「おお振りの世界に異世界トリップ 第65章」
ここ最近、ミョウジナマエは気分が沈んでいた。その理由は明白だ。前の世界で自殺で亡くなった兄の命日が近づいているからだ。ナマエがこのおお振りの世界に異世界トリップしてからというもの、元気いっぱいな西浦高校野球部員たちに囲まれて、そいつらと一緒に毎日必死に勝利を目指して部活に励んできたので兄の死について考える時間は減っていたし、そもそもツラいことを思い出す暇もなかった。おかげでナマエは充実した毎日を送ってきた。けれど兄の命日が近づいてくるとどうしても兄のことを思い出すようになってしまった。それに4市大会が終わったのでこれから3月までの間は公式戦はない。データ収集・分析作業に追われることもなくなった。そんな訳でナマエは最近は暗い気持ちになる時間が増えていた。精神的な落ち込みは身体にも影響を及ぼす。ナマエは最近寝付きが悪くなってきているし、逆に朝は身体が鉛のように重たくて起き上がるのがツラかった。この世界にやって来てから毎朝早起きして朝食と昼食用のお弁当を自分で作っていたナマエだったが最近は起きられなくて母親に起こされることが増えた。
「ナマエちゃん、今日も起きられなかったの?最近具合悪そうねえ。でも熱はないのよね…。一体どうしたのかしら。」
母親はナマエを心配してくれたが、この世界ではナマエは一人っ子という設定になっているので"兄の命日が近づいているから"という正直な理由を伝えることはできなかった。
『あー…この身体のだるさと頭がちゃんと働かない感覚、久しぶりだなぁ…』
ナマエは前の世界でうつ病になって働けなくなった時のことを思い出していた。
『どうすりゃいいんだろ。この世界でも精神科・心療内科に行ってお薬を貰うべきかな。でもこの世界の私には兄弟がいないのになんて説明したらいいんだ?それにこの世界の私はまだ子どもだ。病院に行くには親に話をしなきゃいけない。精神科・心療内科に行くなんて言ったら両親はものすごい心配をするだろうな。』
ナマエはハァ…とため息をついた。
「どーした?」
その声にハッとして振り返ると朝練終わりで教室に到着した泉がそばに立っていた。
「あー…いや、うんと、なんでもない…」
ナマエは今の自分の状況をどうにも説明したらいいかわからなくて嘘をついた。
「なんでもないわけねーだろ?お前最近明らかに調子悪そうじゃんか。」
「え、そんなに?」
「そうだよ。なんかぼーっとしてる時間が増えたっていうか、疲れてる感じがするっつーの?実際目にクマできてるしさ。あ、あと最近弁当作ってきてねーじゃん。」
「うっ、孝介はよく見てらっしゃる…」
ナマエは泉の指摘があまりに図星だったために狼狽えた。
「そら、ナマエは大事なチームメイトだからな」
そう言った泉はしゃがみこんでナマエの顔を覗き込み、じっとナマエの顔を見つめてきた。
「風邪か?」
「いや、風邪じゃないよ。熱もないし、鼻水とか咳とかもないし。」
「じゃ、なんか悩みでもあんの?」
「………」
ナマエは嘘をつくのが苦手だった。
「オレでよければ話聞くけど…、……力不足か?」
「いやいや、そんなことないよ!ただ、私が…なんて説明したらいいか…わからないだけ…。」
「そんな複雑な状況なのか?ナマエって言語能力はかなり高い方だろ?」
「うーん、言語能力とは別のところで問題があってね」
ナマエがそうしてうまく説明できないでいると朝のホームルームの時間になってしまった。担任教師が教室に入ってくる。
「また後でゆっくり話聞かせろよ」
泉はそう言って自分の席に戻っていった。
昼休み、普段はナマエは田島・泉・三橋・浜田と一緒に5人で昼食を食べるのだが、今日は泉がナマエのところにまっすぐやって来て口を開いた。
「今日も弁当ないんだよな?じゃ、2人で学食で食おうぜ。朝の話の続きが聞きたい。」
