※三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第4章」の続編です※
※注意:夢主は三橋に片思いしてるので一応三橋夢扱いです。が、今回三橋とは全然絡みません※
※原作沿いのシリーズ小説になる予定です。なるべく原作改変したくないので夢小説だけど甘い展開は正直期待できません※

三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第5章」

 夏合宿2日目の夜のミーティングで明日はベスト2を決める2試合(千朶vs日農大付属/ARCvs武蔵野第一)を観に行くことが発表された。夏波はいつものようにさりげなく三橋のことを見ていた。三橋は何だか考え込んでいるような、物憂げな感じがした。
男子たちが日誌を書き終わったら女子マネ2人は女子の宿泊部屋に戻る。篠岡と部屋に向かいながら夏波は篠岡に訊ねてみた。
「ねえ千代ちゃん、阿部君と三橋君て武蔵野第一の投手と知り合いなの?」
「あ、榛名さんのこと?阿部君、中学時代にシニアチームに所属してたんだけど、そこで榛名さんとバッテリー組んでたんだよ」
「え!?そうなの?球速140キロ台の大会屈指の左腕剛速球投手でしょ?」
「そー。すごいよね。でも阿部君曰く榛名さんは"サイテー"なんだって。」
「そりゃまたなんで?」
夏波は頭に疑問符を浮かべた。
「なんかねー自己防衛本能がすごくって、故障しないために80球以上は絶対投げないんだって。どんな状況でも81球目で絶対にマウンド降りてくんだって。中学時代の関東ベスト8の試合でフォアボールを出して満塁にしたところで降りていったらしくて、阿部君は榛名さんのことを"チームメイトを道具としてしか考えてないやつ"、"自分がプロになるためだけに野球やってるやつ"だって言ってた。」
「Oh...それはたしかにイヤかも」
夏波は桐青戦で体力の限界を迎えてもしっかり投げ切った三橋の根性や投手としての一種の"プライド"のようなものを評価していたので、それとは真逆な榛名の話をきいて阿部君の怒りは真っ当だと感じた。
「なんであの2人が榛名さん知ってるって思ったの?」
今度は篠岡が訊いてきた。
「今日昼に阿部君が大きな声で三橋君に怒鳴った時あったじゃん?あの前に榛名選手の話してたんだよ。阿部君が"もしかしたらあいつ明日投げねーかもしんねーぞ"って言っててさ。」
「ええ!まさか!」
篠岡は仰天して見せた。
「まさかだよね。さすがに埼玉ベスト2が決まる試合で投げないはないよねえ?」
「あーでもそういえば負け試合だと判断したらもう全力出さない人だとも言ってたな」
「えーARCとやるからハナから諦めるってこと?そんな高校球児いる?」
「にわかに信じがたいね」
「ねー」
篠岡と夏波は顔を見合わせた。
「そういえば阿部君はあの時なんで怒ってたの?」
「あーなんか阿部君が"あいつはもうARC相手じゃさすがに通用しない"みたいなこといって、三橋君が"もし阿部君がいたら通用した?"て訊いてた。そしたら阿部君は"気持ち悪い仮定をするな"って怒ってた。」
「あー……」
夏波は何がそんなに怒ることなのか見当がつかなかったが、篠岡はなんだかちょっとわかるみたいだった。
「どういうことかわかる?」
「うーん。例えるなら阿部君は別れた元恋人が世間でチヤホヤされるすごい人になっちゃってなんか悔しい的な?で、悔しいから相手の実力を否定したい。けど今の恋人は"阿部君と別れてなかったらもっと活躍してたかな"って言ってきたって感じ?」
「ほお?つまり"別れなければよかった?"って今の恋人に言われた感じか。それはたしかに三橋君が無神経だったかもね…」
「んー、そうかもねぇ~」
ここで夏波は気が付いた。
「そっか。じゃあ、三橋君の方が物憂げだったのは、明日の榛名選手の活躍によっては阿部君が榛名選手と同じ武蔵野第一に行っておけばよかったって思ったりしないか不安なんだ。西浦に来たことを後悔しないか不安なんだ…。」
「え?三橋君そんな物憂げだった?」
「うん、なんかちょっと暗かった、さっき。」
「さすがよく見てるねー!」
篠岡がニマニマしながら言う。夏波は恥ずかしくなった。
「千代ちゃんー!?からかわないでよねっ!ほら、もう寝るよ!」

