「おお振りの世界に異世界トリップ 第78章」
神奈川県内の4つの高校の野球部を見学させてもらった西浦高校野球部員たちは翌日朝10時に三橋家に集合した。昨日は4組に分かれて神奈川県内の高校を見学したので、その結果を報告し共有するためだ。まずはナマエたちが行った神奈川県立逗子萬翠高等学校から報告することになった。
「結論から言うと、逗子萬翠の強さの秘訣は人間形成だった!」
栄口がそう言い切ると他の学校の見学に行っていた部員たちからは「うおっ」「なんかカッケー」という声があがった。
「人間形成って具体的にはどういうこと?」
西広が逗子萬翠組の4人(栄口・水谷・篠岡・ナマエ)に訊ねた。ここでナマエが口を開いた。
「あのね、逗子萬翠の野球部が強くなったのって地域のゴミ拾いや掃除を始めた時期と重なるんだって。なんでゴミ拾いとか掃除が野球の強さに繋がるのかって一見不思議に思うでしょ?でも逗子萬翠の宮武監督が言うには野球でも仕事でも上に行ける人っていうのは何かに気付ける人なんだってさ。言われてみれば確かにそうだと思わない?野球でも仕事でも成果を出すには練習だとかアポ取りの電話だとか何らかのアクションを起こすことが必須なわけだけど、そのアクションを起こすには何か足りないものとか間違っていることに気付けるアンテナが必要なんだよ。そのアンテナを張り巡らせるという作業をできるようになるのにゴミ拾いってすっごい最適なんだ。ゴミを探して歩くとそれまで何も考えずに歩いていた時には見えてなかったゴミがどんどん見えるようになる。"見えていなかったものがどんどん見えてくる感覚"を簡単に体験できるのがゴミ拾いなんだよ。」
ナマエがそう言うと他の学校の見学に行っていた部員たちは「そうか」「なるほどな」と言いながら頷いていた。昨日の帰りの電車で栄口・水谷・篠岡・ナマエが考えたプレゼンは今のところうまく選手たちの心に刺さっているようだ。ナマエに続いて次は篠岡が口を開いた。
「それから宮武監督は"自己犠牲ができる人間になること"の必要性も説いていたよ。他人のミスをカバーできるっていうのは野球においても仕事においてもすごく重要なことだって言ってた。これも説明を聞けば納得してもらえると思うんだけど、人間はミスをする生き物だからこそ人々は集まってチームを組むんだよね。チームで協力してお互いの欠点やミスをカバーし合うことで上を目指していく。他人の欠点やミスをカバーする時に必要になるのが自己犠牲の精神なんだよ。そしてゴミ拾いはその自己犠牲の精神を鍛えるのにもすごく有用なんだって。だって道端に落ちてるゴミは誰かのミスだから。誰か知らない人のミスで落ちてるゴミを嫌な気持ちに打ち勝って拾って掃除する。それによって地域のみんなが助かる。そういう一種のチームプレイってやつをゴミ拾いで体験できるらしいんだ。」
篠岡はそう言った。他の学校の見学に行っていた部員たちは「すげえ!」「何も関係ないように見えてちゃんと繋がってた!」と感嘆の声をあげていた。
「……というわけで!ゴミ拾いと掃除、うちでも取り入れたいんだ。入試休暇が明けたらまずはみんなで部室と裏グラの掃除をしようよ!それからロードに行ったら帰り道はゴミ拾いをするのを習慣にするのはどうかな?」
水谷がそう提案した。
「おう、やろうぜ!」
花井がニッと笑いながらそう言った。他の部員たちも頷いている。
「やったー!」
ナマエはプレゼンが上手くいったのが嬉しくて篠岡とハイタッチをした。
「ちなみに逗子萬翠の練習のメニューとかはどんなだった?」
阿部が逗子萬翠組の4人(栄口・水谷・篠岡・ナマエ)に訊ねた。これには水谷が答えた。
「練習は実質2時間半しか取れない中で毎日1時間は必ずペッパーとキャッチボールをやるらしいよ。1日の練習の半分近くをそこに費やしてていいのかって訊いてみたんだけど、逗子萬翠の選手たちは元々頭がいいから複雑な作戦でもすぐに対応できるんだって。でも基礎を怠って送球ミスしたらそんなの全部無駄になっちゃうわけだから基礎を怠らないことが一番大事なんだって言ってた。でもこれはオレたちには真似できないよな。」
水谷はそう言って笑った。
