「おお振りの世界に異世界トリップ 第56章」
2学期の中間試験が終わった翌日の土曜日、さっそく今日から西浦高校野球部は部活を再開することになった。朝、裏グラに到着したナマエはなにか違和感を覚えた。
『? 久しぶりに裏グラに来たからかな?』
ナマエはそう思ってベンチ横の倉庫でいつも通り着替えを始めた。途中で篠岡も合流し、着替えを終えたマネジの2人が外に出ると選手たちがフェンスを指さしていた。
「あれ見ろ!」
「フェンス伸びたー」
「これなら越えないよね」
「高いなあ」
巣山・泉・沖・水谷が口々にそう言った。
「そっか、フェンスが伸びたのか。なんか違和感あると思ったんだよね。」
ナマエはそう言って笑った。
「学校がこんなしてくれるとは…花井スゲーな!」
巣山がそう言うと花井は照れくさそうに「おう」と返事をした。
「"花井フェンス"だな」
阿部がそう言ってニヤリと笑った。
「おおっ、花井フェンスか」
「花井フェンスだ!」
他の選手たちはそのネーミングが気に入ったらしく楽しそうに連呼していた。花井は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。ナマエはそんな選手たちの様子を見てククッと笑った。そこにモモカンが到着した。隣に知らない男性を連れている。
「今日はメンタルトレーニングの指導員さんに来てもらいました」
モモカンがそう言うとその男性は「ちわ!」と言って頭を下げた。選手たちも同じく「ちわ!」と言ってお辞儀を返した。
「小松崎と言います。今大学3年生でメンタルトレーニングを学んでいます。これから月1回、場合によってはもう少し来てみんなのメンタル面のサポートをさせてもらいます。」
その男性はそう言って自己紹介をした。
「そいでは2人1組でジャンケンしてください」
小松崎はそう言った。ナマエは篠岡とジャンケンをした。ナマエが負けた。
「はい、では負けた人、科学的トレーニングとは何か1分で勝った人に説明してあげてください」
小松崎がそう言った。
「えっと、科学的トレーニングとは…大量のデータを集めて、分析して、そこから導き出された普遍的な法則をもとに作られた万人に通用するトレーニング方法のこと、かな?」
ナマエがそういうと篠岡はそれをノートにメモした。
「はい、1分です。勝った人で今の説明に納得できた人ー?」
小松崎がそう言うと沖と篠岡が手を挙げた。
「スゴイね、なんだって?まずキミからどうぞ。」
小松崎はそう言って沖を指さした。
「えと、誰がやっても同じように効果があること…?」
沖がそう答えると小松崎は「おう、なかなかいいね!」と言った。
「じゃあ、キミは?」
小松崎は今度は篠岡を指名した。
「はい、"大量のデータを収集・分析することで導き出された普遍的法則をもとに作られた万人に通用するトレーニング方法"のことです」
篠岡はノートを見ながらそう答えた。
「ええ、すごい難しい単語を知ってるんだね!高校生からそんな説明が出るとは思わなかったよ。」
そう言って小松崎は驚いた顔で篠岡とナマエの顔を見た。褒められているはずなのだが、ナマエは冷や汗タラタラだった。
『すみません、実は中身はもう立派な大人なんで…』
これでナマエが異世界からトリップしてきた人間だなんてことがバレるなんてことはないと思うが、それでもナマエは『今のはやりすぎだったか?』と思ってしまった。
「うん、科学的っていうのはまずはデータだね。なるべく偏りなくたーくさんのデータを集める。そこから推論して検証して研究してトレーニング結果を結び付けていく。一流の選手の行動や生活を詳しく調べていくとメンタルを強める何かを練習や生活に取り入れている人がすごく多いんだ。そのデータを集めて推論・検証・研究して誰にでもできる形にしたのがオレが大学で勉強しているメンタルトレーニングってやつなんだ。」
小松崎はそう説明をした。それから小松崎は「ところでみんな、試合に勝つには心・技・体のどれが一番重要だと思う?」と訊ねた。「"心"だと思う人ー?」
小松崎がそう言うと田島・阿部・花井・西広・栄口・篠岡がスッと手を上げた。
「じゃ、"技"だと思う人ー?」
小松崎がそう言ったところで巣山と沖が「スンマセン、やっぱオレも心で!」と言い出した。
「そうか、心か!」
「オレも!」