「え、あ、うん。わかった…。」
ナマエがそう答えると泉は田島・三橋・浜田の3人に「今日は2人きりで話したいことがあるからオレらは学食で食うわ」と声を掛けた。
「オレらには言えねぇ感じ?」
田島がキョトンとした顔で訊ねてきた。
「や、うーんと…」
その疑問を肯定してしまうとまるで田島たちを信頼してないと言ってしまっているような気がしてナマエは歯切れが悪くなった。
「ナマエ自身もまだうまく考えがまとまってねえみたいだから、まずはオレが1対1でゆっくり話を聞いてやろうと思っただけだよ。人と会話することで気持ちや考えが整理できることってあるだろ?」
泉がそう答えると田島は納得したようで「ほーん。わかった。」と答えた。浜田は「いってらっしゃい」と言って快く見送ってくれた。
「あ、ついでに7組に寄ろうぜ」
泉とナマエが一緒に食堂に向かって歩き始め7組の前を通過しようとしたところで泉が思い出したようにそう言った。
「え?なんで?」
「花井にオレは今日昼練参加できねーって言わねぇと。あとしのーかにナマエが草刈り参加できないってことも伝える。」
「えっ!」
泉の発言があまりに予想外だったため、ナマエは思わず口をあんぐりと開けたまま制止してしまった。
「ゆっくり話聞きてえからさ。ナマエはいつもがんばってんだから、今日くらい草刈りサボったってしのーかもモモカンも許してくれんだろ。言いにくいか?じゃあ、オレがしのーかに事情を説明してきてやるからナマエはここで待ってろ。」
泉はそう言うとスタスタと7組に入っていった。ナマエは7組の廊下で泉が帰ってくるのを待った。
『結果的にマネジの仕事に穴を開けてしまったな…』
ナマエはここ最近心身の調子が良くないとはいえ、マネジの仕事だけは意地でもこなそうと無い力をどうにか振り絞るようにして過ごしてきた。が、結局お昼の草刈り作業に参加できない事態になってしまった。それが悔やまれた。
『もうこうなったら孝介にしっかり話を聞いてもらって、気持ちの整理をつけて、ちゃんと復活するしかないか!』
ナマエがそうやって腹を括ったところで泉が7組の教室から出てきた。
「しのーかも快く了承してくれたぞ。っつーか、しのーかも"最近のナマエちゃんは元気がないなって思ってた"ってよ。」
「あー、そっか。なんかみんなに心配かけてごめんね。」
「いんだよ、こんくらい。じゃ、食堂行くぞ。何食う?オレ、久しぶりにラーメン食いてぇな。」
「え?孝介はお弁当あるんじゃないの?
「弁当は半分は早弁しちまったし、残りは午後の休み時間におやつとして食う。」
「お弁当がおやつ!さすが運動部男子!」
泉とナマエは再び一緒に食堂に向かって歩き始めた。
食堂に着いたら泉とナマエはまずは2人分の席を確保した。
「ここでいいよな?」
「うん」
「オレが注文してくるからナマエは荷物番しててくれ」
「わかった。これ、お金ね。」
泉はナマエからラーメン代金を受け取り、券売機へと向かった。ナマエは昼食はいつもお弁当を作ってくることが多いし、お弁当がない時は購買でパンを購入して9組の教室で食べていたので昼食時の混雑している食堂に来たことはほとんどない。慣れない状況になんだかそわそわしてしまう。
『西浦ってホントに生徒の数多いよなぁ』
ナマエがキョロキョロと周りを見渡していると泉がお盆にラーメンを2つ乗っけて戻ってきた。
「ありがと!学食で食べるラーメンは家で食べるのとは違った良さがあるよね。」
「それな!」
泉はニカッと笑った。泉とナマエは恒例の"うまそう"の儀式をやってからラーメンを食べ始めた。一口目を口にしたナマエは思わず「わ、おいしい」と言って笑った。
「お、笑ったな」
ナマエの笑顔を見た泉がそう言った。
「ええ?そらおいしいもん食べたら笑顔になるよ。」
