※注意:おお振りの原作沿いの名前変換小説(夢小説)です※
※注意:今回は泉君の夢小説っぽくなりました※

「おお振りの世界に異世界トリップ 第43章」


 土日2日間にわたる西浦高校の文化祭が終わった。その翌日の月曜日と翌々日の火曜日は土日に開催された文化祭の振替休暇で学校は休みになった。しかし、学校が休みでも甲子園優勝を目指す西浦高校野球部は当然休まず練習を行う。ちなみに普段は月曜日はミーティングのみの日にしているのだが、文化祭というイベントを考慮して文化祭初日の土曜日に休暇を当てたため、代わりに今週の月曜日は練習を行うことになった。野球部は土曜・日曜・祝日は夏休み期間と同じスケジュールで過ごす。朝9時から練習スタートして夜20時半まで丸1日練習に明け暮れるのだ。

 そんなわけで文化祭翌日の月曜日、ナマエは8時40分に裏グラに到着してベンチ横の倉庫で運動着への着替えを始めた。途中で篠岡も合流し、2人で着替えを終えて外に出るともう選手たちが集まっていてベンチで練習着へ着替えをしていた。篠岡とナマエは選手たちが着替えをしている中、平然とベンチに入っていき、差し入れのおにぎりの具のチェックと前日のトレーニングの順位確認を行う。篠岡とナマエはもう男子たちの生着替えにはとっくに慣れて何とも思わなくなっていた。篠岡とナマエが2人で話し合いをして今日のおにぎりの具を決め終わった頃には9時を迎える。まずは部員全員でモモカンのもとに集合した。そしてモモカンが口を開く。
「みんな、おはよう!今日の練習のスケジュールについて説明します。まず、今日は練習開始前に秋大地区予選1回戦に備えて武蔵野第一の資料の読み合わせをするよ。毎回言ってるけど、この資料はマネジがあなたたちを勝たせるために一生懸命データを集めて分析して作ってくれた大事な資料です。マネジの努力を全部活かすつもりで頭に叩き込んでちょうだい。資料の読み合わせは約1時間程を予定しています。なので10時には終わってそこから練習を開始しましょう。いつも通りアップから始めて、午前中はティーとロングティーね。今日はサーキットはなしにしましょう。午後のスケジュールは今日は一旦夏休みと同じです。でも明日からは武蔵野第一戦に備えて練習内容も変える予定だからそのつもりでいてね。ここまでで何か質問がある人はいる?」
モモカンがそう訊ねると選手たちから「ないです!」という返事が返ってきた。
「じゃあ、ナマエちゃんと千代ちゃんはさっそく資料を配ってください」
モモカンはマネジ2人に向かってそう言った。篠岡とナマエは選手たちに資料を配布していく。
「阿部・三橋君・田島君・泉君はもう資料持ってるよね?」
ナマエがそう言うと阿部と泉は「おう!」と言って手に持っている資料を掲げて見せた。田島は「あ、オレ、それエナメルん中に入ってる!」と言って立ち上がりベンチに資料を取りに行った。そして、三橋もそんな田島の後ろを追いかけていった。全員の手元に資料が行き渡ったところでモモカンはマネジの2人に資料の説明をするようにと促した。
「どうする?今日も私が言おうか?たまには千代ちゃんがやってみる?」
ナマエは篠岡にそう言った。
「うん、今日は私がやる!いつもナマエちゃんにやらせてばっかだもんね。」
篠岡はそう言って前に出た。それから配布した資料について一通りの説明を終えた篠岡はお辞儀をして一歩下がった。選手たちからはパチパチと拍手が沸き起こる。モモカンは「素晴らしい!ありがとう!」と言ってニコッと笑った。
「じゃあ、さっそく読み合わせを始めましょうか」
モモカンはそう言って資料を開いた。
「スコア表・配給表、選手プロフィール一覧、打球の情報は各自空いている時間に読んでおいてね。読み合わせをするのは武蔵野第一の概要説明、選手プロフィール詳細、武蔵野第一バッテリー分析結果の3つにしましょう。じゃ、まずは概要からいくよ…―――」
そうしてモモカンは資料を見ながら内容を読み上げ始めた。モモカンが選手たちに質問を投げかけたり、逆に選手たちの方が手を挙げて意見を言ったりして武蔵野第一攻略のためのミーティングは順調に進んだ。
