「おお振りの世界に異世界トリップ 第68章」
12月中旬、前週に実施された期末試験の結果が帰ってきた。ナマエは一時期兄の命日が近づいていた時に落ち込んでいた影響もあって今回は10月の中間試験よりも結果はやや下がった。それでも全科目80点以上はキープできているし、そこまで問題ないはずだ。テストの解答用紙が返却された翌日から3日間は球技大会が実施される。ナマエは基本的にスポーツは得意じゃないので女子ドッヂボールに出場したものの、試合開始早々にボールを当てられて外野行きとなった。外野に行ってもナマエは相手に上手くボールを当てることができないのでずっと外野のまま内野には戻れずに試合が終わった。そして球技大会が終わると終業式の日を迎える。まずロングホームルームで2学期の成績表を貰ったナマエはすぐさまその中身を確認した。体育と音楽は5段階中の"3"の評価だが、それ以外は"4"または"5"を取れている。これは成績がいい部類に入るだろう。ナマエは一安心した。ロングホームルームが終わったら体育館にて終業式典が執り行われた。それが終わったらいよいよ冬休みだ!
冬休み期間中は朝8時に裏グラに集合して午前中は練習をした後、ベンチで昼食を食べ、午後13時から郵便局でのアルバイトを行う。
「ここが社員用出入口か!」
ナマエは初めての郵便局アルバイトに浮き足立っていた。社員用出入口を通過するとマスクを配布された。マスクを着用してロッカーに手荷物を預けたら、執務室の前に出退勤の記録を残すためのタイムレコーダーが置いてあった。ナマエは自分の名前入りのタイムカードを見つけて、タイムレコーダーで出勤時間を打刻した。
『懐かしい。私が前の世界で働いてた時もこんなの使ってたな。』
打刻を終えたナマエは出退勤カードに記載されている自分の所属班を確認し、その列に整列した。どうやら同じ班に西浦高校野球部員はいないらしい。というか敢えて全員バラバラに配置されているようだった。アルバイト初日なのでまずは現場責任者の方からあいさつと仕事のやり方や禁止事項についての説明があった。郵便局アルバイトの仕事内容は機械によって郵便番号別に振り分けられた年賀状はがきを郵便局内で定められている住居人リストに従って順番に並び変えをして棚にセットしていくという単純作業だ。ナマエはこういう地道な事務作業は得意な方だ。ナマエはせっせと真面目に作業に取り組んだ。仕事中は定期的に10分休憩を設けてもらえる。休憩は複数の班事に順番だ。休憩中は廊下の椅子に好きに座っていい。ナマエの班が休憩時間に入ると篠岡が前を歩いているのを見つけた。
「よっ、千代ちゃん!」
「あ、ナマエちゃんだ」
「どう?順調?」
「うん、私は大丈夫だよ」
「私も結構この作業好き」
篠岡とナマエは隣同士で椅子に座った。
「他のみんなはちゃんとやれてるかなー?」
ナマエがそう言うと篠岡は「どうだろうね?」と言って笑った。
基本的にはバイトは毎日3時間の予定なのだが、状況次第では残業をお願いされることもある…という話は最初に説明を受けていたが初日からさっそく残業依頼があった。というわけで17時までアルバイトをしたナマエはその後タイムカードに退勤の打刻を済ませ、ロッカールームで篠岡と合流し、社員用出入口から外に出た。篠岡とナマエが外に出ると既に選手たちが待っていた。
「ごめん、お待たせー!」
篠岡とナマエが選手たちのもとへ駆け寄ると花井が「よし、じゃあ帰るか」と言って先頭を歩き出した。駐輪場から自転車を取り出した後は各々の家に向かって自転車を走らせる。ナマエは三橋と家が近いので最後は三橋と2人きりになった。
「レンはバイトどうだった?」
