「おお振りの世界に異世界トリップ 第59章」
鎌倉遠足の当日、朝6時半に起床したナマエはまず田島と三橋に電話を掛けた。モーニングコールだ。無事に2人が起床したことを確認したら、ナマエは顔を洗ったり髪を梳かしたりして身支度を整えた。それから朝食を食べ、着替えをする。今日は1日中歩き回るので制服もどきではなく、パンツスタイルの私服を着ることにした。それから昨日のうちに支度しておいたカバンの中を見て、忘れものがないか念のため再確認をした。問題なさそうだ。時刻はまもなく7時半になろうとしている。ナマエはスマホを確認した。約25分前に田島から"今から家出る!"とLINEのメッセージが届いていた。さらに10分前には"レンと合流!"というメッセージも来ている。ということはもうまもなくナマエの家に到着するだろう。ナマエは外に出て2人の到着を待つことにした。ナマエは母親に「行ってきます!」と声を掛けてから玄関を出た。ナマエが自転車の前カゴにリュックを入れ、後輪の両立スタンドを蹴って外した時、「おーい!ナマエー!」と言う声が聞こえてきた。顔を上げると田島と三橋が自転車に乗ってナマエの家の方へと向かってきていた。
「おはよう!ちゃんと来たね!」
「おう!モーニングコールありがとな!」
「いーえ。じゃ、行こう!」
田島・三橋・ナマエの3人は最寄り駅まで自転車を走らせた。ナマエの家の最寄り駅から東京駅まではJR京浜東北線で乗り換えなしで約40分程で行くことができる。朝の上り電車なので通勤・通学ラッシュで電車はとても混雑していた。
「あ、ナマエちゃん…、だっ、大丈夫?」
三橋は混雑している車内で揉みくちゃにされているナマエのことを案じてくれた。
「うん!つか朝のラッシュの電車に乗るのって久しぶりだ。ヤバいね。」
ナマエがそう言うと田島は「オレ、朝のラッシュの電車乗んの初めてかも」と言った。三橋も「オ、オレも」と言っている。
「初めてなのか!じゃー、たくさん揉みくちゃにされときなさい!」
ナマエはそう言って笑った。
田島・三橋・ナマエの3人は8時半過ぎには東京駅に到着した。集合場所は東京駅丸の内南口改札を出たところの大きい広場だ。学校指定の集合時刻は9時なのだが、ナマエたちが到着するとそこには既にたくさんの生徒たちが集まっていた。西浦高校には制服がないので定かではないがおそらくみんな西浦の生徒だろう。
「9組は…あっちだね」
ナマエは9組の担任教師が立っている場所を見つけた。
「先生、おはようございます」
「ああ、ミョウジたちか。おはよう。班のメンバーは全員揃ってるか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、全員揃ったらまた声かけてくれる?」
「わかりました」
田島・三橋・ナマエの3人は雑談しながら他3人の到着を待った。しばらくして同じ班のソフトボール部女子2人がやってきた。
「おはよう!今日はよろしくね。」
ナマエは女子2人にそう声を掛けた。
「こちらこそよろしく!楽しみだね!」
「あ、お2人に相談したいことがあるんだ」
「うん?どうしたの?」
ナマエは東京駅から鎌倉高校前駅までどのルートで行くか相談をした。ナマエは先に鎌倉駅に行って観光案内所でパンフレットや地図を受け取りたいと思っていることも伝えた。
「ミョウジさんのルートでいいと思う!」
女子2人はそう言った。
「本当?よかった…。ありがとう。」
ナマエたち女子がそんな会話をしていると「うす」という声が聞こえてきた。泉が到着したようだ。
「おはよー。これで全員揃ったね。担任の先生に報告に行ってくる!」
ナマエはそう言って担任教師のもとへ向かった。
「3班のメンバー全員揃いました!」
「オッケー。ありがとう。9時になったら学年主任の先生からあいさつがあるからそれまで班でまとまって待っててね。」
「はいっ」
ナマエはそう返事をして3班のところに戻った。3班のメンバーたちと雑談しながら10分程過ごしているとついに学年主任の教師からのあいさつが始まった。「古き歴史を持つ鎌倉と言う町を堪能して造詣を深めてください」とか「くれぐれも怪我などしないように」とか「一般の方々のご迷惑にならないように良識のある行動を心掛けましょう」とかそういった言葉を掛けられた。
主任の挨拶が終わったら、いざ班での自由行動開始だ!
