「おお振りの世界に異世界トリップ 第44章」
9月上旬のとある平日、今日は西浦高校野球部にとって秋大地区予選の1回戦の日だ。対戦相手は夏大で県ベスト4の成績をおさめた武蔵野第一高校である。武蔵野第一高校には阿部が中学時代にバッテリーを組んでいた投手の榛名元希選手がいる。榛名は県内屈指の左腕剛速球投手と評価されているほどの人物だ。秋大地区予選の抽選会で対戦相手が決まってから約1週間、西浦高校野球部の選手たちは久喜にあるバッティングセンターで毎日時速150キロの球をバンバン打って速球に目を慣らしてきた。今日はその成果を見せる時だ。
本日の試合は浦和市営球場である。この球場は西浦高校からは自転車で約15分程の距離にある。篠岡とナマエの2人はいつも通りモモカンの車に乗せてもらったが、選手たちは自転車で球場へ向かうことになった。当然ながら車を利用しているモモカン・篠岡・ナマエの3人が選手たちより先に球場に到着した。篠岡とナマエはモモカンの車から道具を降ろしてベンチへと運び、備品棚に道具をセットしていった。モモカンはその間に更衣室で公式戦用の野球ウェアへ着替えをする。モモカンがベンチに戻ってくると篠岡はたった今作成したばかりのメンバー表をさっそくモモカンに差し出した。
「千代ちゃん、ありがとう」
モモカンはそう言って篠岡の手からメンバー表の紙を受け取った。ナマエはその間にジャグに氷と水とスポドリの粉を豪快にぶち込んでドリンク作成をしていた。
「ちわっ!お待たせしました!」
ベンチの扉が開いて声が聞こえきた。ナマエが顔を上げると花井を先頭に選手たちが続々とベンチに入ってきていた。選手たちももう野球ウェアに着替えている。
「着いたね。柔軟も終わってるよね?」
モモカンが花井に訊ねた。
「はいっ」
「じゃあ、花井君はさっそく審判控室に行きましょうか。」
そう言ってモモカンはベンチから出ていった。その後ろを花井が追いかける。
「花井、じゃんけん負けんなよ!」
「ぜってー後攻取ってこいよな!」
田島と泉が花井に向かって声を掛けた。
「お、おう」
そう返事をした花井は表情が硬い。少し緊張しているように見えた。
「花井、あいつダイジョブか~!?」
田島はそんな花井の後ろ姿を見て眉をひそめながらそう言った。しかし、意外なことに審判控室から帰ってきた花井はホワホワと嬉しそうな顔をしていて一目でじゃんけんに勝てたんだと分かった。
「花井、やったじゃん!」
ナマエは花井に向かってそう声を掛けた。
「ああ、幸先いいぜ!」
花井はじゃんけんに勝ったのがよっぽど嬉しかったのか、それとも他に何かいいことがあったのか、理由はさておき先程までの硬い表情はもう見られなかった。
いよいよ試合が始まる。西浦が後攻なので1回表は武蔵野第一の攻撃だ。すなわち西浦側は守備のターンである。マウンドに立った三橋に阿部が駆け寄った。そして阿部と三橋はいつものようにマウンド上で右手と右手を合わせている。
「わ、わかった!」
マウンドから三橋の元気な声が聞こえてきた。何を話していたのかはベンチからはわからないが、三橋の顔を見るになんだか嬉しそうに見える。今日の三橋はやる気満々って感じだ。
「1回、しまっていこーー!!」
キャッチャーボックスに立った阿部はグラウンドに向かって大きな声で呼びかけた。これが本当に試合始まりの合図だ。
1回表、武蔵野第一の攻撃は1番小林がサード前ゴロでアウト。2番清水はショートフライでアウト。3番永井はファースト前ゴロでアウト。三死で攻守交代となった。
1回裏、西浦高校の攻撃は1番泉・2番栄口・3番巣山の三者三振で攻守交代となった。
2回表、武蔵野第一の攻撃…の前にマウンドに立った三橋は榛名がマウンドに残した踏み出し足の凹みまで足をじわじわと広げて足の長さの違いを比較し始めた。三橋が目一杯足を脚を広げてようやく榛名の踏み出し幅の凹みまで到達した。三橋は榛名の踏み出し幅の広さにびっくりしているが、それを見てるナマエや他の選手たちは三橋の身体の柔らかさに驚いていた。
「三橋超かわいいかよ~!」
ナマエは憧れの榛名と足の長さの比較をしている三橋を見て思わず口からそのまま感想が出てしまった。
「あははっ、たしかに今のはかわいかったね!」
篠岡はそう言ってクスクスと笑った。