「いや、最近のナマエはいつも暗い顔してたし、昼メシの時も全然笑ってなかったぞ」
「え…、そうだったかな?」
そういえばナマエはここ最近はあまり食欲が湧かなかったし、購買で購入したパンも特に味わうわけでもなくただ飲み込むだけだった。
「…で、ナマエにそんな暗い顔をさせてる悩みっつーのは何なわけ?」
泉は熱々のラーメンにふーっと息を吹きかけながらナマエに質問をした。
「悩みと言うか、もはやどうにも解決のしようのないことなんで、過去のトラウマ…と言った方が正しいのかも?」
「トラウマ?」
泉はキョトンとした顔をしている。
「うん。あの、すっごい暗いこと言って申し訳ないんだけどね…?」
「いいって」
「うん…、あのね、兄…のように慕っていた人が亡くなったのよ。数年前に。」
「えっ」
泉はナマエの言葉に衝撃を受けたようでピシッと固まった。
「ホントに暗い話題でごめんね」
ナマエが謝罪すると泉は「いやいや、ナマエが謝ることじゃねーって」と言ってまたラーメンを口に運び始めた。
「で、その人の命日がもうすぐなの…。だからどうしても思い出しちゃって気分が沈んじゃってさ。」
「……そうか」
「うん」
「………。言いたくなかったら答えなくてもいいんだけどさ、なんで亡くなったの?病気?」
「………自殺ッス」
「………マジか」
泉はナマエの言葉に再び衝撃を受けたようでガクッとうなだれた。
「孝介、ホント、こんな暗い話聞かせてごめん」
ナマエはうなだれている泉の様子を見て慌てふためいた。
「いやいや、オレから聞いたんだからナマエは悪くねーって。むしろオレがごめんな。ナマエが過去にそんなツラい経験をしてたとも知らずに無理やり聞き出して。しかもオレまだ親しい人を亡くした経験がないからなんも有益なアドバイスしてやれねぇわ。マジでオレじゃ力不足だった。」
「いやいやいや、そんなことないって!私、孝介に気にかけてもらえて嬉しいし、学食のおいしいラーメンも食べられたし!それにこんな暗い過去の経験聞かされてパッと解決できる人間なんてどこにもいないって!」
ナマエは自分の非力を嘆く泉を励ました。
「うわ、オレ、クソだせぇな。話聞いてやるとか言っておいて逆に励まされるとか。」
泉はハァーッとため息をついた。
「孝介はダサくないよ!」
「……まー、今のオレにできるアドバイスって言ったら、なんかツラい気持ちになったらいつでもオレに弱音吐いていいからなってことと保健室の先生に頼めばスクールカウンセラー利用できるって聞いたことあるからそれの利用を勧めるくらいかねェ」
「ああ、スクールカウンセラーか。そういやそんな制度あったね。」
「あとは…なんか楽しい気分になれそうなことをする…とか?」
「楽しい気分…」
今のナマエには"楽しいこと"が思いつかなかった。
「例えばオレらだったらバッセンに行くとかなんだけど、ナマエだったら何がいいかねー」
泉はそう言って腕組みをしながら考え込んだ。
「あ、カラオケはどうだ?ナマエって音楽取ってるわけだし歌うのは嫌いじゃないだろ?」
「あー、カラオケか。しばらく行ってないな。うん、たしかにいいかも。大きな声出すとストレス発散になるよね。」
「今度の月曜のミーティング終わりにでもどうよ?」
「うん!行こう!」
ナマエはそう言ってコクンッと頷いた。
「他のやつらも誘っていいか?」
「いいよ。人数多い方が楽しそうだもんね。でも隆也とかは誘っても来なさそうだけど。」
ナマエはそう言って苦笑した。
そして迎えた月曜日、朝練を終えて教室にやってきた泉は真っ先にナマエのところにやって来て「今日のカラオケ、野球部全員参加するってよ」と言った。
「え、でも野球部のグループLINEでは隆也は"オレはパス"って言ってなかった?あと花井も用事あるとか。」
「説得した」
