「おお振りの世界に異世界トリップ 第53章」
ナマエが三橋家での勉強会を終えて家に帰ってくると母親が「おかえり」と言って出迎えてくれた。
「ごめんなさい!本当はこんな遅くなるつもりじゃなかったんだ。」
ナマエは母親に謝った。
「寝落ちちゃったって言ってたけど、じゃあ勉強はできなかったの?」
「ううん、一応1時間半くらいはやったよ!」
「それならよかった。明日も学校なんだから早くお風呂入っておいで。」
「はーい」
ナマエはそのままお風呂場へと直行した。
ナマエがお風呂から上がると父親が仕事から帰ってきていた。ダイニングテーブルで夕食を食べている。
「あ、お父さん、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
ここでナマエはスマートフォンの件を思い出した。今日の夕方に母親に"スマホに機種変したい"とメールで連絡を入れたら、母親の返信は"あとでお父さんと話し合ってみるね"という内容だったのだ。
「そうだ!お母さん、スマホの件って今話し合いできる?」
ナマエがそう切り出すと母親は「ああ、そうだったわね!」と言った。母親とナマエはダイニングテーブルに着席した。
「お父さん、あの相談があるのですが…――」
ナマエは父親にガラケーからスマートフォンに機種変をしたいこと、スマホはとても便利でこれがあればマネジ業務もかなり捗るであろうこと、周りの人たちも続々とスマホに変えていっていることを説明して父親の説得を試みた。
「そうだな。うちの職場でもみんなスマホを持ち始めたよ。もうこの時代の流れは止まらないだろうな。時代遅れになる前に家族全員で機種変しようか。」
意外にも父親はあっさりと承諾してくれた。
「ありがとうございます!!」
ナマエはペコリと頭を下げた。その後は家族3人でどのスマホにするか、色は何がいいか、容量はどのくらい必要かといった内容を話し合った。父親はさっそく今週末に手続きに行ってくると言ってくれた。今週末に手続してくれるなら約2週間後に控えている鎌倉遠足ではもうスマホで観光できるということだ。自分の部屋に入ったナマエは「やったー!」と言いながらベッドにダイブした。
試験前休み2日目、終了。
試験前休み3日目、ナマエが登校すると昨日に引き続いて今日も三橋は自席で眠り込んでいた。
「ミョウジ、はよっす!」
先に登校していた泉がナマエにあいさつをした。
「泉君、おはよう。今日は早いね。」
「おう。昨日結局全然勉強しないまま寝ちまってさ、その分取り戻そうと思って早めに来た。」
「おー、えらいじゃん。ちなみに三橋君は泉君が登校した時からこの状態?」
ナマエは机に突っ伏している三橋を指さした。
「うん、オレが着いた時からずっと寝てる」
そこに田島が登校してきた。泉とナマエの姿を見つけて「はよーっす!」と言いながら近づいてくる。
「うす」
「おはよー!」
泉とナマエは田島にあいさつを返した。
「お前ら昨日はちゃんと勉強したのか?」
泉が田島とナマエに訊ねた。
「あー、実は昨日うちらも途中で寝落ちしちゃったよ」
ナマエがそう言うと泉は田島に向かって「それで電話なかったのか」と言った。
「ワリィ!一応1時間くらいはやれたんだけどな。」
「オレは30分だ。行った甲斐はあったぞ。しかし三橋は懲りずに今日も走ってきたんだな。」
「……みはし……」
田島がボソッとそう言った。
「何?」
「ちょっと違和感…」
「何が?」
泉は何のことだかわかっていないみたいだが、実はナマエも同じ感覚を抱いていた。これまでは名前呼びは田島・三橋・ナマエの3人の間だけの話だったし、それをするのも田島家または三橋家にいる時のみと状況が決まっていた。でも昨日は阿部・三橋・田島・泉・ナマエの5人で田島家に行って、そこで阿部と泉からも名前で呼ぶように求められた。昨日散々下の名前で呼び合った後で今日を迎えてみんなのことを名字で呼べばいいのか、名前で呼べばいいのか、なんだかよくわからなくなってきていた。
