※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:夢小説とはいえ特に誰かと恋愛する予定は今のところないです※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第35章」


 桃李高校との練習試合は西浦高校が先発になった。桃李高校の投手は上代だ。
「上代選手がBチームだとは思わなかったね」
ナマエは隣に座っている篠岡に話しかけた。上代は兵庫の県大会で準決勝までずっとスタメンを務めた程の実力がある1年生投手なのだ。当然Aチームに入って泰然高校へ向かうものだとナマエは予想していた。
「故障とかしてるのかな?でも一見普通に見えるよね。もしかして何かの罰を受けてるとかかな…。」
篠岡は首をかしげていた。
 1回表、西浦高校の攻撃は1番田島が当然のようにヒットを打って一塁に出た。2番栄口はバント成功で一死二塁になった。3番巣山にはこれまでよりも球威の増した球が飛んできた。巣山は三振し、二死二塁。4番花井は打ち上げてしまい、フライキャッチでアウトになった。三死で攻守交代だ。
 1回裏、桃李高校の攻撃では阿部は田島の配給の記録を取ると言ってフェンスの外へと出ていった。フェンス越しではあるが田島の真後ろに阿部は立っている。そんな阿部の姿を目視した三橋はムヒッと変な笑顔を見せていた。
1番藤丘はなんやかんやあったが結局三振を取ることができた。2番中村は打ったがショートゴロとなった。巣山が捕球してファーストへ送球し、アウトにした。これで二死だ。3番石田はライトフライ打った。ライトの花井がキャッチしてアウトにした。これで三死で攻守交代だ。
 2回表、西浦高校の攻撃では5番泉が内野を超えるツーベースヒットを叩き出した。無死二塁。6番沖もシングルヒットを打った。これで無死一・三塁だ。7番水谷は三振となった。一死一・三塁。水谷はモモカンから叱られてシュンとしていた。8番西広と9番三橋も三振で三死となった。攻守交代だ。
 2回裏、桃李高校の攻撃は4番江藤に1球目から打たれた。しかし、ピッチャー前ゴロで三橋が捕球し、ファーストへ送球した。無事アウトにすることができた。一死。5番長田はバントした。サード前に転がった球を水谷が凡ミスで取りこぼし、その隙に長田は一塁へ到達した。一死一塁。
「あちゃー、水谷、凡ミスだ」
ナマエは頭を抱えた。
「まー、水谷君はいつもと違うポジション任されてるからまだ慣れないんだよ」
篠岡はそう言って水谷を庇った。ナマエは『水谷は千代ちゃんのこういうところに惚れたんだろうな』と思った。
6番会沢はバント成功で二死二塁となった。7番岸川はゴロを打った。水谷はグラブで捕ろうとしたが球威が強かったのだろうか、弾いてしまった。二死一・二塁。8番森は外野を超えるヒットを打った。レフトの西広が捕球してサードへ送球した。二塁ランナー長田がホームに帰ってしまったので桃李高校に1点取られたが一塁ランナーが三塁に到達するのを防ぐことができた。二死一・二塁。9番上代は内野を超えるツーベースヒットを打った。二塁ランナーの岸川がホームに帰って桃李高校に2点目が入った。続いて一塁ランナー森もホームへの帰還を試みるがこれはアウトになった。三死で攻守交代だ。
 3回表、西浦高校の攻撃は1番田島がデッドボールで一塁へ出塁した。2番栄口はバントするが当たりが強くピッチャーに捕球された。捕手の石田は「2つ!」と指示を出す。田島がアウトになるかと危ぶまれたがそこはさすが俊足の田島、無事二塁に到達した。栄口もその隙に一塁へ出塁し、無死一・二塁。3番巣山はバントを試みるが上手くできず強打となってしまう。でもこれでノーバンで捕球されれば巣山はアウトになってもランナー2人は進塁できる。…と思ったら上代はわざとワンバンさせた。それを見た田島は走る速度を加速した。二塁に送球されて栄口がフォースアウトになるかと思いきや上代はワンバンさせた球を捕り損ねた。