「さ、まずは横須賀線に乗るよー!1番線ホームです!」
ナマエはそう言って先頭を歩いた。時々後ろを振り返って班の全員がついてきていることを確認する。
1番線ホームに到着すると田島が「お、電車来てんじゃん!」と言って乗り込もうとした。ナマエはガシッと田島を掴まえた。
「あれは総武線だから鎌倉にはいかないよ」
「そーなん?同じ1番線でもちげーの?」
「違うのよ!これの次の電車に乗るよ。並んでおこう。」
総武線の電車が出発してから数分後に横須賀線の電車が来た。ナマエたちは先頭に並んでいたおかげで6人全員席に座ることができた。ただし、全員まとまって6席確保はさすがに無理だった。田島と三橋、泉とナマエ、ソフトボール部女子2人の3手に分かれて着席した。
「朝の下り電車だからか?比較的空いてんな。」
泉がそう言った。
「品川とか過ぎたらもっと空くと思う。そしたら6人まとまって座れるかも。」
ナマエはそう答えた。
「へー、詳しいんだな。そんなとこまで調べたのか?」
泉にそう問われたナマエはギクッとなった。ナマエは前の世界で東京の会社に勤めていた経験があるのでなんとなくだがこういったことは予測がつくのだ。でも、よくよく考えてみれば埼玉県在住の高校生は普通はそんなことは知らないだろう…。
「うん、調べといた!」
ナマエはしかたがないのでそう嘘をついた。心の中で嘘をついたことを泉に謝罪した。ナマエが予測した通り品川駅で大量の人が降りていった。その隙に3班のメンバーは席を移動して6人横並びで座った。
電車に揺られながらみんなで他愛のない話をしているとあっという間に鎌倉駅に到着した。
「うおー!これが鎌倉かー!」
田島と三橋は目をキラキラ輝かせながら辺りをキョロキョロと見まわした。
「なんかオシャレな駅だな」
泉はJR鎌倉駅の駅舎をしげしげと眺めながらそうつぶやいた。小町通りから匂ってくる食べ物の香りにつられて歩き出した田島と三橋の首根っこをナマエはガシッと捕まえた。
「小町通りは後で行くからねー。まずは観光案内所!」
そうしてナマエは田島と三橋を引きずるようにして鎌倉市観光総合案内所に入った。そこで観光ガイドマップやパンフレットを受け取ったナマエたちは次は最初の目的地である鎌倉高校前駅に行くために江ノ電鎌倉駅に向かった。そして駅のホームで電車が来るのを待つ。
「江ノ電楽しみだなっ!」
田島は三橋にそう話しかけてニアッと笑った。三橋は「うんっ!」と元気よく返事をした。
『今日のレンは楽しそうだな』
ナマエはそんなことを考えて自然にフッと笑みがこぼれた。緑と黄色が特徴的な江ノ電車体が近づいてくると田島・三橋・泉の3人は「うおお!!」「カッケー!」と言いながらスマホで写真を撮り始めた。
「乗るのは次の電車にしよっか」
男子たちがあまりに感激しているのでナマエは好きなだけ車体を眺める時間をあげてやろうと思い、そう提案した。男子たちは「いいのっ?」「サンキュ!」「じゃー、じっくり見ようぜ」と言ってはしゃいでいた。次にやってきた電車に乗ったナマエたちは電車に揺られながら車窓から外の景色を眺めた。
「お、海が見えてきたぞ!」
田島がそう言った。
「う、海ー!」
三橋は頬を赤らめて口をひし形に尖らせて喜んでいる。泉も「オレ、海見るの久々だ」と言って興奮していた。
『なんだこいつら。無邪気でかわいいな。』
野球の試合の時はカッコイイのにこういう時は年相応の子どもらしさを見せる野球部男子3人。『そんな一面もいいな』とナマエはクスリと笑った。鎌倉駅からは20分程で鎌倉高校前駅に到着した。鎌倉高校前駅のレトロな駅舎には一般的な自動改札機はなかった。代わりにスタンド型のICカードをタッチする機械があった。ナマエたちはそこにタッチをしてから出口を通り抜けた。そしてそのまままっすぐ歩くと…アニメ"スラムダンク"のOPで有名な踏切があった!平日の午前中だからなのか思っていたよりも人は少なかった。けれど同じ西浦高校の生徒と思われるグループが5~6組いる。みんな、ケータイを取り出して写真を撮っていた。
