※三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第5章」の続編です※
※注意:夢主は三橋に片思いしてるので一応三橋夢扱いです。が、今回三橋とは全然絡みません※
※原作沿いのシリーズ小説になる予定です。なるべく原作改変したくないので夢小説だけど甘い展開は正直期待できません※

三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第6章」

 夏合宿4日目の朝、昨日阿部がもう篠岡の手伝いがなくても朝食を作れると言ったので今日から篠岡は朝食作りには参加しない。しかし、夏波は後学のために見学を続けさせてもらいたいと百枝監督に申し出た。マネジをやる以上、自分もいつか料理をしなきゃいけなくなる時が来るかもしれないし、それに篠岡はできるのに自分はできないというのも同じマネジとしてどうなのかと思ったからだ。百枝監督は阿部と三橋の2人にやらせて夏波は見学に徹するようにという条件付きで許可を出した。夏波は朝5時から調理開始するという2人に合わせて4時半に起きて身支度をしてキッチンで2人が来るのを待った。
「うっす」
キッチンにやってきた阿部が夏波を見つけて声を掛けてきた。三橋も隣にいる。
「2人ともおはよう」
夏波が挨拶を返す。
「…お、お…はよ、う」
三橋もどもりながら答えた。
「私は見学に徹するので2人のことを見守ってます。私のことは気にしないで始めちゃって。」
「おー」
意外にも三橋はテキパキと食材を用意したり、阿部に無洗米だから洗わなくていいと指摘したり、味噌を入れるタイミングを知っていたり、ほうれん草あく抜きのことを知っていたりとそこそこ料理ができるようだった。
『なんだ、三橋君って結構料理できる人なんだ』
夏波は普段とは違う三橋の姿に惚れ惚れした。逆に阿部は料理が全くダメなようで、三橋が「まだだ」と制しているのも聞かずに餃子を触って皮を破いて三橋に叱られていた。
「まだって、言ったでしょー!」
餃子の皮を破いてしまった阿部の慌てっぷりが普段のクールな姿とかけ離れすぎててそれだけでも面白いのに、普段の三橋君の口からは絶対に聞けない強めの口調がさらに面白くて夏波はついプフッと吹き出してしまった。
「あ、ごめん…アハハッ!」
吹き出してしまったことを謝ったもののやっぱり可笑しくて夏波は普通に笑い声をあげてしまった。
「おー、笑いやがって!西野も料理できない側の人間だろー?」
阿部が頬を赤く染めながらジト目でこちらをみてくる。
「やー、できないけど、私でも冷凍餃子くらいはできると思うな」
「おー?なんだとー!?」
「や、ごめんごめん、阿部君の普段のクールさとのギャップがすごくてつい…」
夏波は尚も笑いが収まらない。
「いや、オレ別にクールじゃねえし」
「そう?私に対してはいつもは仏頂面で冷たい感じだったよ?」
「え?オレそんなんか?」
阿部が三橋の方を向いて、三橋に訊ねる。ギシッと固まる三橋。
「三橋君のこの反応はイエスって意味だよ、絶対そう!ねー、三橋君?」
三橋はオロオロしてる。阿部は「なんなんだ、その反応はっ」と目を吊り上げていた。
「はー、笑っちゃった!ごめんね!今度こそ見学に徹するんで、2人で続きをどうぞ。」
そして三橋の指導のおかげで餃子の皮が破けた以外は順調に朝食作りは進んでいった。

 午前、練習が始まり、水撒きとジャグの設置をした。今日は午前と午後に1試合ずつ練習試合がある。夏波はここでもスコア表をつけることになっている。もちろん、隣で篠岡がチェックしてくれる予定だ。
夏波ちゃん、ベンチで試合見るのは今日が初めてでしょ。練習試合の前に三橋君の持ち球について説明しておくよ。」
篠岡はまず三橋が投げる変化球3つ(シュート、スライダー、カーブ)について説明した。続けて篠岡は三橋の持ち球には"普通のストレート"がないことも説明した。三橋の"ストレート"は"まっすぐ"と呼ばれていることと普通のストレートとの違いを夏波は教わる。また、併せて三橋の持つ9分割のコントロール能力についてもここで知った。
「え、それって三橋君すごくない?」
「すごいよー!プロでもできないよ、9分割なんて!変化球が3つあるだけでも十分すごいし!」
「そういえば、昨日阿部君が監督に言ってた4つ目の変化球はなんていう変化球だっけ?」
「あ、ナックルカーブって言ってたね!ナックルカーブを投げる高校球児はなかなかいないんだよ!」
篠岡はナックルカーブについても教えてくれた。
「他にどんな変化球があるのか教えてくれない?代表的なやつだけでいいから。」
「えーっとね…―――」
篠岡はこれまで対戦した相手校の投手が投げていた変化球(フォーク、シンカー、スクリュー、チェンジアップ)について教えてくれた。夏波は必死にメモを取った。