「他に質問や意見がある人ー?…もう大丈夫そうね。では、資料の読み合わせはここまでにしましょうか。新チームとなった武蔵野第一は榛名君と秋丸君以外は全員1年生。榛名君以外は露出が少ないから今回は少ない情報の中で試行錯誤を重ねながらの戦いになるよ。でもそれはおそらく武蔵野第一の方も同じ。今年の夏大でベスト16に入るまでは無名だったうちの情報は向こうはほとんど持ってないでしょう。そう考えると夏大と同じメンバーで戦えるうちの方が有利だよ!うちはシードだから1回戦まで比較的時間の余裕もあるし、武蔵野第一対策しっかりとやっていきましょう!」
モモカンがそう言って喝を入れると選手たちは元気よく「はいっ!」と返事をしてからアップのためにグラウンドへと駆け出していった。
「ああ、緊張した~」
選手とモモカンがグラウンドへと去った後、篠岡はそう言って深いため息をついた。
「おつかれさま!説明、すごく上手だったよ。」
ナマエはそう言って篠岡の肩にポンッと手を置いた。
「そう?ならよかった。ナマエちゃんはいつもこんな緊張することを堂々とやっててすごいね。」
「いやいや、私も内心すっごい緊張してるよ。何回やっても慣れないね。」
ナマエはそう言って笑った。
ナマエちゃんでも緊張するんだ。でも全然そんな風に見えないよね。」
「うん、なんか傍から見てると私って緊張してるように見えないらしいね?いつも心臓バグバグなんだけどな。」
ナマエがそう言うと篠岡は「あははっ、ナマエちゃんって実は女優さんとか向いてるんじゃない?」と言って笑った。
「女優!なれるもんならなりてーわ!」
ナマエもそう言ってケラケラと笑い返した。

 ナマエは今日はドリンク作成担当なのでジャグを持って数学準備室へと向かった。一方、篠岡は水撒きを担当する。水撒きとジャグの設置を終えたらマネジはボール磨き・ボール修理をしたり、練習中の選手たちにボール渡しをしたりと普段通りに過ごした。午前の練習は順調に終わった。ランチの時間になり、ナマエがお弁当箱を広げていると隣にドサッと誰かが座ってきた。ナマエが顔を上げてその人物を確認するとそれは阿部だった。
「うす」
阿部はそう言って大きな弁当箱を床に置いた。
「おお、何?どしたん?」
ナマエがそう訊ねると阿部は1冊の本を取り出した。
「これ、借りてた本、返すわ。ありがとな。」
「ああ、スポーツ栄養学の本か」
ナマエは8月の夏合宿明けに阿部から頼まれてこの本を貸していたのだ。
「どう?内容理解できた?」
「おう、理屈はわかった。ビタミンとミネラルが何に含まれてるのかも把握できたし。」
「それはよかった!」
ナマエはそう言って笑ったが、阿部は渋い顔をしている。
「ただ、実際にこの知識を実践に活かせるかっつーと、あんまり自信持てねぇな」
阿部はそう言いながらお弁当を持ち上げて口にかきこみ始めた。
「それはやっぱ実際に料理しながら覚えていくもんだよ。毎週月曜日は部活ないじゃん?月曜くらい家で夕食作りとか手伝ってみたら?」
ナマエがそう言うと阿部の眉間に皺が寄った。
「それがよ、この間手伝ってみようとしたんだ。そしたら"こんなモタモタしてたら時間までに終わらないからまた今度にして!"って母親に言われて途中でキッチンから追い出された…。」
「あらら…」
阿部の話を聞いたナマエは苦笑した。実はナマエは前の世界でまだ学生だった頃に阿部と同じ経験をしたことがある。高校生にもなって全く料理をしたことがなかったナマエがそんな自分を恥じて母親に料理を教わろうとしたら手際の悪いナマエに痺れを切らした母親がナマエから全て取り上げて1人でやってしまったのだ。そんなわけで前の世界のナマエは結局料理を覚えないまま一人暮らしを始めて、いつもレトルトのカレーやレンチンで食べられる出来合いのものを購入して生活していた。今のナマエが料理ができるようになったのはこの世界の母親が優しく辛抱強くナマエに料理を教えてくれたおかげだ。なのでナマエはこの世界の母親には心底感謝していた。
