※注意:阿部相手の夢小説です※
※阿部夢小説「些細なきっかけ」の続編です。が、前編読まなくても支障ないように書いてます。※

阿部夢小説「アジサイの恋心」

 今日は4限目にロングホームルームの時間がある。その時間に今度開催される鎌倉遠足のグループを決めることになっている。というのも今度の鎌倉遠足では女子3名+男子3名の6名で1組となり、丸一日その6名で自由に鎌倉を観光することになっているのだ。まずは女子3名のグループと、男子3名のグループを自由に仲のいい者同士で組む。そして男女グループの組み合わせはクジ引きで決める。

 私、白石咲良は落ち込んでいた。というのも咲良が普段仲良くしている女子グループは咲良含めて4名なのだ。今回の鎌倉遠足では女子3名で1グループだ。1人あぶれる。4人でじゃんけんをして、咲良が負けた。なので咲良はあまり話をしたことのない女子2人組のところに交ぜてもらうことになった。この2名は元々いつも2人で行動している仲良し2人組なので、当日もたぶん咲良は置いてけぼり感を味わうことになるだろう。さらに憂鬱なことは、咲良は男子が苦手なのだ。男子って基本バカだしイジワルだしうるさいし、中身はガキのくせに身体だけデカくて威圧感あるし、好きじゃない。だから咲良は基本男子とは喋らない。咲良がクラスでまともに関わりのある男子はたった一人…―――阿部隆也だけだ。
 男子が苦手なのになんで阿部隆也と関わりがあるのかというと、それは以前阿部と日直当番をしたことがあるからだ。最初は阿部のことを"感じが悪い"とか"ヤなヤツ"だと思っていた咲良だが、一緒に日直の仕事をこなしてみたら阿部は意外と優しいところがあって、意外と表情豊かで、悪いところがあったらちゃんと謝ることができて、結構"いいヤツ"だったのだ。あの日をきっかけに阿部と咲良は毎朝挨拶を交わす仲になったし、休み時間に会話することも増えた。
『せめて男子は阿部君と組みたい!!』
咲良はそう思った。阿部と一緒のグループの水谷も朗らかで明るい性格で男子の中ではかなり話しやすい方だ。ちなみに花井のことは身体がデカくてちょっと怖いと咲良は思っている。
『せめてあそこのチームと組ませてください、神様!!』
咲良がそう願っているとイベント実行委員が
「じゃー、女子グループの中から1人代表でクジを引きに前まで出てきてください!引く順番は早い者勝ちでーす!」
とクラスに呼びかけた。クジ引きは男子グループの代表の名前を紙に書いて箱に入れておき、女子グループの代表が箱から1枚の紙を引いて決める。
「私、引いてきていい?」
咲良は他の女子2人に訊ねた。
「うん、白石さんお願い」
「ありがとね」
女子2人も異論はないらしい。早く並んだ順番にクジが引けるので咲良は急いで並びに行った。他の女子グループは誰が代表をやるかか迷っているところが多かったため、咲良が1番目にクジを引けることになった。さっそく折りたたまれた紙を一枚引いた咲良
「はい、じゃあ紙を開けてください」
イベント実行委員の指示に従って紙を開ける咲良。そこに書かれていた文字は…―――

―――花井グループ

『花井グループってことは、阿部君のところだよね!?』
咲良は、まさか本当に願いが叶うとは思っていなくて、我が目を疑った。
「誰の名前が書かれていた教えてください」
イベント実行委員が言う。
「花井グループです」
「はい、じゃあ白石さんのところと花井君のところがが1班ね。この後、班でどこ観光するか話し合いをしてもらうのでこの6人で集まって待っててください。」
咲良は女子2人と一緒に花井・水谷・阿部の3人のところに向かった。
「阿部君!」
咲良は阿部に声を掛けた。
「おー、白石。同じ班だな。」
阿部は微かに笑っているように見える。
「阿部君のいるところでよかった!私、阿部君の他にろくに話せる男子いないもん。」
「オレも白石んとこでよかったわ。オレも他の女子わかんねーもん。」
「へ?篠岡さんがいるでしょ。野球部のマネジでしょ?あの子」
「あー、まー、篠岡とは話さなくもないけど、オレは女子の中じゃあんたが一番話すよ」
"一番"と言われて咲良は嬉しくなってエヘヘッと笑った。
「んな喜ぶことかね」
そう言いながらも阿部も満更でもなさそうだった。