結果、オールセーフとなった。無死満塁だ。4番花井の打席では1球目に暴投があり、捕手の石田はボールを後逸した。この隙に三塁ランナー田島がホームに帰って西浦高校に1点目が入った。2球目では花井はヒットを出した。栄口がホームに帰って西浦高校に2点目の得点だ。続いて花井は相手選手の「バックバック」という掛け声を聞いてバックホームだと思ったようで進塁を試みるが、その掛け声はダミーだった。結果、挟まれてしまった花井はタッチアウトになる。一死。これにはモモカンも苦々しい顔をしていた。5番泉と6番沖はフライやゴロを打ってアウトになってしまい、三死で攻守交代となった。
 3回裏、桃李高校の攻撃は1番藤丘・2番中村・3番石田の全員が三橋のまっすぐを打ち上げてフライキャッチでアウトになった。
 4回表、西浦高校の攻撃…の前にベンチに戻ってきた阿部が田島を呼んだ。
「2巡目、全打者まっすぐ投げんのか?」
そう訊ねた阿部に田島は「そのつもり」と返答した。ナマエはその会話を聞いてピクッと反応した。
『全打者にまっすぐで勝負するなんて阿部なら絶対やらないことだ。三橋のまっすぐはクセ球なので初見殺しではあるけれど球威はないから打者が慣れてしまったらもう勝負球として使えなくなる。だから今までの試合では阿部はなるべく後半まで三橋のまっすぐは温存する形で使ってきたわけだ。なのに田島がバンバンまっすぐを使っているのを見たら阿部としては当然不安になるだろう。』
ナマエは阿部と田島の会話に聞き耳を立てた。
「球種試せって言われてるにしたって手ェ抜きすぎだろ」
「でもやってみたいと思ったことね?県内の練習試合じゃ絶対できないじゃん?」
「桃李と公式戦で絶対当たんねーと思ってる?」
「まー、ほぼナイと思ってるかな」
ここで阿部と田島は無言で目線を交わし合った。ナマエはその2人の様子を見ていて、ヒヤッと肝が冷えた。田島の後ろに立っている三橋も狼狽えている。
「や、ゴメン、じゃなくてさ…」
沈黙を破ったのは田島の方だった。田島は言葉を続けた。
「うちのやつらってもう三橋のまっすぐ打てちゃうだろ。まっすぐがどういう力を持ってるかもう1回体感しときたいんだ。そーしないと怖くて切り札として使えない。」
田島のその説明を聞いていたナマエは『なるほど。田島ってノー天気に見えることが多いけどちゃんと色々考えられる子なんだよな。』と改めて田島のスゴさを再確認した。阿部はしばしの間黙って考え込んでいたが各打者3球までならいいと田島に許可を出した。田島は「たった3球!?ケチだなーっ!」と憤慨したが、結果的にそういうことで決まったようだ。
「……あ、の、さ」
今まで黙っていた三橋が口を開いた。
「ん?」
「オ、レ、リード、めんどくさくて、ゴメン………ッ」
三橋はどもりながら田島にそう謝った。捕手初心者の田島が色々リードに頭を悩ませている姿を見てて申し訳なくなったのだろうか。それを聞いた田島は面食らった様子で目を見開いていた。それから田島は何か閃いたような顔になった。そして両手をぎゅっと握って身震いしていた。ナマエはそんな田島を見て『田島は何を考えてんだろ?』と疑問に思った。三橋は田島の様子がおかしい上に何の返事もなくて困惑しているようだった。ナマエは田島に声を掛けようか迷ったが、今日の1試合目はナマエがスコア表作成担当なのだった。もう水谷が打席に立っている。ナマエはスコア表作成のためには試合観戦に集中しなければならないので田島に話を聞くのはまた後にしようと考えた。
しかし結局4回表は7番水谷・8番西広・9番三橋が三者凡退ですぐに攻守交代となった。
 4回裏、桃李高校の攻撃は4番江藤・5番長田・6番会沢が三者凡退でこちらもすぐに攻守交代となった。