そう言う泉はドヤ顔をしている。
「すごいな、孝介」
「12人だから予約しとかねーとな。ミーティング17時には終わるよな?17時半からフリータイムでいいか。」
泉はそう言いながらスマホを操作した。
「予約できた?」
「おう、バッチリだ!楽しもうな!」
泉はそう言ってニッと笑った。
放課後、ミーティングを終えた西浦高校野球部員はみんなで自転車を漕ぎながら学校の最寄り駅近くにあるカラオケ店へと向かった。その途中でスーパーに寄って食べ物を購入する。今日予約しているカラオケ店は飲食物の持ち込みOKな上にソフトドリンクバー無料なのだ。学生には大変ありがたい。特に運動部所属の高校生男子は本当によく食べるので普通にお店で注文すると大変な金額になるのだ。そうしてカラオケ店に到着すると泉がカウンターに向かって歩いていった。
「12名で予約してる泉です」
泉はそう言って店員にスマホの予約画面を見せた。
「はい、ご予約の泉様ですね。お部屋は110号室でございます。こちらの通路をまっすぐ進んだ突き当たりになります。」
「あざっす」
泉は店員から伝票を受け取り、そのまま指示された部屋に向かって歩き出した。到着した110号室はかなり広い部屋だった。
「うおー!スッゲー広い!」
田島はそう言って大はしゃぎで部屋中を歩き回っている。
「荷物置いたらドリンクバーに飲み物取りに行こうぜ!」
泉はそう言ってエナメルバッグをソファに置いた。他の部員たちもそれに続いて続々とエナメルバッグを降ろしてドリンクバーへと向かう。ナマエは無難にウーロン茶を選んだ。みんながドリンクを持って部屋に帰ってくるとさっそく田島が「オレ、ゆず歌うー!」と言いながらカラオケのタッチパネル式リモコンを操作して曲を入れ始めた。田島が入れたのはあの名曲"栄光の架橋"だった。
「最初からちょっとしっとりすんじゃねえか」
花井はそうツッコんだ。
「でもいい曲だよね。オレ好きだな。」
沖はそう言った。田島は「みんなもどんどん曲入れてけー!」と言って他に3台あるリモコンとマイクを回し始めた。
「オレはこれだ!」
水谷がそう言うとモニター上部に"怪獣の花唄/Vaundy"と表示された。
「ナマエも入れな」
泉はそう言いながらナマエにリモコンを手渡した。
「え、切ない曲入れてもいい?」
ナマエは泉にそう訊ねた。
「なんでも好きなやつ歌えよ」
「じゃあ、これ」
ナマエがタッチパネルを操作するとモニター上部に"Lemon/米津玄師"と表示された。
「兄…のように慕っていた人が亡くなってから何度も何度もこの曲を聴いてるんだ」
ナマエがそう言うと泉は「あー、そういや死別の曲なんだってな」と言った。
「はい、孝介も入れてよ」
ナマエはそう言ってリモコンを泉に渡した。泉はしばらくの間どれを歌うか考えていた。その間に田島が歌い終わって、水谷の番になった。水谷は普段からよくヘッドホンをしている姿を見かけるので音楽好きなんだろうと前々から察してはいたが、やはりとても歌が上手かった。
「フミキ、歌ウメーな!」
田島がそう言うと水谷は歌いながらピースをしてみせた。水谷が歌っているとモニター上部に"愛のかたまり/Kinki kids"と表示された。
「おおっ、愛のかたまり入れた人って誰ー?」
ナマエがみんなにそう訊ねると隣に座っている泉が「オレ」と言った。
「孝介!いいね!」
ナマエはそう言って泉の背中をバンッと叩いた。
「好きなのか?」
「好き好きー!」
「それはよかった」
泉はフッと笑った。それから泉は「まだ入れてないやつは?」とみんなに訊ねた。
「オレは今入れる」
栄口がそう言うとモニター上部に"Pretender/Official髭男dism"と表示された。
「オレは今選んでる」
「オレも」
西広と花井はそう言いながらリモコンを操作している。