 全員のくじ引きが終わって班が決定した後は各々の班でどこを観光するか話し合いをした。咲良の班では、当然鶴岡八幡宮は行くとして、他に高徳院で大仏を見たいという声があがった。
「高徳院まで行くなら長谷寺とか由比ヶ浜海岸も気になるな」
花井がそう言った。
「あー海見たいね!」
「青春って感じだね」
女子2人も乗り気だ。
「私は鶴岡八幡宮への行きか帰りに小町通りで色々食べたり、お土産買いたいな」
咲良は自分の希望を述べた。
「じゃあまず鎌倉駅まで行って鶴岡八幡宮に参拝。その後は小町通りで食いもん買い食いしたりお土産購入しながら鎌倉駅に戻る。んで、江ノ電で長谷駅まで行って、高徳院で大仏見て、長谷寺行って、由比ヶ浜海岸行って、最後は長谷駅から鎌倉駅に戻るっつー感じでいいか?」
花井が観光ルートを提案した。
「おお、いいんじゃね?」
「よいでーす!」
1班は順調に予定が決まった。

 そしてやってきた鎌倉遠足当日。まずは東京駅に全員集合となる。しかし、ここから先は班毎に自由行動だ。
「えっとまずは鎌倉駅に行くから横須賀線で1本で行けるね」
咲良が班のメンバーに言う。
「横須賀線って何番ホームだ?」
花井が天井に掲げられた標識を見ながら横須賀線を探す。
「1番線だって。総武線も同じホームに来るみたいだから乗り間違えないようにしないと!」
咲良が花井に返事をした。
「お前ってホントしっかりしてんよな」
阿部が咲良の隣に並んできた。
「小心者で心配性なだけだよ~」
咲良は笑った。咲良たち1班は間違えることなく横須賀線に乗った。朝の下り電車なので電車内は比較的空いている。ただ、当然ながら同じく鎌倉へ向かう西浦高校の生徒たちがたくさん乗っていた。でも席はちらほら空いている。
「女子たち、あそこ3席空いてるよ。座んなよ。」
水谷が女子3人に声を掛けた。
「え?水谷君たちは?」
女子の1人が遠慮がちにそう言う。
「オレらはいーからさ!レディーファースト!」
水谷はニコッと爽やかな笑顔でそう言った。
「じゃあ…」
咲良含めて女子3人は椅子に座った。その前に男子3人が立つ。咲良の前に立つのは阿部だ。そんな些細なことだけど、男子が苦手な咲良にとっては唯一仲のいい男子である阿部が今日は側にいてくれて本当に心強い。
「阿部君、かばん持つよ。座らせてもらった代わりに。」
「別にへーきだよ。てか、こういう日常生活の些細なところでも体鍛えるの忘れるなって監督から言われてんだ。」
「へー、野球部ってストイックだね」
そういうことなら荷物を持つのも筋トレの一環ってことだ。咲良は荷物を持つという提案は取り下げることにした。
「そういや、前の日直の時から気になってたんだけど、白石って何部なんだ?」
「吹奏楽部だよ」
「へー、楽器弾けんのか。何やってんだ?」
「今はサックス。けど中学はトランペットやってた。」
「え!白石さんサックスとトランペット吹けるの!?」
阿部と咲良の会話を聞いていた水谷が会話に割り込んできた。
「そいじゃさ、次の夏、野球部の応援で楽器演奏してくれたりしない!?」