「うん、それに私たちは逗子萬翠よりも練習時間が取れるわけだから真似する必要もないって言われた。あれは練習時間が限られている逗子萬翠の取捨選択の結果だからね。」
ナマエが補足説明をした。
「ちなみに逗子萬翠ではウエイトもやらないって。これも取捨選択の結果だって。」
篠岡がノートを見ながら答えた。
「あ、でも逗子萬翠の練習ではみんなすごくキビキビ動いてたよ。なんていうか…集中力が高いんだと思う。そして頭の切り替えが上手い。練習時間が限られている中で成果を出すためにはあの高い集中力が必須なんだろうな。あれも逗子萬翠の強さの秘訣だと思う。」
栄口はそう言った。
「なるほど。逗子萬翠はもともと頭がいいやつらが集まってるから練習は何か特殊なことやってるわけじゃなくて、どっちかっつーと基礎練や心・精神面での育成に重きを置いてるってわけだな。」
花井が逗子萬翠の見学の内容について要約をした。
「うん、そんな感じだね。逗子萬翠組からは以上ッス。」
栄口がそう言った。
「じゃ、次は久良はどうだった?」
花井がそう言うと久良組(田島・西広)が私立久良高等学校の練習について情報共有を始めた。久良組の説明の中で過去に久良の指導陣に猛反発した選手がいて、その選手が今松ヶ丘高等学校の監督をやっているという話になった。その流れで次は松ヶ丘組(花井・沖・巣山)が神奈川県立松ヶ丘高等学校の練習内容について情報共有をした。
「――……つーことでオレとしては監督同士で繋がりがあったり、切磋琢磨してる感じがして興味深かった」
花井が感想を述べた。
「久良でも、大会で松ヶ丘と当たると"ぜってー負けんな!"って喝が入るんだって言ってた!」
田島がそう言った。
「それは松ヶ丘は嬉しいだろうな」
花井はそう言って笑った。ここで田島はプロ注目の投手である寺田選手と高科選手の持ち球全球種見せてもらったことを思い出したようで「あれはオレらが神奈川の高校だったら稲垣監督は許可してくれなかったんじゃねーかな」と言った。
「それスゲーよな。どんなだった?」
花井が田島に訊ねた。
「全然打てねーって球でもなかったよ。ただ、駆け引き入るとどーかな。」
田島はそう答えた。
「オレは、全然打てねーって球……だったな」
西広は神妙な顔でそう言った。一瞬みんなが黙ってその場は静まり返った。
「なことねーだろ。ホームラン打てって言ってんじゃないよ?」
田島が反論した。
「ユーイチローがそういう発言嫌いなのは知ってるけど、正直な感想だよ。オレには打てない!マイナス思考じゃなくて事実を言ってるだけだと思うんだけど……。」
西広がそう言うと再度その場は静まり返った。その沈黙を破ったのは阿部だった。
「これか!」
「えっ、なにがこれ?」
ナマエがそう言うと阿部は「コースケ!」と泉を呼んだ。
「あ?あー、"できっこない"の話?」
「それ」
桜雲組(阿部・三橋・泉)の3人だけで何やら盛り上がっている。他の部員たちはポカンとしていた。
「何の話になってますかー?」
水谷が桜雲組(阿部・三橋・泉)の3人に呼びかけた。すると泉が「松ヶ丘終わったんなら、このままオレらの番でいい?」と訊ねた。他の部員たちは頷いた。
そして泉が私立桜雲高等学校の練習について説明を始めた。泉が言うには桜雲高校には落ちこぼれが集まっているらしい。ただ、それは監督が自主的に中学で日の目を見なかった選手たちの居場所を作ってあげているということだそうだ。そしてそういう選手たちは負けることが当たり前になっていて勝ちたいと思えなくなっているという。そんな選手たちに成功体験を積ませることで"自分でもやれば勝てるようになるんだ!"と自信を持たせてやるのが桜雲の監督の仕事で、それさえやればあとは勝手に強くなるというのが桜雲のメソッドだとのことだった。
「成功体験を積ませるって具体的にはどういうことをするの?」
ナマエは泉に訊ねた。
「それぞれに合わせて、本人的には"できっこないっしょ"って思うような課題を用意する。ピアノを弾かせてみたり、10キロ泳がせてみたり。ピアノの先生つけたり水泳練習できるところ用意してあるんじゃねーかなと思うけど、まあとにかくサポートつけて1年かけてできるようにする。…と、"オレもやれば勝てんじゃねーかな"って思えるようになるってわけ!」