「わー、念願のスラムダンクの聖地だ!」
ソフトボール部女子の1人がそう言って嬉しそうにしていた。
「今日天気良くてよかったね。海がキラキラ輝いて見える!」
ナマエはその女子に話しかけた。その子は「うんっ」と言って満面の笑みを見せた。ナマエたちはしばらくそこで写真撮影をしたり、キラキラ輝く海を眺めたりして過ごした。
「よし、じゃあ七里ヶ浜散策しよっか!」
ナマエがそう言うと班のメンバーは「おー!」と言って右手の拳を上に突き出した。ナマエたち一行は踏切と横断歩道を渡ると堤防の下へと続く階段を降りた。七里ヶ浜海岸に到着だ。
「よっしゃー!海だー!」
田島はそう言って靴と靴下を脱ぎ捨てて走り出した。そんな田島を三橋が追いかける。田島はそのまま海に突っ込んでいった。
「レンも来いよ!」
田島がそう言うと三橋は慌てて靴と靴下を脱ぎ始めた。泉も「オレも入る!」と言いながら靴を脱いでいる。ナマエは田島が脱ぎ捨てた靴と靴下を拾いながら先頭を歩く3人のもとへ近づいた。
「あー、なんだかお母さんの気分だわ」
ナマエがボソッとそう言うとソフトボール部女子2人がプッと吹き出して笑った。
「野球部男子とミョウジさんっていつもこんな感じなの?」
ソフトボール部女子の1人がそう訊ねてきた。
「いや、あの3人もいつもはもうちょっと落ち着いてるよ、ちょっとね。今日はすごいはしゃいでる。」
「そっか、遠足だもんね!」
女子3人でそんな会話をしていると田島が「おーい、ナマエたちも入ろうぜー!」と大きく手を振りながら呼んできた。
「どうする?行く?」
ナマエはソフトボール部女子2人に訊ねた。
「うん、行こう!」
「せっかく海来たしね!」
ソフトボール部女子2人はそう言って靴を脱ぎ始めた。
「よーし!」
ナマエも靴と靴下を脱ぎ、カバンを砂浜に置いてから海に向かって駆け出した。
「冷たいっ!けど気持ちいい!」
ナマエがそう言うと田島が「だろ?」と言ってニシシッと笑った。気の済むまで水遊びをした後は近くの蛇口の水で足を洗ってタオルで水気を取ってから靴下と靴を履いた。そして七里ヶ浜駅へ向かって海岸沿いの道を歩いた。海から吹いてくる潮風が心地よかった。
七里ヶ浜駅まで歩いたら再び江ノ電に乗って今度は長谷駅へと向かった。長谷駅に着いたらまずは大仏を見に高徳院へ…と思ったら田島が「腹減ったー!先にメシ食おうぜ!」と言い出した。ナマエが腕時計で時刻を確認すると時刻はもうまもなく12時になろうとしていた。鎌倉高校前駅の踏切と七里ヶ浜海岸での水遊びで思っていた以上に時間を使ったようだ。ナマエたちは長谷駅のすぐ近くにあるお店に入った。ここでは鎌倉名物しらす丼が食べられるらしい。
「私は鎌倉しらす二色丼定食にする!」
ナマエがそう言った。鎌倉しらす二色丼定食は生しらすと釜揚げしらすの2種類が楽しめるどんぶり定食だ。田島・三橋・泉・ソフトボール部女子の1人もそれにするらしい。
「私は生ものが苦手だから釜揚げしらす丼にするね」
もう1人のソフトボール部女子がそう言った。
「あー、生しらすは苦手な人は苦手だもんね」
ナマエはそう声を掛けた。
「イクラとかもダメか?」
泉が訊ねた。
「うん、ダメ~」
ソフトボール部女子の1人が答えた。
「孝介はイクラが好きなんだよ」
ナマエはそう言って笑った。それから野球部では毎日トレーニングの結果に合わせておにぎりの具が変わることをソフトボール部女子2人に話した。ソフトボール部女子2人は「へえ!おもしろいシステムだね!」と言って笑っていた。
鎌倉名物しらす丼を食べ終わったら、3班のメンバーはみんなで高徳院へ向かって歩き出した。お店から高徳院へは大きな道路沿いを道なりに進んでいくだけだ。迷わず到着することができた。券売所で拝観券を購入して中に入ったらいざ鎌倉の大仏とご対面だ!