水谷と泉もそれに続いた。周りが心に手を上げたのを見て三橋も手を上げた。
「1人を除いて全員"心"か」
小松崎はそう言った。"心"に手を上げていないのはナマエだけだ。
「君は何だと思う?」
小松崎はナマエに訊ねた。
「すみません、今日はメンタルトレーニングの回なんだから"心"に手を上げるのが正解なんだろうとはわかっています。でも私は"技"だと思っています。」
ナマエがそう言うと小松崎は「謝る必要はないよ。この質問に正解はないんだ。人それぞれ違う考えがあっていい。」と言った。
「ちなみにこれはオレの単なる興味で訊くんだけど、なんで"技"だと思うのか教えてくれるかな?」
「えと、これは好きな漫画の受け売りなんですけどいいですか?」
ナマエがおずおずと訊ねると小松崎は「うん、いいよ」と爽やかな笑顔で言った。
「その漫画の中で語られていた内容を要約すると…――
・心や気持ちが人を強くすることは"多少は"ある
・でも心や気持ちの強さで勝敗をひっくり返せるのは実力が拮抗している時だけ
・勝負を決めるのは基本的には戦力と戦略…あとは運
――…とのことだったんです。で、私がその説明に納得した最大の理由は"気持ちの強さで勝負が決まるって言っちまったら、じゃあ負けた方の気持ちはショボかったのかって話になるだろ"ってセリフなんですよね。私たちは夏大初戦で桐青高校に勝ちましたけど、じゃあ桐青高校の選手たちの心や気持ちが弱かったのかって言われたら違うと思うんですよ。それに私たちは夏大5回戦で美丞大狭山に負けましたけど、あの時の私たちの心や気持ちが弱かったとも思わないんです。あの時の私たちは最後まで諦めてなかったですから。」
ナマエがそう言うと小松崎は惚れ惚れとした顔をした。
「いや、キミはすごいね。とても興味深い意見だったよ。キミって本当に高校生?実は社会人経験ない?」
小松崎はそう言って笑った。小松崎は冗談のつもりだろうが、ナマエはギクリと固まった。
『ゴメンナサイ、社会人経験あります…』
ナマエは心の中で謝罪をした。
「ごめん、ちょっと脱線しちゃったね。では話を戻そう。そんじゃ心・技・体で、"体"のトレーニングを毎日何かやってる人ー?」
小松崎がそう言うと選手全員が手を上げた。
「毎日"技"を磨いてる人ー?」
これも選手全員が手を上げた。
「そいじゃ、"心"のトレーニングを毎日やってる人ー?」
今度は誰も手を上げなかった。ナマエは『あー、そういうことか』と思った。
「"技"と"体"は毎日練習してる。そして上手くなる。それなのに"心"についてはチームのほぼ全員が一番重要と考えているのにほとんど鍛えてない。なぜか?方法を知らないからだよな!日本の野球界はまだまだメンタルに対する理解が少ない。監督たちは自分が選手だった頃にやったことないから練習方法も持ってないし、練習時間も取ってない。なのに試合で負けると"お前はプレッシャーに弱い!"とか"なぜ実力を発揮できないんだ"って怒るんだ。なぜってそりゃトレーニングをしてないからだよな。メンタルの弱さは言ってみれば監督のせいなんだ。」
小松崎はそう言った。傍らで聞いているモモカンは苦々しい顔をしている。
「いくら技と体を鍛えてもその力を試合で発揮できなきゃ無意味だろ?技も体ももちろん鍛えなきゃだめだけど、試合で常にベストプレイをしたいなら心=メンタルも鍛えなきゃだめだ!メンタルも毎日トレーニング!これは基本!わかった!?」
小松崎がそう問いかけると選手たちは「はい!」と元気に返事をした。
「じゃー、さっそく今日からやろう!」
そういうと小松崎はワイヤレススピーカーを取り出した。小松崎は選手たちにいつもの瞑想をやるように指示しつつ、ワイヤレススピーカーからリラックスできる音楽を流し始めた。
「今日はナマエちゃんと千代ちゃんも一緒にやりましょう」
モモカンがマネジ2人にそう言った。実は最初の頃はマネジも瞑想に毎回参加していたが、夏大敗退後にチーム目標を甲子園優勝にしてからはマネジ業務が忙しいため参加しないことが多くなっていたのだ。でも今日はモモカンから参加するよう指示が出た。篠岡とナマエは選手たちに混ざって手を繋いで3分間の瞑想を行った。瞑想が終わると次に小松崎は「メンタルもアップしよう」と言って明るいアップテンポの音楽を流し始めた。
「おし、手拍子しよう」