「ええっ、野球部の応援で?!」
咲良は全く予想だにしていない提案を受けて怯んだ。
「トランペットの音ってよく響くんだよなー。あれ聞こえるとスッゲーやる気出るんだよ!」
水谷は当時のことを思い出したのか「くー」と言いながら身震いをした。
「おい、水谷!2時間近くある試合で楽器吹き続けるってってかなり重労働だぞ!そんな軽々しくお願いすることじゃねーって!」
花井が水谷をたしなめる。咲良は迷っていた。野球の応援なんてやったことないし、できるか自信ない。けれど最近親しくなった阿部が野球部でどう活躍しているのかは見てみたいなとも思った。
「去年は何人くらい応援に来たの?」
咲良は興味本位で訊ねてみた。
「200人くらい集まったよ。けど楽器を弾いてくれたのは3人だけだな。トランペット2人と太鼓が1人。」
花井が答えた。
「たった3人で演奏したんだ!?それはたしかにもっと楽器弾ける人集めたいよね。」
「あー…、いてくれたらもちろんオレらは嬉しいけど、でもスッゲー大変だと思うから、ホントにこんな軽々しくお願いできることじゃねーから、白石気にしないでいいからな」
花井は咲良を気遣ってそう言ってくれた。
「そうだね。すごく大変そうではある…けどちょっと興味あるかも。去年楽器担当した人ってもしかして吹奏楽部の人かな?名前分かる?」
「吹奏楽部かどうかは知らないけど、名前は聞いたよ。2年生の松田さんと深見さん。それから1年5組の野々宮さん。」
「あっ、え、あの3人野球部の応援行ってたんだ。知らなかった。全員吹奏楽部の仲間だよー。今度会ったらちょっと話聞いてみるよ。やるかどうかは話を聞いてみてから決めようかな。」
「えっ、じゃあもしかしたら白石さんも参加してくれるかもしれないってこと!?」
水谷は期待に満ちた眼差しを咲良に向ける。
「おいこらプレッシャーかけんな」
花井が水谷の頭をペシッと叩いた。咲良はそんなやりとりが見てて面白くて思わずプフッと吹き出してしまった。
「野球部の人って勝手に怖そうってイメージ持ってたけど、全然そんなことないんだね」
咲良は阿部に続いて、花井と水谷に対しても苦手意識が薄れていった。
「私、前向きに検討してみるよ!吹奏楽部の友達にも声かけてみる!」
咲良はニコッと笑ってそう言った。
「マジィ!?やった!」
水谷はガッツポーズをした。
「それはありがてぇな。聞こえてきた楽器の音が白石が吹いてる音だって思ったら、なんかオレもやる気出る気する」
阿部はそう言いながら微笑んでいるように見えた。咲良が胸がドキッとした。夏の青空の下に響き渡る咲良のトランペットの音、その音が選手たちを鼓舞する…―――それって素敵かもしれない。西浦高校の吹奏楽部はそんなに強くないのでコンクールでも勝ち上ることはほぼない。なので割とのんびりとした雰囲気で各自好きな曲を練習したりして活動している。野球部の応援歌を練習する時間も十分取れる見込みがある。咲良は次の部活の時に同じくサックスを担当している先輩の深見に話を聞いてみようと決意した。