 5回表、西浦高校の攻撃は1番田島がまたもヒットを出した。無死一塁。2番栄口はバント成功で一死二塁。3番巣山は内野を超えるツーベースヒットを打った。二塁ランナー田島がホームに帰還して西浦高校に3点目が入った。なお一死二塁で4番花井の打席だ。1球目明らかなボール球だった。これは間違いなく失投だ。2球目、明らかに球威の落ちた球が来た。花井はそれを打ち、ボールは内野を超えた。巣山は進塁し、花井も一塁へ出塁した。一死一・三塁。5番泉は上代のフォアボールで出塁した。一死満塁。ここで桃李側はタイムを取った。捕手の石田が上代に近づくと「どこも悪いとこあらへん!成津がうるさいせいで調子狂うんや!」と上代が怒鳴る声が聞こえてきた。
「上代選手、調子崩してきてるね」
篠岡がナマエに話しかける。
「本人はどこも悪いところないって言ってるけど、本当なのかな?」
ナマエはそう返した。篠岡は「故障のせいで調子が悪いのか、単に気分がノれてないのか、…まだよくわからないね」と言った。
6番沖の打席、カウント2-2になり次が勝負という5球目で沖は見事にヒットを打った。巣山・花井・泉の3人がホームに帰還して西浦高校に6点目が入った。沖自身も二塁まで進塁した。西浦高校のベンチでは選手たちも篠岡もナマエも大興奮で「ナイバッチー!」という声が響き渡った。
「すげーな、沖!」
「3打点だ!」
田島と水谷はそんな会話をしていた。その時だった。桃李側が再度タイムを取った。捕手の石田が「祥真!」と言いながら投手の上代に駆け寄った。上代は左肩を抑えて脂汗をかいていた。顔面蒼白だ。
「すんません、選手交代します!」
石田が審判に申し出た。上代はベンチに戻り、代わりに田口という選手がマウンドに上がった。
「千代ちゃんの予想通り、故障だったってことだね…」
「うん…。だから今回はBチームだったんだね。」
相手校の選手のことなれど、球児が故障するところを目の当たりにするのは決して気持ちのいいものではない。ナマエは背筋がヒヤリと冷たくなった。されど試合は続く。
7番水谷はフォアボールで出塁した。一死一・二塁。しかし8番西広と9番三橋の2人はアウトになってしまい、三死で攻守交代となった。
 5回裏、桃李高校の攻撃は7番岸川はセカンドフライでアウト。一死。8番森はツーベースヒットを打った。一死二塁。9番田口はセーフティバント成功で一死一・三塁。このタイミングで次の打者は1番藤丘だ。今回は西浦側がタイムを取った。マウンドで田島と三橋が何か話をしている。会話の最後には三橋から「おお!」という力強い声が聞こえてきた。
『お、なんかいい会話できたっぽいな』
ナマエは田島&三橋バッテリーの調子が良さそうで胸がホカッとした。
『阿部&三橋バッテリーのことはもちろん大好きだけど、田島と組んでる三橋もかなりいい感じだよな。以前三橋は阿部がいなかったら自分はダメピに戻っちゃうなんて言ってたけど、あの不安はもう解消されたかな?』
美丞大狭山戦で阿部が怪我した時、阿部も三橋もとてもツラそうにしていてナマエは見ていて胸が痛んだ。が、結果として三橋が阿部依存状態を脱してまた一歩成長できたのだから文字通り怪我の功名だったとナマエは思えるようになった。
1番藤丘は三橋の速いまっすぐを打ち上げてピッチャーフライでアウトになった。二死一・三塁。2番中村はショート横を抜けるヒットを打った。三塁ランナーの森がホームに帰還して桃李高校に3点目が入った。二死一・二塁。3番石田は三橋の速いまっすぐを打ち上げファーストフライでアウトになった。三死で攻守交代だ。
「ナイピー!」
「ナイスリードー!!」
田島と三橋は笑顔で互いを褒め合い、仲良く2人でベンチへと戻ってくる。
「か、かわいい…!なにあの小動物がじゃれ合ってるみたいなかわいさ…!」
ナマエが田島&三橋バッテリーの仲睦まじい姿を見て悶えていると篠岡は「アハハッ、推したちが大活躍でよかったね」と言いながら笑った。ベンチに戻ってきた三橋に向かってモモカンが「じゃ、三橋君は交代ね!」と言った。三橋はもう打者3巡したので次は沖が投手をする番なのだ。ちなみに8回からは花井が投手をする予定になっている。今は5回が終わったところなのでここでグラ整の時間が設けられることになった。三橋はこの隙に肩と肘のアイシングをするべく冷蔵庫がある建物へと向かった。沖は田島と一緒にブルペンに入り投球練習を始めている。怪我をしている阿部はベンチで休憩だ。そして残りの選手たちでトンボを持ってグラ整を行う。ナマエはベンチに座って配給表を眺めている阿部に近づいた。