 午前の練習試合が始まった。夏波はベンチから試合の様子を観戦し、そしてスコア表に書き起こしていく。
「うん、かなりできるようになったね!」
篠岡が夏波が書き起こしたスコア表を横から見ながらそう言った。
「試合見ながらこれやると野球のルールも一緒に学べてかなりいい感じだよ。千代ちゃんありがとうね!」
「いーえ!この感じだとあと数試合分こなせばもう一人でできるかな~。」
「午後にも1試合あるし、それが終わったら昨日の試合のビデオを見ながら、昨日書き起こしたスコア表と照らし合わせて答え合わせしなきゃ。あとはARCvs千朶の試合、テレビ中継録画してるよね?それも私がスコア表に書き起こすよ!」

 午前中の練習試合は西浦高校の勝利で終わった。ランチは選手たちと一緒にお弁当を食べる。三橋の投球フォーム改造は阿部の登場によってうまくいっているらしかった。田島から「阿部が捕ったらよくなった」と言われて頬を赤く染めて照れている阿部。夏波は『阿部君ってそんな風に照れたりするんだ~』と意外に思った。それに三橋も阿部から「いークセつけちゃおう」と声を掛けられて元気に「おう!」と笑顔で返事していた。
『三橋君の貴重なキラキラ笑顔見れた!かわいい!』
夏波は阿部に心の中で感謝した。

 午後の練習試合も同様にスコア表を書いた。試合後は学校に帰って、選手たちは練習開始だ。マネジの夏波はいつも通りに水撒きとジャグの設置をした。そしてその後は管理室にこもって昨日の続きだ!昨日千朶vs日農大付属の試合を観戦しながら書き起こしたスコア表とビデオを見比べながら篠岡と答え合わせをした。続けてARCvs武蔵野第一の試合も同様にスコア表のチェックをしていく。ついでに昨日榛名が投げていた新しい変化球についても調査した。
「これは…ツーシームかな?」
篠岡が言う。
「よくわかるね!」
夏波には何のことだかさっぱりだ。
「いやー、私も確信は持てないや。あとで監督にも見てもらお!」
「オッケ。もうそろそろ夕食の時間だし、今日はここまでにしてお母さんたちの手伝いに行こう。」

 今日の20時からの夜練は卓球だ。いつもならこの時間の篠岡と夏波はお風呂に入るのだが、今日の篠岡は花井と水谷に体育祭で応援班が踊る連ダンスを教えなければならないという。どうやら7組の応援班に3人は入っているらしい。夏波は応援班には入っていないので先にお風呂に入らせてもらうことにした。その代わり今日の21時のおにぎり配布とトレー片づけは夏波ひとりでやる。篠岡にはその間にお風呂に入ってもらった。

「おかえり。連ダンどうだった?」
夏波はお風呂上がりで女子の就寝部屋に戻ってきた篠岡に声を掛けた。
「2人ともちゃんと覚えられたみたい」
「それはよかったね。阿部君が怪我してなかったら千代ちゃん一緒に踊れたのに残念だね。」
そういうと篠岡はカァァと顔を赤くして「逆に踊れなくてよかったかも。だって阿部君相手だと緊張してミスしそうだもん!」と言った。

 翌朝も阿部と三橋の朝食作りを見学させてもらった。また、その日の午前中も練習試合があったので前日と同様に篠岡指導の下でスコア表をつけた。練習試合後はARCvs千朶の試合のテレビ録画を見ながら篠岡と一緒にスコア表を書き起こした。これで夏波は8試合分のスコア表をつけたことになる。もう1人でできそうな気がする。午後は夏波1人で過去の試合のビデオを見ながらスコア表を書き起こしてみて、既に篠岡が書き上げたものと比較をした。
『うん、ほぼ合ってる!』
違っていたのはライナーかフライかの判断が怪しい打球の記載くらいのものだ。このくらいなら問題ないだろう。夏波は念のためもう1試合分、同様にビデオを見ながらスコアを書き起こして比較する作業を行った。
『おっし!こっちは完璧だ!』
スコア表を付けたおかげで野球のルールについても同時に学べたし、まだ読んでないが田島から借りた本や西広から借りた漫画もある。今日の午後は夏波が1人で管理室にこもってスコア表の書き起こしをしているので、グラウンドで練習中の選手たちの面倒は篠岡が見てくれることになっていた。夏波はこの隙に田島から借りた初心者向けの野球のルールブックを読み漁った。
『試合を沢山観戦したおかげか、結構わかるぞ!』
夏波は自身の成長を感じられてとても嬉しくなった。

