※三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第6章」の続編です※
※注意:夢主は三橋に片思いしてるので一応三橋夢扱いです。が、今回も三橋とはあまり絡みません※
※原作沿いのシリーズ小説になる予定です。なるべく原作改変したくないので夢小説だけど甘い展開は正直期待できません※

三橋夢小説「鳴かぬ蛍 第7章」

 夏合宿が終わって翌日8月1日、西野夏波は入部届を提出して正式に西浦高校野球部の一員となった。これからは試用期間ではなく正規のマネジだ。夏波は『選手たちと一緒に全国制覇してみせるぞ!』と燃えていた。

 その日の昼休憩、花井から話しかけられた。
西野さ、正式に入部したってことで西野の母ちゃんにも父母会に参加してもらいたいんだけど大丈夫か?」
「ああ、そっか!うーんと、大丈夫だとは思う。けど、うちの母パートで働いてるからどこまで貢献できるかわからないや…。」
「まー、それでもいいよ。篠岡の母親とかも家の事情でほとんど参加できてないしな。でも、一応連絡先くらいは知っておきたいんだ。父母会で連絡網作ってるからさ。この紙に西野の名前とクラス、それから両親の名前と電話番号を書いてくれるか?」
「オッケー」
夏波はさらさらとペンを走らせた。
「はい、これ。」
夏波は紙を花井に返した。
「サンキュ」
花井は礼を言って受け取った。
「あ、西野、オレからも話ある」
阿部が口を開いた。
「これ、昨日言ってた配給表の付け方に関する本。あと一応配給の考え方基礎の本も持ってきた。」
「わあ、ありがとう!私、がんばるよ!」
「あとでベンチで軽く要約してやるよ」
「助かります!」
夏波はペコッと頭を下げた。
夏波ちゃん、阿部君から配給表の付け方も学ぶんだね」
篠岡が阿部と夏波のやり取りを見て言った。
「うん!まあ、ベンチからじゃどこのコースかまではわからないし、いつ使うんだって感じではあるけど、どっかで役に立つこともあるかもしれないしさ。」
「役立つよ!ベンチからはわからなくても、父母会の方々が撮影してくれたビデオ見ながらならがんばればストライクゾーン4分割くらいはできるし、前に夏に桐青高校と戦った時はそういうデータを作ったりしたんだよ。あれは大変だったなぁ。」
「そうなんだ!じゃあ、やっぱり意味あるね!せっかくマネジ2人になったんだからそういったデータ解析面でも力になりたいし、私、がんばるよ!」
夏波はメラメラと闘志を燃やした。
西野ってホントにやる気あるよなァ」
花井が驚いたような、感心したような、そんな言い方をした。
「みんなががんばってるからだよ!一生懸命がんばってる人をみてると私も力が湧いてきちゃう。」
夏波はくしゃっと笑った。選手たちはそんな夏波の笑顔を見てドキッと顔を赤らめた。

 午後13時からはいつも通り勉強会をして14時から午後練開始だ。今日からは篠岡と分担で仕事をこなす。選手のアップ中に篠岡が水撒きをし、一方夏波はジャグを持って数学準備室へ行ってドリンク作成をした。裏グラに戻ってきてジャグをベンチに設置する。
「手空いたか?」
怪我のため、ベンチでずっとボール磨きをしている阿部が声を掛けてきた。
「うん!あ、配給のこと教えてくれるんだよね?本持ってくる。」
夏波はかばんから先ほど阿部に借りた配給の本を取り出した。
「おう。じゃあ始めるぞ。まず配給の基本的な考え方1な。その本の第一章開いて。そこに…――――」
阿部は要約するといっていたけど、思っていたよりも細かくみっちり教えてくれた。配給オタクの魂に火がついたのかもしれない。しかし、さすが配給オタクを言われるだけあって、本を見なくても色んな言葉がスラスラと出てくる。本の内容がもう全て頭に入っているのか。さすがだ。
「―――…とまあ、長くなっちまったけど、配給の基礎はこんな感じだな。」
阿部の話が終わった。
「すごくタメになりました。ありがとう。配給の本って聞くと難しそうと思ってたけど阿部君が口頭で説明してくれたおかげでとっかかりができたよ。この本も読める気がしてきた。」
「配給表の付け方はそんな難しくねえから、その本読んだら過去の試合のビデオでも見ながら自分でやってみな。ま、最初は球がどこに決まったか見定めるのが大変かもしんねェけど。」
「うわー、私、動体視力ないんだよなー」
「それは野球部のマネジとしてマジーな」
「ええ、マネジ失格!?動体視力って鍛えられるのかな!?」
青ざめる夏波を見て阿部はクッと笑った。
「阿部君、笑いやがったな!こっちは真剣なんだぞ!」
からかってくる阿部に夏波はぷんぷんっと怒ってみせた。