「なーるほど」
栄口がそう言った。
「で、ちと訊きたいんだけど、150キロって歩けると思う!?」
「あ!それで昨日のLINEになるわけ!?」
栄口は"ひらめいた!"といった表情をしている。
「そう!危険なこと、迷惑になること、親が心配することはダメって話だったんでどーすっか考えてみた結果がそれだ。」
「「オレらがやるって話か」」
水谷と栄口が声を揃えてそう言った。
「え、でも、1年かけてって話じゃなかった?」
栄口がそう言うと阿部は「1年もかけてらんねェだろ」とバッサリ斬り捨てた。栄口はグッとなって黙ってしまった。
「隆也~?言い方キツいぞ~?」
ナマエは阿部に文句を言った。泉も「昨日はもっといいこと言ってただろっ」と阿部を叱っていた。
「はあ?」
「時間がないのもたしかだけど、1年かけなくても計画立てて準備して一見無理っぽいことを乗り越えればいんじゃねってさ!」
泉はそう補足説明をした。
「一見無理みたいっていうのがミソみたいだけど150キロってどんな距離?」
花井が泉に訊ねた。
「えっとな、学校から上尾市民球場まで歩いていけると思う人ー?」
泉が訊ねると田島は「え……、結構あるだろ?」と冷や汗をかいた。
「チャリで行くんでもウェーってなる距離だよね」
西広がそう言った。
「できれば電車使いたいよね」
水谷もそう言いながら苦笑している。
「学校から上尾市民球場はだいたい15キロです!150キロはその10倍だから学校から上尾市民球場まで5往復分の距離ってことだ!」
泉がそう宣言すると他の選手たちからは「うええ~!」「キツイ~」と嘆きの声があがった。
「そんなんやれんのか?危険なことはダメっつー話だったよな」
花井が懸念を示した。
「いや、それが調べてみたらさ、今でも学校行事として強歩やってるとこあるんだよ。長いところは100キロ歩いてる。しかも制限時間が24時間だ。」
「マジで?それっていわゆる普通の文系の人も歩けるわけ?」
「完歩率は6割くらいらしい」
泉がそう言うと栄口は「4割は脱落するってことか……」と青ざめていた。そんな栄口に対して水谷は「まー、でもオレらなら校内の上位6割には入れそうだよな?」と意外にもポジティブ思考だった。
「24時間で100キロと2日かけて150キロどっちがキツイかわかんねーけど、24時間で100キロがイケるなら2日かけて150キロは何とかなる距離なんじゃねえか?……ってことでやってみるでいいかな!?」
泉がそう言うと田島が笑顔で「いーじゃん!」と答えた。西広はメラメラを闘志を燃やしながら「やる…!」と宣言している。水谷は「やんのかぁ~」と遠い目をしていた。そんな水谷に栄口が「おお?プラス思考ビームすんぞ?」と声を掛けている。沖は顔が真っ青だが、それでも意を決したらしく「わかった!やるよっ!」と断言していた。泉のプレゼンを聞いて全員やる気になったみたいだ。
「ちょっと確認さして」
ここでナマエが手をあげた。
「その150キロの強歩って千代ちゃんと私はどうすんの?男子たち一緒に歩くとなるとペースはかなり落としてもらわなきゃ厳しいと思うんだけど。男子と女子に分かれて強歩する?」
「学校行事としてやってるところは女子は男子より距離短くしてたり、同じ距離を歩くにしてもやっぱ女子の方は男子より到着が遅くなるみたいなんだよな。」
泉が答えた。
「じゃあ、やっぱり一緒に歩くのは無理そうだね」
「そうだよな。しのーかとナマエは距離短くしてオレらとは別々に歩くか。」
「そうだね、100キロとかくらいがいいかな?」
「わかった。じゃあ、女子はそうすっか。あ、レンの家って女子が泊まれる部屋あるか?」
「だっ、大丈夫…っ!」
三橋はそう答えた。
「えと、じゃ、まずはみんな親に連絡入れろ!」
花井がそう言うと野球部全員はスマホを操作して親に群馬の三橋家まで行軍するイベントを決行する旨を伝えた。
全員が親からの承諾を得たところでさっそく埼玉~群馬間行軍イベントの詳細について話し合うことになった。
