「おお振りの世界に異世界トリップ 第74章」
雪が降った成人の日の翌日、朝になって起床したナマエが窓を開けて外を確認すると道には雪が積もっていて辺り一面が真っ白な銀世界と化していた。
「おお、結構降ったんだなぁ」
ナマエは今日はローファーはやめて雪用のブーツを履いていくことにした。帰り道までには雪は溶けるだろうと踏んで自転車を持っていくことにしたがまだ雪が溶け切っていない往路は自転車には乗らずに引いて歩くことにした。凍った道路でスリップして転んだりしたくないからだ。ナマエが学校に到着すると泉が既に到着していた。
「あれ、早いじゃん」
普段は9組野球部男子3人よりもナマエの方が早く学校に到着することの方が多い。
「雪積もってたからいつもより早めに家出たら早く着いちった」
「あーね」
「昼休みはみんなで裏グラの雪かきしねーとな」
泉はそう言ってスマホを操作した。野球部のグループLINEに"今日の昼休みは全員で裏グラの雪かきな!"という泉のメッセージが届いたことをナマエは自分のスマホで確認した。
「私、雪かきやったことないんだけどどうやるの?知ってる?」
「オレも数回しかやったことねー。雪がそんなに積もってないならトンボだけでもやれんだけど、今回はスコップとかあった方がいいかもな。」
「スコップは3本しかないね」
「そしたらトンボ組とスコップ組に分かれてなんとかやるしかねーか」
「そうだね。あ、志賀先生に学校に雪かき用の道具置いてないか訊いてくるよ。」
「おう、頼む」
カバンを自分の机に置いたナマエはさっそく教員室に向かった。志賀先生に話を聞いてみたところ学校の備品で除雪ホウキ・スノースコップ・スノーダンプくらいなら多少用意があるらしい。しかし、これは学校共有の備品なので他部と譲り合って使うことになる。西浦ではサッカー部がおととし全国に出場しているので校内での優先度も高いらしく、まずは第一グラウンドの雪かきが最優先になるだろうとのことだった。昼休み中に第一グラウンドの雪かきが終われば、午後の部活では裏グラの雪かき用に使わせてもらえるようだ。
「サッカー部は昼休み中に雪かき終われそうですか?」
「サッカー部は人数多いし、第一グラウンドは裏グラよりは狭いから大丈夫じゃないかな?」
「わかりました。では午後の部活では裏グラの雪かきで使わせてもらえるように手配をお願いできますか?」
ナマエがそう言うと志賀先生は「了解。さすがミョウジはしっかりしてんね。」と言ってサッカー部の顧問教師のもとへ向かって行った。ナマエは教室に戻りながら、今しがた志賀先生と会話した内容について野球部のグループLINEに情報連携のメッセージを送っておいた。
野球部員はなるべく多く雪かきの時間を取るためにマネジ2人も含めた全員で早弁をしておいた。運動着への着替えも午前の休み時間のうちに済ませておいた。なので午前の最終授業が終わるとともに部員全員が裏グラに集合した。
「スコップ3本しかないので体格のいい花井・尚治・隆也の3人でお願い!」
ナマエは備品棚からスコップ3本を取り出して花井・巣山・阿部の3人に手渡した。残りのメンバーはトンボでまだ凍っていない柔らかい表面の雪をグラウンドの端へと寄せていく。下の方の凍って硬くなった雪はスコップ組の3人が掘り起こしていくことになった。花井はマウンド周辺を、阿部はホームベース周辺を、巣山はその2つを繋ぐ直線の雪をグラウンドの土が見えるまで掘り起こしていった。それが終わったら次は一塁ベース・二塁ベース・三塁ベースの周辺の雪を掘り起こしていく。その次はホームベースから一塁への直線、ホームベースから三類への直線、一塁から二塁への直線を片付けていった。ちなみにマネジの篠岡とナマエは裏グラの出入り口やベンチ周辺の動線を確保しようと竹ホウキとトンボを使ってなんとか雪かきを試みていた。
「キツい!やりづらい!」
ナマエは雪かきをしながら篠岡に愚痴を言った。
「やっぱ雪かき用の道具が欲しいね」
篠岡はそう言いながら額の汗を拭いている。
「サッカー部は色々優遇されてていいなぁ」
「まあ、全国制覇したら野球部も待遇良くなるよ」
篠岡はそう言って笑った。
「そっか!いずれ野球部が西浦を席巻してみせよう!」
ナマエもそう言ってニカッと笑った。
選手たちが二塁から三塁への直線上の雪を片付けたところで昼休みの雪かき作業は中断となった。