4番榛名はセンター・ライト間に落ちるシングルヒットで一塁へ出塁した。無死一塁。5番藤巻はセーフティバントを成功させた。無死一・二塁。6番八木は送りバントを成功させた。八木はアウトになったがランナー2人が進塁した。一死二・三塁。7番小池はモモカンの指示で満塁策を取ることになった。一死満塁。8番吉沢はセーフティスクイズを成功させた。サードランナー榛名がホームに帰って武蔵野第一に1点目が入った。なお、一死満塁。
「なんか…あっさり1点取られちゃった…」
ナマエはゴクリと生唾を飲み込んだ。武蔵野第一の榛名のすごさはもちろん覚悟していたが、他の1年生選手たちがここまで優秀だとは正直予想していなかったし、こんなあっさり点を取られるとも思ってなかった。
「8番であの足の速さがあるとは思わないよね…。バントも上手にサード側に転がしたし。」
篠岡がそう言った。
9番秋丸はセカンドゴロを打ち、西浦は4-4-3のダブルプレーで二死を稼いだ。これでトータル三死となり、攻守交代だ。
2回裏、西浦高校の攻撃は4番田島がセンター前ヒットを叩き出した。無死一塁。5番花井の打席では1球目で田島が二塁盗塁を成功させた。無死二塁。続く2球目でも田島は投球開始とともに塁を蹴った。武蔵野第一の捕手の秋丸は三塁で田島を刺そうとしてサード清水に送球するがこれが悪送球となり、サード清水は球を捕れず後ろにこぼしてしまった。その隙をついて田島は三塁も蹴ってホームに帰還した。西浦高校に1点目が入った。
「ナイラーン!!」
ベンチにいる選手や篠岡やナマエはそう言いながら戻ってきた田島とハイタッチを交わした。
花井の打席の3球目、阿部はベンチから「スライダー来るぞ!クサイ球カット!!」と声を掛けた。
「す、ごい、阿部君、わかるんだね!」
三橋は阿部の言葉を聞いてそう言って感心していた。
「アホ、こう言っときゃスライダー投げにくいだろ。あとはストレートだ。まだ全力投球の球は来ねーからそこを叩けっつってんだよ。」
阿部はそう解説した。
「ス、ス、スゴイナー」
三橋はスゴイと言っているが棒読みである。おそらく意味をあんまりわかっていないようだ。そんな三橋に対して阿部は「意味理解しねーでスゴイとか言うんじゃねーよっっ」と言いながらウメボシを食らわせていた。しかし、正直なところ、阿部と三橋の会話を聞いていたナマエもよくわからなかったというのが本音だ。
『榛名の持ち球は普通のストレート・全力投球のストレート・スライダーの他にもツーシームがあったはずだよね。仮に阿部の今の言葉でスライダーが投げにくくなったとしてもツーシームの可能性はないのかな?そもそも全力投球のストレートはまだ来ないっていうのはどうしてわかる?榛名は全力出さなくても三振取れるうちは全力を出すはずがないって意味かしら?ってか花井は今の阿部の言葉がブラフだったってちゃんとわかったか?』
ナマエはそう思いながら打席に立っている花井を見た。
花井は3球目ストレートを空振りし、結局三振となった。一死。6番沖も三振。二死。7番阿部は中学時代に榛名とバッテリーを組んでいたので期待できると思ったが榛名は阿部相手にはスライダーも交えて翻弄してきた。結果、阿部は三振。三死で攻守交代だ。
3回表、武蔵野第一の攻撃は1番小林・2番清水・3番ショート永井の三者凡退で攻守交代になった。
3回裏、西浦高校の攻撃は8番水谷と9番三橋は三振して二死となったが、1番泉がセーフティバントを成功させた。二死一塁。2番栄口の打席では1球目で泉が二塁盗塁を成功させた。二死二塁。2球目は栄口が監督指示に従ってバントでキャッチャー前に球を転がした。これまでキャッチャー秋丸は送球のミスが続いているのでその穴を突こうという作戦だ。栄口のバント自体はとても上手かった。しかしさすがの秋丸も今回は丁寧な送球を試みたようで栄口はアウトになった。三死で攻守交代だ。
4回表、武蔵野第一の攻撃、4番榛名の打席では1球目に榛名の身体のスレスレのところに三橋のまっすぐが決まった。榛名はデッドボールを恐れて身体をかわして避けた。
「な…っ!」
モモカンはそう言って珍しく動揺した姿を見せた。
2球目も内角の榛名の身体のスレスレのところに三橋のまっすぐが決まった。これも榛名はデッドボールを恐れて身体をかわして避けた。
モモカンは今や黙り込んでキッと鋭い目線でグラウンドにいるバッテリーのことを見つめていた。