 翌日、合宿最終日、いつも通り阿部と三橋の朝食作りを見学させてもらい、朝食を食べ終わった後、夏波は百枝監督に声を掛けた。
「監督!」
「はい?」
「私、スコア表書けるようになりました。それに伴って、野球のルールもかなり覚えてきました。水撒きやジャグへのドリンク作成や炊飯、おにぎり作りも覚えました。ボール磨きもボール修理も覚えました。テーピングやRICE処置も習いました。私、正式に野球部のマネジやりたいです!」
百枝監督は目をキラキラを輝かせて、とても嬉しそうな顔をした。
「著しい成長を遂げたね!よくがんばったよ夏波ちゃん!もちろん大歓迎です!!来てくれてありがとう~~。」
百枝監督は初日に夏波にやったのと同じように夏波の両手をぎゅっと握った。
「それじゃ、志賀先生から入部届の紙を貰ってください。親御さんの署名と捺印が必要なので、今日合宿終わりに家に持ち帰って明日持ってきてね。それで明日から正式入部ということにしましょう!」
「はい!わかりました!改めてよろしくお願いします!」
夏波はペコッと頭を下げた。
「正式入部が決まったとなると夏波ちゃんの分の帽子も注文しなきゃね」
「帽子!西浦のロゴ入りのやつですか!欲しい!」
夏波は目をキラキラと輝かせた。今日まで夏波は私物のハットを被っていた。
「千代ちゃん、帽子の購入手続きお願いできる?」
監督が篠岡を呼んだ。
「もちろんです!」
篠岡は元気よく返事をした。夏波は入部届をもらうために志賀先生がいる男子の宿泊部屋に向かった。選手たちは朝練を終えたばかりなのでアンダーを取り替えるために上半身裸になっている人が何人かいた。
『うっわー、全然慣れないよぉ…』
篠岡は男子の着替えは気にしなくていいと言っていたが夏波はまだまだ全然篠岡みたいにはなれなかった。
「おー?西野どうしたー?」
男子部屋にやってきた夏波を田島が目ざとく見つけた。
「志賀先生に用事があって…あ、先生!」
「ん?どうした西野
志賀先生が西野に気付いた。
「私、正式にマネジやります!入部届下さい!」
周りの選手たちが「おおおお!!」とどよめいた。
「そうか!西野、正式に入部してくれるのか!よかったよかった!入部届、今手元にないからあとで職員室寄って印刷してくるよ。今日も管理室にいる?」
「今日はグラウンドに出る予定なのでランチか夜ごはん以降にいただいてもいいですか?」
「わかった。それまでに用意しておくよ。」
「よろしくお願いします!」
夏波は頭を下げる。そして部屋から出ようとすると田島にガシッと肩を掴まれた。
西野、正式入部決めたのか?」
「うん!」
「やったー!なあ、西野正式にマネジになるって!」
田島が周りの選手たちに呼びかけた。花井が近づいてくる。
西野、じゃあ、改めてこれからよろしくお願いします!」
花井が頭を下げる。それに続いて他の部員も「っしゃあっす!」「うす!」「よろしく~!」と声を出す。
「おお…!?こちらこそよろしくお願いします!」
夏波も頭を下げた。