「タカヤも何か歌えよ」
泉はそう言って阿部にリモコンを渡した。阿部は「あー?オレあんま音楽聴かねえんだよな。」と言いつつもリモコンを受け取った。そうしているうちに水谷の歌が終わってナマエが入れた"Lemon"が流れ始めた。ナマエが歌い始めると花井は「また切ねえ曲だな~」と言いながらクッと笑った。
「じゃあ、オレは元気の出る曲にするよ」
西広はそう言って"Butter-Fly/和田光司"を入れた。
「おー、いいな!オレもこの曲スッゲー好き!」
田島はそう言ってニカッと笑った。ナマエが歌い終わると次は泉の番だ。泉は"愛のかたまり"をしっとりと切なく歌いあげた。
「はー!?なに、超かっこいいんですけどー!」
ナマエが思わずそう言うと泉はドヤ顔で「惚れてもいいぞ」と言って笑った。泉が歌い終わったら次は栄口の番だ。栄口もよく水谷と一緒に音楽を聴いている姿を目にするだけあってなかなかの歌声だった。次の西広の番では"Butter-Fly"のイントロが流れ始めた途端にみんなで手拍子をしたりタンバリンを叩いたりして大盛り上がりを見せた。"Butter-Fly"が終わると次は誰も予約を入れていなかったみたいで、モニターからCMが流れた。
「花井はなんでずっと悩んでんの?」
田島がずっとリモコンを持ったまま何も曲を入れない花井に訊ねた。
「…オレ、好きな曲洋楽ばっかなんだけどいいか?」
「全然いーだろ」
田島がそう言うとみんなが「うんうん」と頷いた。
「切ねえ曲でもいい?」
みんな「全然いい!」と言って頷いた。
「じゃ、オレはこれにするわ」
花井がそう言うとモニターに"See You Again/Wiz Khalifa"と表示された。
「お、ワイスピだ!いい曲だよね。」
巣山がそう言った。花井はさすが英語が得意なだけあって発音もきれいだし、とても感情を込めて情緒たっぷりに歌いあげた。花井が歌い終わると自然と拍手が起きた。花井は恥ずかしそうにしながら「ヤメロ」と言っていた。そして次は…"おジャ魔女カーニバル!!/MAHO堂"が流れ始めた。
「篠岡?ミョウジ?」
そう言いながら花井がマイクを女子に渡そうとすると阿部が「オレ」といいながらニヤッと笑った。
「阿部かよーっ」
そう言いながら花井はブーッと吹き出した。阿部は真顔で歌い始めた。そんな阿部の姿を見ている他の部員たちはゲラゲラと腹を抱えて笑っている。ナマエも笑いながら「どーする?」「いーよね!」と合いの手を入れた。阿部が歌い終わった後もみんなしばらくの間笑いが収まらなかった。阿部は意外とギャグセンスが高い。
「しのーかも何か歌ったら?」
水谷がそう言って隣に座っている篠岡にリモコンを渡した。こういう時、水谷はいつもしっかりちゃっかり篠岡の隣をキープしてるのがえらいとナマエは思った。篠岡は"ハナミズキ/一青窈"を歌った。とても透明感があってかわいらしい歌声だった。
「あと歌ってないのは巣山、沖、レンだな!」
田島がそう言うと巣山は「オレも洋楽入れていい?花井みたいに上手く歌えないけど。」と言った。
「気にせず好きな曲入れてこうぜ!」
田島がそう言うと巣山は"What Makes You Beautiful/ONE DIRECTION"を入れた。
「沖とレンは?」
田島がそう訊ねた。
「オレ、あんま歌上手くないから誰か一緒に歌ってほしいな…」
沖がそう言った。すると三橋も「オ、オレも…」と言い出した。
「じゃあ、みんなが知ってる定番のアニソンとかどうかな?マイク4本あるし、沖と三橋はマイク固定で他2本のマイクはみんなで回しながら歌おうよ。」
西広がそう言った。
「定番のアニソンって言ったらやっぱこれっしょ!」