 残りの時間は炊飯をしておにぎりを作ったり、ノックのボール渡しをしたり、ピッチングマシンに球を入れる役割をこなしたりといった感じでいつも通りに過ごした。

8月3日、主将の花井は新人戦の抽選会へ行ってきた。そして抽選を終えて帰ってきた花井は部員を呼ぶ。1回戦は戸田市立だという。篠岡と夏波はデータをできる限り集めようと話をした。そんな折、百枝監督は「みんなは甲子園へは行ったことあるの?」と質問する。夏波は当然ない。三橋もないみたいだ。三橋は阿部と田島が行ったことがあると聞いてうなだれているように見えた。百枝監督は「見たことないものを想像するのは難しいので一度は甲子園を見ておいてもらいたい」と話をつづけた。そして
「みんなの親御さんにお願いしたら、甲子園観戦1泊旅行させてもらえることになりました!」
百枝監督はハートを飛ばしながらそう言った。
「…!!!」
部員全員が驚く。
「えっ、監督!それってうちの親にも確認済みですか?」
夏波は8月1日に入部したばかりだし、両親の連絡先を父母会に伝えたのもその日だ。夏波は自分の親まで連絡が回ってるか不安になった。
「大丈夫、夏波ちゃんのお母さんにも了承もらってるよ!」
「よかった~!」
「新人戦前にみんなで甲子園見に行くよ!」
「やったーーー!!!」
選手たちはみんな帽子を投げて喜んだ!夏波は篠岡とハイタッチをして喜びを分かち合った。

 8月8日夜、西浦高校野球部は大宮駅西口のバス乗り場に集まった。
「私、夜行バス初めて!」
「私もー!」
篠岡と夏波は初めての夜行バスに大興奮だ。しかも、いざバスが来て乗ってみると3列シートだった。
「3列シートの夜行バスは結構快適そうだね!」
「しかも貸し切り!夏波ちゃんどこに座る?」
「男子たちとはちょっと離れて座りたいかなー。寝顔見られたくないもん。」
「アハハッ、たしかにね!じゃー後ろの方行こう」
篠岡と夏波は後ろから2列目の席に横並びで座った。

 翌朝、大阪駅に到着し、電車で甲子園へ向かう。
「三橋君がすごい興奮してはしゃいでる!かわいいー!」
「アハハッ、ほんとだね!夏波ちゃんてほんとに三橋君のことよく見てるよね!」
「う…っ」
夏波はなんだか恥ずかしくなって顔を赤くした。甲子園球場駅に着くと選手たちはダッと駆け出した。阿部君もひょこひょこしながら追いかける。篠岡と夏波は阿部の後を続いて歩いた。チケットを受け取ったらいよいよスタンド席へ向かう。
「甲子園だー!」
「甲子園だねー!」
篠岡と夏波は同時に声を上げて甲子園に来た喜びを噛みしめた。席に荷物を置いたら選手たちはみんな金網の方へ歩いていく。
「私たちも行こうよ!」
夏波も近くでグラウンドが見たくて篠岡を呼んだ。
「すごーい!ちかーい!」
「なんだかこのまま入れそうだねー!」
篠岡と夏波は2人でキャッキャッとはしゃいだ。
『次の夏はここで私たちが試合やるんだから!』
夏波は内心そう思った。