「モモカン、なんか怒ってる…!?」
ナマエは篠岡に小声で話しかけた。
「う、うん。そうかも…?」
篠岡も小声で返してきた。
「なんで~?」
「たぶん…今の球、榛名さんに当たりそうなくらいスレスレのところを攻めてたから…かなあ?」
「でも三橋君のコントロールならぶつからないところに投げてるでしょ?」
「だと思う。でも、三橋君のコントロール知らない人からしたらあの球はぶつかるって思っちゃうだろうし。」
「う、まあ、そうかも…しれないけど…」
篠岡とナマエは静かに圧を放っているモモカンに内心ビクビクと怯えつつも自分らの仕事をするために試合観戦に戻った。
榛名の打席の3球目以降はギリギリの球ではなく普通の投球で三振を取ることができた。一死。5番藤巻と6番八木は凡退。これで三死で攻守交代となった。ベンチに戻ってきた阿部と三橋をモモカンはさっそく呼びつけた。
「榛名君への1球目と2球目、どういうことなのか説明して!」
そう言ったモモカンに阿部はあのボールの意図を説明した。しかし、モモカンは「内にボール2つ外したら避けなきゃ当たるでしょ!もう一度やったらポジション変えるからね!」と言って阿部のことを厳しく叱った。それからモモカンは三橋に対しても「どんなサインをもらったとしても実際に投げたのはあなただよ。もしあの球が榛名君に当たっていたらあなたが全責任を負うんだよ!自分が榛名君に怪我させたかもしれないってこと、ちゃんと想像しなさい!」と言って諭した。
『いや、たぶん三橋のことだから避けなくても当たらないところに投げてたとは思う。でもコントロールのいい三橋だって失投の可能性がゼロなわけじゃないし、万が一ってことはそりゃあるよね。少しでもズレたらぶつかるような危ないコースに狙って投げるってこと自体がよくないってわけだ。それに、三橋のコントロールの良さを知ってる私たちは避けなくても当たらないところに投げてるってわかるけど、相手校の選手はそうじゃないもん。あんなコースに球来たら避けるしかないよね。それを利用して勝つのはフェアプレー精神に欠けるか。』
ナマエはそんなことを考えながら『スポーツって奥が深いなぁ』と感心した。ナマエはこの世界にやってきて野球部のマネジになってからは毎日ひたすら野球漬けの日々を送るようになった。それでもまだこうしてわからないこと、学ぶことが沢山ある。
4回裏、西浦高校の攻撃は3番巣山がセンター前ヒットで出塁した。無死一塁。そして4番田島の打席…1球目にこれまで見たことのない球が来た。
「え!」
本日配給表を担当しているナマエは驚いて思わず声に出た。
「な、な、な、何あれ?!」
ナマエは篠岡の方をバッと振り返って訊ねた。
「わかんない!何だろうね?」
さすがの篠岡も1回では判断できなかったらしい。
2球目で巣山が二塁盗塁を試みるがこれは上手くいかず巣山は一塁に戻った。3球目はスライダーを田島が空振った。そして4球目のドストレートを田島は惜しくもチップし、キャッチャー秋丸はしっかり捕球した。さすがキャッチングに関しては秋丸は上手い。これで田島はアウトになった。一死一塁。5番花井はフォアボールで出塁した。一死一・二塁。6番沖は送りバントを試みるが打球が強すぎてピッチャー前ゴロになった。結果、1-6-3のダブルプレーを食らい、三死で攻守交代となった。
5回表、武蔵野第一の攻撃は7番小池が三橋のスライダーを打ち上げてフライキャッチでアウトになった。8番吉沢はセンター前ヒットで出塁。一死一塁。9番秋丸は送りバントを成功させた。二死二塁。
ここで阿部がタイムを取ってマウンドにいる三橋に駆け寄っていく姿が見えた。三橋は何故かあたふたしている。阿部はそんな三橋の肩に腕を回した。肩を組んで何か話し合いをしている阿部と三橋。話が終わった阿部は三橋に背を向けてキャッチャーボックスへと戻り始めた。その時だった。三橋が両手をグッと握ってガッツポーズをした。顔を見ると目をぎゅっと瞑っていて、口角は上がっている。
『三橋、なんか嬉しそう!?』
ナマエはそう思った。グラウンドにいる内野手もそんな三橋の様子に気が付いたようだ。巣山が「内野、声出してくぞ!さっこい!」と声掛けすると、他の内野手から「おー!」「バッチこい!」という声が上がった。阿部が三橋に何て言ったのかはわからないが、その言葉が三橋のテンションを上げて、そんな三橋の姿を見た内野手もやる気が上がった。