田島はそう言いながらリモコンを操作した。モニターに"残酷な天使のテーゼ/高橋洋子"という文字が映った。沖は「うん、これなら歌えそう」と言った。三橋もコクコクッと頷いている。曲が流れ始めると沖と三橋、そして他2人は順番にマイクを回しながら歌った。みんなが知ってる定番のアニソンだけあってかなり盛り上がった。
「よーし、この調子でどんどん歌入れてこー!みんな遠慮すんなよ!」
田島がそう言うと他の部員たちは「おー!」と返事をした。一度歌ってしまえば遠慮や気恥ずかしさは吹っ飛んだみたいでみんな好きな曲を好きに歌ってカラオケを楽しんだ。
約3時間をカラオケ店で過ごし20時半を過ぎたところでこのカラオケ会はお開きとなった。店を出て駅近くの駐輪場までみんなでぞろぞろと歩く。
「楽しかったー!」
水谷はそう言ってニコニコ笑っていた。さすがの音楽好きだけあって水谷は曲のレパートリーが多くこの中で1番多く歌った。
「文貴めっちゃ歌上手いじゃん」
ナマエがそう言うと水谷は「まーね!」と言って得意気に笑った。
「ナマエは楽しかったか?」
泉がナマエに訊ねた。
「うん、すっごい楽しかった!みんなの歌声聴けたの新鮮だったし、自分も久々に思いっきり歌えてスッキリした。」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。
「ナマエ、ちょっとは元気出たみたいだな。コースケ、お手柄じゃん。」
田島がそう言った。
「おー、花井もタカヤも予定空けてくれてありがとな!」
泉がそう言うと花井は「うちの大事なマネジが落ち込んでんだからこんくらいして当たりめーだ!」と言った。
「え、花井と隆也は私のためにわざわざ予定空けてくれたってこと…?」
ナマエはそう訊ねた。
「2人だけじゃねーよ。みんなお前のこと心配してたんだぞ。オレがナマエを元気づける会開こうぜって提案したら快く応じてくれたよ。」
泉はそう言ってナマエの頭をポンッと軽く叩いた。
「詳しい事情は知らないけど、なんかツラいことがあったんだって?オレでよければいつでも話聞くからね。」
栄口はそう言って優しい笑顔を見せている。そして栄口のその発言に続いて他の選手たちが「オレも!」「オレもな!」と言い出した。篠岡も「私もだよ」と言って微笑んでいる。ナマエは思わず目に涙が込み上げてきた。
「ありがとう~~~!」
ナマエがそう言って両手で顔を覆うと花井が「うお、泣くな泣くな」と言って慌てふためいた。逆に田島は「好きなだけ泣けー!」と言いながらナマエの背中をバンバン叩いた。
「ちょっと、全員に1回ずつハグしていい?」
ナマエがそう言うと泉に「それはダメだ」と却下された。
「じゃー、円陣組みたい!」
「は?ここで?」
花井はそう言って躊躇したが、田島が「いいじゃん、ちょっと端に寄ってやればさ!」と言ってニカッと笑った。
「お願い!んで、掛け声は私にやらせて!」
ナマエがそう言うと花井は「しゃーねーな。オラ、オメーらもっと端っこに寄れ。」と言った。
「どっちの円陣?上向くやつ?肩組むやつ?」
西広が訊ねる。
「肩組むやつがいい!」
ナマエはそう返事をした。そうして西浦高校野球部は全員で肩を組んだ。ナマエはスゥーと大きく息を吸い込んだ。
「お前らは最高だー!にしうらー、ぜっっ!」
ナマエがそう言うと他の部員は「おおーっ!」と返事をした。ナマエは駅の近くの道端で円陣を組んでこんな恥ずかしいセリフを大声で言った自分のことがなんだか可笑しくなってきてしまい、クスクスと笑い出した。それにつられて他のみんなも笑い出す。
『そうだ、私には今こんな素敵な仲間がいる。失った兄はもう二度と帰ってこないしその悲しみは決して消えることはない。それでもこいつらと一緒なら私はまだがんばれる…!』
ナマエは今ここにたしかに存在する幸せを噛みしめながら『私は前を向いて生きていこう』と決意を新たにした。
<END>