「田島君の配給は阿部の目から見ていかがですか?」
「あ?まあ、まだ粗削りではあるけど、高校入るまで捕手経験全くなかったヤツとは思えないくらい上出来だよ。さすが田島って感じだな。」
「おお、阿部にそこまで言わせるとはさすがは天才野球児・田島悠一郎!」
「お前なぁ…オレを一体何だと思ってるんだ」
「うーん、朴念仁?」
「こんにゃろ、またデコピンすっぞ」
「わーっ、やめて!!」
ナマエは自分の額を両手で隠しながら阿部のそばからスッと離れた。阿部はそんなナマエを見てプッと吹き出して笑った。
「どんだけ怖がってんだよ。前回のデコピンそんなに痛かったんだな。」
「めっちゃ痛かったよ。あんなに痛いデコピン初めてだよ!」
「オレ、昔からキャッチャーやってるせいか爪が分厚いんだよ」
阿部はそう言いながら自分の右手の甲をナマエに向けて見せた。
「この爪があの殺人的デコピンを生んでるわけね」
ナマエは阿部の爪をしげしげと眺めた。
「触ってみっか?」
「え」
ナマエは少し戸惑った。阿部に他意がないのはわかっているが、恋人でもないのに男子の手を触るだなんてなんだかすごく緊張する。でもここでナマエが動揺してることが阿部にバレたらからかわれるんじゃないかと思った。それはなんかムカつく。ナマエは意を決して阿部の手に自分の手を伸ばした。
「じゃ、失礼しまーす」
そう言いながらナマエは阿部の中指の爪を自分の親指の腹で撫でてみた。たしかに分厚くて硬い。それにやはり男性の指の爪だからだろうか、ナマエの指の爪と比べて面積が広い。
「ほへー。当然のことだけど、男の人の指って感じだねー。」
ナマエがそういいながら阿部の他の指も触っていたら阿部がパッと右手を引っ込めた。
「もういいだろ」
そう言っている阿部は顔が少し赤い。
「え、もしかして照れてる…?」
ナマエがそう訊ねると阿部の顔はさらに赤くなった。
「オメーがあんまりベタベタ触るからだろ」
阿部はそう言った。ナマエは自分から"触ってみっか?"とか言い出したくせにいざナマエに指を触られると恥ずかしがっている阿部がなんだかおかしく思えてププッと笑った。
「クソッ、笑いやがって…!」
阿部は腹を抱えて笑っているナマエの顎をクイッと掴んで上を向かせた。そしてあの殺人的デコピンを食らわせる。
「ギャッ!ひどーい!」
ナマエが自分の額を擦りながら涙目になっていると阿部は「お仕置きだ」と言ってニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「阿部、コノヤロー!」
「おら、もうグラ整終わったぞ。ミョウジはスコア表つけるんだろ。オレはランコー行くわ。」
阿部はそう言ってグラウンドへスタスタ歩いて行ってしまった。デコピンやり逃げだ!ナマエは「まったく~」と言いながら篠岡の隣の席に座り直した。篠岡は「2人はホントに仲良しだね」と言った。
「んんー!?悪くはないけど、これは仲良しって言わない気がする!」
ナマエはまだヒリヒリする額が熱を帯びているのを感じながら阿部への恨みを募らせた。その時、肩・肘のアイシングのために冷蔵庫のある建物へ出かけていた三橋が帰ってきた。
「あ、三橋君、おかえり!6回表始まるよー。朝食のどんぶり、おにぎりにしておいたけどそろそろ食べる?」
「おおっ、ありがとう…っ!」
三橋はナマエから受け取ったおにぎりをもぐもぐとおいしそうに食べ始めた。
 6回以降は投手がまだ経験の浅い沖と花井に代わったため当然ながら守備力は落ちた。それにより6~9回のイニングの中で合計5失点を出してしまう。攻撃面では8回表で追加で2得点をすることができたが、結果として桃李高校との練習試合は8-8の引き分けで終わった。