午後の授業が終わって、放課後の部活の時間になった。志賀先生は約束通り学校の備品の除雪道具を確保してきてくれた。これのおかげで雪かき作業は昼休みと比べて格段に捗った。昼休みのうちにある程度内野の雪かきを終わらせていたおかげもあって部活開始後1時間程度で外野も含めたほとんどの雪かきを終わらせることができた。しかし、この時期は17時前には日の入りを迎えてしまう。雪かきを終える頃には空はもう暗くなり始めていた。
「さ、真っ暗になる前にノックとベーランをやっちゃいましょう!」
モモカンがそう言うと選手たちは「はいっ!」と元気に返事をしてポジションについた。マネジの篠岡とナマエはその隙に学校の備品の除雪道具の片付けを行った。校舎に戻るついでにジャグへのドリンク作成も忘れない。その後、裏グラに戻ってきたら炊き立てのごはんをお椀でコロコロしながらおにぎりを作った。
おにぎり休憩の時間になると選手たちはおにぎりを配布している篠岡のもとにワッと群がった。おにぎりを受け取った選手はベンチに腰かける。その時だった。ベンチの端っこに座ろうとした三橋はグラウンドの脇に寄せてあった雪に足をとられて転びそうになった。おにぎりを受け取った選手たちにプロテインを配ろうとしていたナマエがそれに気付いた。
「レン、危ない!」
ナマエは咄嗟に三橋の腕を掴んで引っ張った。それのおかげで三橋は体勢を立て直して転ばずに済んだ。代わりにナマエの方が派手に尻もちをついた。
「イッタタ…」
ナマエは臀部の痛みに顔をしかめた。
「ナマエ!」
泉がナマエのもとへ駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫!それよりレンは!?レンは大丈夫?」
ナマエはバッと立ち上がって三橋の様子を窺った。三橋は真っ青になりながら「ゴ…、オ、オレ…、ゴメ…」とキョドっていた。自分のせいでナマエが転んでしまったと思って罪悪感を覚えているようだ。しかし、身体は何も問題なさそうだ。
「レンが無事ならそれでいいよ!謝らなくていい。私も大したことないからね。」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。それでも三橋は真っ青な顔でフガフガ言っていた。
「私が勝手にやったことなんだから気にしないの。ほら、おにぎりお食べ?プロテインもね。」
ナマエはそう言って三橋にプロテインを手渡した。三橋はコクッと頷いてからおにぎりを食べ始めた。三橋の顔はまだ若干青いがおにぎりに目移りし始めたようだ。ナマエはフゥーッと安堵のため息をついた。
「まずは転んだ自分の心配をしろよな」
泉はそう言いながらナマエの手からプロテインを取り上げた。
「ほれ、屈伸」
泉がそう促すのでナマエは泉の前で屈伸してみせた。
「どっか痛いところねーの?」
「まだお尻が痛いけど、すぐ治まると思う」
ナマエはそう言いながら臀部の雪をパッと手で払った。
「プロテインはオレが配るからナマエはちょっと休んどけ」
泉はそう言ってナマエをベンチに座らせた。
「え、私、ホントに大したことないよ。ただの尻もちだよ。」
ナマエはそう言い返したが泉は「いーから座ってろ」と譲らなかった。
『なんかすごい大事にされてるなぁ』
まだ自分のおにぎりも受け取ってないのにナマエの代わりに他の選手たちにプロテインを配っていく泉を見ながらナマエは胸がポカッと温かくなるのを感じた。
「コースケってナマエに優しくない?」
水谷がナマエにコソッと話しかけてきた。ナマエは内心ギクリとしたが、努めて平静を装った。
「優しいけど別に私にだけじゃないでしょ。転んだのが千代ちゃんでも同じことするよ。」
「そうかなぁ~?」
水谷はそう言いながらもぐもぐとおにぎりを食べていた。
「ま、これが千代ちゃんだったら孝介より先に文貴が動くか」
ナマエはニシシッと笑った。
「それじゃオレがナマエのことちっとも心配してないみたいじゃんか。オレだって駆け寄ろうと思ったんだよ。コースケの方が早かっただけでさっ。」
水谷はそう言って頬をむくれさせた。
「アハハッ、そうだったの。心配してくれてありがとうね!」
「まー、結局オレは何もしてないんだけどね」
「じゃ、私の代わりに牛乳配ってきてくんない?」
「おお、了解!」
おにぎり2個をペロリと平らげた水谷はそう言ってベンチから立ち上がった。
しばらくベンチに座って休んでいたら臀部の痛みはすっかり治まったのでナマエはベンチから立ち上がっておにぎり作りに使った食器を洗剤で洗った。その間に篠岡はジャグのドリンク補充のために数学準備室へと向かった。
「もう平気なのか?」