 それからしばらくの間電車に揺られながら、みんなで他愛のない雑談をして過ごした。あっという間に鎌倉駅に着いた。
「鎌倉だー!」
鎌倉駅東口改札を出ると水谷はテンションが上がったようで両手を上げて伸びをしながらそう言った。
「なんだかレトロ感があるのに現代的でおしゃれな駅だね」
咲良は鎌倉駅の駅舎をみながら感想を述べた。まず、咲良たちは鎌倉駅に併設してある鎌倉市観光総合案内所に寄って観光ガイドマップやパンフレットを受け取った。
「お、小町通りはあっちみたいだよ」
水谷が地図を見ながら左手側に見える鳥居を指さした。
「小町通りは鶴岡八幡宮の帰りにしようよ。行きは正式な参道の若宮大路ってところを通りたい。」
咲良はそう提案した。
「おー、そうしようぜ」
花井が返事をする。咲良たちは若宮大路に向かって歩いた。若宮大路の中央には段葛という盛り土されて一段高くなった道がある。
「源頼朝が北条政子の安産を祈って造った道なんだってさ」
咲良はパンフレットを読みながら阿部の隣を歩いた。
「へー」
「うわ、あんまり興味なさそうだな」
「オレ、歴史あんま興味ねーんだよな」
「あー、私も歴史苦手」
咲良はハハッと笑った。

 鶴岡八幡宮に到着すると、たまたま舞殿で神前結婚式を行っているカップルに出くわした。
「えー!すごーい!素敵!」
「神前結婚式やってるところに出くわすってすごいラッキーじゃない?」
「チャペルでウェディングドレスで挙式もいいけど和装には和装の良さがあるよねー!」
咲良を含めた女子3人はキャッキャッと盛り上がった。
「神前結婚式で新婦が着る白い和装のやつ、あれ、何て言うんだっけ?」
阿部が咲良に話しかけてきた。
「白無垢のこと?」
「あーそれ。白石めっちゃ似合いそうだよな。白い肌によく合いそう。」
「えーホント?嬉しいかも。そう言う阿部君も和装似合いそうだよね。」
咲良はそう言った瞬間うっかり和装で神前結婚式をしている自分と阿部の姿を想像してしまって、なんだか気恥ずかしくなって慌てて頭からその妄想を打ち消した。そんな妄想をしてしまったことを阿部に気付かれたくなくて早口で阿部に別の話題を振った。
「てか阿部君、浴衣とか似合いそう。夏祭りとかで着たりしないの?」
「夏はずっと部活で夏祭りなんて行く時間なかったな」
「うっわ、さすが野球部!ストイック!」
白石は夏祭りとか行ったのか?浴衣着んの?」
「うん、友達と花火大会行った時に着たよ。てか文化祭でも浴衣着たじゃん。」
「あー?見てなかったな。写真ねーの?」
「あるよー!見るー?」
咲良はスマホを取り出した。阿部に向かって画面を見せる。覗き込む阿部。
「これが花火大会の時。んで、こっちが文化祭。」
「おー、いいじゃん。てか今更だけど、LINE交換しね?」
阿部が自分のスマホを取り出しながら言う。
「いいよー!しよ、しよ!」
咲良は阿部とLINEでフレンドになった。
「浴衣の写真送ってくれよ。欲しい。」
「え、いいけど、なんで?」
「え、浴衣かわいいから」
阿部から直球に褒められて咲良は思わず顔が赤くなった。そんな咲良の顔を見て、阿部まで頬を染める。
「そんな照れるなよ。こっちまで恥ずかしくなるっつの。」
「いやだってさ~!照れるよそりゃ!…でも、ありがとう。」
「おー」