『これまで通り学校では名字呼びするべきなの?それとももう名前呼びにするべきなの?』
ナマエがそんなことを考えていると9組の教室に阿部が入ってきた。
「レン」
阿部がそう呼ぶと寝ていた三橋はビシィッと起き上がった。
「また走ってきたのか。今日はオレのチャリ乗って帰れよ。」
「えっ、なんでっ」
「なんでじゃねーよ。昨日寝こけたじゃねーか。」
「今日っもっ」
「自分でやれんならいーけど」
「……無理、だ」
「昼はいつも通りな」
「うん」
「そいじゃ」
阿部は三橋とそれだけ会話したら7組へと戻っていった。
「昨日なんかあった?」
泉が訊ねた。田島とナマエは顔を見合わせて「いや?」と返事をした。
「じゃー、"レン"か」
泉は三橋が阿部にビクついていた理由が気になったらしい。
「レンが慣れるか、タカヤが飽きるか」
田島がそう言った。
「タカヤ?」
泉は驚いている。
「そう呼べってんだもん」
「じゃー呼んでやっか」
泉がそう言うと三橋の目は泳いでいた。
「じゃ、阿部のことはこれからは学校でも隆也呼びでいいのね?キミたちのことは?もうワケわかんなくなるから学校でも名前呼びにしていい?」
ナマエは田島・三橋・泉に訊ねた。
「おー、そうしようぜ!」
田島がニッと笑ってそう言った。泉も「おう」と言いながら頷いている。
「ついでと言っちゃなんだけど、浜田君のことは私も"ハマちゃん"って呼んでいいかな?」
ナマエは浜田に向かってそう訊ねた。
「おお、全然いいよ!」
そう言って浜田は笑った。
昼休み、お弁当を食べ終わったナマエは7組にいる篠岡を迎えに行った。お昼の恒例の草刈りをするためだ。ついでに篠岡にある資料を渡した。
「これは何の資料?」
篠岡はナマエにそう訊ねた。ナマエは昨日の放課後に田島家で自主練があったことやその後コーチに会って故障を防ぐための身体のバランスの仕組みとロープ引きに関する説明を受けたことを篠岡に話した。
「その内容をパソコンで文字起こしして印刷してきたんだ」
「へー!そんなことがあったんだね。選手たちにも配らないとね。」
「うん。この後裏グラで会うでしょ。その時に配ろう。」
篠岡とナマエは自転車で裏グラへと向かった。裏グラに到着すると選手たちはもうグラウンドで自主練中だった。
「花井ー!ちょっといいー?」
ナマエはグラウンドにいる花井を呼んだ。
「おう、どした?」
「ロープ引きの件ってもう誰かから説明聞いた?」
「ああ、ざっくりとだけど阿部から話は聞いたぞ」
「そのロープ引きについてなんだけど、昨日コーチから説明された内容を資料にまとめてきたんだ。みんなちゃんと理解した方がいいと思って。」
「マジか。サンキュ!あとで配っておくからオレのエナメルの中に入れといてくれっか。」
「了解!よろしくね。」
ナマエはベンチに置いてある花井のエナメルバッグを開けて中に資料を入れた。それからベンチ横の倉庫で運動着に着替えていつも通り草刈りを開始したのだった。
放課後、今日は泉は帰って勉強するらしく、その代わりに栄口が田島家での自主練に参加することになった。ナマエは今日も一緒に田島家に行くべきか、それとも家で勉強に専念するべきか迷った。でも、やっぱり今日も行くことにした。阿部と三橋の投球練習をじっくり見学できる機会なんてそうそうないし、しかも田島家でなら阿部の真後ろから見学できるからだ。それにフォーム改造中で調子を崩しているという三橋のことも気掛かりだった。田島家に到着すると栄口は「へーーっ」と言いながらその敷地の広さや学校からの近さに驚いていた。
「ただいま!」
田島は縁側の窓を開けて田島祖父にあいさつをした。
「悠、おかえり!今日もみんな連れてきたのか。昨日と同じメンバーか?」
「コースケは今日は来てないんだ。代わりに今日は栄口ユートが来た。セカンドな。」
「ちわっ」
栄口はそう言って田島祖父に頭を下げた。
「ユートか。練習がんばっててえらいな。」
「私は練習じゃないですけど、また来ちゃいました」
ナマエはそう言って田島祖父に頭を下げた。
「ナマエのことならいつでも歓迎だよ。さあ、こっち上がんなさい。」