「じゃーさ、次の月曜はミーティングの後でうちに来て一緒に料理する?」
ナマエは阿部にそう提案してみた。阿部はポカンとした顔をした。
「あ、いや、待って。それじゃダメだ。モモカンは阿部と三橋君の2人に料理させたいんだもん。私が手伝ったらダメだ。」
ナマエはこめかみに手を当てながら何かいい案がないかと思考してみた。
「ああ、三橋君も呼べばいいんだ!ってかそれならうちじゃなくて三橋君の家でやった方がいいな。」
ナマエがそう言うと自分の名前を呼ばれたことに気が付いた三橋がナマエの方を振り向いた。三橋は青ざめながら"何かオレのこと呼びましたかね?"とでも言いたげな顔をしている。
「三橋君、ちょいこっち来て」
ナマエは手招きをしながら三橋を呼んだ。
「な、なん…デスカ?」
三橋は青ざめてガチガチになっている。
「いや別に怒ってないから落ち着きなさい」
ナマエはそう言って三橋の肩をポンッと叩いた。
「三橋君のご両親って遅くまで帰ってこないことの方が多いんだよね?」
「う、うん」
「来週の月曜日もそうなの?」
「うん」
「また田島君の家に晩ごはん食べに行く予定?」
「う…っと、たぶん…そう?」
「その日さ、三橋君の家で阿部と一緒に晩ごはん作りに挑戦しない?私も一緒に見守るからさ。」
「ゥエッ…!?」
三橋は驚いた顔でナマエと阿部の顔を交互に見た。
「阿部がさ、もうちょっと料理できるようになりたいんだって。でも阿部家ではやらせてもらえないらしくて、三橋君の助けが必要なの!」
ナマエがそう言うと三橋は「オ、オレ、助け…?」と言いながら口をパクパクさせた。
「阿部はどう思う?この案良くない?」
「オレはいいけど、……お前らはいいのか?」
「私はいいよ。でも私は基本的には手出し・口出ししないよ。いざという時のためにいるだけ。」
「おー、わかった。で、お前は?」
阿部はそう言って三橋を見た。
「オレも、ダイジョブ、だよっ!」
三橋はそう言った。
「じゃあ、来週の月曜日はミーティング終わり次第みんなで晩ごはん作りだ!」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。阿部と三橋も「おう!」と元気に返事をした。

 昼食を食べ終わったら選手たちは格技場で30分仮眠を取る。マネジ2人は先に食堂に着いて勉強会を始めることにした。13時になると仮眠を終えた選手たちが食堂にやってきて、篠岡とナマエの姿を見つけて駆け寄ってきた。ナマエの隣にはいつも通り泉が座った。もうずっと前からお昼の勉強会ではナマエが泉の勉強の面倒をみてあげている。
「今日はどの教科からやる?」
「英語やろうぜ。宿題出されてただろ?」
泉はそう言った。
「あー、そうだね。あとその宿題の範囲内から小テストやるって言ってた。」
「え、そうだっけ!?」
「うん。まず宿題のプリント終わらせよう。そんでその内容を暗記する。」
「おう、そうすっか」
泉とナマエはさっそく宿題のプリントの問題を解き始めた。時々泉が「なあ、これ、わかんねんだけど」とナマエに訊ねてきて、ナマエは泉に「教科書の36ページに載ってるよ」なんて答えたりしながら2人は一通り宿題の問題を解き終わった。そして2人は解答用紙を見せ合ってお互いに答え合わせをする。
「え、これってThe othersなの?Theついてないとダメ?」
泉がナマエの回答を見ながら訊ねてきた。
「ダメだね。The othersとただのOthersでは意味が全然変わってくる。」
「どう違うんだ?」
「The othersは残りの全てを示す。Theが付かなくて単にOthersの場合は残りのいくつかを示す。」
「おお?」
「例えば野球のボールが10個あるとするでしょ?で、その内の1つは私ので、残りの内の何個かは泉君のものって状態だったとするよね。この時に"One of them is mine. The others are Kosuke's balls."って書いちゃったら1個は私ので残り9個のボールは全部泉君のものだって言ってることになっちゃう。」