 田島と三橋は桐青高校の1年生に知り合いがいるらしく、会いに行くと言って消えてしまった。試合が開始するまで戻ってこなかった。甲子園の試合観戦も夏波は練習がてらスコア表を付けながら観戦した。でも今回の目的はあくまでこの甲子園球場を肌で感じて甲子園を堪能することなので、スコア表作成に熱中しすぎないように、観戦を楽しむことを心がけた。観戦後はみんなで甲子園名物のカレーを食べた。午後は大阪に戻り、貸しグラウンドで練習をした。夜はビジネスホテルに宿泊だ。2人部屋なので男子たちは2人5組に別れる。女子マネ2人、篠岡と夏波は当然同室だ。部屋に向かう途中、阿部と三橋バッテリーが目についた。
「オレ、阿部君のも、持つよっ」
三橋は怪我している阿部のエナメルバッグを代わりに持つと申し出た。2つのエナメルバッグを抱えてフラフラと歩く三橋。
「そんくらいでふらついてんじゃねーよ、ははは」
阿部はそんな三橋を見てにこやかに笑っている。
「見て、千代ちゃん」
夏波は篠岡を呼んだ。
「あの2人、前より仲良くなったっぽくない?」
「ホントだ、阿部君笑ってるね」
「監督の狙い通りって感じかな。さすが監督だよね。」
「だね!」
夏波はバッテリーの成長を自分のことのように嬉しく思った。篠岡と夏波は自分たちの部屋に到着した。30分後には食事のためにロビーに再集合だ。その前にシャワーを浴びなければいけない。
夏波ちゃん先入っていいよー。私、身支度早いからさ。」
「ありがとう!お先ー!」
夏波は普段はシャワーは長い方だ。でも今はそんな悠長にしてられる時間の余裕はない。できる限り急いで頭、顔、身体を洗った。それでも10分はかかってしまった。
「千代ちゃん、お待たせ!」
「はいよー」
篠岡がシャワーを浴びてる間に洗い流さないトリートメントを髪に塗り、そしてドライヤーで髪を乾かす。
『マネジって男子たち基準で時間合わせるから身支度も早くないとだめなんだ』
でも好きな人の前にボサボサの髪で出たくないので夏波は必死に身支度を急いだ。
 夕食はホテルのビュッフェだ。選手たちはすごい勢いで食べ物をかっさらっていく。
「うわあ、やっぱスポーツやってる男子ってすごい食べるねえ!」
夏波は選手たちの勢いに圧倒された。
「すごいよねぇ」
篠岡はクスクスと笑っている。選手はビュッフェの食べ物をほとんど食べつくしたと言っても過言ではないくらい沢山食べた。そして夕食後、各自部屋に戻るためのエレベーター待ちの中、男子たちは初恋の年齢の話をし始めた。阿部、三橋、巣山、沖の4人はまだ恋をしたことがないらしい。水谷と栄口がそれを聞いて「情緒が育ってなくない!?」と驚愕していた。傍らでその話を聞いていた篠岡と夏波夏波は篠岡と一緒に部屋に戻ってから口を開いた。
「阿部君も三橋君も初恋もまだだってね」
「なんかすごくあの2人っぽいよね~」
篠岡はフフッと笑った。
「うん、なんかあの2人って野球しか興味ないまま生きてきましたって感じするよね」
夏波もあまりにも阿部と三橋の回答がイメージ通りだったのでおかしくなってきてクスクスと笑った。
「千代ちゃんは初恋いつ?」
「私は小5の頃好きだった人いたなー。夏波ちゃんは?」
「私は幼稚園生の時に仲のいい男の子がいて好きだったけど、それ以降はないな」
「幼稚園!早いねー。ちなみにその男の子のどんなところが好きだったの?」
「んー?単に仲良かったから好きだっただけ。今思うとあれは恋と呼んでいいのか怪しい…。」
そんな雑談をしながら篠岡と夏波はこの後に控えているミーティングの準備をした。ミーティング後は、明日も朝早いのですぐに就寝した。