『これがエースか!これがチームか!』
ナマエは胸がジーンと熱くなるのを感じた。
続く1番小林は三橋のまっすぐを打ち上げてキャッチャーフライでアウトになった。これで三死で攻守交代だ。
5回裏、西浦高校の攻撃は7番阿部が三振。一死。8番水谷はセンター前ヒットで出塁。一死一塁。9番三橋の打席では1球目で水谷が二塁盗塁成功させた。一死二塁。そして三橋は2球目で送りバントを成功させた。二死三塁。1番泉はサードゴロを打った。一塁で泉が刺されるかと思いきやサード清水の悪送球のおかげでセーフになった。そして三塁にいた水谷もホームに無事帰還して西浦高校に2点目が入った。二死一塁。2番栄口は三振し、これで三死で攻守交代となった。
「おーっ、ぜっおーっ」
三橋はそう叫びながらビュッとマウンドへ飛び出していった。先程のタイムの時に阿部から掛けてもらった言葉がよっぽど嬉しかったらしい。テンションMAXである。しかし、今は5回裏が終わったところなのでグラ整の時間だ。投手の三橋はグラ整中はベンチで休んでてもらうことになっている。花井が「三橋ー、グラ整!!」と言いながらマウンドに向かって猛ダッシュしている三橋を呼び戻しに行った。
「阿部、さっきのタイムの時、三橋君に何て言ったの?」
ナマエはベンチの後方でドリンクを飲んでいる阿部の方を振り返ってそう訊ねた。
「は?別にたいしたこと言ってねーけど?」
「嘘だ。だって阿部が何か言ったから三橋君はあんなテンションアゲアゲなんだよ?」
「ええ?」
阿部はそう言って眉をひそめた。それから話を続けた。
「9番が三橋のまっすぐを上手にバントしたからよ、もしかしたら向こうが三橋の球研究してきた可能性もあるよなって話をしただけだよ。で、その可能性は低いと思うけど、一応1番にもまっすぐ放ってみて確かめるぞっつったんだ。でも結局1番は三橋のまっすぐを打ち上げたからその線はなしだ。」
「本当にそんだけ?じゃあなんで三橋君はその会話の後ガッツポーズしてたのさ?」
ナマエがそう言うと阿部は「ガッツポーズ?」と言って首を傾げた。
「あー、阿部は見てなかったのか。すっごい嬉しそうにしてたよ。超かわいかった。」
ナマエがそう言った時、花井に呼び戻された三橋がベンチに帰ってきた。グラ整のことを忘れて飛び出してしまったことで阿部に怒られると思っているのだろうか、三橋はコソコソと息を潜めている。
「ねー、三橋君」
ナマエが三橋に声を掛けると三橋はビクッと跳ね上がった。
「ご、ごご、ごめ…」
「いやいやいや、私は怒ってないよ」
ナマエは苦笑しながらそう言った。
「三橋君さー、5回表の途中のタイムの時になんか喜んでたじゃん?あれ、どーしたの?」
「え、えと…」
三橋はチラッと阿部の顔を見た。
「オレ、何か言ったか?」
阿部はそう訊ねた。
「えと…、あ、阿部君、ありがとうって、い、言った…!」
三橋はそう答えた。ナマエは阿部の顔を見た。阿部は頭に疑問符を浮かべていたが、しばらくして「…ああ!」と何か思い付いたようだった。
「言ったん?ありがとうって?」
ナマエは阿部に訊ねた。
「ああ、言った。言ったけど、…それがなんだってんだ?」
阿部はそう言ってまた頭に疑問符を浮かべていた。
「阿部にありがとうって言われたのが嬉しかったんだよね?」
ナマエは三橋にそう訊ねた。三橋は頬を赤らめながらコクコクッと元気に頷いた。そんな三橋を見た阿部はカァッと顔が赤くなった。そんな2人の姿があまりにかわいらしくてナマエは胸がギュンッと掴まれるような感覚を覚えた。ナマエは思わず三橋の頭をわしゃわしゃっと両手で撫でた。
「ゥエッ!?っと…ミョウジさん?」
三橋はナマエの予想外の行動に驚いてそう言った。続いてナマエは阿部にも同じことをしようとしたが、阿部にガッと両手首を掴まれて阻まれた。
「ったく、何を興奮してんだテメーは」
阿部は呆れた表情でそう言った。
「スミマセン、うちのバッテリーがあまりに尊くて気持ちが昂りました!」
「尊いってなんだよ。つかオレにまでやろうとすんな!」
阿部は目を尖らせながらそう言った。そんな会話をしていたらグラ整が終わったようで他の選手たちがベンチに帰ってきた。さあ、後半戦の始まりだ!