「デッケーなァ、オイ」
泉が大仏を見上げてそう言った。
「デカいね~!しかもねー、あの大仏の中って入れるんだよ!」
ナマエがそう言うと泉は「えっ、マジ!?入ろうぜ!」と言いながら大仏に向かって駆け出した。1人が駆け出すと他2人も駆け出すのが野球部9組男子だ。田島と三橋もダッと走り出した。
「待て待て、キミたちは野球部の中でも特に足速いんだからさーっ」
ナマエは文句を言いながらも野球部男子3人を追いかけた。大仏の右奥にある胎内拝観の出入口で胎内拝観料を払い、狭い階段を下っていくと大仏の中へと入れた。大仏の中は階段と踊り場があるくらいでほとんど空っぽだった。それでも田島たちは「うおお、スッゲー!」「オレら今あの大仏の中にいるのか!」と言いながら大興奮で写真を撮ったり大仏の内側に手を触れたりしていた。
『ピュアだねぇ』
ナマエは田島たちの姿を眺めながらフフッと微笑んだ。
大仏を堪能した後はいよいよ鶴岡八幡宮へと向かう。徒歩で長谷駅まで戻り、そこから再度江ノ電に乗って鎌倉駅へと戻った。
「行きは若宮大路を通ろう!そこが正式な参道だから。」
ナマエはパンフレットを見ながら班のメンバーにそう声を掛けた。
「了解!で、それってどこ?」
田島がナマエに訊ねた。
「こっちー」
ナマエはガイドマップを見ながら先頭を歩き始めた。若宮大路の中央には段葛という盛り土されて一段高くなった道がある。
「この道は源頼朝が北条政子の安産を祈って造った道なんだよ」
ナマエは班のメンバーにそう説明をした。
「おお、源頼朝!名前、知ってんぞ!」
田島は自慢げにそう言った。
「そりゃ源頼朝くらいは知っててくれよ!鎌倉幕府を開いた人だぞ?」
ナマエは田島にツッコミを入れた。鶴岡八幡宮に到着するとまずは大きな鳥居があった。ナマエたちは一礼をしてから鳥居をくぐった。次に手水舎で手と口を清める。そして境内を進んでいくと舞殿があった。ここでは神事の他に神前結婚式が行われたりするのだが、ナマエたちが来た時には何もやっていなかった。ナマエたちはそのまま本宮へと向かって歩みを進めた。鶴岡八幡宮の本宮へ行くには長い大石段を上る必要がある。この大石段が圧巻なのだ。ナマエたちは大石段の下から上にある本宮を見上げて「おお~!」「立派だなァ」と感嘆の声をあげた。
「よし、上るか!」
泉がそう言って一歩目を踏み出した。ナマエたちもそれに続いた。階段を上り切ったらいよいよ本宮に参拝だ。賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし、2拝2拍手1拝で祈りを込めた。ナマエが祈った内容は当然『西浦高校野球部が来年の夏に全国制覇を達成できますように!』だ。本宮への参拝を終えたナマエたちは次はおみくじを引いたり、絵馬に願いごとを書いたりした。それからナマエは授与所でお守りを購入しようと思い立った。
「悠一郎!レン!孝介!」
ナマエは3人に声を掛けた。
「何ー?」
「どうした?」
田島と泉がそう返事をしながら近づいてきた。その後ろには三橋もいる。
「必勝祈願のお守り、4人でお揃いで買わない?鶴岡八幡宮のご利益って勝負運向上だしさ。」
ナマエがそう言うと泉が「おお、いいじゃん!」と反応した。田島も「買おう買おう!」と言いながらニカッと笑っている。三橋は無言でコクコクッと何度も頷いていた。
「どれが必勝祈願のお守り?」
泉がナマエに訊ねた。
「これ!この勝守っていうやつ!」