「強歩って学校だけじゃなくて色んな団体が実施してるんだけど、どこ見ても主催者が準備しているでっかい休憩所以外にも地域の人とか先輩とかのサポートがあんだよ。食いもんや飲みもん用意してくれてたり、マッサージやトイレの提供とかもしてくれる。でもオレらはそういうのなしでやんなきゃいけないんだよ。食いもんや飲みもんは道すがら買えるけど、休憩はその辺にしゃがんでってわけにいかないだろ?だからトイレも含めて休憩ポイントをあらかじめ決めときたいんだ。」
泉がそう言った。ここでナマエはある考えがひらめいた。
「孝介!千代ちゃんと私は強歩しないでサポートする側やるわ!おにぎりとかBCAAドリンクとか作って、電車で休憩スポットに先回りしてみんなのこと待ってる。その方が良くない?」
「おお、マジか。たしかにそれはスゲー助かるな!」
「うん、こっちとしても女子2人だけで群馬まで100キロ歩くより、みんなのサポートやった方がマネジの仕事やってる感あるしね」
ナマエはそう言いながら篠岡に「いいよね?」と確認を取った。篠岡は「うん、それがいいと思う」とニコッと笑った。
「じゃー、食いもんや飲みもんの問題は解決だな。次はルートと休憩ポイントだ。時間帯によっては車が多かったり、歩道がなかったり、あっても雑草が生い茂ってたりだと歩きにくいだろ。そういうのを考慮してルート決めしたいんだ。あと持っていくものとかの情報集めとオレらがどのくらいの速さで歩けんのかの検証もしときたい。」
泉がそう言った。
「割とやることあるな」
花井は少し焦った様子だ。
「計画と準備しないとやる意味がねーんだよ。ここすっとばすと歩けたとしても根性でなんとかなったってなっちゃうだろ。」
阿部がそう説明すると花井は「おお、そうか」と納得していた。
「じゃ、手分けしてルート決め、情報収集、時速検証やってこうぜ!」
泉がそう言った。
歩行ルートの策定は久良組(田島、西広)が、持ち物・装備や休憩ポイントに関する情報収集は桜雲組(三橋、阿部、泉)が、強歩の時速検証は松ヶ丘組(花井・巣山・沖)が行うことになった。篠岡とナマエはルートや休憩ポイントや必要な持ち物の情報が判明しないとどのくらいの量の食べ物・飲み物が必要か検討はできないのでこの時間は待機時間となる。と言っても何もしないでただ待っているのも時間がもったいないので逗子萬翠組(栄口・水谷・篠岡・ナマエ)は手分けして昨日見学させてもらった4校の情報についてのまとめ資料を作成して過ごした。
時速検証のために外出していた松ヶ丘組(花井・巣山・沖)が帰ってきたところでそれぞれの調査結果を発表することになった。久良組(田島、西広)はGoogle Mapsを使ってルートを策定してくれたようで野球部のグループLINEでそれを共有してくれた。歩きやすいルートだと少し距離が伸びて片道84キロになったそうだ。松ヶ丘組(花井・巣山・沖)からは気持ち早歩きの時速7キロでの強歩が良いだろうとの提案があった。時速7キロで片道84キロを歩くということは群馬まで12時間かかる。休憩を合計で1時間半取ると仮定して17時半に群馬三橋家に到着するために朝4時にさいたま新都心駅をスタートすることに決まった。それから桜雲組(三橋、阿部、泉)が必要な持ち物と休憩ポイントについて調べた内容を発表した。休憩ポイントは20キロ毎に3ヶ所に設定することに決まった。ここでルート策定をしてくれた西広が20キロ毎なら北本駅・熊谷駅・向島公園を休憩ポイントにするのがいいだろうと提案をしてくれた。
「おし、これで下調べはバッチリだな!なんか楽しみになってきた!」
花井はそう言って嬉しそうな顔をした。他の選手たちもワクワクした表情を浮かべている。
「そういや翌日の着替えとかはどうする?大荷物持って強歩はキツイよな?」
栄口がみんなに訊ねた。
「えと…お父さんの、車、載せよう」
三橋がそう言った。
「え、三橋のお父さんにわざわざ運んでもらうのか?それは申し訳なくないか?」
花井がそう言うと三橋は「ううん」と首を横に振った。
「お父さん、毎朝、車で群馬の家に行ってる…から、ダイジョブ」
「そーなのか」
花井はホッとした顔をした。