 舞殿で神前結婚式を見た後はいよいよ本宮へ向かった。班のみんなで参拝した後、おみくじを引いたり絵馬を書いたりした。咲良はせっかく鎌倉の鶴岡八幡宮まで来たのだから記念に何かお守りを買おうと思い授与所で様々な種類のお守りを眺めた。そこで"勝守"の文字が目についた。咲良はチラリと阿部の方を見た。阿部はお守りには特に興味がないらしく、何も買うつもりはなさそうだ。咲良は少し迷ったが、その勝守を手に取って購入した。
 鶴岡八幡宮の参拝を終えた後は小町通りを通って鎌倉駅まで戻る。小町通りは鎌倉駅と鶴岡八幡宮を繋ぐ商店街で様々なお土産店や飲食店が立ち並ぶ観光スポットだ。咲良たちはみんなでお土産屋に寄って各々好きなお土産を選んだ。咲良は定番の鳩サブレーを購入した。それから抹茶ソフトクリーム・四色団子・いなり寿司・大仏さま焼き・豚まんじゅう・カレーパン・クレープなど様々なものをテイクアウトして食べた。
「私は食べ歩きした分だけでもうお腹いっぱいだ~」
「私も」
女子たちは食べ歩きした分だけでもうお腹は満たされたが野球部はまだ足りないらしく、ここで一旦女子と男子で別行動することになった。男子たちは飲食店に入って鎌倉名物のしらす丼を食べるらしい。その間女子たちは雑貨店でショッピングを楽しんだ。男子たちはさすが食べるのが早く、たった15分程で店から出てきて合流した。
「おーし、じゃあ江ノ電で長谷駅いくか」
花井が言った。咲良たち一行は江ノ電鎌倉駅へと向かい、電車に乗る。江ノ電は車両が短い上に車内も狭く、また他の西浦高校の生徒たちも沢山利用していて平日でも車内はそこそこ混雑していた。
白石、こっち」
人混みに揉まれる咲良の腕を阿部が掴んで引き寄せた。
「あ、ありがとう阿部君」
混雑する車内で阿部と咲良は至近距離で立つことになった。あまりの距離の近さに咲良は少し緊張した。
『ち、近い…!…でも阿部君、なんかいい匂いがする。』
柔軟剤の匂いなのか、阿部本人の匂いなのかわからないが、咲良はその香りが心地よく感じた。鎌倉駅から長谷駅まではたったの5分で着いた。長谷駅の改札を出たら踏切とは逆方向へ道なりに歩いていく。狭い道なので2列になって歩いた。先頭に花井と水谷、次に女子2人、最後に阿部と咲良だ。今日はほとんどずっと阿部が咲良の側にいてくれる。班に阿部以外に仲のいいメンバーがいない咲良にとっては本当にありがたかった。阿部がそんな咲良のことをわかっててなるべく側にいてくれていることも咲良はわかった。阿部のその優しさが咲良はとても嬉しかった。
『やっぱり渡そう』
咲良は決心した。
「阿部君、あのさ、これあげる!」
咲良は先ほど鶴岡八幡宮で購入した"勝守"と書かれたお守りをかばんから取り出して阿部に差し出した。
「野球部、試合に勝てるようにと思って、必勝祈願のお守り!」
阿部は驚いた顔をしていた。
「もし迷惑だったらごめん!そしたら私が自分用にするから、気にしないで断って。」
咲良はそう付け加えた。万が一阿部にとってお守りのプレゼントが迷惑で要らないものだったら遠慮しないで断ってほしかった。だが、阿部は咲良の手からお守りを受け取った。
「いや、全然迷惑じゃないよ。ありがとな。人から勝利を願ってもらえるのって嬉しいもんだな。」
阿部はフッと微笑んだ。
「部活で使ってるエナメルバッグにつけるわ」
「つけてくれるの!?」
「ったりめーだろ。せっかくもらったんだから持ち歩かなきゃ効果なくなりそうじゃん。」
咲良はフフッと笑いながら「阿部君、神様とか信じなさそうって思ってた」と答えた。
「神様とかはあんまり信じてねーけど、これは白石がオレら野球部が勝てるようにって祈ってくれた気持ちが形になったものじゃん。そういう応援の気持ちっつーのはオレのやる気とかにも直結すんだからちゃんと効果あるだろ。」
「わー、理論的だ。ザ・理系男子って感じだ。」
咲良はワハハッと笑った。