泉がそう訊ねてきた。泉はベンチで牛乳を飲んでいた。泉はナマエに代わって選手たちにプロテインの配布をしてくれていたのでその分他の選手たちよりおにぎりを食べ終わるのが遅くなったのだ。他の選手たちはもう休憩を終えて素振りを始めている。泉がおにぎりを食べるのが遅くなった事情をわかっている花井は泉が素振りに参加するのが遅れることを許可してくれた。
「うん、もう平気。ありがとうね。さっきの孝介、カッコよかった!」
「そーかよ。でも、自分を犠牲にしてレンを助けるなんてもうやめろよな。そりゃレンはうちの大事な投手だけどさ。」
「ああ、うん。なんか保護者モードが自動的にオンになってしまいまして…。」
ナマエがそう言って頭をポリポリと掻くと泉は「あのなァ~」と言いながらベンチから立ち上がった。おにぎりもプロテインも牛乳も腹に収めた泉は練習に戻るつもりなのだろう。ナマエは牛乳を飲み終わった泉のカップを受け取ろうと思い、泉に向かって手を伸ばした。が、泉はカップをナマエに手渡さなかった。その代わりにナマエが伸ばした右腕を掴んだ。
「え、何?」
「一応言っておくけど、オレはレンにもしっかり嫉妬してるからな」
そう言う泉の瞳はピッと凛々しかった。
「レンに?なんで?」
「そりゃそうだろ。ナマエがレンに対して抱いてる感情が恋愛じゃねーってのは知ってるよ。知ってても好きな子が他の男子のことスッゲー大事に思ってんの見てたら嫉妬しちまうんだよっ。」
泉にそう言われたナマエは「え…」と困惑の声を漏らした。
「でも、私、レンへの想いは止められないと思う…」
「別に止めてほしいわけじゃねーんだ。ただ、もうちょっと自覚を持ってもらいたかっただけ。」
「自覚?」
「自分がどんだけ愛されてるのか自覚が足りてねえって話、な?」
泉はそれだけ言い放ったらグラウンドに向かって駆け出して行ってしまった。ベンチ横の蛇口に1人取り残されたナマエは時間差で泉が言った言葉の意味を理解して次第に顔が真っ赤になった。
「……あの…ナマエちゃん?」
自分の名前を呼ばれたナマエがハッと振り返るとジャグを持った篠岡が立っていた。数学準備室から帰ってきたようだ。
「あのね、ごめんね、話聞いちゃった……」
「え、何を!?どこから!?」
「や、全然…!聞こえたのは最後の泉君の言葉だけだよ。それだけなんだけど、でも、あの言葉とさっきの泉君の行動と今のナマエちゃんの顔を見たら、なんか2人の関係性はわかっちゃった……。」
篠岡はそう言って頬を赤らめていた。
「あちゃー」
ナマエはただでさえ泉の言葉で赤くなっていた自分の顔が更に熱を帯びるのを感じた。
「ナマエちゃんが言ってた最近気になる人ってそういうことだったんだね」
「……そういうことなんですよ」
ナマエはもう観念した。ここまでバレたらもう隠しようがない。
「あんな風にアプローチされたらどうしたって気になる人になっちゃうよねぇ」
篠岡はそう言ってへへッと笑った。
「そうなの!でもね、単に自分を好きになってくれた人がいるのが嬉しいだけなのか、私も孝介のことを好きになってるのか、自分でもよくわかんなくて困ってるんだ……。」
ナマエは正直な気持ちを篠岡に吐露した。篠岡は「そっか」と言いながらベンチにジャグを設置した。
「まあ、引退まであと2年近くあるし、少しずつ確かめていけばいいんじゃないかな」
「それがさ、少しずつ来てくれないんすよ、あの人」
「えー、どういうこと?」
それからナマエは食器の片付けをしながら篠岡に少しだけ恋バナを語った。ただし、泉に関することを勝手に篠岡に洗いざらい話してしまうのは泉に悪いと思ったので具体的な話はしないでおいた。泉との出来事について説明するというよりは自分の気持ちに関することを中心に語った。
「具体的なことはよくわからないけど、泉君がすごい積極的なんだっていうことはわかった!」
篠岡はそう言ってフフッと笑った。
「も~、こっちはタジタジなんだから」
ナマエは眉尻を下げながら苦笑を漏らした。
片付けを終えた篠岡とナマエはベンチ横の倉庫で着替えをし、選手たちより一足先に上がらせてもらった。帰宅したナマエはLINEで泉に自分たちの関係性が篠岡にバレたことを伝えておいた。ナマエが夕食と入浴を済ませて自室に戻ると泉から返信が来ていた。
"え?マジで?"
"マジです。あと文貴も怪しんでる様子だった。"
"うわ、今後はもうちょっと気を付けるわ…"
泉の反応を見たナマエはクスッと笑いが漏れた。それからナマエはベッドに入り、スヤスヤと安らかな眠りに就いた。
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