「おお振りの世界に異世界トリップ 第51章」
秋大県大会初戦(vs千朶戦)の翌日、前日に公式戦があったので今日は朝練も昼練もやらずに十分休養を取るようにとモモカンから言いつけられている。今日の9組の野球部員はみんないつもより元気がなかった。三橋はおそらく調子を崩していることを気にしているんだろうと察しが付く。田島は昨日4番から外されたことを気にしているのだろうか?泉は一体どうしたのだろう?ナマエはこんなに活気のない田島・三橋・泉を見るのは初めてでどう接していいのか迷った。でも心のこもってないお世辞なんか言ってもこいつらには響かないだろう。これも強くなるために乗り越えなきゃいけない壁…ということなんだろうか。であればナマエにできることはまずは見守ってあげること、そしてもしナマエがアドバイスを求められることがあったらその時は全力で解決策を考えてやることくらいだ。ナマエはそう割り切っていつもより暗い9組野球部男子3人のことはそっとしておいてあげることにした。
お昼休憩になった。9組ではいつも通り田島・三橋・泉・浜田・ナマエの5人で昼食を食べる。いつもはにこやかに雑談しながら食事をしている5人だが、やはり野球部男子3人は今日は何も話さず黙々と食事を取り続けた。
「なー、何で泉は暗いの?」
浜田がそう言った。
「は?別に暗くねーだろ。」
「えー、いつもみんなニコやかに食べてんじゃん。コールドたって千朶相手に1年だけで7回までやったんだから…―――」
そう言いかけた浜田を田島が制した。
「浜田、暗いわけじゃねんだ。考えてるだけ。気遣わしてごめんな。」
田島にそう言われた浜田は「そうかー」と言って黙り込んだ。
「昨日の試合はね、色々なことがあったんだ。西浦高校野球部が全国制覇するために足りないものを色々見せつけられたというか…全国制覇っていうのがどれだけ厳しい目標なのかということを改めて実感させられた。私たちは成長しなきゃいけないし、そのために何をするべきか考えないといけないの。真剣に考えてるからいつもみたいにニコやかにってわけにはいかないけど、それはどうかご容赦ください。」
ナマエは浜田にそう言った。
「おっけー。でもミョウジは普通そうだな?」
「私は平気だよ。勝てなかったのはすごく悔しいけど、でも次は早ければ春大で対戦できるかもしれないでしょ。私はうちのチームは強いし、もっと強くなるって信じてるよ。まだ1年生でこのレベルだもん。まだまだ身体も成長期だし、技術的な面でも伸びしろしかないよ。しかも春には新入生が入ってきてくれるかもしれないし!私は次は千朶に勝てると本気で思ってる。」
ナマエはそう断言した。浜田はそんなナマエの強気発言を聞いて「うわあ、まぶしい」と言って片目を瞑った。
放課後の練習が始まった。秋大県大会の初戦で千朶に負けてしまったので西浦高校は4市大会まで試合はない。新人戦が始まってから秋大県大会初戦までの間、対戦相手のデータ収集・分析作業に追われて大忙しだったマネジの2人は一旦ここで一休みできる。といっても10月には4市大会があるので引き続き新聞や地元TV局の高校野球ニュースのチェックをして他校情報の収集は欠かせない。でも、これはもうナマエにとっては毎晩の日課になっているので普段通りに過ごすだけだった。そんなわけで今日は久々に通常のマネジ業務に専念できる。マネジ2人は選手のフリーバッティング練習のお手伝いでピッチングマシンに球を投入していく仕事を任された。その時、事件は起こった。篠岡がピッチングマシンに球を入れ、バッターの花井がその球を打つとその打球は大きく伸びて裏グラのネットを越えてしまった。
「非常事態です!!」
モモカンは顔を真っ青にしてそう叫んだ。
「ボールの行方見てた人、全員で探しに行くよ!」
モモカンがそう言うとブルペンにいる阿部と三橋以外のみんなでグラウンドの外に出て球を探し回った。
『そうだった。花井は榛名の球をホームランにしたんだもん。そりゃ越えるよなあ。』
ナマエがそんなことを考えながらボールを探していると巣山がボールを見つけた。
「道に落ちたと思います」
巣山はそう言ってモモカンにボールを手渡した。モモカンは「うん」といってボールを受け取りながらも顔は未だに青ざめていた。
翌日、この日は月曜日ではないが部活はなしでミーティングのみ実施することになった。というのも、もう10月になったのでまもなく2学期の中間試験があるからだ。秋大県大会初戦で敗退した西浦高校野球部はこれからは試験前休暇に突入する。しばらく部活はお休みだ。休みに入る前に一昨日の千朶戦の振り返りを実施しておきたい。というわけで今日は急遽ミーティングを行うことになった。ミーティングでは選手たちから様々な意見が挙がった。