「へえ!"Others are Kosuke's balls."って書けば残り全部って意味合いは無くなるのか?」
「そうだね。ただ実用英語的にはこの場合に"Others are Kosuke's balls."て言い方はちょっと不自然な気がするけど…、ま、あくまでTheが付く場合と付かない場合の意味の違いを説明するために咄嗟に考えた例文なんで深いことは気にしないで。」
「へー、わかった!」
ナマエの説明を聞いた泉はその内容をノートにメモし始めた。一生懸命メモを取っている泉の顔をナマエはぼんやりと眺めた。

―――オレは宮澤のことはお母さんでも姉貴でも姉御でもなくて、普通に同い年かわいい女の子だと思ってる

文化祭の時に泉に言われたその言葉が急にナマエの脳裏をよぎった。ナマエは胸がドキッとした。そして、それをきっかけに他の色んな泉の姿がナマエの頭に浮かんできた。そういえば、甲子園旅行2日目の夜、ホテルのロビーで野球部員で恋バナをした時に泉はナマエに彼氏がいたことがないと聞いて安心したような表情をしていなかったか?ナマエが感激したり泣いたりした時にいつも真っ先に気が付くのは泉じゃないか?そんでもって先日の文化祭ではわざわざナマエに"同級生のかわいい女の子だと思ってる"と2人きりの時に伝えてきた。
『――…もしかして泉君って私のこと好きだったりする?』
そう思った瞬間、ナマエは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
『いやいや、待て待て。落ち着け、私。その結論はまだ時期尚早だろう。たしかにいくつかそんなフラグを感じさせる出来事があるが、まだ断定するには証拠不十分だ。』
ナマエは自分の胸の高鳴りを鎮めるためにスゥーハァーと深く深呼吸をした。
「どした?」
ナマエの深呼吸を聞いた泉はノートを見ていた顔を上げ、ナマエにそう訊ねた。
「や、なんでもない」
「でもなんか顔赤くね?」
「そうかな?今日暑いからじゃない?ちょっと水飲んでくるわ。」
そう言ってナマエは食堂の給水機に向かって歩き出した。ナマエはこれで顔の火照りが鎮まるまで1人になれると思った。しかし、泉は「オレも飲む」と言ってナマエの後ろをついてきた。ナマエは内心『ゲッ…』と思ったが水を飲みに来ただけの泉を遠ざける言い訳も思い浮かばなかった。給水機でコップに水を入れたナマエはその場で水をゴクゴクと飲み干した。冷たくてとてもおいしい。
『もう一杯飲もう』
ナマエが再び給水機から水を注いでいると水を飲み終わった泉が口を開いた。
「コースケっつったよな」
「はいぃ?」
泉の言った言葉の意味がわからなくてナマエは素っ頓狂な声を上げた。
「さっき、ミョウジ、オレのことコースケって言ったろ」
「え、私?言った?」
「言ったぜ。英語の例文で"Kosuke's balls"って。」
「……ああ。英語の話ね。そりゃ英語だったら下の名前使う方が自然じゃない?Mr.Izumiって言った方が良かった?」
「いや、コースケでいい。つかコースケって呼ばれてちょっとドキッとした。」
そう言って泉はニシシッと照れくさそうに笑った。それを見たナマエは胸がキューッとなるのを感じた。
『私が必死に疑念を打ち消そうとしているのにそういうこと言うー!?なんなの、これはもはやアピールされているのでは?私が自意識過剰ですか!?』
ナマエが思わず頭を抱えていると泉は「飲み終わったし、戻ろーぜ」と言って食堂の席へと歩き始めた。ナマエはそんな泉の背中をじっと眺めた。
『万が一泉君が私のことを好きだったとして、万が一告白とかされたら、私はどーしたらいいんだろう?泉君のことは決して嫌いじゃない。というかむしろ好きな方だ。可愛らしい顔、見た目と裏腹に男前な性格、自由奔放すぎる田島の手綱を握ってうまくコントロールしてくれる力量、そして野球も上手い。素敵なキャラクターだと思う。…けども、私は泉君のことを恋愛対象として見れるのか?いや、見ていいのか!?私は異世界トリップしてきたから外見は高校生だけれど、中身はもういい歳した大人だぞ?それに10人しかいない選手と2人しかいないマネジの中でお付き合いとか始めたら今の野球部の良い関係性に悪影響を与えてバランスを崩してしまうんじゃないのか?』