 翌朝、夏波は身支度のために朝4時半に起きた。篠岡は身支度が早いので夏波よりもゆっくり起きる。
夏波ちゃんって女子力高いよねー」
マイドライヤーとヘアアイロンを持参している夏波をみて篠岡が言った。
「いや、私は千代ちゃんみたいに可愛い顔してないからこれくらいはしないと」
「何言ってるの、夏波ちゃんはお顔もめちゃめちゃ可愛いよ!こんな可愛い子と一緒にマネジやれて私超ラッキーって思ってるんだから。」
「それはこっちのセリフだよー!」
篠岡と夏波はすっかり仲良しだ。5時過ぎにはホテルをチェックアウトし、6時前に桃李高校に到着する。百枝監督と篠岡と夏波は女子更衣室で運動着に着替えをした。朝練が始まったらマネジは朝食作りのお手伝いをする。怪我をしている阿部も一緒だ。
「どんぶり、スゴイ量だね」
夏波は桃李のマネジがどんぶりによそったご飯の量をみてドン引きしてしまった。
「私たちはお弁当とミソ汁だけで十分だね」
篠岡もこのごはんの量には圧倒されたようだった。
 朝練のティーが終わった選手たちが続々と朝食を取りに来る。各校のマネジ群+阿部で全員に朝食を配っていった。4校の選手が集まっているのでそれだけでも大仕事だ。選手たちに配り終わったらマネジ群もようやく自分たちの朝食にありついた。朝食後は練習試合だ。西浦高校の1試合目は桃李高校との対戦となる。今日の夏波はスコア表をつける係ではなく、阿部と一緒に配給記録を取ることになった。と言っても最初は阿部が配給表を書いていくのを横で見学させてもらう形だ。
「配給表の付け方の本はもう読み終わってあるよな?」
阿部が夏波に訊ねる。
「うん、ちゃんと読んできたよ」
もちろん夏波はしっかりと配給の勉強は済ませてきた。
「じゃ、オレが配給表書いていくの見てて。わかんねーとこあったら訊いて。」
「はい」
阿部は試合を観ながらサラサラと配給表を書いていく。夏波は投球を見ててカーブはわかったが他の球種は判別がつかないし、コースも9分割のどこに決まったのか見定める目がない。というかそもそもストライクゾーンがどの辺りかもわかってない。
『これは…結構厳しいぞ』
配給表の書き方をわかってても、どこに決まったか目で見てわからなきゃ配給表は書けない。夏波は自分の動体視力のなさを実感して青ざめた。
「ちょ、なんつー顔してんの」
夏波の様子を見て阿部がギョッとした。
「阿部君、どうしよう。球種はカーブはわかったけど他は判別できないし、コースも内か外かくらいしかわからないし、審判の声がなかったらストライクかボールかもわかんないよ…。」
夏波は阿部に正直に自分の現状を伝えた。
「あー、あんた野球初心者だっつってたもんな。それは今は仕方ねえよ。続けてりゃ動体視力もある程度は鍛えられるだろうし、ストライクゾーンもいずれわかるようになるって。見ながら書けなくても、オレが口で伝えてそれを配給表に書き起こせるならとりあえずは合格ラインだろ。そんな顔する必要ねーって。」
意外にも阿部は夏波を励ましてくれた。
「う…、わかった。ありがとう。焦らずがんばってみるよ。」
夏波は阿部が口頭で伝えてくれたものを書き起こすくらいなら自分にもたぶんできると思った。それで一旦は合格点だというなら、まずはそこを目指そう。夏波は阿部に1球毎に球種・コース・高さを口に出してほしいと伝えた。それを聞いたうえで阿部が配給表にどのように書き込むか見て、それを参考にさせてもらおうという考えだ。丸々1試合分を横で見学させてもらった結果、夏波は阿部が口頭で伝えてくれたら配給表に書き起こすのは可能だと感じた。なので2試合目は1球毎に阿部に球種・コース・高さを口に出してもらい、それを夏波が配給表に書き起こすという形でやってみることにした。間違いがあれば都度阿部から指摘をしてもらう。
「できてんじゃん」
阿部が夏波を褒めた。
「よかった。阿部君が口頭で球種とか教えてくれれば書き起こすのはできそうだよ。あとは目を鍛えることだね。」
「だな」
夏波はあとで時間ができたら動体視力の鍛え方を調べてみようと思った。
 2試合目が終わったらランチの時間だ。マネジ群は再び選手たちにお昼ご飯の配膳をした。西浦高校は午後はもう試合はない。夏波は篠岡と選手たちと一緒に筋トレ講習会を受けた。その後はいつも通りジャグにドリンクを用意したり、ボール磨きをしたり、各校のマネジの仕事内容について情報交換したりして過ごした。
 そして夕食の時間になった。今日の夕食はみんなでバーベキューだ!鉄板の周りに選手たちが群がる。
「えー、あの中突破するのムリだよ私!」
選手たちの勢いに押されて夏波は怯んだ。しかし、桃李のマネジが篠岡と夏波のところにやってきた。
「これ、お2人の分っす!あん中に入っていくのは怖いやろ」
「わー、すごく助かります!」
「ありがとうございます」
夏波は心底ほっとした。
「しのーか、西野、食えてる?」
水谷もマネジ2人を心配して肉をもってきてくれた。
「うん、ありがとー」
篠岡が答えた。
『わあ、水谷君、私たちのこと気遣ってくれたんだ。やっぱ優しいよなぁ。』
夏波の中では水谷の評価は結構高い。
 夕ご飯の後は、各班ごとに挨拶をしてからお別れとなった。帰りのバスの中、みんな疲れて眠っている。篠岡と夏波も例外ではない。しかし、ここで花井が「みんな聞けー!三橋が大事なこと言うぞー!」と部員に声を掛けた。その声を聞いて全員が目を覚ます。三橋は「誰か1人が怪我したらその分誰かが穴埋めで別ポジションをやらなきゃいけなくなって、結果として全体の戦力が下がってしまう…だから全員怪我禁止!」ということを言いたかったらしい。
『三橋君は上代君の怪我を見て何か思うところがあったのかな』
そう夏波は考えた。

 甲子園観戦旅行後、西浦は新人戦を3試合勝ちぬいて秋大のシード権を獲得した。夏波はネットで注文した特注の西浦キャップがようやく届いたので新人戦からはマイ帽子をかぶって試合にベンチ入りした。西浦の帽子が手に入ってとても夏波は嬉しかった。これで立派に西浦野球部の一員になれたという感じがしたのだ。
 新人戦ではキャッチャーの真後ろには立てないので、守備が終わる毎にキャッチャーの田島から球種・コース・高さを口に出してもらい、それを夏波が配給表に書き起こした。篠岡は代わりにスコア表をつけてくれていた。
「とりあえず、このくらいはできるぞ!」
夏波は配給表の作成に自信を持てるまでに成長した。