「一昨日の試合で千朶がやっていたことを洗っただけでもこれだけあったね。まだ気付いてないことも当然あるでしょうし、これらをヒントに自分たちで新しい戦略を考えることだってできるよ。走塁は得点に直結する!結果はすぐに出る!今日の内容はキッチリ頭に入れて、他にも気付いたことがあればどんどん発信してね!それじゃ、今日は終わりにしましょう。」
モモカンがそう言うと選手たちは立ち上がって「あーっした!」とお辞儀をした。それからモモカンは前髪をヘアピンで止め、スーツのジャケットをきっちり羽織り、身だしなみを整えた。
「花井君、行きましょう!」
「はいっ」
そう言ってモモカンと花井は教室から出ていった。ナマエはモモカンから事前に今日は柵を伸ばしてもらうために学校に交渉に行くという話を聞いていたので、それだとすぐに気が付いた。
モモカンと花井が出ていってすぐに志賀先生が大量のプリントを持ってやってきた。
「はい、じゃあ教科書・ノート出して!プリント置いとくから、オレの授業受けた人は教える側、そうじゃない人は教わる側ね!小1時間で帰ってくるから全員回答できるようにしておくこと!」
志賀先生はそう言って教室から出ていった。1組と3組のメンバーはこのプリントの範囲をもう授業で習ったようだ。7組と9組のメンバーはまだ習っていない。いつも通り、三橋と田島には西広が教えてあげることになった。泉も西広の説明に耳を傾けている。阿部には沖がついている。といっても阿部は数学が得意なので特に手助けはいらなさそうだ。沖は基本的には見守りつつ、いざと言う時のために念のためそばにいるという感じだ。栄口と巣山は水谷・篠岡・ナマエの3人のサポートについてくれた。…とはいってもナマエは前の世界で既に高校を卒業しているので数I・Aはやったことがあるし当時も成績は良い方だった。まだ授業で習ってない範囲の課題でも教科書を読めばどうやって解くかはすぐ思い出せた。ナマエは誰の助けも借りずにさらさらとプリント課題を終わらせた。
「ミョウジって数学もできるんだ。5月頃は阿部に数学教わってなかった?てっきり苦手なのかと思ってた。」
栄口が1人でプリントを解き終わったナマエを見てそう言った。
「1度考え方に慣れちゃえば結構わかるよ」
「ミョウジって理系なの?文系なの?」
「えーっと迷ってる。数Ⅲ・Cは難しそうだから文系にしようかなと思ったりしたけど、文系は歴史が必須なんだよね。日本史にせよ世界史にせよ、地球上の長い歴史を全部記憶しろって厳しくない?それだったら公式覚えて考え方さえ身に着けられれば解ける数学の方がまだマシかも?と思ったりしてきた。考えることは得意な方だし。」
「へー。ちなみに入学する時の文理選択はどっちにしたの?」
栄口にそう訊ねられたナマエは言葉に詰まった。ナマエがこの世界にやってきたのは入学式の日なので入学前の手続きがどうなったのかはナマエは全く把握していないのだ。当然、入学前に提出した資料に自分がなんて書いたかなんて知る由もない。
「えっと…よく考えずに書いちゃったからあんまり覚えてないんだけど……たぶん文系にしたんじゃないかな?」
ナマエは憶測でそう言った。理由は前の世界のナマエは文系の道に進んだからだ。この世界でのナマエが中学時代にどんな風に過ごしてきたのかはよく知らないが、前に家の中のアルバムを漁った結果、ナマエはこの世界でも前の世界と同じ中学を卒業していることが発覚している。前の世界で中学生だった頃のナマエは文理どちらの教科も得意だけど"女子だし文系でいいでしょ"と考えていた。この世界でもその考えのまま高校生になったのならおそらく文系を選んでいるはずだ。
「そうなんだ。でも変えるかもしれないってこと?」
「うん…。1年の終わりになったら進路指導とかあるよね?ホントに変えるならその時に相談しないとね。」
そうしてナマエが栄口を会話していると水谷が「なー、ここ教えてー!」と言いながらプリントをひらひらさせた。
「はいはい、どこ?」
栄口が身を乗りだして水谷の話を聞いてやった。ナマエは数学は解き終わったし他のメンバーには既に教えてくれる人がついているようなので、数学の勉強は中断して古典の勉強を始めた。志賀先生は宣言通り1時間後に帰ってきた。志賀先生はプリント課題の問題(1)から順番に部員を当てていって解答を黒板に書かせた。みんなで協力し合って教え合ったおかげで全員間違えることなく全問正解できた。