 桃李高校との練習試合が終わったら次は11時15分から第2試合がある。対戦相手は波里高校だ。第2試合では花井がキャッチャーをやることになっている。それに伴い、他の選手たちのポジションも変わる。マネジの篠岡とナマエも第2試合では役割分担を交代することにした。次は篠岡がスコア表を書く役割で、ナマエがその他の雑務をこなす役割だ。
「小腹が空いた人いるー?朝食の余りのごはんでおにぎり作ってあるよー!」
ナマエは次の試合開始までの間ベンチで休憩している選手たちに向かって声を掛けた。
「はいはーい!」
田島が真っ先に手を挙げた。
「オレもー!!」
泉はそう言いながら駆け寄ってくる。
「はい、田島君と泉君ね。1個?2個?」
「「2個!」」
田島と泉は声を揃えてそう言った。ナマエは2人に2個ずつおにぎりを手渡した。
「まだあと4個あるけど他の人はー?」
ナマエが他の選手に声を掛けると西広がおずおずと手を挙げた。
「余ってるならオレも1個欲しいな。やっぱ試合出ると消耗するよ。ベンチで見てた時とは全然違うや。」
「西広君は高校から野球始めたばっかだもんね。でも今日もしっかりフライ捕れてたし、ミスないし、いい感じだよ!」
ナマエは西広を褒めちぎった。そしておにぎり1個を西広に手渡す。
「ハハッ、ありがとう」
西広は照れくさそうに笑いながらおにぎりを受け取った。
ミョウジ~、オレももらおうかな~」
水谷がナマエのところへとやってきた。なんだかいつもより元気がない。水谷は第1試合で何度か守備のミスがあったし、バッティングについてもモモカンから叱られていた。おそらくそのことでへこんでいるのだろう。
「おうおう、どうした。おにぎり食べて元気出しな。」
ナマエは水谷におにぎりを2個渡した。そして水谷の耳元で「こっちは千代ちゃんが握ったおにぎりだよ」と小さな声で囁いた。水谷は「おおっ」と言いながら顔を赤くした。しかし、次の瞬間、ハッと我に返り顔が青くなった。
「あ、いや!その!別にミョウジが作ってたらダメとかそういうんじゃないからね!!」
水谷はあわあわと慌てながらナマエに向かって弁明をした。
「わかってるよぉ。そんなんで怒らないから安心してよ。それよりも気持ち切り替えて次の試合ではいつも通りのパフォーマンスを発揮してちょーだい。」
ナマエは水谷の背中をパンッと叩いた。水谷は「はぁい」と言いながらおにぎりを食べ始めた。おにぎりはあと1個残っている。これは花井がブルペンから帰ってきたら食わせようとナマエは思った。

 第2試合(西浦高校vs波里高校)が始まった。花井がキャッチャーのこの試合は3回までで4失点。対して西浦側の得点は1点というあまりよろしくない状況だった。4回表に入る前、モモカンと花井と三橋と阿部の4人は集まって配給についての話し合いを始めた。阿部は花井の配給の組み立てについて「幅がねーなァ、同じとこ2球続けたっていんだぜ」とアドバイスをしている。どうやら花井の配給組み立ては田島ほど上手くはないらしい。というか高校入るまで捕手経験皆無だったのにたった既にあれだけ出来ている田島の方がおかしいのであって、本来は花井くらいが"普通"なのだと思われる。
「じゃ、あ、あの…、オレも!オレも、協力…、協力…!」
三橋のどもり声が聞こえてきた。ナマエが思わず振り返ると三橋が顔を赤くしながら口をパクパクさせているのが見えた。三橋からも何かアドバイスがあるらしい。しかし、モモカンはまずは花井主体で組み立てをやらせてみたいようだった。花井は「わりー、三橋。ここはオレ主導でやらしてくれ」と三橋に断りを入れた。三橋は恥ずかしそうに引き下がった。…が、阿部は三橋の意見が気になるらしく「お前だったら6番はどう攻めた?」と質問した。
「………オレ、1球目の時低目シュート反応しなかったから…た、高目かなって、思って…」
三橋はチラッと阿部の様子を窺った。
「そいで?」
阿部は三橋に続きを話すように促す。促された三橋は顔をキラキラさせて続きを話し始めた。