 翌日、合宿3日目の朝、今日は食材を用意するところから阿部と三橋が担当した。夏波は見学に徹する。山芋をとろろにするために山芋を探す2人。
「これか!?」
阿部が取り出したのはゴボウだった。
『おいおい、さすがに料理のしない私でもゴボウくらいはわかるぞ…!』
夏波はひそかに笑いを堪えたのだった。

 朝食の後は野球場に行って準決勝の1試合目(千朶vs日農大付属)を観戦した。観戦しながら夏波はスコア表を書く練習をした。横で篠岡に見てもらいながら試合展開を記録していく。観客席からだとよくわからない部分もあったが、それは父母会側でビデオ撮影をしてくれているはずなので、後日ビデオを見ながら修正する予定だ。1試合目は千朶が勝った。
 続けて2試合目(ARCvs武蔵野第一)も観戦する。2試合目開始前に父母会メンバーがおにぎりを作って持ってきてくれた。夏波は普段おにぎりを作ってる側だけにこの人数分用意するのがどれだけ大変かわかる。
『お母さん方、本当にありがとうございます』
夏波は心の中で感謝の念を伝えてから、ありがたくおにぎりを頂戴した。食事中、2試合目のスタメンと打順・ポジションがアナウンスされた。武蔵野第一はなんと今日は1回目から榛名選手がピッチャーだ。ARCの先発投手は太田川選手という人らしい。
「ARCの投手の太田川選手は私たちと同じ1年生なのにARCで投手やってるんだよ。中学時代から有名な選手なんだって。」
篠岡はまだ野球初心者の夏波に解説をしてくれた。
「あと3番の塩入選手もまだ1年生なのにレギュラー取ってるの。」
「じゃあ、私たちが全国制覇するには彼らを抑えなきゃいけないわけだ。よく見ておかないとね。」
2試合目も夏波はスコア表を付ける。篠岡は1試合目と同じく、各選手の特徴の説明や今の試合状況の解説をしながら夏波のスコア表のチェックをしてくれた。色々と勉強になる。そうやって夏波が観戦していると…
「っんだ、今の球ァ!?」
突然大声がした。篠岡と夏波は驚いてビクッとなった。それは阿部の声だった。ARCの4番相手にただの低めの球で挑んだ武蔵野第一のリードに不満があるようだ。たしかに今のツーベースヒットでARCは2得点していた。その後もまた阿部が声を荒げているのが聞こえてきた。
「阿部君、大丈夫かな?」
夏波は篠岡に訊ねてみた。
「まー、胸中穏やかではいられないだろうけど、大丈夫なんじゃないかな」
篠岡は案外楽観的だ。ここで武蔵野第一の捕手が町田選手から秋丸選手に交代になった。
「秋丸選手は私も知らない選手だなー。私が知ってる限り出場記録はないよ。」
篠岡がそう言った。
「でも…なんか榛名選手の球の威力上がってない?」
それは野球素人の夏波でも見てわかる程だった。
「キャッチングに特化した選手なのかもね」
篠岡は知らない選手が出てきて興味津々といった様子だ。夏波はその後もスコア表を書きつつ、篠岡の解説を聞きつつ、試合観戦を続けた。篠岡は秋丸選手のバッティングを見ながらノートにメモを書き起こしていた。今後のためにデータを取っているのだろう。
「オレに喋りゃいーだろうがあ」
また阿部の大声が聞こえてきた。三橋に頭をグリグリして怒っている。
「え!?なにやってんのあれ!?止めた方がいいんじゃ…」
夏波はびっくりして篠岡に声を掛けた。しかし、篠岡はアハハッと笑っている。
夏波ちゃんはあれ見るの初めてだっけ?阿部君はよくああやって三橋君に"ウメボシ"食らわせてるんだよ。いつものことだから気にしなくていいよ。」
「えー!?あれいつもやってんの!?あの2人ってどういう関係性なのよ…」
夏波は『あれでいいのか!?』と内心ハラハラしていたが、篠岡が平然としているので何もしないで見守ることにした。周りの選手たちも"またやってるよ"みたいな顔をしているし、あれがあの2人なりのコミュニケーションなのかもしれない。
「秋丸選手はバッティングはあんまり良くなさそうだね」
篠岡は初めて出場した秋丸のデータを取ろうと夢中な様子だ。
「だから正捕手じゃないのかな」
夏波は篠岡に訊いてみた。
「うーん、でもバッティングがダメでも捕手としてのスキルが十分あれば正捕手任されることって別に珍しくないんだよね。だから捕手としても町田選手の方が総合的に上って判断だったんだと思うんだ。でも投手の力をあれだけ引き出せてるのに何が悪いんだろうね?」
篠岡は悩んでいるようだ。夏波は今はまだそういうことを考えられるレベルにないのでおとなしくスコア表を書いていった。7回表は武蔵野第一が猛攻をしかけた。
「すごい1点差まで追い上げた!」
夏波は当然ARCが勝つんだろうなと思って試合を観ていたので、この追い上げにはちょっと興奮した。しかし、タイムを取ったARCは太田川の力が蘇ってそれ以上は失点しなかった。7回裏のARCの攻撃では一死満塁になる。
「秋丸選手は送球指示が遅いかも」
篠岡がそう言った。
「へー、そうなんだ。私にはまだその感覚わからないや…」
夏波は『これは遅いんだ。このテンポじゃ遅いって覚えておこう!』と思った。2番がフライでアウトになり、二死満塁で3番塩入選手の打席、内野を超えてレフト・センター間のヒットが出た。
「うわ、ARCに6点目だ…!」
夏波は思わず声が出た。捕手が落球しなかったら5点で済んだかもしれない。篠岡の言う通り、どうも秋丸選手はキャッチング以外は選手として未熟なようだ。ついには三塁盗塁まで許してしまった。
「千代ちゃん、榛名選手が時々投げてるあの変化球、何かわかる?」
スコア表を付けながら夏波は篠岡に訊いてみた。
「うーん、私もわからない。今まで投げてなかった球ってことは確かだね。」
「新しく習得したのかー。後でビデオ見て調べてみないとね。」
「だねー」
夏波はそもそも世の中にどんな変化球が存在するかすらも知らない。少なくともメジャーな変化球くらいは覚えなければいけない。
『野球部のマネジとして、まだまだ学ばなきゃいけないこと、たくさんあるな』
夏波はそう思った。一方試合は武蔵野第一が8回表で得点して2点差まで追い上げた。しかし、8回裏で榛名がフォアボールや送球ミスでランナーを出してしまう。その後、ARCが得点して点差が7点差になりコールド試合となった。ARCの勝利だ。
「ふぅ~、とりあえずスコア表書けたぁ~!」
夏波は一仕事を終えてため息を吐いた。
「アハハッ、お疲れさま!よくがんばりました!」
篠岡が夏波を気遣ってくれた。
「これで帰ったらまーたビデオ見て答え合わせしなきゃいけないんだよねぇ~」
夏波は想像しただけでゲッソリしてしまう。
「今は慣れなくてつらいかもだけど、これができるようになったらマネジとしてはもう合格だよ!」
夏波は"合格"という言葉を聞いて背筋が伸びた。
「おお、合格か!よし!やってやんよー!」
「がんばろー!」
「おー!」
篠岡と夏波はともに右手を上に突き上げた。