6回表、武蔵野第一の攻撃は2番清水が三振で一死になった。3番永井は三橋のまっすぐを打ち上げてフライキャッチでアウト。二死。4番榛名もレフトフライでアウト。これで三死で攻守交代だ。
6回裏、西浦高校の攻撃は3番巣山が三振で一死。4番田島はレフトフライでアウト。二死。5番花井は…まさかのホームランを打った!西浦高校にとっての3点目の得点だ。
「はいったあああああ!!!」
「花井やりやがった!」
「ナイバッチー!」
「やったね、キャプテンッ」
西浦高校のベンチは大盛り上がりをみせていた。みんなでハイタッチをしたり、ハグをしたり、飛び跳ねたりしながら花井の帰還を待った。ベンチに帰ってきた花井は自分でもホームランを打てるとは思っていなかったみたいで呆然としていた。
「ナイバッチ!!」
「やってくれたな!!」
「公式戦ホームラン1号!!」
泉・巣山・水谷が花井にそう声を掛けると花井はじわじわと実感が湧いてきたようで次第に頬が赤くなった。その上、田島が花井に「予想外なんだよ!榛名からホームランとか、お前スゲーぞ!!!」と声を掛けたことで花井の顔は真っ赤になった。
『うんうん、自分より格上だと思ってたライバルから認められたらそりゃ嬉しいよねえ!』
顔を真っ赤にしている花井の姿を眺めながらナマエはニマニマと笑みを浮かべた。
6番沖はサードゴロで三死となった。これで攻守交代だ。
7回表、武蔵野第一の攻撃は5番藤巻がツーベースヒットを打った。無死二塁。6番八木は三振。一死二塁。7番小池はレフトフライでアウト。二死二塁。8番吉沢はライト前ヒットを打った。セカンドランナー藤巻がホームへの帰還に成功して武蔵野第一に2点目が入った。一死二塁。9番秋丸は三振し、これで三死で攻守交代だ。
7回裏、西浦高校の攻撃は7番阿部・8番水谷・9番三橋の三者凡退で攻守交代となった。
8回表、武蔵野第一の攻撃は1番小林がセカンドフライでアウト。一死。2番清水は三橋のまっすぐを打った。ライナー性の当たりだ。一死一塁。3番永井はバント失敗でアウト。二死一塁。4番榛名も三橋の低目のまっすぐを打ち、センターの頭を越えるスリーベースヒットとなった。セカンドランナーがホームに帰って武蔵野第一に3点目が入った。同点だ。二死三塁。
西浦高校はここでタイムを取った。マウンドの三橋の周りに阿部と内野手と伝令の西広が集まって会話をし、最後にサードランナの榛名の姿を全員で目視して試合再開となった。
『がんばれ、三橋!あともう少しだけふんばってくれ!』
ナマエは心の中で三橋に声援を送った。
しかし、5番藤巻もピッチャーの横を抜けるヒットを打ち、サードランナー榛名がホームに帰って武蔵野第一に4点目が入った。逆転された。二死一塁。6番八木はセンターフライでアウトになった。三死で攻守交代だ。
8回裏、西浦高校の攻撃は1番泉がサード横を抜けるヒットを打って出塁した。無死一塁。2番栄口の打席では1球目で泉が二塁盗塁を成功させた。無死二塁。そして2球目で栄口は送りバントを成功させた。一死三塁。3番巣山はデッドボールで出塁した。一死一・三塁。4番田島はショート前ゴロを打ったがショートが球を弾いて捕球に失敗した。その隙にサードランナー泉がホームに帰って西浦高校に4点目が入った。同点だ。ただ、ファーストランナー巣山は二塁で刺されてしまった。二死一塁。5番花井の打席では1球目で田島が二塁盗塁を成功させた。二死二塁。続く2球目で花井はセカンドフライでアウトになった。三死で攻守交代だ。
9回表、武蔵野第一の攻撃…が始まる前の投球練習の3球目で三橋はナックルカーブを投げた。