「そういやナマエとしのーかは強歩はやめてサポート側に回るってことだったけど、夜は三橋んちには泊まるのか?」
泉が篠岡とナマエに訊ねた。篠岡とナマエは顔を見合わせた。
「選手10人のおにぎりを3回分も用意しなきゃいけないってなると泊まってる余裕はたぶんないよね?」
ナマエがそう言った。篠岡も「うん、ないと思う」と頷いている。
「そうだよな」
そう言った泉は三橋を呼んで女子2人の宿泊はキャンセルだと伝えた。
「ほいじゃ、もうこんな時間だし、一旦家に帰って昼メシ食って荷造りしてから三橋んちに再集合ってことでいいか?」
花井がそう言うと他の選手たちは「おー!」と元気良く返事をした。
再集合の時刻は16時に決まった。選手たちが「またあとでな」と言いながら三橋家から出て行く姿を三橋・篠岡・ナマエの3人は手を振って見送った。篠岡とナマエにはこれからやることがあるのでまだ帰れないのだ。選手たちが帰った後、篠岡とナマエは再びリビングのローテーブルに向かった。マネジの仕事はここからが本番だ。ルート・休憩ポイント・必要な持ち物の情報がようやく判明したので今度はサポート側の篠岡とナマエがどんなスケジュールで移動するか、食べ物と飲み物は何を用意するか、その他に何を持っていくべきか、2人の間での役割分担はどうするかを話し合わなければいけない。
「じゃ、千代ちゃん、さっそく始めようか」
ナマエはそう言ってノートを開いた。
「まずはおにぎりの数を計算しよう。3回休憩があるわけだけど、1回につき1人何個要るかな?いつも通り2個でいいと思う?」
ナマエがそう訊ねると篠岡は「まずは時速7キロで20キロ歩いた時の消費カロリーを計算しようか」と言った。篠岡はスマホで消費カロリーの計算方法を調べ、電卓を叩いた。
「消費カロリーは体重によっても変わるから一概には言えないけどざっと1000キロカロリーくらい消費するみたいだよ」
篠岡がそう答えた。
「そっか、おにぎり2個だと550キロカロリーしか摂取できないね。たったの半分だ。3個にする?」
「3個にしてもいいけど、栄養バランスとか飽きることとか考えたら他のおかずは絶対つけたいんだよね。おにぎり3個×10人×3回=90個(45合)に加えておかずまで作るのはちょっとキツくないかな?」
篠岡はそう言って苦笑いをしていた。
「そうだねぇ。じゃあさ、お昼休憩だけおにぎり3個にして、他2回の休憩は2個でいこうよ。その代わりにおかずをつける。選手たちはカロリーメイトとかアメを常備しとくって言ってたし、歩きながら適宜カロリーメイト等で小腹を満たしながらやってくるわけだから基本はおにぎり2個でちょうどいいかも。私、富士登山行ったことあるけど歩きながらこまめにチョコレートとかドライフルーツとか摂取してたよ。長く歩く時は一度にたくさん食べるんじゃなくてこまめに少しずつが大事らしい。」
ナマエはそう言った。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、おにぎりは合計70個だね。あ、私たちはごはんどうする?」
「あー、1日目の朝ごはんは熊谷駅でカフェにでも入ろうよ。お昼は向島公園で選手たちと一緒におにぎり食べよっか?」
「そうしよう。私たちは1人2個でいいよね?」
「うん、十分。となると合計で74個のおにぎりが必要だね。1人作るのは大変だから分担しよう。北本駅にせよ本庄駅にせよ私の方が早く着けるっぽいから私の方が多く担当するよ。私が40個で千代ちゃんは34個って感じでいい?」
ナマエが訊ねると篠岡は「うん、わかった」と答えた。
「おにぎりの他は何が要るかな?」
ナマエは首を傾げた。
「朝は玉子焼きをつけたらいいんじゃないかな。あとお漬物も。」
「ああ、いいね!それに果物も欲しいよね。この時期だとやっぱりみかんかな?」
「うん、みかんがいいと思う!持ち運びもしやすいし!」
篠岡はそう言ってパアッと笑った。
「お昼のおかずは何がいいかな?やっぱ鶏肉か豚肉?」
「定番の鶏のから揚げはどう?手軽に食べれるしみんな大好きだし。」
「ああ、いい!それなら復路はちょっと変えて鶏の天ぷらにしよう。」
「ナマエちゃん、ナイスアイディア!」