 秋大抽選会の日、花井はなんと武蔵野第一を引いてきた。三橋は嬉しそうだ。
「だって阿部君、出れるでしょ。オ、レ、勝てる!」
阿部は三橋から出たド直球の信頼の言葉を聞いて頬を染めていた。
『三橋君って阿部君のことすごく信頼してるんだな』
夏波は三橋のキラキラした顔を見てまたこのバッテリーの仲に進展があったことを感じた。
 練習後、珍しく野球部はクラスの文化祭準備の手伝いに行くことになった。夏波も同じクラスの田島・泉・三橋についていく。9組は展示なので比較的楽だ。当日も当番などはない。

 文化祭当日、夏波は女子の友達と回るか迷ったが、せっかく選手たちと仲良くなれる機会なので田島・泉・三橋の3人と行動をともにすることにした。まずは7組のグリーンティカフェを見に行く。篠岡が浴衣にエプロン姿で客引きをしていた。すごくかわいい。三橋はそんな篠岡の姿を見て顔を赤くしていた。夏波は少し胸がズキッとした。
『千代ちゃんに見惚れてるのかな…千代ちゃんすごく可愛いもんな』
夏波は三橋がこのまま千代に惚れてしまわないか心配になった。
『もしそうなったら…』
夏波は悪い想像が頭をよぎった。篠岡がお団子サービス券をくれたので9組の4人は席についてお団子が来るのを待つ。三橋はその間もずっと顔が赤い。夏波はなんだかいたたまれない気分になってきた。
「おー、団子とお茶」
そんな折、阿部が現れた。飲食店の店員が使っているような腰エプロンを巻いている。
「お、阿部君、エプロン姿なかなか似合ってるね」
夏波は思わず阿部を褒めた。
「あー?エプロンに似合うも似合わないもあるかよ」
阿部はそう言いながら自分も席に着席した。『自分も一緒に食べる気かよ!君は店員じゃないのか!』と夏波は内心ツッコんだが言わないでおいた。阿部は武蔵野第一の榛名の投球解析をやろうと言い始めた。乗り気の田島と三橋。泉と夏波は『阿部は今自分のクラスのお茶当番中なのに何言ってるんだ』と動揺していた。でも、水谷曰く阿部はクラスではいつもこうらしい。
「でもさー部員のところくらい回ってからでいんじゃない?」
水谷がそう提案する。夏波のその意見に賛成だ。せっかく文化祭なんだからちょっとは文化祭気分を味わいたい。でも、阿部は「は?いらねーだろ」と否定的だ。
『えええ~!?マジで野球にしか興味ないの!?』
夏波は学校行事や思い出作りに微塵も価値を感じていない様子の阿部に驚いたし、正直引いた。でも阿部の強い口調で否定されて「私は回りたい」とは言えなかった。
「でも、い、行きたい」
夏波が言えなかったことを三橋が言ってくれた。
「なんで」
「行、行きた」
「なんでだーっつてんだろ!!」
「みんなんとこ、文化祭、見たいんだ!」
阿部に強めの口調で問いただされても譲らない三橋に夏波は内心感心していた。
「わっ、私もみんなのところくらい回って、少しくらいは文化祭味わいたい!」
三橋に感化されて夏波も口を開いた。田島も泉もランランと期待に満ちた目で阿部に訴える。
「じゃ回ってからでいーや」
阿部は意外にもあっさり折れた。田島と夏波は「やった!」とハイタッチした。そんなわけで阿部はクラスのお茶当番をサボって9組の4人と一緒に他クラスの文化祭の出し物を見に行くことになった。
「三橋君」
夏波は親に連絡を取ろうとケータイを開いている三橋に声を掛けた。
「さっき、ありがとう」
「…?あ、あり…が…?」
三橋は何のことかわからないらしい。
「私も文化祭回りたかったけど阿部君の圧が怖くて言えなかったの!三橋君が言ってくれたおかげで私も言えた!だからありがとうね!」
「…!…ど、どう、…いたし、まして…!」
三橋はフヘッとアヒル口になって変な顔で笑った。

