「おお振りの世界に異世界トリップ 第66章」
12月になった。約1週間後には2学期期末試験が控えているためこの期間は部活はお休みだ。この期間のうちに選手たちは日替わりでモモカンと一緒に自分たちの出身チームに顔を出してスカウト活動を行った。スカウト活動をしない選手たちは放課後は30分筋トレルームで身体を鍛え、そしてその後は交代(※阿部・三橋・田島の3人は固定)で田島家へと行って自主練を行っていた。一度田島家に行くとその後は自然に下の名前で呼び合うようになる。こうして西浦高校野球部ではじわじわと名前呼びが浸透していった。ちなみにナマエは今回の試験前休暇は田島家には行かずに真面目に試験勉強をして過ごすことにした。11月下旬、ナマエは兄の命日が近づいていたことで心身のバランスを崩していたのでその期間は学業も普段より疎かになっていた。その遅れを取り戻さなければならない…というわけで今回のナマエには悠長に田島家で自主練見学をしている余裕はなかったのだ。
そして迎えた12月第2週、2学期の期末試験1日目を迎えた。ナマエは1週間真面目に試験勉強に取り組んだおかげか試験ではかなり手ごたえを感じられた。
『おし、少なくとも今日やった科目は全部自信あるぞ!』
本日の全ての試験を終えたナマエは午後は明日の試験に備えて自習室で勉強をする。泉・西広・沖と一緒に勉強する約束をしてあるのだ。ナマエは泉に声を掛けようと立ち上がった。すると田島が泉に話しかけているところだった。田島はなんだか思いつめたような顔をしている。ナマエは田島と泉のところに駆け寄った。
「何かあったの?」
ナマエがそう声を掛けると泉は田島の顔を見た。
「それってナマエとレンにも言っていい話?」
泉のその問いに対して田島は一瞬迷ったような素振りを見せた。だが、最終的に「一緒でいいか。何度も話すのめんどいし。」と答えた。
「レンー!うち行く前にちょっと話があんだけど!」
田島はそう言って三橋を呼びに行った。泉とナマエは顔を見合わせて首を傾げた。
「で、どこで話すよ?」
泉が田島に訊ねた。
「昇降口んところでよくね。みんな一斉に帰った後は静かになんだろ。」
田島はそう言ってリュックを背負い、歩き始めた。泉・三橋・ナマエの3人は田島のあとを追って歩く。昇降口に着くと、試験を終えた生徒たちが続々と帰っているところだった。
「もうちょっと人がいなくなるまで待とうぜ」
田島はそう言って背負っていたリュックを床に降ろした。ナマエたちも田島に倣ってカバンを床に置いた。田島は三橋に「今日の試験どーよ?」と話しかけて雑談を始めた。
「一体何の話なの?」
ナマエは泉にそう言った。
「さあな?オレも全く見当つかねぇ。」
泉はそう言って頭の後ろで腕を組んだ。
「あ、西広君と沖君にちょっと遅れるって連絡しなきゃね」
ナマエはスマホを取り出してLINEで2人にメッセージを送った。すぐに西広から"了解。オレたちは教室でお弁当食べてから自習室に行くよ。そこで待ち合わせよう。"という返信が帰ってきた。
「孝介は今日お弁当ないんだよね?お昼は食堂で食べる?」
「おー、そうだな」
泉とナマエがそうしてこの後の予定について話し合っていると田島が「もうそろそろいいな」と言い出した。辺りを見回すと下校中の生徒でいっぱいだった昇降口はいつの間にかすっからかんになっていた。
「で、何の話だ?」
泉が田島に訊ねた。
「部内恋愛について、って決めてないよな?」
「「……」」
田島の発言を聞いた泉とナマエは一瞬言葉を失った。
「お前?」
泉が田島にそう質問すると田島は「オレじゃない」と答えた。
『もしかして文貴の片思いの件?それとも千代ちゃんの片思いの件?…孝介のことだったら孝介本人には言わないよね。てか孝介が私に想いを寄せてるかどうかもまだ疑惑の段階で確定してないし。』
ナマエがそんなことを考えていると田島は「花井の話」と言った。
「「えっ!」」
泉と浜田(いつの間にかそばに来ていた)が驚いて声をあげた。
「「わっ、びっくりした」」
そして浜田の唐突な登場に驚いた田島と泉が同時にそう言った。一方、ナマエは浜田の登場は一切気にも留めず、『花井か!そう来たか!』と考えていた。