「オッケ」
そうして9組野球部の4人はお揃いの勝守を購入した。
「家に帰ったらエナメルに付けような!」
田島はそう言ってニアッと笑った。本宮参拝の後は鶴岡八幡宮の敷地内にある白旗神社という源頼朝と源実朝を祀る神社に行った。ここは学業成就や必勝にご利益があると言われている。
「悠一郎とレンはここでしっかりお参りしときなさい!」
ナマエは学業に難ありの田島と三橋にそう言った。2人は「はいぃ」と言いながら慎重に丁寧に参拝をしていた。それから旗上弁財天社、政子石、大銀杏、神苑ぼたん庭園など見どころとされているスポットを一通り回ったナマエたちは鶴岡八幡宮を離れた。帰りは小町通りを通って鎌倉駅まで戻る。小町通りは鎌倉駅と鶴岡八幡宮を繋ぐ商店街で様々なお土産店や飲食店が立ち並ぶ観光スポットだ。ナマエたちはまずお土産屋に寄って各々好きなお土産を購入した。それからは小町通りを歩きながら抹茶ソフトクリームやら四色団子やら大仏さま焼きやら様々なものをテイクアウトして食べた。
「うひゃー、うまいものがたくさんあって最高だな、ここは!」
田島はそう言いながらゲフッとゲップをした。
「あ、カレーパンがある!」
泉が指をさすと田島は「えっ、どれどれ?」と言いながら駆け出していった。
「まだ食うんかい」
ナマエはもうお腹いっぱいでこれ以上入らない。ソフトボール部女子2人も「男子はよく食べるね」と言いながら笑っていた。男子たちがカレーパンを食べている間、女子3人は近くの雑貨店に入ってお買い物を楽しんだ。
「さて、今から鎌倉駅に戻ってもまだ1時間半近く時間が余るね。もう1ヶ所くらい行けそうだけど、どこ行きたい?」
ナマエはそう言いながらガイドマップを班のみんなに見せた。
「はいはーい!オレ、ここ行きたい!金運アップのやつ!」
そういう田島が指さしたのは銭洗弁財天だ。
「ああ、いいんじゃない?鎌倉駅から徒歩20分だからちょっと歩くけど、行って参拝して戻ってきたらちょうどいい時間になりそう。みんなもそれでいいかな?」
ナマエがそう訊ねると他のメンバーが「いいでーす!」と返事をした。
「では出発進行!」
「おー!」
そうして3班は銭洗弁財天に向かって出発した。
銭洗弁財天に到着したナマエは独特な雰囲気を醸し出す参道の入り口に少しおののいた。
「この洞窟の中なんだよね?」
「なんか異世界にでも行けちゃいそうだね」
ソフトボール部女子2人はそんな話をしながら笑っている。しかし、実際に異世界トリップしてこの世界にやってきたナマエにとってはそれはちょっと笑えない冗談だった。
『ここをくぐったら元の世界に戻されるとかないよね…?』
そんなことを考えてナマエが怯えていると泉が「怖いのか?」と話しかけてきた。
「うん…、ちょっと異世界に飛ばされそうで」
ナマエがそう言うと泉はブハッと笑った。
「ナマエがそんな非現実的なこと言って怯えるとは意外だな」
「………」
ナマエは『その非現実的事象のおかげで私はここにいるんですよ』と思ったが、それを口に出すわけにはいかないので黙り込んだ。
「じゃ、ほら」
泉はそう言ってナマエに左手を差し出した。
「? 何?」
「手繋いで歩いたらもし異世界に飛ばされてもオレとは一緒にいられんだろ?」
泉はそう言ってナマエの右手を握った。
「!」
「ほら、行くぞ。もたもたしてると参拝の時間無くなる。」