 文化祭で他クラスの出し物を見て回った後は阿部と9組メンバーの計5人で三橋の家に行った。夏波は三橋の家に入るのは初めてだ。
「すごー!でかー!豪邸ー!」
三橋の家の大きさに夏波は仰天した。
「そうか、西野は三橋の家来るの初めてか」
田島がニシシッと笑った。
「こいつん家、金持ちなんだよ。三橋の祖父が三星学園っていう私立学校の理事長なんだってよ。」
泉が夏波に説明してくれた。
「三星学園…って三橋君の出身中学校だよね?」
夏波は入学式当初から三橋のことを気にかけていたのでそのことを覚えていた。
「おお、なんで知ってんだ?」
「えっと、入学式の日の自己紹介で三橋君がそう言ってたから…」
「はー、そんなとこまでよく覚えてんなぁ」
泉は感心している様子だ。夏波は『そんなとこまで覚えてるのってキモイかな?』とか『三橋君のこと好きなのこれでバレたりしないよね?』などなど心配になった。三橋の家に着いたらさっそく武蔵野第一vsARCの試合を見る。話題は捕手の秋丸のことになった。
「ちょい動く変化球、アレも2年捕手の時はよく投げてんだろ」
阿部がそう言った。武蔵野第一vsARCのビデオを見てスコア表を付けた夏波は篠岡との会話を思い出した。
「ツーシームだろうって千代ちゃんと監督が言ってたよ」
「あー、それっぽいな。あの球みんな打ち上げてたな。」
田島がそう返事した。その後も色々対策を練って最終的に選手たちは明日の部活後に久喜のバッティングセンターで時速150kmの球のバッティング練習をすることになった。夏波はマネジなのでバッティング練習の必要はないので参加しない。

 翌日文化祭2日目だが野球部は午前中は他校で練習試合をやった。もう阿部の膝は治ったのでこの練習試合で阿部は正捕手に復帰した。今日は夏波は捕手の阿部の真後ろ、フェンスの外から試合を眺めて配給を記録する。夏波は前回の桃李高校での合同練習の後、過去の試合のビデオを何度も繰り返し見て投球に目を慣らした。球種はだいぶわかるようになってきたし、ストライクゾーンもなんとなく把握できた。コースも内or外と高目orその他くらいはわかるようになった。ちなみに高さがわからないのは後ろからだとキャッチャーの背中に隠れて見えないからだ。守備のターンが終わる度にベンチに戻って阿部に配給表の記録が取れなかった部分を訊ねる。
「4分割だけどほとんど書けてんじゃん。この短期間でよくここまで仕上げたな。これならあとはオレが少し修正加えればいいだけだ。ここまでやってもらえたら十分だぞ。」
阿部は「2人目のマネジってマジ助かるぜ」と言いながらニヤッと不敵に笑った。データ収集が楽になって相手校の攻略がよりやりやすくなったことが嬉しいらしい。
「そう言ってもらえると勇気出してマネジになってホントよかったって感じ!」
夏波は阿部の言葉が嬉しくてニコッと笑った。
 16時からは学校に戻ってきていつも通りの練習をこなす。マネジは短時間でジャグにドリンクを作ったり、炊飯とおにぎりを作ったりしなきゃいけなくて大忙しだった。篠岡と分担しながらなんとかこなして17時半前にはおにぎりをみんなに配布できた。
「篠岡と西野は打ち上げいくのか?」
花井がおにぎりを食べながら尋ねてきた。
「んー行かない。お祭り気分だとハメ外れちゃうことあるからさ。」
篠岡が答える。
「私も千代ちゃんと話し合って、やめとくことにした。」
夏波も続けて回答した。でも夏波は後夜祭は見ていくつもりだ。選手じゃない夏波はバッティングセンターに付き合う必要はないし、学生のうちしか味わえない学校行事を少しでも堪能したかった。選手たちは後夜祭は見ないですぐにバッティングセンターに向かう気らしい。しかしここで百枝監督に花井が呼ばれた。フェンスの外で会話する2人。戻ってきた花井は全員でファイヤーストームだけは見ていこうと提案した。百枝監督からそう言われたらしい。そして、全員でのファイヤーストーム見学中に百枝監督の学生時代は選手がたった1人だったこととその人が遭難事故で亡くなっていることを花井から知らされた。
『監督はずいぶんつらい経験をしていたんだな』
ずっと2人で続けてきた野球部の仲間が亡くなったなんてショックを受けないわけがない。それでも監督は今もなおこうして野球に関わり続けている。夏波は監督の背負うものの重さを思って目頭が熱くなった。ファイヤーストームの後、選手たちはバッティングセンターへと向かった。篠岡と夏波はその後も後夜祭を見てから帰った。

