おおきく振りかぶって 創作 <負けてられない>
※注意:コミックス10巻のネタがあります※
水谷「そういやさ、昨日の試合なんで花井はグラ整出なかったの?」
夏大3回戦(対崎玉戦)の翌日の昼休み、いつものように水谷の机の周りに花井と阿部が集まって弁当を食べていると、唐突に水谷が口を開いた。質問を受けた花井は昨日の試合のことを思い出す。昨日は花井にとっては散々な試合だった。4番のプレッシャーに押しつぶされそうになったり、田島を意識して自分と比較して落ち込んだり、それから…三橋に八つ当たりをしてしまったり。花井は昨日の様々な自分の醜態を思い出して思わず顔を赤くする。
花井「あー…や、え〜と…」
昨日の自分の醜態について人に話したくない花井は思わず口ごもってしまう。あの件に触れずに水谷の質問に回答するにはどう答えたらいいのだろうか、とか、そもそもそんなこと可能だろうか、とか、三橋に八つ当たりしたことを隠そうとするのは卑怯じゃないか、とか、色んな思いが頭をよぎって何から言葉にしていいかわからない。
阿部「それ、オレも知りてーんだけど。昨日、結局三橋はグラ整終わるまでベンチに帰ってこなかったんだけど、アレなんで?三橋がグラ整出てないのは目視で確認したけど、じゃあアイツはその間どこで何してたんだ?花井何か知ってんの?」
水谷「三橋はトンボが置いてある備品倉庫の近くにいたよ。花井もそこにいたよな。三橋となんか話してたのか?田島がなんかカンチガイしてブチ切れてたけど、実際のところアレ何だったの?」
阿部「え、田島がキレたの?そりゃまたなんで?何に?」
水谷「いや、なんか物陰で花井と三橋が話してる姿をみて花井が三橋をイジメてるってカンチガイしたみたいよ。」
阿部「あーそういや田島がそんなこと言ってたな。田島のいつもの他愛もない冗談だと思ってたけど…でもお前のその反応、もしかしてホントに何かあったわけ?」
さすがチームのブレイン的存在である阿部、花井が動揺している姿を見て何か思うところがあったらしい。花井はぐっと息をのむ。水谷は好奇に満ちた目でこちらを見つめてくる。阿部はいつも仏頂面のままだがこちらを見て視線を逸らさない。
花井「別にイジメなんてしてねーよ!」
花井は少し声を荒げた。
水谷「そりゃわかってるよぉ。アレは田島のカンチガイだろ。三橋だって否定してたし、誰もお前が三橋をイジメてたなんて思ってねーから。なァ、阿部?」
阿部は「おー」と頷く。水谷は落ち着けよと花井の肩をポンポン叩いた。
阿部「イジメてたとは思ってねーよ。でも、じゃあ、なんでお前そんなにバツが悪そうな顔してんの?」
花井「それは――……」
再び口ごもる花井。しばし考え込んだ後、花井はようやく話す"覚悟"を決める。
花井「…三橋に謝ってたんだよ。オレ、4回裏の後、三橋に大声で怒鳴っちゃってさ」。
水谷「え?怒鳴った?花井が?なんで!?」
花井「いや、怒鳴ったって言っても声がでかくなっただけで内容は大したことなかったんだぜ。でもその時三橋固まってたし、その後オレが話しかけたらギクシャクしてたから、やっぱ一言詫びいれとかなきゃって思ったんだ。それがちょうどグラ整のタイミングだったんだよ。」
水谷「へー。そんなことがあったんだ」
阿部「あーそういや5回表開始前の投球練習、なかなか三橋がベンチから出てこなかったな。あの時か。」
花井「そーそー。あの時三橋は阿部に呼ばれてオレから逃げるように去ってったよ」
その時のことを思い出したのか苦笑する花井。
水谷「で、なんで怒鳴ったの?花井が三橋に怒鳴るって珍しくない?」
水谷は「阿部はしょっちゅう怒鳴ってるけどな〜」と言いながら阿部を肘で小突く。阿部は目に角を立てながら「ウゼー!」と水谷にキレる。花井は『やっぱそこも話さなきゃだめか…』と肩を落とす。
花井「それは…オレ昨日あんま打ててなかっただろ。4番なのにさ。そんで焦ってて気持ちに余裕がなかったんだよ。そこに三橋のオドオドした態度を目にしてイラッときちまって…いつもなら抑えられるんだけど、あの時はさ…」
花井は、後悔しているのか、目を閉じてぐっと唇を咬む。
水谷「あーね」
阿部「なるほど」
水谷「でも花井は昨日の最後の打席2打点じゃん。あれが決勝打だし。1打席目だってきっちりスクイズこなして1点いれてたし、別にそんな悪くなかったよ。別に気に病む必要ないって!」