小松崎がそう言った。ナマエを含めた部員たちは曲に合わせて手拍子を始めた。
「じゃあ、次は隣の人とあっち向いてホイして!勝ったらすっごく嬉しがる!負けたら本気で悔しがる!」
小松崎がそう指示をしたのでナマエは篠岡とあっち向いてホイを始めた。まずナマエが負けた。
『えっと…本気で悔しがる!』
「うわーん」
ナマエは両手で顔を覆って泣いている素振りを見せた。篠岡は「やったー!」と言いながらジャンプしていた。もう一度あっち向いてホイをした。次はナマエが勝った。
「いえーい!」
ナマエはそう言いながらガッツポーズをして見せた。篠岡は「イヤーー!」と言いながら頭を抱えていた。
『これ、なかなかおもしろいな!』
ナマエが内心そう思っていると小松崎は「次は大きい声でホイホイホイね!」と言った。
ナマエたちは手拍子をしながらリズムに合わせて「ほいっ」と声を出していく。リズムはどんどん早くなる。みんなは自然に笑顔になっていった。
「最後ハイタッチ!」
小松崎がそう言った。ナマエは篠岡と「いえー!」と言いながら笑顔でハイタッチをした。
『た、楽しかった…!』
小松崎曰く、今のは"サイキングアップ"というものらしい。それから小松崎は"プラス思考ビーム"というものを教えてくれた。それが終わると選手たちは身体のアップのためにグラウンドに駆け出していった。田島はさっそくプラス思考ビームをやって楽しそうにはしゃいでいる。
「楽しかったね!」
ナマエは篠岡にそう言った。篠岡は満面の笑みで「うんっ」と言った。
「よし!私たちもいつもの作業やりますか!」
「やろう!今日は私がドリンク担当だったよね?数学準備室行ってくるね。」
篠岡はそう言ってベンチに置いてあるジャグを取りに行った。
「いってらっしゃーい!」
ナマエはそう言って篠岡を見送った後、水撒きのために備品棚からホースを取り出して蛇口に取り付けた。選手たちの身体のアップ中も小松崎は音楽をかけていて、選手たちはいつもより楽しそうだった。
「ナマエちゃん」
水撒き中のナマエにモモカンが話しかけてきた。
「はいっ!」
「これ、メントレのワークブックと心理テストの用紙なんだけど、あとで選手たちに配っておいてもらえる?心理テストは昼休みのうちに終わらせておいてください。」
「わかりました。すみません、今水撒き中で手が濡れてるのでベンチに置いておいてもらってもいいでしょうか?」
「うん、置いとくね。よろしくね。」
「はい!」
モモカンはそう言って去っていった。ナマエはいつも通り水撒きを終わらせた後、ベンチに戻ってモモカンから頼まれてたワークブックと心理テストの用紙を回収した。それからホワイトボードを見て今日のメニューを確認する。今日は朝一でノックをやるらしい。
『じゃあ机をホームベースの近くに運んで、それからボールバケツを取り出さないと』
ナマエがベンチに置いてある机を一つ持ち上げて運び始めたところ、小松崎が近寄ってきた。
「マネジの子だよね?ノックの時にボール渡しとかやる?」
「はい、やりますね」
ナマエはそう答えた。
「そしたらお願いがあるんだけど、選手がちゃんと球を捕れたら大声で褒めてあげてくれないかな?」
「えっと…私はいいですけど、監督には……?」
「監督さんにはもう話してあるから大丈夫」
「そうですか。ちなみに失敗した時はどうします?」
「"ドンマイ!"とか"惜しいよ!"とかポジティブな声掛けをしてほしいな」
「わかりました!」
ナマエはそう返事をした。それからナマエは数学準備室から戻ってきた篠岡に小松崎から言われた内容を連携した。アップを終えた選手たちがノック練習を開始する。ナマエはボール渡しをしながら選手たちがボールをキャッチする度に「ナイスー!」と声を掛けた。そして巣山のターンがやってきた。巣山はボールを弾いてしまった。
「いいミスだよ!」
モモカンはそう言った。ナマエは"ドンマイ!"と言うつもりだったが、いつもならここで叱るモモカンが巣山を褒めたことで驚いてしまって、うっかり声を出し忘れた。巣山も明らかに面食らっている。巣山は2球目は捕球を成功させた。
「ナイキャー!」
モモカンはそう言って巣山を褒めた。
『これは…モモカンも小松崎さんに何か指導されたな』