 試合が終わって学校に帰ろうとしたら阿部が榛名に挨拶に行きたいと言い出した。三橋もついていくらしい。
『阿部君、榛名選手のいる武蔵野第一が負けてどういう感情なのかな。そんで三橋君はなんでついていったんだろう?』
夏波は内心2人のことが気になっていたが、だからといって夏波がついていくわけにもいかない。他の選手たちと一緒に2人の戻りを待った。戻ってきた2人はなんだかやけにスッキリとした顔をしているように見えた。そして2人は投球フォームの改造と4つ目の変化球の練習をしたいと監督に申し出た。
『榛名選手と話をして、何かその辺のアドバイスでももらったのかな?』
2人が監督に話している姿を見ながら夏波はそう推察した。

 学校に戻った後は練習開始だ。夏波はいつも通りに水撒きをしてジャグを設置した後は、管理室にこもって昨日の武蔵野第一vs春日部市立の試合のビデオを見ながらスコア表を書き起こした。篠岡はそんな夏波のスコア表を隣でチェックして、間違いがあったら指摘をしてくれたり、夏波がわからないことがあったら質問に答えてくれた。ちなみにグラウンドで練習中の選手たちのドリンクを切らさないように1時間置きにグラウンドに戻ってジャグの中身の補充も欠かせない。武蔵野第一vs春日部市立の試合のスコア表を書き終わったら、次はARCvs飯能北の試合のスコア表を書き起こした。それが終わる頃には父母会から今日の試合のビデオが届いたが、もう夕食の時間になるので続きはまた明日行うことになった。
『大変だけど、着実にできるようになってきてる!』
夏波は手ごたえを感じていた。
『私も千代ちゃんみたいに選手たちに頼りにされるマネジになりたい!』
夏波は選手たちから対戦校のデータについて訊ねられてスラスラ答える篠岡が羨ましかった。自分もそのくらいになってやるんだと夏波はメラメラと闘志を燃やした。

<END>