『花井の恋愛ってなると、たぶん相手はモモカンだろうな…』
ナマエは前の世界で観たアニメおお振りで花井はモモカンのことをかなり"女性"として意識していると感じていたし、実際ファンの間でも花井とモモカンのカップリングは人気があったことを知っていた。
「え、でもそうかあ?なんで?本人に聞いたん?」
泉は花井が恋愛していると聞いてピンと来ていないようだった。
「怖くて聞けなかった。昨日うちでさ、違うかもしんないけど、そうかな~って思う発言があったんだ。でも聞いたら自覚させちゃいそうで…。」
田島はそう言って俯いている。
「花井が自覚してねェモンを悠が気付いたってこと?鋭すぎないか、それは。」
泉はそう言った。
「私は割と悠一郎の予想は当たらずとも遠からずだと思うよ。ただそれって本当に恋愛感情なのかなぁ?多少女性として意識している部分はあっても、憧れとか尊敬の気持ちの方が強いんじゃないの?」
ナマエはそう言った。
「そうかもしんねぇけど、違うかもなって昨日思ったんだよ。だってさ、立場とか歳の差とか、壁があんじゃん?だからまだ自覚できてねーだけなんじゃねーかな。それにそんな対象として見ていいのかって思う気持ちもあるだろうし。」
田島はそう言った。
「そっか。うん、まー、そーいうこともあるかもね。」
ナマエがそう言うと田島は続けて口を開いた。
「もしオレが指摘しちゃったらさ、花井の中でその感情に名前がついちゃって一気に…―――」
「ちょっと待て!2人で話を進めんなって!」
泉が田島の言葉を遮ってそう言った。
「花井の話…だよな?花井としの……え……?」
どうやら泉は花井が篠岡に片思いしているという話だと勘違いしていたようだ。だが、田島とナマエの会話を聞いていて違和感を覚えたらしい。田島は無言で泉の顔を見た。それから泉はナマエの方を振り返った。ナマエは首を横に振った。それで泉はようやく相手はモモカンだと気付いたようだ。少し考え込んだ後で「それは…ないだろ」と言った。
「ない?」
田島はそう言ってジッと泉の顔を見た。泉は何とも言えない表情で黙り込んでしまった。
「オレ1人じゃ抱えきれなくてさ~」
田島はそう言ってガクッと頭を垂れた。
「でも、でも、う~~ん」
泉も俯いて悩み始めた。
「オレ、昨日からスゲエざわざわしちゃって。そういうのってダメって言われると余計燃えるだろ。それにそもそもダメって言っていいの?とか。でもなら応援はできんの?って、も~~グルグル。」
田島はそう言いながら頭を抱えている。
「試験前なのになァ」
「11時には寝たけど熟睡した感じしないっ。成長期の睡眠は1日も無駄にしたくないのに~~。」
田島がそう言うと三橋は田島の肩をポンポンッと叩いて慰めた。
「私は別に花井がモモカンを好きでもいいと思っちゃうけど、悠一郎としてはあんまり肯定できないんだ?」
ナマエがそう言うと悠は「だって監督と選手だぞ?」と言った。ここで浜田が口を開いた。
「田島がザワザワすんのわかるし、花井の件は確かめなきゃ本当かどうかわかんねーけど、本当だったとしても大丈夫だと思うよ」
それを聞いた田島は「ホントかあ?」と言い、泉は「何が大丈夫?」と浜田に訊ねた。
「百枝さんの方が…うーん、何て言うのかな?…恋愛って相手あってのものだろ。」
浜田はそう言った。
「ああ、それ、私も同意。だから私は花井が一方的に片思いしてる分には全然問題ないって思ってる。」
ナマエは浜田の意見に至極納得していた。
「モモカンが花井相手には恋愛しないってことか?」
田島がそう言った。浜田は「そう」と答えた。ナマエも「うんうん」と首を縦に振った。
「…そうだな」
泉も納得したようだ。
「おお、盲点だった!オレとしたことが!」
そう言う田島の表情は明るくなっていた。
「なんかさっぱりしたっ!浜田ありがとう!」
「どーいたしまして」
田島が浜田にお礼を言い、これで事は解決した…かと思った。
「なんか引っかかる!」
泉がそう言った。
「え、まだ何かある?」
浜田がそう言うと泉は浜田の方をジッと見た。
「お前のその答えはどっから来たんだ。経験豊富みたいな顔してっけどお前まだ17歳だろ。なんでモモカン側の気持ちがわかんだよ。」