ナマエはそう察した。モモカンは沖が球を弾いてしまった時も「オッケー、いいミスだよ!欠点わかったらそこ練習すればいいんだよ!」とポジティブな声掛けをしていた。今度はナマエも「ドンマイ!」と声を掛けた。沖はびっくりした顔をしていた。
昼休みになった。ベンチでお弁当を食べる選手たちは「今日モモカンいつもと違ったな」という会話を始めた。
「初めちょっとゾワッときたけどなんか今日はやりやすかったー」
栄口がそう言って微笑んだ。
「ミスを褒められるって変な感じだけどそんなことで結構身体軽くなってビックリした」
沖はそう言って顔を赤くしている。
「そんだけモモカンが怖かったんだな」
田島がそう言うと沖は「こ、怖いよー」と言った。
「そんな怖くねーだろ」
花井はそう言った。
「「怖いよー」」
西広と栄口が声を揃えてそう言った。
「叱るのと怒るのは違うだろ!」
花井がそう諭した。
「「「でも怖いよ~~」」」
水谷と西広と沖が声を揃えてそう返事をした。そんな会話を聞いていたナマエはププッと吹き出してしまった。
「ナマエも今日違ったよね」
栄口がナマエに話しかけてきた。
「もうお気付きかと思いますが、小松崎さんからそのように指導が入りまして…」
ナマエがそう言うと選手たちは声を揃えて「やっぱそうかー」と言った。
「そういえば昼休みのうちにみんなにやってもらうことがあるんだ」
ナマエはそう言ってベンチから立ち上がり、メントレのワークブックと心理テストの用紙を選手たちに配布した。篠岡は人数分のクリップボードとペンを持ってきてくれた。
「必ず昼休みのうちに心理テストを完了させてください。終わったら私か千代ちゃんに渡してね。」
ナマエがそう言うと選手たちは「はーい!」と元気に返事をした。昼食を食べ終えた者からさっそく心理テストに取り掛かっていった。
昼食と勉強会を終えた後は14時から午後練が開始となる。ナマエは選手たちから回収した心理テストの用紙を小松崎に提出した。小松崎はザッと選手たちの結果を確認した後、いくつかメモを取った。
「用紙をみんなに返しておいてもらえるかな。午後一でこの心理テストの解説を行うからみんなに自分の結果を確認してもらいたいんだ。」
「わかりました」
ナマエは選手たちに心理テストの用紙を返却した。それが終わると小松崎は選手たちに輪になって座るように求めた。まず小松崎は心理的競技能力の尺度別プロフィール(円グラフ)の意味や心理的競技能力の因子別プロフィール(横棒グラフ)の意味を説明してくれた。
「最後に総合判定だ。5段階評価で210以上が5だけど、ここが230以上あると全国1位!220あれば何やっても全国レベルの選手になれます!そして…チーム全員が210以上あれば全国に行けます!」
小松崎がそう言うと選手たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「さて、このチームはどうだったでしょうか?230以上あった人!」
小松崎がそう問いかけると田島と阿部が手を上げた。他の選手たちは「うお!?マジで!」と言って驚いている。
「ほいじゃ、220あった人!」
誰も手を上げない。
「じゃー、210あった人ー?」
巣山が手を上げた。
「オッケー、じゃあ総合評価が4の人ー?」
西広、花井、水谷、栄口、泉が手を上げた。
「では、まだ手を上げてない人?」
三橋と沖が手を上げた。
「言ってもいいよな?」
小松崎は2人に確認を取った。2人とも「はい」と返事をした。
「2人の総合評価は1だ。円グラフがこーんなに小さいんだよ。2人ともレギュラーだし、1人はエースだろ?これがどういうことかわかるかな?」
小松崎がそう言うと選手たちの表情は硬くなった。
「でもこれって自己評価ですよね」
ナマエは思わず口を挟んでしまった。
「うちのエースはすっごい謙虚だから自己評価は低いんだろうと思いますけど、実際はかなりプレッシャーに強いし強豪校が相手でもビビりませんよ。練習だってすごく熱心だし……自己評価と実態が合ってないだけだと思います。」
ナマエがそう言うと花井は青ざめながら「おい、ミョウジ!」と言って小松崎にモノ申すナマエを窘めた。しかし、小松崎はむしろ惚れ惚れとした表情でナマエに向かって「すばらしい!キミはいいマネジだね!」と言った。