「え!?」
ナックルカーブを見たナマエは驚いて思わず声をあげた。三橋は7月に武蔵野第一vsARC学園の試合を観戦した時から4つ目の変化球ナックルカーブを本格的に習得するべく練習を続けていた。そのことはマネジのナマエはもちろん知っていた。
『でももう完成してたとは…!ついに公式戦でナックルカーブを使う気なのか…!』
ナマエは固唾を飲んで見守った。
そして試合再開となった。7番小池はサード前ゴロを打った。サード田島が捕球して一塁へ送球。小池はアウトになった。一死。8番吉沢は三振。二死。9番秋丸はセカンドフライでアウト。三死で攻守交代だ。
9回裏、西浦高校の攻撃は6番沖が三振。一死。7番阿部はセーフティバントを成功させて出塁した。一死一塁。8番水谷の打席では1球目で阿部が二塁盗塁を成功させた。一死二塁。ここで武蔵野第一は敬遠策を取ったようで水谷がフォアボールで出塁した。一死一・二塁。9番三橋の打席では1球目で阿部が三塁盗塁を成功させた。一死一・三塁。2球目、榛名の投球開始とともに阿部が三塁を蹴った。榛名の投球は打者三橋の顔面に向かって飛んでいった。
「よけろ!!」
阿部はホームへとダッシュしながら三橋にそう叫んだ。三橋は咄嗟にしゃがみ込んだ。その結果、三橋のバットに球が当たり、運悪く阿部と並走するサード清水のグラブにワンバンで収まった。当然、サード清水はホームにいるキャッチャー秋丸へ送球した。ホームへ向かっていた阿部はそれを見て踵返しをして今度は三塁へ戻ろうとした。そして今度は秋丸が三塁で阿部を刺すために三塁のカバーに入っていたショート永井への送球を試みた…が、球は阿部のヘルメットに当たって永井の頭を越えていった。阿部は再度踵返しをしてホームへの帰還を狙う。レフト吉沢が秋丸の投げた球を捕球した。吉沢は今度はホームのカバーに入っている榛名の元へと送球した。
「内回ってかわせ!!」
ネクストバッターズサークルにいた泉が阿部にそう指示し、阿部は榛名のグラブを避けながらホームベースをタッチした。
「セーフ!!セーフ!!」
審判の声が球場に響いた。阿部がセーフと言うことは西浦高校に5点目が入ったということだ。そして今は9回裏。
「勝った…?」
ナマエは呆然としながらそう言葉を漏らした。短時間のうちにあまりに色んな出来事がありすぎて頭がついていかないのだ。
「うん…勝った…」
篠岡も呆然とした様子ではあるがナマエの言葉にそう返答をした。
「あ、あいさつ!整列だ!」
花井がそう言うとベンチにいた選手たちがグラウンドへ向かって駆け出した。その言葉につられて篠岡とナマエもベンチから立ち上がった。そしてマネジ2人はモモカンと志賀先生と一緒にベンチの前に整列した。
「ゲーム!」
審判がそう言いながら右腕を西浦の選手たちに向けて伸ばした。
「あっしたー!!」
「あーっした!」
選手たちがそう言ってお辞儀をした。ナマエも選手たちに合わせて頭を下げた。
『武蔵野第一に勝った…!』
選手たちと一緒に応援席へと向かいながら、ナマエはじわじわと勝利の実感を噛みしめた。ナマエがこの世界に来る前、ナマエはアニメおお振りで三橋が初めて榛名に出会ったシーンを観たことがある。その時、榛名は三橋を見て"勝った"と思って見下していた。三橋のことが大好きなナマエはそれがとても悔しかったのを覚えている。
『今日うちが勝って、きっと榛名も三橋のこと認めてくれたよね?』
グラ整に出る選手たちを見送ったナマエはルンルンな気分でベンチの備品棚に設置した道具の片付けを始めたのだった。
西浦高校、秋大地区予選1回戦突破!
<END>