泉はそう言って浜田に詰め寄った。
「ドラマでそんなん見た」
浜田はそう答えたが明らかに嘘だ。泉はジト目で浜田を睨んだ。
「お前が留年するほど学校休んだ訳をいつかは話せよ?」
「え~…なんで――」
「なんで!?知りてェからだよ!気になるだろ、普通!」
泉は大声でそう怒鳴った。浜田は青ざめている。
「オレに言いにくければ帰るよ?オレはコースケほど浜田の留年気にしてないし。」
田島はそう言ったが、浜田は頭に血が上っている様子の泉を見て「え、いや、いてほしい」と言った。
「……言っても嫌わない?」
浜田がそう言うと泉は「内容によっては嫌いますけど!」とキッパリ答えた。田島も「そらそーだ」と言って泉に同意している。
「オレはっ、嫌わないっ!ハマちゃん、嫌わないよっ!」
三橋はそう言った。浜田はそんな三橋の肩をガシッと掴んで「三橋にだけ話すよ~」と言った。
「……でもあと1年待ってください」
浜田はまた弱腰になった。すると泉は「一旦腹決めたんならもったいつけんな!」とまた怒鳴った。
「要するに恋愛絡みなんだろ?言いやすいように予想してやんよ!年上の女性と恋愛して別れてガックリきてたんだろ!?振られたからって嫌わねぇからな、じゃあなんだって話になんだろ?したら二股とかじゃねぇの?お前がされてたんなら嫌わねぇじゃん!でも嫌われんのかって聞くってことはさァ、お前がしてたんなら…!」
泉が浜田のことをそこまで追い詰めると浜田はようやく観念したようで「――されてました」と白状した。
「マジか」
ナマエは思わず両手で口を覆った。泉は事の真相を知ることができて満足したようで「よし!」と言っていた。
「まだ聞き足りねえけどこっちが話すネタなんもねえからな、お返しに何か話せるくらいの経験積んでからまた聞かしてもらう」
泉はそう言うと浜田は「はあ、当分先だな」と答えた。
「なにおう!?」
泉はそう言いながら顔を真っ赤にしている。
「浜田ってそんなに経験豊富なの?なんか浜田がかっこよく見えてきたぞ!?」
田島は頬を赤く染めてキラキラした目で浜田を見つめている。
「でもさ…――」
浜田はそう言ってナマエの方をチラッと見た。
「え、何?」
「いや、なんでもない」
浜田はそう言って頭をポリポリと掻いた。
「オイ、中途半端に話してやめんな」
そう言って泉がまた浜田に迫った。
「いやー…、あの、普通は部内恋愛って言ったら1番に出てくるのは女子マネの2人じゃないの?って思ってさ。ミョウジがいる前で話すことじゃないかもしんないけど。」
浜田がそう言うと田島と泉がギクッと固まった。
「ミョウジも篠岡さんもかわいーっしょ。そっちはないの?」
「「…………」」
田島と泉は無言で顔を見合わせている。
「あ、私、席外した方がいい?」
ナマエはそう言って自分のスクールバッグを持ち上げた。
「ワリィ」
田島がそう言った。
「ううん。じゃ、私は先に食堂行ってるから孝介は話終わったら来て。他のみんなはまた明日ー!」
ナマエはそう言って田島たちに別れを告げて食堂に向かった。
『今頃あの4人は千代ちゃんと私のことについて話してるのかーっ。正直なところ、今どんな会話が交わされているのか気になるけど、私があの場にいたらみんな本音で話せなくなるかもしれないもんね。結論は後で孝介に教えてもらおっと!』
食堂に到着したナマエは空いている席に腰かけてお弁当を広げて食べ始めた。
数分後、「お待たせ」と声を掛けられてナマエが顔を上げるとそこには泉と浜田が立っていた。
「おー、待ってたよ。ハマちゃんもお昼食べていくの?」
ナマエはそう答えた。
「この後みんなで勉強会すんでしょ?オレも参加させてもらってもいいー?」
浜田がそう言った。
「ああ、いいんじゃない?さすがに2回も留年するわけにいかないもんね。」
ナマエはそう言って笑った。浜田は「ミョウジって結構痛いところ突いてくるよなー」と言いながら笑っている。
「ところであの後は何の会話をしたの?…って訊いてもいいやつ?」
ナマエがそう言うと泉と浜田は顔を見合わせた。
「ワリィ、今はまだ言えない。後日話す。」
泉はそう言ってうどんを食べ始めた。