田島祖父はそう言って手招きをした。
「はいっ!お邪魔します。」
ナマエは靴を脱いで縁側に上がらせてもらった。ナマエは阿部が座る場所の真後ろを陣取った。選手たちの練習が始まると田島家の家族が続々と縁側に出てきた。
「今日も来てるのね!」
「あれ?コースケは?」
「今日はコースケは来てないんだとさ」
「あの子はなんていう子?」
「ユートだ」
「ユートね。ポジションはどこなの?」
「えっと、どこだっけな…」
「ユートーー!ポジションはどこー?」
「セカンドっすー!」
そんな感じで今日も田島家のギャラリーは大賑わいだ。阿部と三橋は今日も特投げをやっていた。昨日の特投げは30分だけだったが今日は1時間やるらしい。特投げが終わったら通常の投球練習をやり始めた。そのタイミングでナマエは席を立ってキッチンに向かった。選手たちの練習終わりにはおにぎりや果物を出すので碧も田島母たちと一緒にその準備を手伝おうと思ったのだ。練習を終えた選手たちがおにぎりを食べている間にナマエは道具の手入れや片付けを済ませた。田島家での練習後は今日も裏グラに向かった。裏グラでは三橋はロープ引きをやり、他の3人は普段バッティングで使っている腕とは逆の腕を使った素振りをして身体のバランス調整を行っていた。ナマエはその間に借りてきた道具を備品棚に戻した。
「じゃ、私は先に家に帰るね!晩ごはん食べ終わったらまたレンの家に集合でいいんだよね?」
ナマエはグラウンドにいる三橋・阿部・田島・栄口にそう訊ねた。三橋はコクコクッと頷いている。田島からは「おー!また後でなー!」という返事が返ってきた。一旦家に帰ったナマエは夕食を食べ、シャワーで汗を流し、身支度を整えてから三橋家へと向かった。今日はナマエが1番に三橋家に到着した。阿部・田島・栄口に"レンの家の門のところで待ってます"とメールで連絡を入れると真っ先に田島から"もーすぐ着く!"と返信があった。田島は宣言通りその3分後に到着した。阿部と栄口はさらにその5分後に2人一緒に現れた。
「2人で待ち合わせして来たの?」
ナマエが訊ねると阿部が「いや、たまたま道の途中でバッタリ会った」と答えた。4人揃ったところで三橋家の玄関のインターフォンを鳴らすと昨日と同様にダッという足音が近づいてきて、ガラガラーッと三橋家の玄関が開いた。
「いらっしゃいっ!」
三橋はそう言って迎えてくれた。
「今日もおばさんたちいないんだな?また10時くらい?」
田島がそう言うと三橋は「うん」と言って頷いた。
「レン、今日も差し入れ持ってきたよ。牛乳とオレンジジュース。あとアイスも。」
ナマエはそう言って三橋に向かってビニール袋を掲げた。
「おおっ、ありがとうっ!」
三橋はそう言って目を輝かせた。
「オレ昨日結局アイス食ってねーや」
田島がそう言った。
「あ、私はガリガリ君をいただきました。ごちそうさまでした。で、昨日食べちゃったから補充のガリガリ君買ってきたってわけ。勇人の分もあるよ。」
ナマエはそう言った。
「ああ、オレの分までありがとう!っていうかオレはミョウジのことも下の名前で呼んでいいの…かな?」
栄口は頬を赤く染めながらそう言った。
「いいんじゃねーの?なんでダメなの?」
田島はキョトンとした顔をしている。
「いや、女子のこと下の名前で呼ぶことってほとんどないから、何かちょっと照れるなーって…」
栄口はそう言って頭をポリポリと掻いている。
「抵抗あるなら別にミョウジのままでもいいよ?でも悠一郎も孝介も隆也も"ナマエ"って呼ぶよ。レンは"ナマエちゃん"だけど。」
ナマエは栄口にそう説明した。
「そうなんだー。みんなが"ナマエ"って呼んでるならオレもそうしようかな。」
栄口がそう言うと田島は「そうしろ、そうしろー!」と言いながら食器棚からコップを取り出した。
「あ、ユートはどのコップにする?オレらのコップはもう決まってんだ。」
田島はそう言ってテーブルに並べたコップを指さしながら「これがオレので、こっちがレン。んでこれはナマエで、最後のがタカヤ。」と説明をした。