ナマエは今度は席に座っている水谷の背中をチラリと見た。
『でも…じゃあ、もし水谷が千代ちゃんに告白するって言い出したら、私は水谷のことを止める?野球部の今の人間関係が崩れるからって理由で?いや、そんなことしない。だってそんな権利、私にはない。水谷が告白したいならするべきだし、千代ちゃんがそれに応えたいって思ったなら付き合えばいいと思う。もしそれによって野球部内の人間関係に多少の綻びが発生したって…それはしかたないこと。みんなで協力してその綻びを繕う努力をするだけだ。』
ナマエがそんなことを考えていると席に着いた泉がナマエの方を振り返って「おい?ミョウジ?」と呼んだ。ナマエは「今行く」と言って席に向かって走り出した。

 1時間の勉強会が終わったら、14時からは午後練習開始だ。選手たちは再びアップを始め、マネジの篠岡とナマエはその間に水撒きとジャグのドリンク補充をする。本日のドリンク担当のナマエがドリンク補充を終えて数学準備室から裏グラへと帰ってくると篠岡は複数の防球ネットをベンチのそばに並べて補修作業をしているところだった。
「え、ネット破けたの?」
ナマエは篠岡に訊ねた。マネジを始めて約半年が経とうとしているが、今まで防球ネットの補修作業なんてやったことがない。
「破けてはないよ。けどほつれてたり擦れて薄くなってる箇所があるから直してほしいって監督から頼まれた。今やり方を教わったところだからナマエちゃんも一緒にやってくれる?」
「うん!私にも教えて!」
ナマエはジャグをベンチに置いてすぐさま篠岡のそばに駆け寄った。篠岡がネットの補修をやるところを一度見学させてもらったナマエは他の防球ネットの補修作業を開始した。約半年間の間、散々使い倒された防球ネットはこうしてよく見るとたしかに色んな箇所に綻びがある。篠岡とナマエはせっせと補修作業を進めていった。最初は初めてのネット補修ということで苦労したが、何箇所も補修作業をしているうちにナマエはだんだん慣れてきて手際も良くなった。
「これはこれで楽しいかもね」
ナマエは篠岡に話しかけた。
「そだね!これからは毎月1回はネットの状態の確認をしよっか。あと今回は監督がリペアキットを注文しておいてくれたらしいんだけど、またリペアキットの追加購入が必要になったら教えてって頼まれたよ。」
「そっか。備品棚卸しは毎週やってるからその時にリペアキットの在庫も忘れずに確認しよう。」
ナマエがそう言うと篠岡は「そうだね」と言って頷いた。それから篠岡とナマエはネット補修を再開した。しばらくそうして補修作業をしているとナマエはふと例の件について篠岡に意見を訊いてみようと思い付いた。
「千代ちゃん、あのさ…」
「んー?」
篠岡は補修作業を続けながら返事をした。
「もし…もしも…選手のうちの誰かから告白されたらどうする?」
ナマエがそう言うと篠岡は作業していた手をピタリと止めてナマエの方を見た。
「されたの!?え、誰に!?」
篠岡は目を見開いて驚いていた。声が大きい。
「待って!されてない、されてないよ!もしもそんなことが起きたら…って話!」
「な、なんだ…。されてないのか…。え、でも急にどうしたの?」
篠岡が今度は目をまん丸にして不思議そうにナマエの顔を見ている。篠岡に"急にどうしたの?"と訊ねられたナマエは返答に迷った。まだ確定しているわけでもないのに"泉君が自分のことを好きかもしれないと思った"なんてことは言いたくない。だってもしこれが勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしい。
「えっと…、その、甲子園観戦旅行で桃李高校に行った時に"選手と付き合わないのか"とか訊かれたりしたじゃん。あと波里が現役中は恋愛禁止ってルール設けてる話も聞いたし、田島君は桐青では選手とマネジが付き合ったりしてるって言ってた。そういうのを聞いてて、うちではどーすんのかな~ってふと思ったの。」