「そ、それでっ、さ、大きいの狙ってるって、思って、1つカーブ入れて、これで球種あとまっすぐだけだ、から」
「その後は?」
「そいで、高目に、まっすぐの速い球で、空振りかフライ打たす…」
「ストライク?ボール?」
「ボ、ボール球」
「見逃されたらどうする?」
「今度はストライク、に、高目の外に、スライダー…」
「………」
三橋の説明を全部聞いた阿部は少し考え込んだ後、「お前、考えるようになったな!」と三橋を褒めた。三橋は頬を赤く染めて嬉しそうにしている。阿部と三橋の会話を聞いていたナマエは三橋の成長を目の当たりにして目頭が熱くなった。
「出たよ、ミョウジの三橋保護者モード!」
そんなナマエの様子にすかさず泉が気が付いた。カハハッと笑いながらナマエの背中をポンポンッと叩く。
「泉君!あの子すごいよぉ、超いい子だよぉ!」
ナマエはポロポロと涙をこぼした。
「うわ、ついに泣いちまったよ!待て待て、ティッシュどこだ~。」
泉は備品棚に置いてあるティッシュ箱に気が付いた。シュッとティッシュを数枚取った泉はナマエの涙に濡れた顔をティッシュで優しく拭いてくれた。
「ありがとー」
「ハハハッ、珍しくミョウジが子どもみてーだな。いつもはスゲーしっかり者で大人っぽいのに。」
泉はニカッと笑った。ナマエは泉に優しくしてもらって『たまにはこうやって子ども扱いされるのも悪くないな』と思った。
第2試合でも前の試合と同様に6回からは投手交代で沖がマウンドに登った。ただし、今回は花井がキャッチャー担当なので8回で交代はせずに最後まで沖が投げ切った。結果、波里高校との試合は5-13で西浦がボロ負けした。

 第2試合が終わった後、篠岡とナマエは急いで寿浩たちが待つキッチンへと向かった。寿浩と長田と岸川は既にどんぶりとみそ汁と作り終えて、建物の外の長テーブルに出来上がった料理を並べているところだった。
「すみません、戻りました!」
ナマエが寿浩に声を掛けると寿浩は「おー、おつかれさん」と労いの言葉を掛けてくれた。
「ほな、また朝みたいに弁当とみそ汁とどんぶりをどんどん配っていこか」
「「はいっ!」」
篠岡とナマエは元気に返事をした後、長テーブルに立った。朝と同じで篠岡がお弁当を配布する担当、ナマエはどんぶりを配布する担当、寿浩がみそ汁を配布する担当だ。寿浩が「昼メシ準備できたでー!」と呼びかけるとお腹を空かせた選手たちがドッと押し寄せてきた。ナマエは次から次へとどんぶりを選手たちに手渡していった。怒涛の勢いで食事の配布を終えたらようやくマネジ班(+長田と岸川)も昼食にありつける。
「あー、疲れたぁ」
お弁当とみそ汁を持ったナマエは休憩所になっている和室の畳に座りながら「フゥ~」とため息を吐いた。午前に2つの練習試合をこなした上に、朝も昼もあれだけの大人数の選手に食事の配布をしたのだからそりゃ疲れて道理だ。
「わかるで。練習試合っちゅうんはマネもやることよーさんあって大変やんな。」
「はい。ってか桃李高校って部員数多いのにマネジは寿浩さんお1人なんですか?よく1人でこなせますね?」
「あー、うちはレギュラーに入れない控え選手らがマネジの仕事も手伝ってくれるんやわ。西浦は選手10人しかおらんのやろ?選手にマネジの仕事までやらせる余裕ないやんな。オレよりキミらの方が大変やと思うで。」
「なるほど。選手層が厚いっていいことだらけですね。」
ナマエは自分たちが3年生になる頃には西浦高校野球部にもたくさんの後輩が入ってくるだろうかと想像してみた。西浦高校は公立校だしスポーツ推薦などもないが、西浦高校が甲子園優勝したら県内だけでなく県外からも西浦に入りたいと言う選手が現れたっておかしくないはずだ。
『大丈夫、私たちは絶対に甲子園優勝するんだから。三橋のあの血の滲むような努力に見合う報酬は甲子園優勝しかありえない!』
ナマエは阿部と同じ気持ちだ。
『三橋の努力を全部活かしてやりたい。三橋を勝たしてやりたい。』
今日の三橋の姿を見て、ナマエは改めて強くそう思ったのだった。

<END>