 大仏のある高徳院にはすぐに着いた。券売所で拝観券を購入し、いざ鎌倉の大仏とご対面!
「うおー!すげー!デッケー!」
水谷が大きな声で感嘆の意を表した。咲良も声にこそ出さなかったが初めて見る大きな大仏には感激した。スマホを取り出して大仏を撮影する。
「大仏の中、入れるんだろ?早くいこーぜ!」
水谷は大興奮でみんなに呼びかける。中に入るために大仏に近づくと余計その大きさを感じて圧倒された。大仏の中は特に何もなかったけれど、"今あの大仏の中に自分が入っている"と思うだけで咲良はちょっとウキウキした。高徳院で大仏を堪能した後は歩いて10分ほどの場所にある長谷寺へ向かった。拝観料を払うと本堂へは細長い階段を登っていくことになる。長谷寺の本堂はかなりの高台にあるのだ。まずは本堂で長谷観音を拝んだ後、咲良たちは見晴台へと向かった。
「うおっ海が見える!」
「いい眺め!」
「風が気持ちいいね」
「あれが由比ヶ浜海岸か」
「今日晴れててよかったね!」
高台から眺める鎌倉の街並みと海と由比ヶ浜海岸を眺めて咲良たち一行は口々に感嘆の声をあげた。
「眺望散策路の上段まで行けばもっと高いところから鎌倉の景色が一望できるらしいよ!」
咲良はパンフレットを見ながら班のメンバーにそう伝えた。
「おおっ!行こうぜ!」
水谷が駆け出した。他のメンバーも水谷を追いかける。
「6月頃にはこの辺一帯にアジサイの花が咲いてすごくキレイなんだってさ!」
眺望散策路をみんなで登りながら咲良は再びパンフレットに記載されている情報を班のメンバーに伝えた。
「あー有名だよねえ!長谷寺のアジサイ!」
「すごいんだってね!」
女子2人が言う。
「そんなに有名なんだー!いつか見てみたいな~。」
咲良はそう返事をした。
「おっ、ここすげーいい眺めだよ!」
先頭を歩いていた水谷が班のメンバーに呼びかける。
「おー!ホントだ!海キレーだな!」
続いて花井が眺望散策路の上段に到着した。
「わあ、すごーい」
ようやく追いついた咲良も眺望散策路の上段から景色を眺める。
「阿部君、見て!キレイな景色だよ!」
咲良は無表情で特に何も言わない阿部に呼びかけた。
「おー。そーだな。」
「ちょっとー、ホントに思ってるぅー?」
阿部はジト目になって「思ってるっつーの」と返してきた。その後は境内の3ヶ所に隠れているという良縁地蔵探しをしたり、弁天窟という洞窟を探索した。そのあたりで小腹が空いてきたので全員で長谷寺境内にある食事処で各々食事や甘味を楽しんだ。
「よし!腹ごしらえもしたし、由比ヶ浜海岸行くか!」
花井が班のメンバーに声を掛ける。咲良たちは長谷寺から由比ヶ浜海岸へと向かって出発した。徒歩15分程で到着した。
「海だー!」
水谷は靴と靴下を脱ぎながら砂浜を駆け出した。リュックをポイッと放り出してズボンの裾を上げて海へと足を浸ける。
「ひゃー、冷たっ!気持ちいいー!」
「おま、海入るのかよっ」
何の躊躇いもなく海に突っ込んでいった水谷に花井が呆れた顔をした。
「そりゃ海来たら入るでしょ!花井も入ろーぜ!」
「ええ~。お前ちゃんと足拭くタオルとか持ってきてんのかぁ?」
「タオルはいつでも持ってるよ。花井だって頭に巻いてるのあるじゃん。うりゃっ!」
水谷が海の水をすくって花井に向かって飛ばした。
「うお、テメ、服が濡れんだろ!着替え持ってきてねーんだから!」
「早く入らないとホントにかけちゃうよ~!」
水谷はニシシッといたずらっぽく笑った。
「阿部も入ろーぜ!女子は?入んない?」
水谷は女子たちには優しく尋ねた。他の女子2人組は「えー?」「どーする?」と迷っている様子だ。
「私は入る!」
咲良は靴と靴下を脱いでズボンの裾を上げた。タオルなら持ってきている。水谷のリュックの横に自分のかばんを置いた。
「じゃあ、オレも」
そんな咲良を見て阿部も同様に靴と靴下を脱ぎ始めた。
「あー、もー、しゃーねーな!付き合ってやんよ!」
花井も海に入る覚悟ができたらしい。女子2人組も「じゃあ、私たちも」と続いた。
「ていっ」
咲良は阿部に向かって足で水をかけた。
「お、やんのか、うら!」
阿部もやり返してきた。
「アハハッ、なんだか青春って感じ」
咲良は満面の笑みでそう言った。
「たまにはこういうのも悪くねーな」
阿部もなんだかんだ楽しそうにしている。海に足を浸けてしばらくの間みんなで水遊びをした。