ナマエが訊ねると「オレ、けっこー、できた!」と言って得意気な顔をしていた。
「そっかそっか。レンは元々地道な努力ができる子だもんね」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。
「じゃ、私はこっちだから。また明日ね、レン!」
「ナマエちゃん、気を付けて、ね!」
ナマエは三橋に別れを告げて家に帰った。
家に帰ると母親から「バイトはどうだった?」と訊ねられた。
「結構楽しかったよ」
ナマエはそう回答した。
「ナマエちゃんはもともと真面目でしっかり者だものね。お母さんも大丈夫だと思ってたよ。」
ナマエはこの世界の母親の優しさに胸を打たれた。ナマエが元いた世界の両親は正直言ってあまりいい親ではなかった。それが前の世界のナマエの兄が自殺してしまった原因の1つでもある。
『この世界に飛ばしてもらえて、そしてこんなに素敵な両親のもとで暮らせて、私ってめっちゃ恵まれてる』
ナマエはおお振りの世界にナマエを転移させてくれた"何か(神様?仏様?)"に改めて感謝をした。
それから12月30日までの間は毎日同じスケジュールで練習とバイトをこなした。
12月31日大晦日、この日は野球部は朝から14時まで郵便局でバイトをした。その後は裏グラに向かい、暗くなるまで練習だ。練習終わりには締めのあいさつのためにモモカンの周りを取り囲む。
「明日はお休みで2日の朝から練習開始です。1日だけのお休みだけど、お正月を楽しんでリフレッシュしてください。今年を振り返ると4月に集まって9ヶ月、1人も欠けずにそれなりの戦績も残せて充実した時間を過ごせたよね。でも階段はずーっと先まで続いている。来年はもっと勝とう!以上!」
モモカンがそういうと部員たちは「っした!」と返事をした。それからモモカンは「よいお年を!」と言いながら車に乗り込み、去っていった。料理が趣味な巣山もおせち作りをするために急いでいるらしく、「じゃなーっ」と言ってピューッと自転車を漕いで消えていった。ナマエは今日は家に帰る前に田島家に寄ることになっている。田島家には今年たくさんお世話になったのでちゃんと年末のあいさつをしてきなさいと母親に言われたのだ。お礼の菓子折りも用意している。そしてそれはナマエだけでなく三橋・阿部・泉も同様なようで5人で自転車に乗って田島家へ向かい始めた。
「えっとさ、そいで花井の話、ね、あれからちょっと様子見てたんだけどオレの勘違いだと思う。だから忘れてな?」
田島が三橋にそう言っている声が聞こえた。三橋は頭に疑問符を浮かべながら「うん?」と返事をした。
「わかってっかな?」
田島はイマイチピンと来てなさそうな様子の三橋を見て心配になったらしく、泉とナマエに向かってそう訊ねた。
「わかってないならそれで問題ねーし」
泉はそう答えた。
「わかって、なくないっ。花井君と監督…の……」
三橋はそう言って言葉に詰まった。
「この間も言ってたけど、花井と監督が何?」
話を聞いていた阿部がそう言った。以前ナマエたちが昇降口で花井のモモカンへの片思い疑惑について語った際に阿部はその場にいなかったので事情がよくわからないのだ。
「えと…うーんと、………あ、告白禁止」
三橋はそう言った。
『一応わかってたのね』
ナマエはてっきり三橋は何もわかってないと思っていたので内心驚いた。
「監督にだろ?花井もダメな?」
阿部がそう言うと三橋はポカンといった顔をした。阿部はそんな三橋の顔を見て「………は?」と言いながらこちらもポカンとしている。
『あれ、これはやっぱりわかってない感じか?』
ナマエはついフフッと笑ってしまった。