 そして迎えた春大県大会の対武蔵野第一戦当日、自転車で浦和市営球場へ向かう西浦高校野球部。武蔵野第一は専用のバスを持っていて、バスで野球場に到着した。バスから降りてくる榛名に挨拶をする三橋。そんな三橋の様子を夏波は後ろから見ていた。
 今日は公式戦なのでキャッチャーの後ろに立って配給を書くことはできない。ベンチからだと一部の球種と高さとストライクorボールくらいしか判断がつかないので守備が終わって阿部がベンチに帰ってくる度にその回の投球を口頭で説明してもらって配給表を書き起こすことになった。今日はスコア表は篠岡がつけてくれている。配給表を書き起こす時以外はジャグにドリンクを作ったり、バッターのスタンスやランナーの動きをメモに取ったり、阿部の防具の着脱を手伝うのが夏波の役目だ。
「見て!三橋君、榛名選手と足の踏み込み幅比べてる!」
2回表でマウンド上で脚を広げる三橋を見て、夏波は三橋がかわいらしいやらおかしいやらでクスッと笑った。
「アハハッ、三橋君は榛名さんに憧れてるみたいだからね」
篠岡も明るく笑った。
「それにしてもやっぱ公式戦で強いところと対戦ってなるとみてるこっちもー緊張するね」
新人戦も準公式戦ではあるのだが対戦相手校がそこまで強豪校ではなかったから今日ほど緊張しなかった。
「緊張したら瞑想の時みたいに深呼吸してリラックスしよ!マネジが緊張してたら周りにも伝染しちゃうよ!」
夏波は『そうか、自分も野球部の一員なんだ』と思った。そして以前志賀先生がマネジにも強いメンタルは必要だと言っていたことを思い出した。夏波は深呼吸をした。そして日々過酷な訓練をこなしてきた西浦の選手たちのことを思い出す。三橋のフォーム改造もうまくいったし、夏波は三橋の投球フォームチェックのためのビデオ撮影を手伝ったから4つ目の変化球がほぼ完成に近づいていることも知ってる。
『大丈夫!絶対にうちの選手たちが勝つ!』
夏波はそう強く心に思った。そしたら自然に緊張はほぐれてきた。
 4回の裏、4番田島の打席で榛名は今まで見せなかった変化球を見せてきた。
「今の球ってなに!?」
夏波は相手チームの配給表もできる限り作っていたので、突然の見たことない球に驚いた。
「なんだろね?あれはツーシームじゃないね」
スコア表を付けながら真剣に試合を眺めている篠岡も驚いている。
「監督、今の変化球何かわかりますか?」
「うーん、ベンチからだとはっきり見えないけど、縦スラっぽいかな?」
「おおー!」
夏波からするとなんとなくでも球種にあたりをつけられること自体がもう尊敬の対象だ。
 5回表、三橋は阿部から何か声をかけられた後マウンドでガッツポーズをしてみせたのを夏波は見逃さなかった。
『お?三橋君、なんか喜んでる!』
そしてそんな三橋を見て内野もテンションが上がったようだ。巣山を筆頭に声出しを始め、いい雰囲気ができた。
『三橋君が元気なら他のチームメイトも元気になる。これぞエースって感じ。こういうところが好きだなぁ。』
夏波は立派にエースをやっている三橋に惚れ惚れした。三橋はその後もずっと元気いっぱいだった。阿部が何て声掛けしたのかはわからないが、阿部のおかげなのは間違いない。
『夏合宿の時はこの2人ってうまくやれてるのか心配だったけど、お互いのことが大好きなのは本当みたいだ』
夏波は西浦バッテリーの築き上げた信頼関係に感激した。
「三橋君と阿部君はいいバッテリーだね」
夏波は隣に座っている篠岡に話しかけた。
「だねっ!」
篠岡はニコッと笑った。
 5回裏、5番花井がホームランを打った。
「はいったあああああ!!!」
「せーのっ、ナイバッチー!」
「おしゃー、3点目!!」
選手たちは大歓声を花井に送る。篠岡と夏波も「マジ!?」「すごい!」といいながら、キャーッと喜んで抱き合った。