「え?レンの家にみんなのコップ置いといてんの?」
栄口はそう言って驚きの表情を浮かべている。
「ううん、元々レンの家にあったコップの中から好きなやつを選んで自分の専用のコップにしていいってレンが言ってくれたんだよ」
ナマエは説明を加えた。
「へー!でもオレはそんなしょっちゅうレンの家来るわけじゃないし、専用のコップとかは作らなくていいよ。」
栄口はそう言って笑った。
「じゃー、テキトーに選ぶぞ」
田島はそう言って食器棚から1つコップを取り出した。
「牛乳飲む人ー?」
ナマエがそう訊ねると全員が手を上げた。ナマエはみんなのコップに牛乳を注いだ。ナマエ自身はオレンジジュースを飲むことにした。
「じゃあ、勉強すっか!」
田島がそう言った。ナマエたちはリビングのテーブルの周りに座り、教科書とノートを広げた。今日は栄口が教師役になって古典を教えてくれることになっている。田島と三橋は言わずもがなだが、阿部とナマエも古典は比較的苦手な分野なので今日栄口が勉強会に来てくれて本当にありがたい。田島・三橋・阿部・ナマエの4人は栄口の解説を聞きながらノートを取ったり、教科書にメモを書き込んだりした。しかし、やはり選手たちはあれだけ練習をした後なので最初は一生懸命聞いていたものの次第に睡魔に襲われて1人…また1人…と寝落ちしていった。解説をしている栄口は最初は「コラー、寝るなー」と言って寝てるやつらを何度も起こしながら解説を進めていた。しかし次第にその栄口自身も目がとろんとしてきて「ねるなー…」と言いながら寝てしまった。ナマエは選手と違って身体を動かしていないし、今日の栄口の古典の解説は興味深かったので眠くない。でも解説者の栄口が寝てしまってはどうしようもない。本来ならば選手たちのことを叩き起こすべきなのだろうが、練習終わりで疲れてすやすやと眠っている選手たちの安らかな寝顔を見ているとどうにも起こす気になれなかった。
『今日は1時間半は勉強できたしな』
あと30分もすれば三橋母が帰ってくるだろう。ナマエはあと30分だけ選手たちを寝かせてやることにした。ナマエは母親に今日も帰りが遅くなる旨のメールを送っておいた。それからキッチンに向かい、冷凍庫から買ってきたアイスを取り出して食べ始めた。それを食べ終わったら使用した5人分のコップを食器用洗剤で洗い、ふきんで拭いてから食器棚に戻していく。その作業中に三橋母が帰ってきた。リビングに入ってきた三橋母は寝落ちている4人の選手たちを見て「もう帰んなさーい…」と声を掛けた。
「あ、おかえりなさい。お邪魔してます。」
ナマエはキッチンからひょこっと顔を出して三橋母に声を掛けた。
「あら、ミョウジさんは起きてたのねぇ」
「はい。すいません。今こんな姿ですが30分前まではなんとか勉強してたんですよ。本当は起こすべきだったんでしょうが、あまりに安らかな寝顔だったもので30分だけ寝かせてあげることにしちゃいました。もう起こして帰りますね!」
ナマエはそう言って最後のコップを食器棚に戻したら手をパンパンッと叩いて「はーい、起きてくださーい!」と大きな声を出した。選手たちはビクッとなって起き上がった。
「うわー、また寝ちまったー!」
田島がそう言って頭を抱えた。
「大丈夫、今日は昨日よりもがんばれた!さ、帰る支度して!もう22時になるよ!」
ナマエがそう声掛けすると田島・阿部・栄口はテーブルの上のノートや教科書をカバンにしまい始めた。選手たちが教科書とノートをカバンにしまってる間にナマエは台拭きを水で濡らし絞ってから使わせてもらったリビングテーブルを拭いた。
「あら、ミョウジさんそんなことまでしてくれるの。ありがとうねぇ。」
三橋母はナマエにお礼を言った。
「いえいえ。今日も遅くまでお邪魔させてもらってすみません。もう帰りますね。失礼します!」
ナマエがバッと頭を下げると阿部・田島・栄口は「あーっした!」と言ってお辞儀をした。それからナマエたちは三橋家を出て急いで家に帰った。
試験前休み3日目、終了。
<END>