「自分を信じてくれる人がいるっていうのは自己肯定感の向上に繋がるものだよ。キミみたいなマネジがそばにいてくれたら選手にもいい影響を与えられるだろうな。それにキミが言う通り、これはあくまで自己評価だから実態と合ってない場合ももちろんあるんだ。ただ、これもちゃんと科学的根拠のあるテストだ。プロとして活躍している一流のスポーツ選手はこの数値が高い人が多いというのも事実なんだよ。だからこの数値を上げることにはちゃんと価値がある…とオレは思っているよ。」
小松崎はナマエに向かってそう説明した。
「わかりました。とても納得しました。生意気言ってすみません。」
ナマエはそう言って頭を下げた。小松崎は「全然いいんだよ」と言いながら笑った。
「さて、話を戻すと、このチームはこれからどうしたらいいと思う?」
小松崎がそう問いかけると花井が口を開いた。
「他は4以上なんすからこの2人をみんなで盛り上げてやればいいってことすよね!?」
「すばらしい!さすが協調性ほぼ満点のチームだ!…ただ、"4以上"は別にいい評価じゃない。分かれ目は200とは言われているんだけど、総合評価4以下の人はいくら練習しても無駄に終わるかもしれない。本番でできあがって実力発揮できないかもしれないからだ。全員が満点取れるようにメンタル鍛えていこう!」
小松崎はそう答えた。それから小松崎はボディーランゲージが気持ちに影響を与えるという説明をした上で"絶好調"のポーズを選手に伝授した。これからはトイレに行く度に"絶好調"のポーズを取るよう習慣付ければ物事への捉え方や考え方が変わってくるそうだ。
小松崎の話を聞きながらマネジの篠岡とナマエは必死にメモを取った。
その後も小松崎は選手たちの練習を見ながら適宜アドバイスをしているようだった。ナマエはベンチでノートパソコンを開いて先程の小松崎の講義内容をワードファイルに書き起こしていった。
「10分休憩!」
グラウンドからモモカンの声が聞こえてきた。すると選手たちがわっとベンチに集まってきた。みんな喉が渇いたらしく、ジャグに殺到している。そんな中で西広はナマエに近づいてきた。
「あのさ、ミョウジがさっき話題に出してた漫画ってなんていうタイトル?」
「えっと……あ、ゴメン、なんかド忘れしちゃった。確認するからちょっと待ってね。」
ナマエはそう言って自分のスマホを取り出した。ナマエは本当はその漫画のタイトルは忘れていない。でも、ナマエがその漫画を読んだのはこの世界に異世界トリップしてくる前の出来事だ。この世界でもその漫画が発売されているのかどうかわからないのでド忘れしたフリをしてスマホで調べてみた。どうやらちゃんと存在しているらしい。
「思い出したよ。"ワールドトリガー"っていう漫画の12巻のセリフなんだ。」
「へえ!今度読んでみるよ。教えてくれてありがとう。」
西広はそう言って笑顔を見せた。
「あれ、ミョウジもスマホに変えたんだ?」
巣山がそう言った。
「うん、そうなのー!」
ナマエは満面の笑みでそう答えた。
「スマホすごい便利だろ?」
栄口がそう言って微笑んだ。ナマエは「そりゃーもうめちゃくちゃ便利よ!」と興奮しながら答えた。
「やっぱそうだよな。オレも変えようかな…。」
巣山がポロリと口にした。
「つーか、他のガラケーのやつも早くスマホに変えてくんね?野球部のLINEグループに全員入ってくれりゃ連絡回すの楽になんのに。」
阿部がそう言い放つとまだガラケーを使っているメンバーはギクッとなった。
「まあまあ、それは家庭の事情もあるから強制はできないでしょ」
栄口がフォローを入れた。
「そうか?iPhoneは高いけど、Androidなら結構安いのも売ってんだろ?」
阿部がそう言うと沖が「へー、そうなんだ」と反応した。
「オレ、今夜親に相談してみる」
西広がそう言った。それを聞いた沖も「じゃあ、オレも」と言い出した。
「篠岡は?絶対スマホの方がデータ収集楽だぞ。」
阿部は篠岡にもそう言った。ナマエは内心『こいつは本当に遠慮のない男だな』と思った。
「そうだねぇ。うん、私も頼んでみるよ。」
篠岡はそう言って微笑んだ。この流れだと西浦高校野球部の全員がスマホになる日もそう遠くはなさそうだ。
小松崎の講義内容の文字起こしを終えたナマエはその後は普段通りボール磨き・ボール修理をしたり、おにぎりを作ったりして過ごした。そうして試験休み明けの久しぶりの部活は無事に終わりを告げた。
<END>