ナマエはそう言って誤魔化した。
「なるほどね~。うーん、もし自分が選手から告白されたら、か…。今までそんなこと考えたこともなかったや。」
篠岡はそう言いながら再びネット補修を始めた。
「千代ちゃんはかわいいんだから、普通にありうる話だよ?」
「いやいや、ナマエちゃんの方こそそうでしょ。9組は特に仲良いし、あと阿部君とも仲良いよね。」
「まあ、仲は良いけども…。千代ちゃんと7組メンも仲良いよね?特に水谷とか。」
「ああ、うん。水谷君は話しやすいね。」
「……で、万が一、告白されたらどうする?あ、水谷に限った話じゃなくて、選手の内の誰かから、ね。」
ナマエは水谷が篠岡に片思いしていることをバラしてしまわないように気を使ってそういう訊ね方をした。
「んー…、自分もその人のことが好きだったら、悩むかも?」
篠岡はそう言った。
「好きだったら喜んで付き合う…んじゃなくて悩むの?」
「うん。だって付き合ったらやっぱ喧嘩することもあるだろうし、最悪別れちゃったりするかもしれないじゃない。そうなった時に野球部内の雰囲気が気まずくなったら…って考えちゃう。…でも、好きな人が自分を好きになってくれたらそのリスクをわかっててもやっぱり断れないかもね。」
篠岡はそう言って笑った。
「そりゃそうだよね。ちなみに好きな人じゃなかったらもう潔く振る?今は好きな気持ちはないけど、付き合ったら好きになるかも…とかは考えない?」
「んー、少なくとも部活引退するまでは好きでもない人とお試し感覚で付き合うメリットはないって思っちゃうかな」
「なるほど」
ナマエは篠岡の意見を聞いて至極納得していた。ナマエとしては篠岡のこの回答を聞けて満足した。なのでこれでこの話題は終わりだと思った。しかし、今度は篠岡がナマエに質問してきた。
「逆のパターンだったらナマエちゃんはどうするの?」
「逆のパターン?」
ナマエは篠岡の言いたいことがわからなくてキョトンとした顔で篠岡の顔を見た。
ナマエちゃんが選手の内の誰かを好きになったら告白する?」
「!!」
ナマエにとっては篠岡の質問はあまりに想定外だった。ナマエは一瞬言葉を失った。
「それは…考えたことなかったわ」
「そうなんだ」
「え、千代ちゃんは?好きな人が出来たら告白するの?」
ナマエは篠岡にそう訊ねながら阿部の姿が脳裏をよぎった。
「私はしないかな」
「なんで?何かあった時に部内の雰囲気悪くしたくないから?」
「そうだね。それに勇気出ないと思う。振られるだろうし。」
「え、振られないかもしれないじゃん?仮に相手も千代ちゃんのことを好きそうな素振りを見せてきたとして、それでも告白しないの?」
「相手が自分のこと好きそうだったら…か。それは考えたことなかったな。でももし両想いなんだったら相手から告白してくれるのを待っちゃうかも。」
「ああ、そっか。たしかに。その状況だったら男子から告白してほしいかもね!」
ナマエはそう言って笑った。
「で、ナマエちゃんは片思いの相手ができたらどーする?」
「うーーーん」
ナマエは目をぎゅっと瞑ってそんなシチュエーションを想像しようとしてみた。そして出た結論は…
「私も一旦しないかな。少なくとも引退するまではしない。引退したらするかも。」
ナマエはそう言った。
「理由はやっぱり現役中に恋愛のいざこざで部内の雰囲気を悪くしたくないから?」
「うん、そうだね」
「やっぱそれ考えちゃうよね。特に今がみんな仲良くていい雰囲気だし、変にかき乱したくないっていうか。」
「わかる」
ナマエはうんうんと頷いた。
「ちなみに選手以外との恋愛だったら現役中でもありだと思う?」
篠岡がナマエにそう訊ねた。
「ああ、野球部外の人だったらいいんじゃない?つってもうちら土日祝も部活あるから野球部以外の人と付き合ってもろくにデートも行けないけどね。」
ナマエがそう言うと篠岡は「アハッ、そうだった!」と言って笑った。
「ってことはしばらくの間は私たちは恋愛とは縁が無さそうだね」
篠岡はそう言った。
「え、でも千代ちゃんは好きな人から告白されたらなんだかんだ付き合うかもしれないんでしょ?」