「へえ、後日なら言えるのね。わかった。気長に待つことにするわ。」
そう答えたナマエは再びお弁当を食べ始めた。泉・浜田・ナマエの3人は昼食を食べ終わったら自習室にいる西広・沖と合流した。そして夕方17時まで勉強に取り組んだ。
期末試験の最終日、最後の試験を受け終わったら野球部はさっそく部活を再開する。試験は午前中に終わったので、ナマエはいつも通り9組の教室で野球部のメンバーとお弁当を食べた。それから篠岡とナマエは裏グラのベンチ横の倉庫で着替えをした。選手たちは冬の期間はプール下の部室で着替えてから裏グラに集合することになっている。選手たちが集合したら部活開始だ。ナマエは今日は水撒き担当で、篠岡がジャグのドリンク作成の担当だった。冬の裏グラはとても寒く、水撒きのためにホースを握っているナマエの右手は冷たくなっていった。それに水撒き担当は炊飯も担当することになっている。テニスコートのそばの蛇口の水で米研ぎをしていたらあまりの水の冷たさに手がかじかんだ。
『冬の米研ぎはツラいな~』
炊飯器に米をセットしたナマエはホッカイロを取り出して冷たくなった両手を温めた。
『そういえば花井が言ってた今日話し合いたいことって何だろ?』
実は今日の練習開始前、モモカンの前に部員みんなで整列した際に花井は今日の部活終わりのミーティングでみんなで話し合いたいことがあるのでいつもより少し早めに練習を切り上げたいと言っていたのだ。
『数日前に悠一郎が言ってた花井がモモカンに恋心を抱いてるとかいう疑惑となんか関係あったり…?』
ナマエはそんな予想を立てながら練習に励んでいる花井の姿を見た。至って普段通りに見える。それに花井が自身のモモカンへの恋心を部員全員の前で話題にすると思えない。
『じゃ、この間の件とは全然関係ない話かな』
ナマエはそう考えてホッカイロをポケットにしまった。もう手は十分温まったので引き続きマネジ業務に専念することにした。
練習を終えた野球部員はモモカンの前に集まった。モモカンは今日の練習内容のフィードバックと明日以降の予定についての説明をした後、「じゃ、花井君の番ね」と言って花井にバトンタッチをした。
「えーっと、今日の練習前にみんなで話し合いたいことがあるって言ったろ。議題は2つあるんだ。1つ目は新しいエナメルの購入についてだ。来年になって後輩が入ってきたら西浦のロゴが入ったオリジナルのエナメルバッグを用意したいという意見が複数人から挙がった。来年を予定しているのはまとめ買いで注文数が多いほど割引が効くからだ。これについては男どもの間ではもう合意が得られてるわけだが、ミョウジと篠岡はどうだ?」
花井はそう言って篠岡とナマエの方を向いた。
「オリジナルのエナメルバッグ!欲しい!大賛成!」
ナマエは目をキラキラさせながらそう答えた。篠岡も「いい案だと思う!」とニコニコしている。
「監督はどうッスか?」
今度は花井はモモカンに訊ねた。
「うん、もちろん私も大丈夫だよ」
モモカンはそう言ってニコッと笑った。
「うし、じゃあ、具体的な話はまた新入生が入ってから決めるとして、この案は可決でいいな?」
花井はそう言って部員全員の顔を見た。みんなが嬉しそうな顔で頷いていた。
「じゃ、次の議題なんだが……―――」
花井は一瞬間を置いた。
「――……部員の中から野球部恋愛禁止の提案があった。これも男どもの間ではもう合意が取れてるんだが、ミョウジと篠岡はどう思う?」
花井はそう言って篠岡とナマエの方を見た。ナマエはあまりに予想外の提案に驚いて一瞬ピシッと固まった。
「えっと…、事の経緯を説明してもらえる?」
ナマエは花井にそう言った。
「えっとだな…、オレら甲子園優勝っていう高い目標を掲げてる中でそれを達成するにはチームワークが大事だろ。そんな中で恋愛して、誰が誰を好きだとか、振った振られたとか、そんなんでゴタゴタ揉めて人間関係悪くしたくねーし、そもそも甲子園優勝するのに恋愛にうつつを抜かしてる余裕ねーし。…って話だよな?」
花井はそう言って田島を見た。田島は「おう」と言って頷いた。
「えっと、つまり野球部内に限った話ではなくて、部外の人も含めて全面的に恋愛禁止ってことなのね?」
