くミーティングを行った。といってもモモカンが明日のスケジュールや注意事項を説明しただけだ。日中あれだけ活動して、夕食はたらふく食べて満腹になった選手たちはもう眠くてしかたがないらしく目付きがとろんとしていた。ちゃんと聞いているのか怪しい…。
「じゃー、今日はこれで解散!各自部屋に戻ってゆっくり休んでください!」
モモカンのその一言でミーティングは終わりになった。選手たちは「ふああ」と欠伸をしながらエレベーターホールへと向かった。
「なー、花井って彼女いたことある?」
歩きながら田島が花井にそう訊ねた。
「なっ、なんだよ、いきなり!」
花井は顔を赤くしている。さっきまで眠そうにしていたのに一気に眠気が吹き飛んだようだ。
「仲沢利央…あ、桐青の1年生捕手な、そいつが桐青の選手は結構マネジと付き合ったりしてるんだって言っててさ、ふと気になったんだよ。みんなは彼女いたことあんのかなって。」
「オ、オレはねーよ」
花井は照れくさそうに鼻の頭を掻きながら言った。
「じゃー、恋したことはあるか?初恋っていつ?」
「えっと、たしか…小5だったな。田島は?」
「オレは3歳。保育園の先生に惚れてた。」
田島はケロッと答えた。花井は「あー、ありがちなやつだな」と言った。
「なに?恋バナ?」
栄口が鼻の穴をフンッと広げながらニヤニヤして花井と田島に近づいた。
「おー、初恋年齢いつって話してた。栄口は?」
「オレはねー、中1!1個上にすごい美人な先輩がいたんだよね。」
そう答えた栄口は後ろを振り返って他の選手たちに「なー、みんなは初恋年齢いつー?」と呼びかけた。
「初恋?オレは小6だな。クラスメイトに好きな女の子がいた。」
水谷がそう答えた。
「オレは中1。相手は野球部の女子マネ。」
これは泉の回答だ。
「オレも中1だったかな。同学年の女の子。」
西広がそう言った。
「やっぱそんくらいだよな。小5~中1くらいが思春期に入るくらいの時期だもんな。」
花井がそう言った。
「他のやつらは?」
栄口がまだ答えていない阿部・三橋・巣山・沖の4人を見た。
「あ?何?」
阿部は話を聞いていなかったらしく、ポカンとした顔で栄口の顔を見返した。
「初恋の年齢いつー?っていう話だよ。阿部はいつなの?」
「は?恋愛なんかしたことないけど。」
「「ええええっ」」
栄口と水谷が素っ頓狂な声をあげた。
「うっそ、恋したことないのーっ」
栄口はあんぐりと口を開けている。
「それなんか問題あっか?」
そう言う阿部は眉間に皺を寄せている。
「いやそれ、情緒が育ってなくない!?」
水谷は阿部に向かってそう言い放った。花井はそれを聞いて「まー、そう責めなくても…」と水谷をなだめている。阿部の後ろにいる三橋はへわへわっと慌てていた。おそらく三橋も恋愛経験がないのだろう。そんな三橋を見ていた泉は「男子中だったんだからオメーはしゃーねーよ。大丈夫だ。」と慰めていた。だが泉のその発言に対して巣山が「大丈夫ってなんだよっ。オレ共学出身だけど初恋まだだぞ。別におかしくねーだろ!」と食いついている。そして沖は何も言わずにひたすら黙り込んでいた。ナマエはその様子を見ていて『沖も恋愛経験ないってことなんだろーな』と思った。
「ちなみにミョウジと篠岡は?」
水谷がマネジ2人の方を見ながら言った。水谷が篠岡に片思いをしていることを知っているナマエは笑いが込みあげそうになったのを堪えた。水谷が本当に知りたいのはナマエではなく篠岡の恋愛経験の方なはずだ。
「私は小5の頃クラスメイトの男の子に片思いしてたことあるよー」
篠岡は少し頬を赤らめて照れくさそうにそう打ち明けた。
「こ、告白とか…した?」
水谷は緊張した面持ちで篠岡に追加の質問をした。
「んーん、そんな勇気出なかったし、中学は違うところになっちゃったからそのまま自然に気持ちもなくなった」
「そうなんだ」
そう言った水谷は明らかにホッと胸を撫でおろしているのが見てわかった。
『おいおい、顔に出すぎだよ、水谷』
ナマエは水谷のリアクションがわかりやすすぎてヒヤヒヤした。
ミョウジはどーなん?」
泉がそう訊ねてきた。
「私は…幼稚園生の時…なのかな?」
「え、早くね?」
「うーん、でも今になってみると本当に恋愛で好きだったのかわかんない。単に友達として好きだったのを恋愛感情だと勘違いしていたんじゃないかって思ったりする。当時、仲のいい男の子がその子しかいなかったからね。」
「へー。ちなみにミョウジって彼氏いたことある?いや、つか今既にいたり…しないよな?」
「いやいや、いないよ!野球部のマネジ業務で手いっぱいでそれどころじゃないって。」
「今はそーだよな。でも過去は?」
泉は大きな丸い瞳をこちらに向けている。ナマエはどう返答しようか迷った。ナマエは前の世界ではそれなりの年齢だったし彼氏がいた時期もある。…しかし、この世界ではナマエはまだ高校1年生なのだ。前世のことをカウントにいれて話をしてしまったら色々と辻褄が合わなくなる。
「ない…です」
最終的にナマエはそう答えた。嘘はついていないはずだ。"この世界のナマエ"はまだ彼氏がいたことはない。
「そうか」
泉はホッと胸を撫でおろしたように見えた気がした。ナマエの気のせいだろうか。
「さー、とっとと部屋に戻って寝ようぜ。もうエレベーターとっくに来てるぞ。」
花井が他の部員たちに向かってそう言った。「はーい」という返事とともにエレベーターに乗り込む部員たち。こうしてなかなか珍しい西浦高校野球部の恋バナは終わったのだった。

 部屋に戻ってきたナマエはシャワーを浴び直すことにした。先程はゆっくり頭や身体を洗う時間がなかったからだ。
「千代ちゃんは先に寝てていいよ」
「うん、そうするねぇ」
篠岡は「ふああ」と大きな欠伸をした。
「千代ちゃん、おやすみ。また明日。」
「うん、また明日ね」
篠岡は布団に入ってスヤスヤと寝息をたて始めた。ナマエは篠岡を起こさないように物音に気を使いながらシャワーを浴びた。ドライヤーもなるべくうるさくならないように弱めの風量にして髪を乾かした。その他、化粧水と乳液をつけたり髪にトリートメントを塗ったりといったケアを行っていたらもう21時になっていた。明日は朝5時にはホテルをチェックアウトすることになっているので4時半には起床したい。
『やば…!早く寝ないと寝不足になっちゃう』
ナマエは急いで布団に入って目を閉じ、就寝したのだった。

甲子園観戦旅行2日目、終了。

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