「オレがそうじゃないかなって勘違いしたの!勘違い!」
田島が早速フォローに入った。さすがだ。
「…ああ、でもなんでそんなこと思ったんだよ?」
「なんか意識してんのかなーって感じがしたんだよ。花井が監督を勝たせたいって言っててさ、でも監督が女じゃなけりゃこんなん考えないから監督にも失礼だったよなって反省してんだ。」
田島は珍しくシュンッとしていた。
「でも恋愛禁止だろ?」
阿部がそう言った。
「そうなったけど、禁止しなくてもそういうんじゃなかったと思う。」
田島がそう言うと阿部はため息をついた。その様子を見ていた三橋は急にハッとした顔になった。
「あ、あ、阿部君も、あ、花井君は違う…、阿部君は…―――」
三橋は頬を赤くしながらそう言いかけた。そんな三橋を泉は「いや!レン、それはない!」と言って制しようとしたが遅かった。
「阿部君、モモカンが好きなのか!」
三橋がそう言うと田島は「はあ!?」と言い出した。三橋のその発言にナマエもびっくりして目を見開いた。阿部はしばし硬直した後、「好きってどういう…」と言いながら動揺を見せた。
「は、ははは、浜田の話だと監督は高校生なんか子どもにしか見えないから相手にしないって!!」
動揺しているのは阿部だけではなく田島の方もそうみたいだ。一方で阿部は神妙な面持ちで黙り込んでいる。
『え、え!?なにその沈黙?隆也ってホントにモモカンに恋愛感情ありなの?』
ナマエは黙り込んでいる阿部の顔をジッと見つめた。
「やだ~っっ、そこで考え込まないでよ~っっ」
田島はそう言いながら半泣きになっている。
「でも禁止だろ?」
阿部は静かに口を開いた。田島はそれに対してものすごい勢いで「そう!禁止!絶対ダメ!!」と食いついている。
「わかったよ」
阿部はそう言いながら田島家の駐車場の隣に自転車を停めた。
『その言い方だと"禁止だから諦める"みたいに聞こえるんですけど!?』
ナマエはそう思いながらなんだか複雑な気分になった。花井がモモカンを女性として意識していることは前の世界でアニメおお振りを見た時から感じていたので全然違和感なかったが、阿部にまでそんな疑惑があがるとは夢にも思っていなかった。
「禁止じゃなかったらどーなわけさ?」
田島は阿部にそう訊ねた。田島も阿部の言い方では"禁止だから諦める"という風に聞こえたのだろう。
「どーもなんねーよ。そんな暇ねーし。」
阿部はキッパリとそう言った。田島は「それでこそタカヤだああ」といって喜んでいた。
「監督にも悪いだろ。あんな一生懸命なのにさ。」
阿部がそう言うと田島は「うん、ごめん。またやってしまった。」と反省の色を見せた。
「オメーらもだかんな。クラスに結構異性いっけど、本能に流されんじゃねーぞ。」
阿部がそう言うと田島と三橋は元気よく「おー!」と返事をした。泉は黙り込んでいる。そして泉がナマエに片思いしていることを知っているナマエも気まずくて黙り込むしかなかった。
「恋は…落ちるもの」
泉はボソッとそう言った。それを聞いた他4人は「え?」っと目を見開いた。
「どっかに穴が空いてて、いきなりストンッと落っこちんだよ。そして落ちたら自力じゃ抜け出せないんだ!」
泉がそう力説すると阿部・三橋・田島はサッと青ざめた。田島に至っては「こえええっ」と悲鳴をあげている。泉がナマエに片思いしていることを知っているナマエは気まずいやら気恥ずかしいやらで俯いた。
「インフルエンザと同じか!気を付けてても貰い事故みてーなのは避けらんねー!」
阿部がそう言うと田島は「そう!きっとそう!予防だ!」と叫んだ。
「手洗いっ」
三橋がそう叫ぶ。
「人ゴミに出かけない!」
続けて阿部も叫ぶ!