「そういうことだな」
田島はそう言って頷いた。それを聞いたナマエは咄嗟に水谷の顔を見た。水谷はナマエの視線に気付いてナマエに向かってヘラッと笑ってみせた。
『文貴は千代ちゃんに片思いしてるのに恋愛禁止でいいのか…。現役中は千代ちゃんへの想いは胸に秘めておくつもりってこと?』
続いてナマエは隣に立っている篠岡の顔を見た。篠岡はいつも通りに微笑を顔に浮かべたまま何も言わない。ナマエは『ポーカーフェイスが上手だな!』と思った。それからナマエはコソッと泉の顔を見た…つもりだったが、泉とはバッチリ目が合ってしまった。ナマエは思わず泉から視線を逸らした。しかし、泉がナマエの顔をジッと見つめていることに一度気付いてしまったら、もう気になってしかたがない。ナマエは再度泉に視線を向けた。泉は何か強い意思を感じさせる視線をナマエに送っていた。
『な、な、なんですかー!?』
ナマエは困惑した。ナマエは前々から実は泉は自分のことが好きなんじゃないかという疑念を抱いていたのだが、恋愛禁止が議題に上がっている中で泉のこの何かを訴えるような視線はナマエにはとても意味深に感じられた。
『やっぱ、そういうことなんじゃないの?でもそういうことなら孝介はどうして恋愛禁止に賛成なの?そして何故恋愛禁止にしようとしている今そんな風に訴えてくるのー!?』
ナマエは野球部恋愛禁止というこの提案に賛成していいものか悩んでいた。ナマエには今のところ好きな人はいないが、今はまだ高校1年生の冬だ。まだ2年近く残っている高校生活の中で恋愛感情を誰にも抱かずにいられるだろうか?もし誰かを好きになった時に恋愛禁止条例のせいで諦めなきゃいけないというのはツラくないか?それに……篠岡はいいのか?
「ちょ、ちょっと、千代ちゃんと2人きりで話してもいい?」
ナマエは花井にそう言った。花井は「おう」と言って頷いた。篠岡とナマエは輪になっている部員たちから少し離れたところで小声で話し始めた。
「千代ちゃんはどう思う!?」
「うーん…、ちょっとびっくりしたけど、私は別にいいかなと思ったよ」
篠岡はそう言って微かに笑った。
「いいの?千代ちゃん、好きな人いるんでしょ?」
「いるけど…、私はもともと告白なんてするつもりないから。絶対振られるってわかってるし、万が一私が告白したことで気まずい雰囲気になったりしたら嫌だし。」
「そ、そうなの…」
ナマエは恋をしている篠岡の方がしていないナマエよりもよっぽど冷静さを保ってることに驚いた。
「あ、でもナマエちゃんが嫌ならはっきり嫌って言っていいと思うよ。なんなら女子2人からの反対ってことにしてもいいし。」
「ええっ、うーん、私にはまだ好きな人はいないからはっきり嫌と言うほど嫌じゃないんだ。でも、いないからこそもし今後自分が誰かを好きになった時に諦めなきゃいけないんだって考えたらちょっと怖いんだよね。」
ナマエはそう言った。
「別に諦めなくてもいいんだよ?恋愛禁止って現役中の話でしょ?引退するまで待ってからお付き合いを始めればいいんだよ。」
「あー、そっか。てか恋愛禁止条例がなくてもそもそも現役中に誰かとお付き合いしてる暇なんてないもんね。」
「そーだね、毎日部活三昧だもんね」
篠岡はそう言って笑った。
「うん、じゃあ恋愛禁止でいいや。千代ちゃんありがとう。千代ちゃんと話したおかげで頭の整理ができたよ。」
「どういたしまして!」
内緒話を終えた篠岡とナマエは輪になっている選手たちのもとへと戻った。
「「恋愛禁止、合意します!」」
篠岡とナマエは声を揃えて花井にそう言った。緊張した面持ちでマネジ2人の回答を待っていた花井はホッとした様子で胸を撫でおろした。
「おし、じゃあ両方とも可決ってことで!オレからの話は以上だが、他に何か言っときたいことあるやついるかー?」
花井は他の部員たちに向かってそう問いかけた。誰も何も言わない。
「いねーな。んじゃ、今日はこれで解散っつーことで…いいっスよね?」
花井はモモカンを見た。
「うん。今日もおつかれさまでした!」
モモカンがそう言った。部員たちは「あーっした」と言ってモモカンにお辞儀をした。そして今日の部活は解散となった。
<END>