 その日の練習も水撒きから始まってジャグにドリンクを用意したり、蚊取り線香を焚いたり、先日の雨のせいでグラウンドに生えてきた草を刈ったり、ノックのボール渡しをしたり、選手の練習のタイム読み上げ&計測をしたりして過ごした。空いてる時間はベンチで田島から借りた初心者向け野球ルールブックを読んだり、西広から借りた野球漫画を読んだりした。ちなみに阿部は怪我をしている間はひたすらベンチでボール磨きとボール修理をやっている。今は阿部とベンチで2人きりだ。
「何読んでんの?」
珍しく阿部から話しかけてきた。
「あ、西広君から借りた漫画。ドカベンってやつ。」
「ああ、おもしろいよな」
「あ、阿部君も読んだことあるんだ!」
「そらまあ、野球漫画の王道だしな」
「阿部君、私、野球素人なんだけど他に野球の知識を身に着けるのにいい方法ってなんか知ってたりしない?」
せっかく阿部が話しかけてくれたので夏波は阿部にもアドバイスを求めてみた。阿部は「そうだな~」と考え込んだ。
「配給表の付け方はもう習ったか?せっかくマネジ2人目来たんだし、そういうのもデータ化したいよな。」
「やる!!私にできることなら全部学ばせていただきたく存じます!」
西野が食いつくと、阿部はフッと笑った。
「あんたホントにやる気あるな。配給のことならオレが教えてやんよ。家にそういう系の本もたくさんあるから明日持ってくるわ。」
「ありがとう!やー、実はこの合宿中にスコア表書くためにたくさん試合見たんだけど、配給考えるのっておもしろそうだな~って思ってたんだよね。同じコースに違う球投げて打者翻弄するのとかさ!」
「おお!わかるか!そうなんだよ、あれ決まるとスッゲ気持ちいいんだよな。」
「気持ちいいだろうねー!」
夏波は初対面では阿部に対して不愛想で嫌な感じの人という印象を持っていたが、ここ数日、朝食作りの様子を見たり今回の会話などを経て今は苦手意識はだいぶ薄まっていた。
「てか三橋君て意外と料理できる人だったね」
「おお、あれは意外だったな」
「梨を包丁で綺麗に皮剥いてたね。私、果物の皮剥くの、指切りそうで怖くてできないや。尊敬。」
「手慣れてたよな。包丁持つなとか言う必要なかったな。」
「私、実はあの時阿部君に文句言おうとしてたんだよ」
夏波は正直に打ち明けてみた。
「そうなのか?」
「三橋君が機転を利かせてくれたおかげで阿部君と喧嘩にならずに済んだ」
「喧嘩ァ!?あんた何言う気だったんだよ…」
阿部はジト目でこっちを見ている。
「私の大事な千代ちゃんになにしてくれとんじゃワレ!くらい言いそうだった」
「あー…アレ、オレそんな泣かすようなこと言ったか?」
「言い方がキツく聞こえるんだよ、阿部君はさ。もうちょっと気を付けた方がいいよ。」
「そうか?」
「そうだよ!」
夏波は断言した。二度と篠岡を泣かせたら許さない。阿部はしばし考え込んだ。
「…わかった。気を付けてみる。」
阿部がそう答えたので夏波は満足した。

 お昼休みには志賀先生から入部届の紙を受け取った。それから篠岡が西浦のロゴ入りキャップの注文方法を教えてくれた。入部届は親の署名捺印が必要だし、キャップの注文には代金の振込が必要なのでどちらも今はできない。家に持ち帰ってからの対応となる。午後の練習もいつも通り終わって、6日間の合宿が終了となった。選手たちはみんなでうどんを食べてから帰るらしい。篠岡と夏波はそれには付き合わずに直帰した。

「お母さん、私、野球部に正式入部することになったからここにサインと捺印ちょうだい!」
その日の夜、仕事帰りの母にさっそく夏波は入部届を手渡した。
「あら、野球部のマネジの仕事ちゃんと覚えられたの?」
「うん!合宿のおかげてかなりできるようになった!」
「それはよかったねー。まさか夏波が野球に興味を持つようになるとは思わなかったよ。」
母はさらさらと紙にペンを走らせて、そして押印をしてくれた。
「私もまさかこんなに野球が楽しいとは思わなかったよ。」
母から入部届を受け取った夏波は次にキャップの注文案内書を渡した。
「あとこれ。正式にマネジになるからロゴ入りキャップ注文する必要があって、その代金ください。」
「あらー、素敵ね。お揃いのキャップがあると野球部の一員になった感じあるね。」
「だよね!注文・入金してから納品まで1週間くらいかかるみたい。早くほしいー!」
母はネットで注文すればクレジットカード決済ができるのでPCから注文をしてくれた。8月7日頃に自宅に宅配で届く予定だ。夏波はマイキャップが届くのが待ち遠しかった。

 翌朝、合宿が終わって通常通りの練習に戻った。水撒きをしてジャグにドリンクを用意するために数学実験室に行った夏波はついでにそこで志賀先生に入部届を提出した。
「はい、確かに受け取りました。入部おめでとう!これからもよろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします!」
夏波は頭を下げた。そして裏グラに戻ってジャグを設置した後は篠岡に正式入部したことを報告した。
「おめでとう!いらっしゃい!ありがとう、夏波ちゃん。これからもよろしくね!」
「こちらこそよろしくね!」
篠岡と夏波は握手を交わした。それから夏波は百枝監督にも入部届の提出を終えたことを伝えた。
「それはよかった!改めて入部おめてとう、夏波ちゃん!」
百枝監督はニコッと笑った。
「みんなー!練習中断して一旦集合ー!」
百枝監督が部員に呼びかける。集まる部員。
「先週から試用期間でマネジの仕事を手伝ってくれていた西野夏波ちゃんが今日から正式に入部になりました!これで試用期間が終わって正規のマネジです!」
部員から「おおおお」という歓声とともにパチパチと拍手が湧きあがった。
「今日から正規のマネジになりました!これからもみんなと一緒にがんばります!よろしくお願いします!」
夏波は改めてみんなに挨拶をした。

―――これで正式な部員だ!みんなと一緒に全国制覇するぞ!
夏波は決意を新たにした。

<END>