篠岡とナマエはそうして色々相談をしながらマネジ2人のサポート内容について決めていった。
篠岡とナマエが相談を終える頃にはもうは13時半になろうとしていた。再集合は16時の予定になっている。
「レン!ごめん、今終わった!思ってたより遅くなっちゃった。」
ナマエが大きな声で三橋のことを呼ぶとキッチンの方から寝ぼけ眼の三橋が顔を出した。どうやらお昼のカレーライスをたらふく食べ終わってそのままダイニングテーブルで眠っていたらしい。
「ナマエちゃん、と、しのーかさん、カレー食べる?」
三橋はポワポワした顔のままそう言った。
「「えっ」」
篠岡とナマエは顔を見合わせた。たしかにお昼も食べないまま13時半まで過ごしたナマエは今とてもお腹が空いているし、キッチンからは三橋家のカレーのいい匂いがしている。けれどナマエの家は三橋家から自転車で10分の距離だし、家に帰ればたぶん母親がナマエの分の昼食を用意しておいてくれているはずだ。一方で、よくよく考えてみたら篠岡の家は三橋家から約1時間かかる。篠岡はこの時間から家に帰ったところで30分もしないうちにまた家を出なければ16時の再集合の時間に間に合わない。群馬の三橋家に泊まる予定のない女子2人は宿泊の荷造りをする必要はないのだからそのまま三橋家に滞在しておいても何ら問題はないわけだ。
「せっかくだからご馳走になってく?」
ナマエは篠岡に訊ねた。
「えっと…、でもそれは三橋君の夜ごはんの分じゃないの?」
篠岡はおずおずと訊ねた。
「カレー、たくさんある!…から、ダイジョーブ!」
三橋はそう言うとキッチンの方へと姿を消した。カチッ、ボッという音がした。三橋はカレーのルーを温めてくれているようだ。
「じゃあ、ありがたくいただいてこうか」
ナマエはそう言ってニコッと笑った。篠岡も「うんっ」と笑顔で頷いた。ナマエは母親に電話で今日作っておいてくれた昼食は夕食として食べるから冷蔵庫に入れておいてくれと頼んでおいた。
三橋家でカレーライスをご馳走になった篠岡とナマエは使わせてもらった食器を洗った後、ふきんで拭いて食器棚に戻した。その後、16時までの間は三橋の荷造りを手伝ったり、埼玉~群馬間の行軍イベントについてさらに詳細を詰めたりして過ごした。16時が近づくと選手たちが続々と戻ってきた。みんな泊まりのために旅行カバンを持ってきている。
「あ、そうだ。ナマエとしのーかに渡すもんがあるんだ。」
泉はそう言ってコンブとめんたいこを差し出してきた。
「オレも持ってきた」
そういう阿部はしらすを手にしている。
「うちも」
沖はかつおぶしを差し出した。他にも花井はシャケを、西広はゆかりを持ってきてくれた。田島に至ってはウメボシに加えて大きなお弁当箱まで用意してくれている。
「すごい!」
「みんなありがとう!」
篠岡とナマエは満面の笑みを浮かべた。
「往復分で全部おにぎりにしていくね!休憩楽しみにしてて!」
篠岡がそう言うと選手たちは「ありがとー!!」と目を輝かせていた。そして西浦高校野球部は再び解散した。
三橋家からの帰り道、ナマエはスーパーに寄って鶏もも肉とBCAAドリンクの粉末を購入した。そして家に着いたらさっそくBCAAドリンクをピッチャーに作成して冷蔵庫に入れたり、唐揚げ用に鶏肉に下ごしらえをした。そのままその日の夕食を母親と作った後はお米5合をはかって米研ぎをし、炊飯器に明日の朝3時に炊飯が完了するように炊飯予約をしておいた。夕食を食べてお風呂に入ったら最後にやることは荷造りだ。ナマエは物置きからキャリーケースを取り出した。そして中にホッカイロや湿布、雨具や救急道具といった様々な荷物を詰め込んでいった。これで明日の埼玉~群馬間の行軍イベントへの備えはバッチリだ。ナマエは明日は午前3時半に起きなければならない。少しでも睡眠時間を確保するためナマエはリビングのソファーでくつろいでいる母親に「もう寝るね!おやすみ!」と声を掛けてからベッドに直行した。
明日、西浦高校野球部は群馬の三橋家へと行軍する!
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