「ちゃんと抜く!」
田島がそう言った。泉は「今はナマエがいんだからそういうこと言うなよっ」と言いながら田島の頭をポカッと叩いた。
「いや、悠一郎のはともかく、レンと隆也のやつは恋の予防にはなんないでしょーが!」
ナマエは三橋と阿部にツッコミを入れた。その時田島家の玄関のドアが開いた。
「悠~、入ってもらったら?寒いでしょ?」
その声でハッと我に返った泉・阿部・三橋・ナマエの4人は田島母に「今年はお世話になりました」と言いながら菓子折りやお酒やお米を差し出した。それから田島に「また来年!」と言って別れを告げた。
帰り道、ナマエはまず泉に別れを告げ、次に阿部と別れることになった。
「じゃーな。よいお年を。」
阿部がそう言った。
「うんっ、また明後日!」
三橋がそう返事をすると阿部は「明後日だけどここは"また来年"って言うとこだろ?」と言った。三橋は顔を真っ赤にして「また来年!」と言い直した。ナマエも続けて「また来年ね!よいお年を!」と言った。それでナマエが自転車を漕ぎ始めようとしたところで三橋が「あ!」と叫んだ。何かを思い出したようだ。
「何?」
「どうした?」
阿部とナマエがそう訊ねると三橋は「今年もお世話になりましたっ」と言った。
「"も"って変だけどな」
阿部はそう言って片方の口角を吊り上げるようにして笑った。ナマエもフフッと笑ってしまった。
「また来年、と、再来年も、よろしくお願いします」
三橋がそう言うと阿部は嬉しそうな顔をして「おお!来年と再来年、がんばろうな!」と言った。ナマエはその発言を隣で聞いててなんだか感動して胸がじーんと熱くなった。それから阿部は三橋に"人ゴミに行くな"とか"車は後部座席に乗ってシートベルトつけろ"とか"群馬で霜焼け作るな"とかいつも通りガミガミ言って世話を焼いていた。
『あー、これぞ隆也だわあ』
ナマエはその光景を眺めながらクッと笑った。
「じゃー、明後日な!」
「明後日、の、来年!」
「じゃ、今度こそ、良いお年を~!」
そう言って三橋とナマエは阿部に別れを告げた。三橋とナマエは家が近いので帰り道はこの2人が最後に一緒になる。
「レンはお正月は群馬に帰るんだ?」
ナマエは自転車を漕ぎながら三橋に訊ねた。
「うんっ!あの…修ちゃ…、あ、叶君に会うんだっ!」
三橋はそう言って嬉しそうに頬を赤らめている。
「あー、叶君か。よかったね!」
「うんっ」
そうして自転車を漕いでいるとあっという間に分かれ道に着いた。
「じゃ、レン!よいお年を!」
「また来年!」
そうしてナマエは三橋に別れを告げ、家に向かって自転車を走らせた。
家に着いたナマエがスマホを取り出すと泉からLINEでメッセージが来ていた。
"元旦ってなんか予定ある?"
それに対してナマエは"特に何も。家でおせち食べるくらい。"と返信した。するとすぐに泉から返信が来た。
"元旦の午後、一緒にどっか行かねえ?"
"いいけど、どっかってどこに?元旦だとお店開いてないことも多いよ。"
ナマエがそう返事をするとしばし時間を置いた後で泉から返信があった。
"さいたま新都心駅近くのショッピングモールなら元旦もやってるらしい。あそこ映画館あるだろ?映画観て買い物しようぜ。"
その返信を読んだナマエは『これってつまり…デートでは?』と思わず顔が赤くなった。
『野球部恋愛禁止なのにいいのかな?でも別に付き合ってるわけじゃないし、映画館なんて友達とも行くしな…。いや、でも私は孝介が私のこと好きだってもう知っちゃってるし、やっぱこれはデートのお誘いだよな?』
ナマエがそうして返信に悩んでいると泉からLINE電話がかかってきた。
「は、はいっ」
「出るのはえーな」
泉はそう言って電話口の向こうで笑った。
「で、どーなの?行けんの?行けねーの?」
泉は単刀直入に切り込んだ。
「う…っと、私はいいけど…野球部的にはいいのかな?」
ナマエがそう言うと泉は「いーだろ、こんくらい」と言った。
「野球部は基本休みねーし、貴重な元旦休みくらいどっか遊びに行きたい」
「たしかに…それは同意。ってか実はちょうど気になってる映画あるんだよね。ディズニーの新作なんだけど。」
ナマエがそう言うと泉は「じゃ、決まりだな」と言って笑った。
「ディズニー映画でいいの?興味ある?」
「おう。オレはディズニー映画も見るよ。」
「そうなんだ」
「じゃ、14時にさいたま新都心駅集合でいいか?」
「オッケーです」
ナマエがそう返事をすると泉は「んじゃ、よいお年を」と言って電話を切った。
ナマエは普段は23時頃には就寝する。けれど今日は大晦日だ。ナマエはその日の夜は両親と一緒に年末の特別TV番組を見ながら24時になるのを待った。そして新年を迎えると「あけましておめでとう!んじゃ、私はもう寝るー!」と両親に伝えてから自分の部屋に戻り、就寝した。
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