「さて、そろそろ足洗って鎌倉駅戻んぞ。あと45分で集合の時間だかんな。」
花井が班のメンバーに声を掛ける。鎌倉遠足の最後は鎌倉駅に全員集合することになっているのだ。
「はーい」
近くの蛇口の水で足を洗ってタオルで水気を取ってから靴下と靴を履く。ズボンの裾もおろしてかばんを持ったら帰る準備完了だ。まずは長谷駅に戻って、そこから江ノ電で鎌倉駅に行く。咲良たちは長谷駅へ向かって歩き出した。
白石
駅に向かって歩いてる途中で隣を歩いている阿部が咲良を呼んだ。
「ん?なに?」
「これやる」
阿部が咲良に何かを差し出してきた。受け取ってみると、それはアジサイの形をしたお守りだった。
「さっきの必勝祈願のお守りのお返しな。長谷寺のアジサイ見たがってたからそれにした。ご利益は恋愛成就だってさ。白石に成就させたい恋愛があるのか知らないけど、これが一番白石に似合うと思ったんよ。」
咲良は阿部からのプレゼントが嬉しくて目をキラキラと輝かせた。
「ありがとう!超嬉しい!これ、すごいかわいいよ!」
「気に入ってもらえたんならよかったよ」
「うん!私もこれいつも使ってるスクールバッグにつけて持ち歩くよ!」
ニコニコの笑顔を向ける咲良を見て阿部はフッと微笑んだ。その微笑みがあまりにも優しくて魅力的で、咲良は胸が高鳴った。
「阿部君、今日は一日ずっと側にいてくれてありがとう。阿部君って本当はすごく優しいよね。」
だって阿部は班に親しい仲の人がいない咲良のことを気遣ってずっと側にいてくれたのだ。
「あ?別にこんなんたいしたことじゃねーよ」
「私にとってはたいしたことだったんだ。阿部君がいなかったらこんなに楽しい鎌倉遠足にはなってなかった、絶対に。」
「……オレもあんたのおかげで楽しかったからお互い様だな」
思ってもみなかった阿部の発言に驚いて咲良は阿部の顔をポカンと眺めた。阿部も咲良の方を見る。
「ホント?」
「ホント」
しばしの間無言で見つめ合った阿部と咲良だったが、どちらからともなくフッと笑い合った。

 鎌倉駅の集合場所には5分前に到着した。そこで教師からの締めの挨拶を聞いて鎌倉遠足は解散となった。咲良は帰り道はいつも一緒に過ごしている仲良しの女子3人と帰ることにした。
「じゃ、阿部君、また明日!」
「おう、気ィつけて帰れよ」
咲良は改札の方へ向かう阿部の背中を見送った。そして今日何度か阿部が見せた優しい微笑みを思い返す。

―――白石に成就させたい恋愛があるのか知らないけど

今まではなかった、成就させたい恋愛なんて。でも、たった今、できた。
『私、阿部君のことが好きだ』
恋愛成就祈願のアジサイのお守りを手に握り締めながら、咲良はそう思った。

<END>