「絶対好きになってもらえないもん」
「絶対なんてことないでしょうよ」
「いやいや、ないない」
篠岡はそう言って首を横に振った。ナマエは篠岡の話しぶりからして特定の誰かのことを念頭において話していると察しがついた。
「……千代ちゃんってやっぱ好きな人いるよね?」
ナマエがそう言うと篠岡はギクッと固まった。そして篠岡の顔はサッと青ざめていく。
「あ、返事しなくていい!ごめん!ネット補修さっさと終わらせちゃおう。」
ナマエはそう言って篠岡の方に向けていた顔をパッと背けた。それからは篠岡とナマエは黙々とネット補修作業に取り組んだ。ネット補修が終わったら、篠岡は米研ぎをしにテニスコートの方へと歩いていった。その間にナマエはドリンク補充のために数学準備室へ向かって自転車を走らせた。
『あの反応からして千代ちゃんが選手の内の誰かを好きなのは間違いないな』
自転車を漕ぎながらナマエはそんなことを考え始めた。篠岡の好きな人が誰かまではわからなかったが、篠岡が"絶対好きになってもらえない"と言ってる時点で水谷じゃないのは確実だ。
『千代ちゃんが"絶対好きになってもらえない"って思いそうな人物……やっぱ阿部っぽいよな。三橋も阿部と同じくらい野球バカだけど三橋はこの間浴衣エプロンの千代ちゃん見て顔真っ赤にしてたからいつか千代ちゃんへの恋心が芽生えちゃったりする可能性もゼロじゃない気がする。他に初恋未経験なのは沖と巣山だったっけ。この2人も誰かに恋するイメージが湧かないけど、逆に千代ちゃんがこの2人に恋するイメージも湧かないのよね。』
ナマエがそうしてあれこれ考え事をしながらジャグにドリンクを作成し、裏グラに帰ってくると篠岡はベンチでボールの修理をしていた。どうやら米研ぎは終わって今は吸水のために時間を置いているところらしい。ナマエもボール修理を手伝おうと思ってベンチに腰かけると篠岡が口を開いた。
ナマエちゃんは好きな人いないってことだよね?選手の内の誰かを好きになったら告白するかどうか…なんて考えたこともなかったって言ってたもんね。」
「うん、そうだね」
ナマエは篠岡の方から再度この話題を出してくるとは思っていなかったので内心驚きながらそう答えた。
「この人ちょっと素敵だなーっとかって思ったりもしないの?」
「え?えっと…?」
「例えばこの間の文化祭で泉君から"ミョウジだってかわいいだろ"って言われてたよね?あーいうのとか。私は実はあれ聞いた時、胸がドキドキしちゃった!」
篠岡はそう言ってへへッと笑った。
「あれは…キュンとしましたね」
ナマエは正直にそう答えた。
「だよね!!泉君ってあんなカッコいいこと言えちゃうんだね。」
「言った後で顔真っ赤にしてたのがさらに胸キュンだったの!」
ナマエがそう言うと篠岡は「うんうん、真っ赤だったね」と言ってケラケラと笑った。それからナマエは田島の家で夕食をごちそうになった時に三橋がナマエの私服姿を"かわいい"と褒めてくれた話だとか田島が以前"かわいいマネジの作ったおにぎりを食べれてラッキーと思ってる"と言ってくれたことなど…これまで選手たちから言われて嬉しかったことを篠岡に共有した。そんな会話で盛り上がっていたら気が付いたらごはんが炊きあがる時間になっていた。ナマエは慌てて数学準備室におにぎりの具を取りに向かった。
『千代ちゃんと恋愛の話をするの、実は今までちょっと怖かったんだけど、今日は楽しかったなー!』
篠岡の好きな人が阿部なのか確かめることはできなかったが、篠岡と女子らしい恋愛トークができたことはナマエにとってはとても嬉しいことだった。気分が上がったナマエは鼻歌を歌いながら自転車を颯爽と走らせた。
『この後、おにぎりを作って選手たちに配り終わったらマネジの1日の仕事はもうほどんど終わりだ!』
数学準備室でジャグのドリンク補充とおにぎりの具の回収を済ませたナマエは「さー、あとちょっと頑張るぞー!」と独り言を言いながら裏グラへと戻っていった。

野球部マネジの忙しい1日は今日も無事に終わりそうだ。

<END>