水谷は花井を励ます。花井は「おお」と答えながら頬を少し赤くして照れている。
花井「いやでも最後の打席打てたのは、三橋のおかげが大きいかもなァ」
阿部「は?」
水谷「どういうこと?」
なにがどうして三橋のおかげってことになるのかさっぱりわからない阿部と水谷。
花井「グラ整中に三橋と話してた時さ、三橋がスゲーカッコよかったんだ。」
阿部&水谷「カッコいいィィ!?三橋がァ!?」
いつもオドオドしているヒヨコみたいな顔をした男を思い浮かべながら、"カッコいい"という形容詞とは全く結びつかないでいる阿部と水谷。
花井「三橋に謝った後に色々あって投手の話になったんだ。そしたら三橋は"オレと沖が本気出したら敵わない"って言うんだよ。」
阿部「まった、あいつはそんなことを言って!」
三橋の弱気発言に腹が立ったのか、阿部はギリギリと歯ぎしりをしながら青ざめている。
花井「まあ、待て待て。大事なのはここからだ。」
花井はカッカッと頭にきている阿部をなだめる。
花井「でもさ、三橋は続けて、"敵わなくても、オレは一番もらうために競うよ!"って言ったんだ。」
水谷は「へえ〜三橋がそんなことを!」と言いながら感心した様子。阿部も目を見開いて驚いている。
花井「オレ、それ聞いて、こいつは毎日闘ってんだって気付いてさ。その時のオレは田島と自分を比較してまだまだ全然アイツに届きそうもなくて心折れかけてたんだけど、三橋の言葉を聞いて、誰かと比べて競うのは""いい"ことなんだって気付いたんだよ。よく考えてみりゃ、競争が全くないチームなんてだめだろ?オレも、届きそうもない相手でも、諦めないで田島と競うって決心がついたんだ。あそこで気持ちの整理がついたおかげで最後の打席は冷静でいられた。」
真剣な表情で花井をみる2人。
水谷「いいハナシだなァ」
花井「あ、テメ、茶化すなよ!こっちは真剣なんだぞ」
熱く語ってしまったのが急に恥ずかしくなったのか、花井は顔が赤くなっている。
水谷「ちゃ、茶化してないよ!ホントにいいハナシだなって思ったからそのまま言っただけだって!」
焦って手をブンブンを振って否定する水谷。
水谷「そーいやさ、昨日三橋と田島が喧嘩しそうになった時、オレめっちゃ焦ったわ〜」
ここで水谷が話題を変える。
花井「あー、アレはオレも焦った。っていうかオレは田島に"三橋イジメんな"って言われて超焦った。」
阿部「何それ?」
あの場にいなかった阿部は話についていけない。
水谷「田島は花井が三橋イジメてたってカンチガイしたって話、さっきしたじゃん?あの時田島がすげー剣幕で花井に向かって行って"オイ、三橋イジメてんなよ!"って花井を睨みつけたんだよ。」
阿部「へーそんなことがあったんだ」
花井「アレは焦った…」
思い出して青ざめる花井。
水谷「んでさ、そしたらあの三橋が"イジメられてないっ!"って大声で田島に言い返したの。ビックリでしょ!そしたら今度は田島が"なんだ!かばったのに!"って三橋に言って、三橋もまた"イジメられてないっ!"って引かなくて…。やばいまだ試合中なのに喧嘩が始まったと思ってオレめっちゃ焦った。」
花井「それな〜!つーか三橋ってあんな風に大声で反論とかできるんだなァ。オレァそっちにもびっくりしたよ」
水谷「あーそれは相手が田島だからでしょ。あいつら仲いいから、なんつーの、三橋は田島には信頼とか安心感があるんでしょ。」
水谷の"信頼"と言う言葉を聞いて阿部がピクリと反応する。
阿部『信頼してるから言い返せる、か…。』
阿部は三橋が自分に対してはいつもビクついていて普通の会話もままならないことを思い返す。
阿部『それでいうと、オレは田島と比べてまだまだ三橋に信頼されていないってことか…?クソッ。』
三橋の正式なバッテリーは自分なのに信頼関係という点で田島に負けていることが阿部は悔しくなる。
阿部「オレちょっと9組行ってくるわ」
昼メシを食べ終わった阿部は弁当をしまいながら立ち上がる。
花井「は?急にどうした?また三橋に話でもあんのか?」
阿部「まあ、ちょっと」
水谷「いってらっしゃ〜い」
阿部は9組に向かいながら『オレも田島に負けてらんねえ…!』と思ったのだった。
<END>