「よし、バッチリだ!明日以降もしっかり勉強するんだぞ。今日のところはこれで解散にしよう。」
志賀先生がそう言うと部員たちは「よっしゃ!」と喜んで帰宅の準備を始めた。
「千代ちゃんって今日も家に帰って家事手伝いの予定?」
ナマエは帰り支度中の篠岡に話しかけた。
「ううん、今は試験期間だから勉強に集中してていいってお母さんから言われてるよ」
「じゃあ、良かったらこの後一緒にどこかで勉強していかない?」
ナマエがそう言うと篠岡は「うん!いいよ!」と言ってニコッと笑った。
「ね、ねえ!それオレも参加していい?」
ナマエたちの会話を聞いていた水谷がそう言って割り込んできた。
「うん、私はいいよ。千代ちゃんもいい?」
ナマエは篠岡の顔をチラッと見た。
「もちろんいいよ!」
篠岡は朗らかな表情を浮かべている。水谷は頬を赤らめて嬉しそうにしていた。
「あ、それオレも参加したいな」
栄口がそう言った。ナマエは「おいでおいで~!」と答えた。
「どこでやる?図書館?」
栄口が訊ねてきた。
「図書館で声出して教え合ってたら迷惑じゃない?自習室行こうよ。」
ナマエがそう言うと水谷・栄口・篠岡は「オッケー」と返事をした。そうしてナマエたち4人は自習室に向かって歩き出した。
自習室に到着して空いている席に着席した4人はまず何の教科の勉強をやるか話し合いを始めた。
「みんなの得意科目と苦手科目って何だっけ?」
栄口が他3人にそう訊ねた。
「ちなみにオレは古典が得意だけど数学が苦手。」
「私は現国が1番得意かな。苦手なのは数学。」
篠岡がそう言った。
「オレはねー、理系科目は比較的得意な方…かな?苦手なのは古典。」
水谷がそう答えた。
「私は得意なのは英語系。その中でもグラマーが1番得意。苦手なのは…体育。」
ナマエがそう言うと栄口が「いや、体育は中間試験の科目にないから」と言って笑った。
「試験科目の中で苦手なのは、んー、強いて言うなら古典と歴史かな?」
「"強いて言うなら"ってことは、他と比較すると落ちるってだけで成績は悪くないってこと?」
「うん、1学期はなんだかんだ全教科85点以上取れたし、個人的に他の科目と比べて好きじゃないってだけ。」
「へー、ミョウジってマネジ業務だけじゃなくて学業も優秀なんだな」
栄口はそう言って感心した表情を浮かべた。
「栄口君も千代ちゃんも数学が苦手なら、まずはそれから始める?数学なら私は教えられるし、水谷も理系科目が得意ってことは数学はイケるんだよね?」
ナマエがそう言った。
「まあ、あくまで比較的…だから大得意ってわけじゃないよ?」
水谷はそう言って「アハハ…」と笑った。
「私は栄口君に教えるから、水谷は千代ちゃんね」
ナマエはそう指示を出した。一応、水谷のことを気遣ってやったつもりだ。せっかくなら好きな子に教えたいだろうと思ったのだ。まずは1時間、その2組に分かれて数学の勉強をした。その後は一旦休憩を挟んだ後、せっかく古典が得意な栄口がいるので水谷とナマエと篠岡は栄口から古典を教わることにした。
「栄口君、教えるの上手いね。なんか古典に対する苦手意識薄れてきたかも。」
ナマエはそう言った。
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいね」
栄口は後頭部をポリポリ掻きながら照れくさそうに笑った。
「さてもう時間も遅くなっちゃったし、今日はこの辺で切り上げようか」
ナマエはそう言って机の上の勉強道具を片付け始めた。
「いやー、やっぱ人と一緒にやるほうが勉強捗るな!オレ、家でやろうと思ってもついサボっちゃうもん。」
水谷は両腕をグーンッと上げて伸びをしながらそう言った。
「アハハッ、私もその気持ちはわかるよ」
篠岡はそう言って明るく笑った。
「しのーかって現国得意なんだよね?もしわかんないことあったらメールで訊いてもいい?」
水谷は篠岡に訊ねた。
「うん、全然いいよ。じゃあ私も理系科目でわからないところあったらメールしていいかな?」
「うん!大歓迎!」
そう答えた水谷の顔は若干頬が赤く、嬉しそうだった。
「明日からも試験勉強がんばろー!」
ナマエがみんなに向かってそういうと他3人から「おー!」と元気な返事が帰ってきた。その後は4人で雑談をしながら駐輪場に向かい、それから各々の自転車に乗って帰途に就いた。
試験前休み1日目、終了。
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