 8回の表、4番榛名に三橋のまっすぐをスリーベースヒットにされた。その前にも2番清水にライナー性のヒットを出されている。
『まさか、まっすぐが捉えられちゃった…!?』
タイムを取って作戦を話し合う選手たちを夏波は固唾を飲んで見守った。
『でも、三橋君は大丈夫そうだ』
三橋の顔はいつもと違ってキリッとしていて、目線はクッキリと定まっていた。強い意志を感じさせる佇まいだ。
『やっぱり三橋君は芯が強い。かっこいい。』
夏波は三橋の姿を見ていて胸が熱くなった。阿部から配給についても教わったから、今2人のバッテリーが窮地に立たされてる中でどれだけがんばっているかもわかる。
『がんばってるこの人たちが力を出し切れるようにサポートするのがマネジだ!』
夏波は試合を見ていてやる気がみなぎってくるのを感じた。8回の裏、西浦高校の攻撃のターンになった。ベンチに帰ってきた三橋に夏波は思わず声を掛けた。どうしても掛けずにはいられなかった。
「三橋君、がんばってね!」
「う、うん!オレ、がんばるよ!」
三橋は珍しくはっきりと返事を返してきた。それが嬉しくて、夏波は話をもっと振ってみることにした。
「あのね、私ね、三橋君がマウンドで見せる強い姿、すごく好きだよ!」
「つ、強い…!?オ、レ…?スキ…!?」
三橋の反応を見た夏波は何気なく使っただけの"好き"という言葉がなんだか恥ずかしくなってしまった。それで夏波はつい言い訳するように捲し立てて喋り始めた。
「あのね、私、小学生の頃、人前で喋れない子だったの。知らない人がいると怖くて、緊張しちゃって…それで、そんな自分がすごく恥ずかしくて自分のことが嫌いだったの。で、初めてクラスのホームルームで三橋君の姿を見た時に小学生の頃の自分みたいだなって思って、それからなんか三橋君のことが気になってたんだ。でもね、野球部の試合の応援に行った時にマウンドに立つ三橋君はすごくかっこよくて、強くて、すごいなって思ったんだよ。三橋君のそういう姿を見てると私もがんばらなくちゃって勇気が湧いてきちゃうの!私…私も三橋君みたいに強くなりたいんだ!」
夏波はテンパってこれまでの自分の内に秘めていた想いをつい暴露してしまった。話し終わった後で一方的に自分語りをしてしまったことに気付いて恥ずかしくなる。こんなこと聞かされても三橋からしたら困ってしまうだろう。
「あ、一方的に語ってごめんね…!今の忘れて!気にしないでい……」
夏波はフォローをいれようとした。しかしそれを遮って三橋が口を開いた。
西野、さん、は…強い、よ!」
「へ?」
西野、さん…マネジ……まだ1ヶ月ちょっと…でも、もう、色々…できてる!」
三橋はとぎれとぎれに、ゆっくりと話し始めた。
「…野球…初心者、でも…マネジ、に、ちょ、挑戦した……すごい、ことだ!」
三橋はオロオロとしていて、どもっているけど、でも何を言ってるかは夏波にもわかる。
西野さん、は、もう、かっこいい、よ!強い、ひ、と…だよ!」
三橋は夏波の目をしっかりと見て大きく口を開けて、はっきりと断言した。三橋は野球素人の夏波がマネジに挑戦したこと、1ヶ月ちょっとで色々できるようになったことをかっこいいと褒めてくれたのだ。
「そっか」
夏波はパッと明るい顔になって笑った。
「そうだね、私も、もう一歩目は踏み出せたんだった。でもそれも三橋君がきっかけだよ。ありがとうね。マネジとしてしっかり選手のことサポートするから、全国制覇、絶対やろうね!」
夏波はくしゃっと笑った。三橋も「うん!全国制覇だ!」と言いながらニカッと笑った。
『あ、三橋君の笑顔だ。これは…本物の笑顔だ!』
それまで口をとがらせてふにゃりと変な顔で笑うところは何度も見てきたが、今回の笑顔はそれとは違う本物の笑顔だった。夏波が初めての三橋の笑顔に呆気にとられている間に4番田島が打って西浦高校に得点が入った。三橋は「はっ!応援だ!」と言いながら去っていった。
『い、今…私、三橋君のすっごい貴重な顔見れちゃったんじゃないの!?』
夏波は胸がドキドキと高鳴ってしまって、しばらく収まらなかった。

 9回表、配給表をつけていた夏波は1級目の変化球を見て驚きのあまり制止した。
『あれは…ナックルカーブだ!』
今の球は打者の手元で急にガクンと落ちた。すごい球だ。
『もう完成してたんだ、すごい!やっぱり三橋君は毎日どんどん成長していってるなぁ。』
そんな三橋が夏波にはとてもキラキラ輝いて見えた。
「三橋君、すごいね」
篠岡が夏波に声を掛けた。
「うん、すごい」
夏波は感激のあまりもうその言葉しか出てこなかった。
 9回裏の西浦高校の攻撃は最後に三橋の打席で色んな事があって見てる側としては非常に肝が冷えた。が、結果的に阿部がホームに帰って西浦高校の勝利で試合終了となった。
「勝った!武蔵野第一に勝った!」
「やったよおおお!」
篠岡と夏波はベンチで抱き合って喜びを分かち合った。

―――相手が強ければ強いほど、勝利って気持ちいい…!
私は選手じゃないけど、マネジとして選手の勝利に貢献してる。私はちゃんと野球部の一員なんだ。マネジとしてもっと力をつけて選手たちにもっといっぱい勝利の喜びを味わわせてあげたい!沢山相手校のデータ収集して、分析して、選手たちがわかりやすようにアウトプットして、いっぱい貢献しよう。いつまでも千代ちゃんにおんぶにだっこされてちゃダメだ。自分の力で他にもっとできることを探さなくちゃ!

夏波はマネジとしてまた一歩成長を遂げた。

<END>