泉はそう言ってナマエの手を引いて歩き出した。洞窟を潜り抜けると手水舎があった。泉とナマエはそこで手を放して、それぞれ手と口を清めた。その後は今度は何本も連なる鳥居を潜り抜ける必要がある。ナマエは泉の左手を握った。
「ここもダメなんかよ」
そう言いながら泉は笑った。
「ここを抜けたら平気だから、あとちょっとだけお願いします」
「いーよ。いくらでも握っててやる。」
泉はそう言ってナマエの右手をギュッと握った。無事鳥居を潜り抜けたら社務所があった。ここでロウソク・線香を購入し、お金を洗う際に使用するザルを借りる。その3点セットを手に入れたら本宮へと移動し、まずここでロウソクと線香をお供えしてお参りを済ませる。次に奥宮へ行く。いよいよ銭洗弁財天の名の通りお金を洗う時だ。ざるにお金を入れたらひしゃくで銭洗い水をかけて洗っていく。洗うのは小銭だけではなくてお札も洗って良いそうだ。当然、お札は濡れるので乾かしてから財布に戻すことになる。自然乾燥がいいらしいのでナマエたちは洗ったお札をパタパタと扇いで乾かした。
「さて、そろそろ出発しないと集合時間に遅れちゃうね」
ナマエは班のみんなに呼びかけた。当然、来た道を戻ることになるのでまた鳥居群や洞窟を通り抜けなければならない。ナマエは再び泉の左手を握った。泉は何も言わずにフッと笑ってナマエの右手をギュッと握り返した。そしてナマエは無事に鳥居群と洞窟を潜り抜けて外へと戻ってきた。
「ちゃんと戻ってこれたー。孝介、ありがとう!」
ナマエはそう言って泉の手を放そうとしたが泉はギュッとナマエの手を握ったまま離さない。
「孝介?」
「………」
泉はしばらく無言でナマエの手を握りしめた後、パッと手を放した。
「よし、鎌倉駅戻るか!」
泉はそう言って歩き出した。ナマエはそんな泉の背中を見つめながら右手にかすかに残る泉の手のぬくもりを感じていた。
鎌倉駅に到着した。集合時刻の10分前だ。
「無事に着いたな」
泉が腕時計を見ながらそう言った。駅の改札から少し離れた開けた場所に西浦高校の生徒たちが集まっていた。ナマエは担任教師に3班が無事到着した旨を報告した。
「じゃ、時間になったら学年主任の先生から締めのあいさつがあるからそれまで待っててな」
「わかりました」
ナマエは3班のみんなと雑談をしながら過ごしていたら、ついに西浦高校の生徒が全員揃ったらしく学年主任の教師から締めのあいさつが始まった。それが終わったら鎌倉遠足は解散だ。ナマエは今日1日一緒に過ごしてくれたソフトボール部女子2人にお礼を言った。
「ううん、こちらこそミョウジさんすごいしっかりしてて、色々リードしてくれて助かったよ。よかったらこれからも仲良くしてくれると嬉しい。」
「え、嬉しい。私、クラス内に仲良い女友達いなくてさ、ちょっとそれが気掛かりだったんだよね。」
「これからはうちらがいるから気軽に話しかけて!」
「うんっ、ありがとう!」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。
「ナマエー!帰るぞー!」
田島がJR鎌倉駅の改札に向かいながらナマエを呼んだ。
「待って!今行くー!」
ナマエは田島に返事をした後、「それじゃ、また明日ね!」とソフトボール部女子2人に別れを告げ、先を歩く田島たちと合流した。そして電車に乗ってナマエの家の最寄り駅まで戻ってきた田島・三橋・ナマエの3人は自転車に乗ってそれぞれ帰途に就いたのだった。
鎌倉遠足、無事終了!
<END>